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泣いてばかりいる猫ちゃん
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「柴田さんみたいだったら良かったのに」
シバケンの名前を出されてどきりとする。
「柴田さん優しそうだし、ザ、警察官って感じだよね」
「あはは、そうだね」
シバケンを褒められて嬉しい。確かにシバケンは真面目な人だ。
「高木さんは悪い人じゃないんだけど……お付き合いしたらこの年じゃ結婚だって考えるじゃん? そういうの考えちゃうと直感と勢いよりも私との相性優先で考えちゃうよ……」
「まあその気持ちはわかるよ」
高木さんのノリは物事を慎重に考えて思い詰める性格の優菜とは合わないかもしれない。
「実弥は柴田さんと順調?」
「ああ、うん」
優菜にシバケンが家に挨拶に来たこと、坂崎さんとのことを話した。
「箱入り娘も大変だね」
「箱入りって……」
「でも羨ましいな……家族と一緒に生活して」
優菜は大学進学と同時に一人暮らしをしていて実家が恋しいようだ。
「家を出ちゃうのも、私からするともったいない話だよ」
優菜の言葉に反論したくなるのを抑えた。家族の問題は人それぞれ価値観がある。私の父に対する感情を優菜にぶつけて暗い気持ちを共有したくはなかった。
「もう私も自立しないと」
そう言って不動産会社からもらってきたアパートの間取り図を優菜に見せた。
「これいいじゃん」
優菜が指したのは第一候補にしている物件だ。
「だよねー。私もここがいいと思ってたの」
会社からも近いし家賃も間取りも申し分ない。けれど何よりの決め手はシバケンの家まで電車が乗り換えなしの直通なことだ。シバケンも私もお互い会いたいときに会えるのだ。
「でもさ、一人暮らしなんかしないで柴田さんと一緒に住んじゃえばいいのに」
「うーん……」
それも考えた。けれどいきなりそんなことを言ってシバケンが困るのも嫌だった。シバケンは本気で私とのことを考えてくれているのはわかったけれど、急に話を進めて重荷になりたくなかった。彼が考えていると言ってくれたのだから急かしたくはない。
「優ちゃんも異動を前向きに考えたら? 人間関係はよくなるかもよ?」
「そうなんだけど……」
「私も総務課の仕事がやる気になってきたとこなんだ」
「あんなに嫌がってたのに?」
「他の部署とコミュニケーションが取れるようになったから面白くなってきたの。今まで知らなかった部署の仕事がわかって、特にレストラン事業部は楽しそう」
「ああ、確かに内勤は楽しいよ。店舗勤務はお勧めしないけど」
優菜には総務課の仕事は不満だと言っていた。けれどさすがにコネ入社だとは言えなかった。優菜も努力をして就職してきたのに、私だけ親の力だなんて恥ずかしくて申し訳なくもある。
「異動願い出してみたら?」
「え、異動?」
優菜の思いがけない提案に面食らう。
「総務の仕事も良し悪しがあるだろうけど、レストラン事業部は企画からオープンまで成長過程が楽しいからね。オープンしてからも改良していかなきゃいけないから、頭も使うしリサーチもし続けなきゃいけない。忙しいけれど充実はすると思うよ」
「異動か……」
「部署替えたいって言ってたじゃん? レストラン事業部にくれば?」
今までレストラン事業部で働く自分を想像できなかった。何かを望んではいけないと自然と思い込んで動けないでいた。
「このままうまくいくといいね。会社での生き方」
「お互いにね」
優菜も高木さんといい方向に進んでくれたらいい。
部屋の契約は今度の休みに行くとして、両親に家を出ることを伝えようと帰ると、父も食事に出ていて帰っていなかった。母に先に打ち明けると予想外に「頑張りなさい」と反対されることはなかった。
「お母さんからそれとなくお父さんに言っといてよ」
「そうね……」
父には直接言うつもりはない。私が黙っていても母はすぐにでも父に報告するのだろうから。父の反応次第では母の態度も変わり反対し始めるかもしれない。
早速荷造りを始めようと読まなくなった雑誌をビニール紐で縛っていたとき、リビングから「実弥!」と私を呼ぶ父の怒鳴り声が聞こえた。
ほら、母はもう父に報告したのだ。
