44 / 164
#2 軽薄者を許さない男
44
しおりを挟む優磨くんはびっくりして私を見た。何度も慌てて帰る変な女だと思ったかもしれない。でも名字が城藤だと知ってしまった以上、私は急いで確認しなければ。
「ごめんね」
出されたコーヒーを味わうことなく急いで飲んだ。まだ熱いコーヒーで舌を火傷したけれど、そんなことを気にしていられない。
「あの、足立さん……また来てくれますか?」
優磨くんの目は不安からか少しだけ赤い。私の答えに緊張しているようだ。
「うん……また時間ができたらね」
私がそう言うと優磨くんは嬉しそうに笑う。もし尻尾があったとしたら左右に揺れるのではないかと思うほど。
本当にまたここに来るかは優磨くんの家族を確かめてから、だとは本人には言えない。
「じゃあね」
ラックに雑誌を戻すと出口を向いた。
「ありがとうございました」
無邪気な声が私の背中に突き刺さった。
自宅のドアを開けると靴を脱いで一直線に自分の部屋に入った。
「おかえりー」
キッチンから母の声が聞こえたけれど返事をする余裕もない。
子供の頃から今でも置いてある学習机の引き出しを開けて、奥からあるものを取り出した。私を悩ませるあの時の披露宴の席次表だ。
『寿』と書かれた台紙をゆっくりめくると、新郎新婦の写真とプロフィールが載っている。今よりも少し若い浅野さんの顔写真。その右には新婦の顔写真がある。この数年忘れたくても忘れられない顔。
さらにめくって『城藤優磨』の名前を探した。そうして見つけた。『新婦弟 城藤優磨』の文字を。何度も何度も繰り返し目で見て指でなぞる。
優磨くんが弟だなんて……。
当時は優磨くんが弟だなんて知らなかったし顔も覚えていなかった。改めて見た数年前の新婦の写真と優磨くんはよく似ている。
『俺もこのバンドは嫌いです』
そう言った理由は言われなくても理解した。
もう私は浅野さんどころか優磨くんにさえも後ろめたさを感じる。浅野さんを幸せにしたいと決めた気持ちが、美麗さんの弟との接近で揺らぐ。
私があの結婚をぶち壊した隠れた一人であるといつかバレてしまいそうで怖い。
過去はいつまでも私に付き纏い、解放してはくれないのだ。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
おじさんは予防線にはなりません
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」
それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。
4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。
女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。
「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」
そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。
でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。
さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。
だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。
……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。
羽坂詩乃
24歳、派遣社員
地味で堅実
真面目
一生懸命で応援してあげたくなる感じ
×
池松和佳
38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長
気配り上手でLF部の良心
怒ると怖い
黒ラブ系眼鏡男子
ただし、既婚
×
宗正大河
28歳、アパレル総合商社LF部主任
可愛いのは実は計算?
でももしかして根は真面目?
ミニチュアダックス系男子
選ぶのはもちろん大河?
それとも禁断の恋に手を出すの……?
******
表紙
巴世里様
Twitter@parsley0129
******
毎日20:10更新
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる