PMに恋したら

秋葉なな

文字の大きさ
上 下
36 / 36
愛を誓うお巡りさん

しおりを挟む

父は事故以来完全に自分の足だけで歩くことが困難になってしまった。リハビリをすれば杖一本で今よりも楽に歩くことは可能になるかもしれないけれど、時間がかかることだった。
現在家の中ではほとんど松葉杖を使って移動し、外では車椅子で移動していた。会社までは毎日母が車で送迎し、社内では社員の協力を得ながら車椅子で仕事をしているようだ。
思ったほど介助の必要がないことに母も私も父本人も安堵していた。気をつけることといえば階段と入浴くらいだ。

「柴田君は何時に来るんだった?」

「7時だよ。念のため寝ちゃってないか確認してみるけど」

今夜はシバケンが我が家に夕食を食べに来る。非番の日だから来る前に仮眠を取ると言っていた。そのまま熟睡していないかどうか心配ではあった。やっと父がシバケンと付き合うことを認めてくれたのだ。疲れて寝てしまうのは仕方がないことではあるけれど、今は父の機嫌を損ねたくはない。

父は私の交際相手として坂崎さんにはもう未練はないようだ。部下だから付き合いはあるのだろうけど、坂崎さんが我が家に来ることはもちろんなくなって、私が会うことはもうなくなった。

『あと20分くらいで着くから』

そうLINEがあったことを父と母に伝え、リビングの掃除は完璧か、料理や食器は揃っているかを母以上に確認した。

玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると箱を持ったシバケンが立っていた。

「お疲れ様」

「はぁ……やっとこの日がきた」

シバケンの溜め息の理由が分かって笑ってしまう。今夜は同棲する挨拶を兼ねた食事会だ。
家の中に入るとシバケンは母に持っていた箱を渡した。

「実家から送られてきたリンゴです」

「まあ、ありがとうございます」

母はリンゴを受け取りご機嫌だ。もともと坂崎さんよりもシバケンの方が私にお似合いだと思っていた母はシバケンがお気に入りだ。健人くんなんて呼んで未来の息子を可愛がっている。

「こんばんは。お邪魔いたします」

リビングに入って父に挨拶をすると仕事明けのシバケンを労うこともしない。私は呆れて父を無視してシバケンに座るように促した。けれどシバケンももう父のことをわかってきたのか気分を害した様子はなく笑顔だった。

通り魔事件で活躍したエピソードを父に聞かせるうちに、シバケンと父の話は盛り上がっていった。同じ仕事の話でも、父の会社の話と警察の仕事の話では興味が全然違い、私も母も楽しめる食事だった。

トイレに立った父が戻ってくると手にはワインのボトルを持っていた。

「柴田君、君も一緒に飲もう」

「ちょっとお父さん、シバケンは車で来てるんだから……」

「いいじゃないか。泊まっていけばいい」

「はい!?」

「明日は休みなんだろう? なら飲んでも平気だな。今夜は泊まっていけばいい」

シバケンの許可も取らずに父はグラスに並々とワインを注いだ。

「どうしよう」と口にはせずに目で聞いてきたシバケンに「私に言われても困る」と目で合図を返した。泊まることは構わないのだけれど、問題はシバケンがお酒にそんなに強くないことだった。まだ付き合う前に居酒屋で会った時もお酒が入っていたから私を抱きしめたのだ。

「さあ乾杯だ」

気を良くした父は一方的にグラスをぶつけ飲み始めた。仕方がないと頷いて合図するとシバケンも渋々ワインに口をつけた。そこからはあっという間にボトルが空になり、父もシバケンも面倒くさいほどに酔っ払った。