父のどんな命令だって聞くつもりはない。無視してビニール紐をハサミで切ると再び私を呼ぶ煩わしい声がする。怒鳴り合いのケンカになることを覚悟で仕方なくリビングに下りるとスーツを乱した父がソファーに深く座っていた。
「なぜ今更一人暮らしをするんだ?」
酔っている父はいつも以上に横柄な態度だ。
「………」
「家を出ても援助するつもりはないぞ」
「いらないよ。一人で生活できるから」
「お前まさかあの警察官と住むんじゃないだろうな?」
「違うよ」
いずれはそうなるかもしれないけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。
「まだ付き合っているのか?」
「別れないって言ってるでしょ」
何度この会話をしたら気が済むのだろう。私は父の思い通りに動くロボットじゃないのだ。
「家を出ることは許さない」
「え?」
「今更家を出てなんになる? 坂崎くんと住む家はお父さんが用意してやるんだから。それでいいじゃないか」
当たり前のように言い放った父に絶句した。新しい家に住みたいわけではない。父はそこを理解していない。まだ私を坂崎さんと結婚させる気でいる父が恐ろしくなった。シバケンの存在をどこまでも否定する。
「そうだ、今度こそ坂崎くんと食事に行きなさい。彼も実弥と会いたがっていたんだ。先日の失礼な態度を詫びてきなさい」
「お父さん、坂崎さんはお父さんの所有物じゃないの。もちろん私も。意志があるんだよ。話を聞いて」
父に説教をする日が来るとは思わなかった。けれどもう譲らないと決めたのだ。
「坂崎さんとは付き合わない」
「坂崎くんはそのつもりだぞ」
「嘘だね」
あの人だって父に逆らえないだけだ。私を本気で相手にしたいと思うはずがない。
「それがどうした」
「………」
「坂崎くんがお父さんの命令で実弥と結婚すると決めても、実弥を幸せにしてくれると信じているからいいんだ」
「なにを……言ってるの? 坂崎さんの気持ちはどうでもいいの?」
「坂崎くんと結婚すれば安泰なんだ。坂崎くんも自分の立場や将来を考えてのことだよ」
「バカみたい……」
私は坂崎さんのことを何も知らない。坂崎さんと結婚しても私が幸せとは限らない。坂崎さんは父に取り入るために好きでもない私と結婚する。父は私が望まない相手と一緒になることを望んでいる。
「理解できないよ……」
シバケンの名前を出されてどきりとする。
「柴田さん優しそうだし、ザ、警察官って感じだよね」
「あはは、そうだね」
シバケンを褒められて嬉しい。確かにシバケンは真面目な人だ。
「高木さんは悪い人じゃないんだけど……お付き合いしたらこの年じゃ結婚だって考えるじゃん? そういうの考えちゃうと直感と勢いよりも私との相性優先で考えちゃうよ……」
「まあその気持ちはわかるよ」
高木さんのノリは物事を慎重に考えて思い詰める性格の優菜とは合わないかもしれない。
「実弥は柴田さんと順調?」
「ああ、うん」
優菜にシバケンが家に挨拶に来たこと、坂崎さんとのことを話した。
「箱入り娘も大変だね」
「箱入りって……」
「でも羨ましいな……家族と一緒に生活して」
優菜は大学進学と同時に一人暮らしをしていて実家が恋しいようだ。
「家を出ちゃうのも、私からするともったいない話だよ」
優菜の言葉に反論したくなるのを抑えた。家族の問題は人それぞれ価値観がある。私の父に対する感情を優菜にぶつけて暗い気持ちを共有したくはなかった。
「もう私も自立しないと」
そう言って不動産会社からもらってきたアパートの間取り図を優菜に見せた。
「これいいじゃん」
優菜が指したのは第一候補にしている物件だ。
「だよねー。私もここがいいと思ってたの」
会社からも近いし家賃も間取りも申し分ない。けれど何よりの決め手はシバケンの家まで電車が乗り換えなしの直通なことだ。シバケンも私もお互い会いたいときに会えるのだ。
「でもさ、一人暮らしなんかしないで柴田さんと一緒に住んじゃえばいいのに」
「うーん……」
それも考えた。けれどいきなりそんなことを言ってシバケンが困るのも嫌だった。シバケンは本気で私とのことを考えてくれているのはわかったけれど、急に話を進めて重荷になりたくなかった。彼が考えていると言ってくれたのだから急かしたくはない。
「優ちゃんも異動を前向きに考えたら? 人間関係はよくなるかもよ?」
「そうなんだけど……」
「私も総務課の仕事がやる気になってきたとこなんだ」
