22 / 36
泣いてばかりいる猫ちゃん
2
しおりを挟む
「柴田さんみたいだったら良かったのに」
シバケンの名前を出されてどきりとする。
「柴田さん優しそうだし、ザ、警察官って感じだよね」
「あはは、そうだね」
シバケンを褒められて嬉しい。確かにシバケンは真面目な人だ。
「高木さんは悪い人じゃないんだけど……お付き合いしたらこの年じゃ結婚だって考えるじゃん? そういうの考えちゃうと直感と勢いよりも私との相性優先で考えちゃうよ……」
「まあその気持ちはわかるよ」
高木さんのノリは物事を慎重に考えて思い詰める性格の優菜とは合わないかもしれない。
「実弥は柴田さんと順調?」
「ああ、うん」
優菜にシバケンが家に挨拶に来たこと、坂崎さんとのことを話した。
「箱入り娘も大変だね」
「箱入りって……」
「でも羨ましいな……家族と一緒に生活して」
優菜は大学進学と同時に一人暮らしをしていて実家が恋しいようだ。
「家を出ちゃうのも、私からするともったいない話だよ」
優菜の言葉に反論したくなるのを抑えた。家族の問題は人それぞれ価値観がある。私の父に対する感情を優菜にぶつけて暗い気持ちを共有したくはなかった。
「もう私も自立しないと」
そう言って不動産会社からもらってきたアパートの間取り図を優菜に見せた。
「これいいじゃん」
優菜が指したのは第一候補にしている物件だ。
「だよねー。私もここがいいと思ってたの」
会社からも近いし家賃も間取りも申し分ない。けれど何よりの決め手はシバケンの家まで電車が乗り換えなしの直通なことだ。シバケンも私もお互い会いたいときに会えるのだ。
「でもさ、一人暮らしなんかしないで柴田さんと一緒に住んじゃえばいいのに」
「うーん……」
それも考えた。けれどいきなりそんなことを言ってシバケンが困るのも嫌だった。シバケンは本気で私とのことを考えてくれているのはわかったけれど、急に話を進めて重荷になりたくなかった。彼が考えていると言ってくれたのだから急かしたくはない。
「優ちゃんも異動を前向きに考えたら? 人間関係はよくなるかもよ?」
「そうなんだけど……」
「私も総務課の仕事がやる気になってきたとこなんだ」
「あんなに嫌がってたのに?」
「他の部署とコミュニケーションが取れるようになったから面白くなってきたの。今まで知らなかった部署の仕事がわかって、特にレストラン事業部は楽しそう」
「ああ、確かに内勤は楽しいよ。店舗勤務はお勧めしないけど」
優菜には総務課の仕事は不満だと言っていた。けれどさすがにコネ入社だとは言えなかった。優菜も努力をして就職してきたのに、私だけ親の力だなんて恥ずかしくて申し訳なくもある。
「異動願い出してみたら?」
「え、異動?」
優菜の思いがけない提案に面食らう。
「総務の仕事も良し悪しがあるだろうけど、レストラン事業部は企画からオープンまで成長過程が楽しいからね。オープンしてからも改良していかなきゃいけないから、頭も使うしリサーチもし続けなきゃいけない。忙しいけれど充実はすると思うよ」
「異動か……」
「部署替えたいって言ってたじゃん? レストラン事業部にくれば?」
今までレストラン事業部で働く自分を想像できなかった。何かを望んではいけないと自然と思い込んで動けないでいた。
「このままうまくいくといいね。会社での生き方」
「お互いにね」
優菜も高木さんといい方向に進んでくれたらいい。
部屋の契約は今度の休みに行くとして、両親に家を出ることを伝えようと帰ると、父も食事に出ていて帰っていなかった。母に先に打ち明けると予想外に「頑張りなさい」と反対されることはなかった。
「お母さんからそれとなくお父さんに言っといてよ」
「そうね……」
父には直接言うつもりはない。私が黙っていても母はすぐにでも父に報告するのだろうから。父の反応次第では母の態度も変わり反対し始めるかもしれない。
早速荷造りを始めようと読まなくなった雑誌をビニール紐で縛っていたとき、リビングから「実弥!」と私を呼ぶ父の怒鳴り声が聞こえた。
ほら、母はもう父に報告したのだ。
父のどんな命令だって聞くつもりはない。無視してビニール紐をハサミで切ると再び私を呼ぶ煩わしい声がする。怒鳴り合いのケンカになることを覚悟で仕方なくリビングに下りるとスーツを乱した父がソファーに深く座っていた。
「なぜ今更一人暮らしをするんだ?」
