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2 居候する令息
しおりを挟むリネーは宿を引き払い、青年と一緒に夜の大通りを歩いていた。人通りが多く、青年はしきりに周りを見ていた。またゴロツキに襲われるのを心配しているのかもしれないとリネーは思った。
「あっ、あの……君、名前は?」
「僕はリネー」
「すっ、素敵な名前だね……えっ、えーと私はクジマって言うんだ……死んだ父の後を継いで古い魔術店をやってるよ」
「魔術店?お兄さん、魔術師なの?」
「う、うん、一応ね。しがない底辺魔術師だけど」
初めて会ったはずだがこのクジマという青年に何故か不思議と見覚えがあるようにリネーは感じた。
(どこかで見覚えが……攻略対象者じゃないしどこで見たのかな?)
30分ほど歩きリネーは青年の家を兼ねた店舗に連れてこられていた。店構えははっきり言うと古いというよりもボロい建物で、全体的に胡散臭い雰囲気を醸し出していた。初めて見る店なのにリネーは不思議とその店に見覚えがあった。
(うーん?ここの店、どこかで見たような……?)
「狭いし、ちょっと散らかってるけどゆっくりしていってリ、リネーくん」
ドアを開けて入ると薄暗い店内は所狭しと商品が乱雑に置かれていた。陳列棚には色々な商品が詰め込まれ並べられており、トカゲっぽい生物が乾燥されたもの、よくわからない液体がはいった瓶、キラキラと光る小さい魔石が沢山入った箱、山のように積まれた古くなった紙束のような本、なにかの動物の骨……などがあった。
(この店、覚えがある……前世でやったゲームでアイテム売ってる店だ!)
青年――クジマの住んでいる店は、前世で動画配信をしている時にウケ狙いで実況プレイでやったことがあるR18男性向けゲームに出てきたアイテムを売る店だったことを思い出した。そのゲーム内ではオッサンの店主がやっていてやさぐれた男だったように記憶している。クジマに似ていたような……
(そうか、オッサンになる前の店主がこの人なのか……。そういえば、リネーが出てるゲームと、クジマの出ているゲームは同じ会社が作っていたから世界観は同じなのかも)
記憶の中のやさぐれたオッサン店主と、眼前の灰色の髪で黒目の真面目そうなクジマが同一人物とはとても思えなかった。先程のゴロツキに襲われたことを思い出し、クジマもオッサンになるころには色々人生に揉まれてやさぐれたのかと思いながらクジマを見ていると、クジマは困ったように目を伏せた。
「あっ、あんまり見つめられると困るよ……勘違いしちゃうから……」
「ん?勘違い?」
「いや、その、今のは忘れて。部屋に案内する」
クジマに促されてやたらギシギシと鳴る階段を上がり、部屋に案内される。普段使っている部屋らしく、衣服やら本やら色々と床に散乱しているのをクジマが急いで片付ける。
「狭い上に散らかっててごめんね。ベッドは一つしかないから君に譲るよ」
「お兄さんに悪いから僕が床で寝るよ」
「そっ、そんな!君を床で寝かせることはできないよ。助けてもらったのに」
「じゃあ一緒に寝よう」
「えっ?えっ?ええっ!?」
「なにか問題でも?」
「えっ、いや、その……」
クジマは、顔を真っ赤にするのをリネーは最初よくわからなかったが、自分はBLゲーの世界のキャラということを思い出す。顔はかなり整っているリネーと一緒に寝ることをクジマは照れているようだ。
「お兄さん、エロいこと考えてる?」
「っ?!そっ、そんなことは考えてないよ?!」
「じゃあ一緒に寝よう?変なことはしないでね」
「しっ、しないよっ……」
ますます顔が赤くなるクジマをからかうのが面白くてリネーは思わず笑ってしまうが、その笑顔を見てクジマはますます顔が赤くなってしまった。
(そういえばこの人の出てるゲームは男性向けのエロゲーだった気がしたけど、男の僕を見て照れてるのはどうなんだろう?)