「あんなに嫌がってたのに?」
「他の部署とコミュニケーションが取れるようになったから面白くなってきたの。今まで知らなかった部署の仕事がわかって、特にレストラン事業部は楽しそう」
「ああ、確かに内勤は楽しいよ。店舗勤務はお勧めしないけど」
優菜には総務課の仕事は不満だと言っていた。けれどさすがにコネ入社だとは言えなかった。優菜も努力をして就職してきたのに、私だけ親の力だなんて恥ずかしくて申し訳なくもある。
「異動願い出してみたら?」
「え、異動?」
優菜の思いがけない提案に面食らう。
「総務の仕事も良し悪しがあるだろうけど、レストラン事業部は企画からオープンまで成長過程が楽しいからね。オープンしてからも改良していかなきゃいけないから、頭も使うしリサーチもし続けなきゃいけない。忙しいけれど充実はすると思うよ」
「異動か……」
「部署替えたいって言ってたじゃん? レストラン事業部にくれば?」
今までレストラン事業部で働く自分を想像できなかった。何かを望んではいけないと自然と思い込んで動けないでいた。
「このままうまくいくといいね。会社での生き方」
「お互いにね」
優菜も高木さんといい方向に進んでくれたらいい。
部屋の契約は今度の休みに行くとして、両親に家を出ることを伝えようと帰ると、父も食事に出ていて帰っていなかった。母に先に打ち明けると予想外に「頑張りなさい」と反対されることはなかった。
「お母さんからそれとなくお父さんに言っといてよ」
「そうね……」
父には直接言うつもりはない。私が黙っていても母はすぐにでも父に報告するのだろうから。父の反応次第では母の態度も変わり反対し始めるかもしれない。
早速荷造りを始めようと読まなくなった雑誌をビニール紐で縛っていたとき、リビングから「実弥!」と私を呼ぶ父の怒鳴り声が聞こえた。
ほら、母はもう父に報告したのだ。
父のどんな命令だって聞くつもりはない。無視してビニール紐をハサミで切ると再び私を呼ぶ煩わしい声がする。怒鳴り合いのケンカになることを覚悟で仕方なくリビングに下りるとスーツを乱した父がソファーに深く座っていた。
「なぜ今更一人暮らしをするんだ?」
酔っている父はいつも以上に横柄な態度だ。
「………」
「家を出ても援助するつもりはないぞ」
「いらないよ。一人で生活できるから」
「お前まさかあの警察官と住むんじゃないだろうな?」
「違うよ」
いずれはそうなるかもしれないけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。
「まだ付き合っているのか?」
「別れないって言ってるでしょ」
何度この会話をしたら気が済むのだろう。私は父の思い通りに動くロボットじゃないのだ。
「家を出ることは許さない」
「え?」
「今更家を出てなんになる? 坂崎くんと住む家はお父さんが用意してやるんだから。それでいいじゃないか」
当たり前のように言い放った父に絶句した。新しい家に住みたいわけではない。父はそこを理解していない。まだ私を坂崎さんと結婚させる気でいる父が恐ろしくなった。シバケンの存在をどこまでも否定する。
「そうだ、今度こそ坂崎くんと食事に行きなさい。彼も実弥と会いたがっていたんだ。先日の失礼な態度を詫びてきなさい」
「お父さん、坂崎さんはお父さんの所有物じゃないの。もちろん私も。意志があるんだよ。話を聞いて」
父に説教をする日が来るとは思わなかった。けれどもう譲らないと決めたのだ。
「坂崎さんとは付き合わない」
「坂崎くんはそのつもりだぞ」
「嘘だね」
あの人だって父に逆らえないだけだ。私を本気で相手にしたいと思うはずがない。
「それがどうした」
「………」
「坂崎くんがお父さんの命令で実弥と結婚すると決めても、実弥を幸せにしてくれると信じているからいいんだ」
「なにを……言ってるの? 坂崎さんの気持ちはどうでもいいの?」
「坂崎くんと結婚すれば安泰なんだ。坂崎くんも自分の立場や将来を考えてのことだよ」
「バカみたい……」
私は坂崎さんのことを何も知らない。坂崎さんと結婚しても私が幸せとは限らない。坂崎さんは父に取り入るために好きでもない私と結婚する。父は私が望まない相手と一緒になることを望んでいる。
「理解できないよ……」
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