「そんなんじゃ実弥と一緒に住むことは許せん!」

「ちゃんと守れますから!」

「親に向かって何だのその口は!」

「まだ親じゃないって! なんなら今すぐ入籍を認めてください!」

「巡査部長ごときに娘はやれん!」

「これからもっと出世しますから!」

怒鳴り合いにうんざりした私は母の剥いたリンゴをかじりながら、勝手にテレビのチャンネルを替えてドラマを見始めた。
何だかんだ父とシバケンは似ている。酔うと自分勝手に動くシバケンは父にそっくりだ。こうなると私の言葉なんてちっとも届かない。母はそんな二人を楽しそうに見ている。

ドラマに夢中になっていると、気がつけば部屋は静かになっていた。いつの間にか父はソファーで寝ているし、シバケンは床でいびきをかいて寝ている。
リンゴの入っていたお皿を片付けるためにキッチンへ行くと母は食器を洗っていた。

「二人とも寝ちゃった」

「あら、呆れた」

やかましい食事会はあっさり終わった。けれど総じて楽しかった。

「男二人を動かすのは大変だから、もう少し寝かせときましょう。実弥は先にお風呂入ってくれば?」

「シバケンは客間で寝てもらうの? 布団敷いてこようか?」

「じゃあお願い」

階段を上りかけたとき、「みやぁ」と寝ぼけた声がした。振り向くとシバケンがリビングから顔を出していた。

「起きたの? 今布団敷いてくるんだけど、先にお風呂入る?」

「あー、布団敷くの手伝う……」

「そう?」

シバケンは私の後ろについてゆっくり階段を上がってきた。
父が事故に遭って以来、2階にあった両親の寝室を1階の客間に変えた。寝室だった部屋を客間にしたため、今夜シバケンが寝る部屋は私の部屋の向かいだ。

「ベッドじゃなくてごめんね」

敷き布団の上にシーツをかけて枕を置いた。

「羽毛だけじゃ寒いかな? 上に毛布もかける?」

押入れから毛布を取ろうとした瞬間、後ろからシバケンに抱きしめられた。

「ちょっとシバケン?」

引き剥がそうともがくとシバケンの腕はますます私を締め付ける。

「実弥……」

囁くように名前を呼ばれ、うなじにキスをされた。抵抗するとシバケンは私を抱いたまま体をひねって布団に押し倒した。

「だめだって!」

本気で怒っているのに、私を押さえつけ見下ろすシバケンは目の焦点が合わない。

「んー……」

目を閉じたシバケンは寝ぼけ声を出してゆっくりと顔を下ろし、貪るようなキスをしてきた。私は諦めて強引なキスを受け入れ、下唇をかじられながらシバケンの頭をよしよしと撫でた。こうなっては彼が隙を見せるまで止められないのだ。
一旦満足したのか唇が離れた瞬間、バシッとシバケンの頬を両手で叩いた。乾いた音が部屋に響き、痛さで「ぶっ!」と声を出すシバケンを無視して頬を挟んだまま押して顔を引き剥がした。シバケンが渋々私の上から退くと、そのまま布団に寝転がって動かなくなった。

「シバケン?」

恐る恐る声をかけると寝息が聞こえた。

「まったくもう……この酔っ払い」

仕事はあんなにかっこいいのに、酔うととんでもなく面倒くさい男だ。恋人の実家で押し倒すなんて信じられない。下の階には父も母もいるのだ。明日起きたらお説教してやる。
寝ているシバケンの鼻をつまんだ。「んごっ」と苦しそうな声を出したけれど、起きることなく再び規則的な寝息を立てた。仕事明けだから余計に酔いが回ったのだろう。

「今事件が起こっても出動できないよ、お巡りさん」

そう言って毛布をかけた。羽毛布団の上で寝てしまったから体にかけるものは毛布一枚しかない。風邪を引いてしまう心配があった。
酔った末に風邪を引いたヒーローなんて頼りにならないな。そう思いつつシバケンが愛おしく思えて頭を撫でた。

私のヒーロー。私の愛しい人。
シバケンといたい。この先何があっても、どんな事件事故が起ころうとも。
私だってシバケンのためならどんなことだってしてみせる。
だからどうか、この素敵なお巡りさんとずっとずっと一緒にいられますように。



END
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

処理中です...