酔っている父はいつも以上に横柄な態度だ。
「………」
「家を出ても援助するつもりはないぞ」
「いらないよ。一人で生活できるから」
「お前まさかあの警察官と住むんじゃないだろうな?」
「違うよ」
いずれはそうなるかもしれないけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。
「まだ付き合っているのか?」
「別れないって言ってるでしょ」
何度この会話をしたら気が済むのだろう。私は父の思い通りに動くロボットじゃないのだ。
「家を出ることは許さない」
「え?」
「今更家を出てなんになる? 坂崎くんと住む家はお父さんが用意してやるんだから。それでいいじゃないか」
当たり前のように言い放った父に絶句した。新しい家に住みたいわけではない。父はそこを理解していない。まだ私を坂崎さんと結婚させる気でいる父が恐ろしくなった。シバケンの存在をどこまでも否定する。
「そうだ、今度こそ坂崎くんと食事に行きなさい。彼も実弥と会いたがっていたんだ。先日の失礼な態度を詫びてきなさい」
「お父さん、坂崎さんはお父さんの所有物じゃないの。もちろん私も。意志があるんだよ。話を聞いて」
父に説教をする日が来るとは思わなかった。けれどもう譲らないと決めたのだ。
「坂崎さんとは付き合わない」
「坂崎くんはそのつもりだぞ」
「嘘だね」
あの人だって父に逆らえないだけだ。私を本気で相手にしたいと思うはずがない。
「それがどうした」
「………」
「坂崎くんがお父さんの命令で実弥と結婚すると決めても、実弥を幸せにしてくれると信じているからいいんだ」
「なにを……言ってるの? 坂崎さんの気持ちはどうでもいいの?」
「坂崎くんと結婚すれば安泰なんだ。坂崎くんも自分の立場や将来を考えてのことだよ」
「バカみたい……」
私は坂崎さんのことを何も知らない。坂崎さんと結婚しても私が幸せとは限らない。坂崎さんは父に取り入るために好きでもない私と結婚する。父は私が望まない相手と一緒になることを望んでいる。
「理解できないよ……」
シバケンの名前を出されてどきりとする。
「柴田さん優しそうだし、ザ、警察官って感じだよね」
「あはは、そうだね」
シバケンを褒められて嬉しい。確かにシバケンは真面目な人だ。
「高木さんは悪い人じゃないんだけど……お付き合いしたらこの年じゃ結婚だって考えるじゃん? そういうの考えちゃうと直感と勢いよりも私との相性優先で考えちゃうよ……」
「まあその気持ちはわかるよ」
高木さんのノリは物事を慎重に考えて思い詰める性格の優菜とは合わないかもしれない。
「実弥は柴田さんと順調?」
「ああ、うん」
優菜にシバケンが家に挨拶に来たこと、坂崎さんとのことを話した。
「箱入り娘も大変だね」
「箱入りって……」
「でも羨ましいな……家族と一緒に生活して」
優菜は大学進学と同時に一人暮らしをしていて実家が恋しいようだ。
「家を出ちゃうのも、私からするともったいない話だよ」
優菜の言葉に反論したくなるのを抑えた。家族の問題は人それぞれ価値観がある。私の父に対する感情を優菜にぶつけて暗い気持ちを共有したくはなかった。
「もう私も自立しないと」
そう言って不動産会社からもらってきたアパートの間取り図を優菜に見せた。
「これいいじゃん」
優菜が指したのは第一候補にしている物件だ。
「だよねー。私もここがいいと思ってたの」
会社からも近いし家賃も間取りも申し分ない。けれど何よりの決め手はシバケンの家まで電車が乗り換えなしの直通なことだ。シバケンも私もお互い会いたいときに会えるのだ。
「でもさ、一人暮らしなんかしないで柴田さんと一緒に住んじゃえばいいのに」
「うーん……」
それも考えた。けれどいきなりそんなことを言ってシバケンが困るのも嫌だった。シバケンは本気で私とのことを考えてくれているのはわかったけれど、急に話を進めて重荷になりたくなかった。彼が考えていると言ってくれたのだから急かしたくはない。
「優ちゃんも異動を前向きに考えたら? 人間関係はよくなるかもよ?」
「そうなんだけど……」
「私も総務課の仕事がやる気になってきたとこなんだ」
「あんなに嫌がってたのに?」
「他の部署とコミュニケーションが取れるようになったから面白くなってきたの。今まで知らなかった部署の仕事がわかって、特にレストラン事業部は楽しそう」