リネーの頭に疑問が浮かんだが、いい加減疲れていたのでさっさと寝ることにした。クジマと同じベッドで寝たが手は出されなかった。
+ + +
「ありがとうございました」
リネーは客がドアから出ていくのを見届けてから、店内の商品棚を整頓する作業を開始する。クジマの家に転がり込んでから一週間は経ち、リネーは店員として働いていた。行く宛がないとクジマに行ったところ、宛ができるまで家に住んでもいいと言われて、タダで泊まるのも悪いので店の手伝いをすることになったのだ。どうみても平民ではない訳ありのリネーを泊めてくれたクジマは親切で、食事も作ってくれるしリネーのためにローブも用意してくれた。
「リ、リネーくん、休憩しようか」
「うん、わかった」
クジマは店の裏から顔を出して、リネーに休憩を促した。リネーが店番をするようになり、乱雑だった店内は片付きつつあり、クジマは店の裏で商品の薬やポーションなどを作っていた。クジマが飲み物のお茶を用意してくれたので、リネーはカップを持ち一口飲む。リネーの茶を飲む所作は貴族令息らしい美しい動作で、クジマが見とれているのに気づかずリネーは味わっていた。
「クジマは今日は何作ってたの?」
「い、今は護符を作ってたよ」
「えっ!見たい!」
魔術が存在するファンタジーなこの世界、前世の記憶が蘇ってからはリネーは店の物すべてに興味を持ち、目をキラキラとさせてはクジマにこれは何?よくと質問していた。嫌な顔をせずクジマはいつも答えてくれた。クジマから渡された護符をまじまじとリネーは見つめた。
「この護符は、どんな効果があるの?」
「こ、これは魔獣や獣が忌避する効果があるんだ。旅人とか冒険者とか猟師がよく買っていくよ」
「ふーん、すごい!クジマはこういうの作れて凄いな!」
リネーは心の底から尊敬の目で見るが、クジマは顔を赤らめて謙遜する。
「そっ、そんなことないよ。魔術店とか呪い店では定番商品だから」
「本当にすごいよ、これ!」
リネーは護符を観察するように見つめた。居着いて一週間、店番をしたりこうして休憩をするのは楽しいが、そのうち実家の公爵家や元婚約者の王子の追手がくるかもしれない可能性があるため、いつかはここを出ていかなければいかない。
(周辺国に逃げるつもりだったけど、資金が心もとないんだよな……)
実家から持ってきた貴金属を売ったことで足がつくかもしれないので、今は売るべきではない。やはり自由に使える資金が欲しいところだが、前世の記憶が戻ったとはいえリネーは貴族の令息だ。平民の仕事をしていたらすぐ見つかってしまうだろう。
「なぁー、クジマ。手っ取り早く稼げる仕事ない?」
「えっ?えーと手っ取り早く稼ぐ仕事?えーと、えーと……日雇いの荷物運びとかかな?重いものもあるから、稼げるって聞いたけど、かわいい……いや痩せ型のリネーくんにはちょっと難しいかも」
「そっかー、やっぱり楽に稼げる仕事はないな」
リネーはそう言いながら、カップのお茶を飲み干した。
クジマが聞こえない声で
「あるけど、君にはしてほしくないから言えないよ……」
と呟いていた。
+ + +
ベッドの上でリネーは目を覚ますと、まだ外は真夜中だった。ふと隣を見ると、寝ていたはずのクジマがいなかった。リネーは気にしないというのに、クジマはリネーと一緒に寝ることをとても恥ずかしがっており、いつも床で寝ると言うのを無理矢理ベッドに引きずり込み一緒に寝ていた。
(そんなに僕と寝るのが嫌なのかよ……しっかり寝間着も着てるのに)
リネーはベットから降りて、水でも飲もうと暗い部屋を出ると向かいの最近クジマの仕事部屋にチェンジした部屋から鈍い光が漏れていた。
(なんか仕事でもやっているのか?)
ドアをゆっくりと開けると、部屋の中で光る薄い板のようなものを見つめているクジマがいた。穴が空くほどその光る板を凝視しているので、なにか楽しそうな魔道具なのかもしれないと思い、リネーは後ろからゆっくりと忍び寄りクジマの背中に声を掛けた。
「何してるの?」
「うっ!うわあああっ!!!???」
盛大に驚いたクジマが後ろを振り返り持っていた光る板を放り出し落としそうになるのを、リネーはすかさずキャッチする。板はノートサイズで思ったよりも軽かった。
「何、この板、タブレットみたいだ」
「リネーくん、ちょっ、ちょっとそれ返して……あと頼むから見ないで」
「えっなんで?ってうわっ、なにこれ!?」
光る薄い画面では、うら若き美少年がガタイのいい男に犯されている動画が映っていてリネーは驚いた。
「この世界にもエロ動画あんの!?」
「えろどうが?これは魔道具を使って動く写真を送る技術だよ。板は魔道具で魔術板と言われているよ」
「だからタブレットでエロ動画じゃないか。ってクジマ、なんでアンタ、こんなの見てるの?」
「えっ……えーと、それは……その寝れなかったから時間つぶし……で見てただけだから……決して邪な気持ちでみてたわけじゃないから……」
曖昧に言葉を濁すクジマだが、リネーにはそんなことはどうでもよかった。前世のエロ動画で稼いでいたことを思い出し、そしてこの世界には動画を配信する技術があるということはリネーにとって朗報だった。リネーは言い訳をしているクジマの両手を掴み、彼に向かって提案をする。
「ねえクジマ、僕もこれ配信したい。そしてお金を稼ぎたい。手伝って欲しい」
「えっ、えっ?やりたいの?これを?」
「うん!」
「セ、セックスしたいってこと?」
「そういうわけじゃないんだけど、手っ取り早く稼ぎたいんだよね」
思わぬことを言われたクジマだが、キラキラした目のリネーに提案されて断ることはできなかった。
「……う、うん、手伝ってもいいよ」
「ありがとう!クジマ」
嬉しくて思わずクジマにリネーは抱きついた。嬉しさのあまりリネーは、クジマの胸に頭をグリグリ押し付け、腰に腕を回し抱き付くが、クジマはそれだけで脳内が爆発しそうになっていた。
「まっ、魔術板の動く写真よりもリネーくんに心臓がドキドキするっ……」
「クジマ、なんか言った?」
リネーは気にせずクジマに抱きついたままで、クジマは恋愛経験値ゼロの自分を試されているかのような気分になっていた。
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