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エンター１「始まりなのにフィニッシュエンター！？」

　「『フィニーーッシュ、エンターーーーーッッ！！』」
素肌に学ランを羽織っただけの、細マッチョ系男子、川西悟が、エンターキーを突き刺した瞬間だった。
田舎町の、それも山奥にあるエイサイド学園の放課後。
いつもひっそりと過ぎていく、ほこりくさいタイピング部から突然爆音が響いたのだ。

地面は揺れ、部活動をしていた生徒達は、立っていられずにその場に跪いた。
木々はざわめき、山の鳥達は一斉に飛び立ち、まぬけなイノシシは大木に頭をぶつけて目を回した。
登山を楽しんでいた、おじいちゃん、おばあちゃんは、おむずびのように山を転がり下っていく。

川西悟と並んでタイピングをしていた少女二人には、それ以上の衝撃が襲った。
まるで爆風に飲まれたかのように、激しく椅子から弾き飛ばされる。
「「きゃぁあーーーーーー！」」
その風で、河西悟の学ランははためき、引き締まった腹筋と胸板がチラリチラリと見え隠れする。
「か、はっ……！」
少女達二人は教室の壁に強く背中を打ち付けた。
ずるずると、そのまま床に倒れて気を失ったのは、タイピング部の部長。
髪の毛やセーラー服を乱したまま気を失った部長は、三つ編みの黒縁眼鏡で、おっとりと、
「タイピングの速度だけは自信があるのよ、ふふ」
と、いつも優しく微笑んでいた。
そんな清楚な部長も、今や無様に床に倒れて、白目まで向いている。

そんな部長を見て必死に叫ぶのが、なんとか意識を保てたもう一人の少女、副部長だ。
「……っく、ぶ、部長！　部長！　しっかり……しっかりしてくださいっ！」
おっとりとした部長とは違い、キリリッとした顔立ちに、まっすぐな姿勢。
いつも部長の補佐をそつなくこなしていた彼女も、今は膝が震えて立ち上がることすらできない。
「くっ……うぅ……」
四つん這いになりながらも部長の元へ駆け寄ろうとする。
細身の体型からその姿は、まるで生まれたての小鹿が、母鹿の元へ向かっていくように見えた。

そうしてる間にも、タイピングタイマーは、無情にも時を刻んでいく。
これは、世界でも正式な試合として認められている『タイピングバトル』。
インターネットを通じて、タイピング協会に試合の申請をすると、すぐに試合形式の模擬文章がVRで表示される。

それを、二対二で、十分間にどれだけ打てるかを競う、キーボードさえ持っていれば誰でもできる、単純極まりないバトルだ。

だが、単純なルールだからこそ時間は絶対的だ。

副部長は、タイマーを見て、部長を見つめる。
「まだ、勝負は続いてる……諦めちゃダメでしたよね、部長……」

小さく呟き、さっきまでタイピングをしていたキーボードを拾いに戻る。
悟達のタイピング速度と、自分のタイピング速度を考えれば、まだチャンスはあるはず、副部長はそう考えたのだ。
もう一度タイピングを始めようと、身体に力を入れたその時だった。

悟は、そんな副部長を見下したように見つめて、人差し指を高く掲げたのだ。
ビクンッと副部長の身体が震え、顔が絶望に引きつる。
「や、やめ……やめ、て……」
悟はその表情が見たかったんだよと言わんばかりに、唇を吊り上げて、エンターキーを弾き叩いた！


セーラー服姿の少女二人が、床に転がり、タイピング部からの爆音は収まった――。

さっきまでの喧騒が嘘かのように、タイピング部は静寂につつまれる。

窓から差し込む夕日が勝利の余韻に浸っている悟のインテリ黒縁めがねをキラリと輝かせた。
悟はパソコンチェアーをくるりとカッコよく回転させると、足を組み、手と大きく広げて叫んだ。
「約束通り、今日からここは、ネットサーフィン部、略してＮＳＢが使わせてもらおうかっっ！！」