「ああ、確かに内勤は楽しいよ。店舗勤務はお勧めしないけど」
優菜には総務課の仕事は不満だと言っていた。けれどさすがにコネ入社だとは言えなかった。優菜も努力をして就職してきたのに、私だけ親の力だなんて恥ずかしくて申し訳なくもある。
「異動願い出してみたら?」
「え、異動?」
優菜の思いがけない提案に面食らう。
「総務の仕事も良し悪しがあるだろうけど、レストラン事業部は企画からオープンまで成長過程が楽しいからね。オープンしてからも改良していかなきゃいけないから、頭も使うしリサーチもし続けなきゃいけない。忙しいけれど充実はすると思うよ」
「異動か……」
「部署替えたいって言ってたじゃん? レストラン事業部にくれば?」
今までレストラン事業部で働く自分を想像できなかった。何かを望んではいけないと自然と思い込んで動けないでいた。
「このままうまくいくといいね。会社での生き方」
「お互いにね」
優菜も高木さんといい方向に進んでくれたらいい。
部屋の契約は今度の休みに行くとして、両親に家を出ることを伝えようと帰ると、父も食事に出ていて帰っていなかった。母に先に打ち明けると予想外に「頑張りなさい」と反対されることはなかった。
「お母さんからそれとなくお父さんに言っといてよ」
「そうね……」
父には直接言うつもりはない。私が黙っていても母はすぐにでも父に報告するのだろうから。父の反応次第では母の態度も変わり反対し始めるかもしれない。
早速荷造りを始めようと読まなくなった雑誌をビニール紐で縛っていたとき、リビングから「実弥!」と私を呼ぶ父の怒鳴り声が聞こえた。
ほら、母はもう父に報告したのだ。
父のどんな命令だって聞くつもりはない。無視してビニール紐をハサミで切ると再び私を呼ぶ煩わしい声がする。怒鳴り合いのケンカになることを覚悟で仕方なくリビングに下りるとスーツを乱した父がソファーに深く座っていた。
「なぜ今更一人暮らしをするんだ?」
酔っている父はいつも以上に横柄な態度だ。
「………」
「家を出ても援助するつもりはないぞ」
「いらないよ。一人で生活できるから」
「お前まさかあの警察官と住むんじゃないだろうな?」
「違うよ」
いずれはそうなるかもしれないけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。
「まだ付き合っているのか?」
「別れないって言ってるでしょ」
何度この会話をしたら気が済むのだろう。私は父の思い通りに動くロボットじゃないのだ。
「家を出ることは許さない」
「え?」
「今更家を出てなんになる? 坂崎くんと住む家はお父さんが用意してやるんだから。それでいいじゃないか」
当たり前のように言い放った父に絶句した。新しい家に住みたいわけではない。父はそこを理解していない。まだ私を坂崎さんと結婚させる気でいる父が恐ろしくなった。シバケンの存在をどこまでも否定する。
「そうだ、今度こそ坂崎くんと食事に行きなさい。彼も実弥と会いたがっていたんだ。先日の失礼な態度を詫びてきなさい」
「お父さん、坂崎さんはお父さんの所有物じゃないの。もちろん私も。意志があるんだよ。話を聞いて」
父に説教をする日が来るとは思わなかった。けれどもう譲らないと決めたのだ。
「坂崎さんとは付き合わない」
「坂崎くんはそのつもりだぞ」
「嘘だね」
あの人だって父に逆らえないだけだ。私を本気で相手にしたいと思うはずがない。
「それがどうした」
「………」
「坂崎くんがお父さんの命令で実弥と結婚すると決めても、実弥を幸せにしてくれると信じているからいいんだ」
「なにを……言ってるの? 坂崎さんの気持ちはどうでもいいの?」
「坂崎くんと結婚すれば安泰なんだ。坂崎くんも自分の立場や将来を考えてのことだよ」
「バカみたい……」
私は坂崎さんのことを何も知らない。坂崎さんと結婚しても私が幸せとは限らない。坂崎さんは父に取り入るために好きでもない私と結婚する。父は私が望まない相手と一緒になることを望んでいる。
「理解できないよ……」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様

Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる