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気持ちの行方がわからない
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しおりを挟む「それは誘拐ですか? 犯罪ですよお巡りさん」
いたずらっぽく言うと頭の上で微かに笑う吐息を感じる。
「合意の上ならいいの。それとも、俺に連れ去られるのは困る?」
胸にうずめた顔を上に向けた。
「いいえ、大歓迎です」
困るわけないじゃない。シバケンとならどこにだって行ける。どんなことだってできちゃうんだから。精一杯の笑顔を向けた。私の想いがどれだけ大きいか、ちゃんとシバケンに伝わればいい。
シバケンが下を向き、私と視線が絡まった。そのままゆっくりと近づいてくる顔に合わせて、私もゆっくり目を閉じた。唇が重なり、ほんの少し開いた唇の隙間からシバケンの舌が口の中に侵入する。
「ん……」
深く絡まる柔らかな舌の動きに呼吸が乱れる。
「ちゃんと……二人の未来を考えてるから……」
僅かに離れた唇から力強い言葉が出る。シバケンの手が私の髪を愛おしそうに撫でた。その手が、私を見つめる熱っぽい視線が、愛情溢れる言葉が愛おしくて堪らない。私は返事をする代わりにただ頷いた。その瞬間、顔中にキスの雨が降り注ぐ。瞼に、頬に、唇に。
そのまま体に体重をかけられて床に組み敷かれる。
「実弥ごめん……そんなつもりじゃなかったんだけど、余裕ない……」
私を見下ろすシバケンの顔は色気を纏っていて、そんな顔で見つめられたら私だって余裕がなくなる。
「私……シバケンを受け入れたいです……」
そう言うと唇をシバケンの唇で塞がれる。手がワンピースの裾をまくり、私の胸を包むとビクンと体が跳ねた。シバケンが私の胸に顔を埋め何度も軽く吸いつく。その度に私の口からは甘い声が漏れて体が震える。
来たばかりのティーシャツを脱いだシバケンは私のワンピースも脱がす。私の体に覆いかぶさった体温が心地良くて、ただひたすらシバケンの熱を受け入れた。
「……大事にする」
乱れた呼吸の合間の言葉にシバケンを見上げると、真剣な表情で私を見下ろす。
「実弥を守るから」
力強い言葉に胸を打たれた。この人は本当にどんな悪事や不幸からも私を守ってくれる気がした。彼の全てを信じることができる。
「うん……」
潤み始めた瞳で真っ直ぐに見つめ返す。
心が満たされるのを感じる。
私のヒーロー。私の愛しい人。
シバケンといたい。私だってシバケンのためならどんなことだってしてみせる。親の言いなりだった自分を変えたい。変わってみせる。
だからどうか、シバケンとずっと一緒にいられますように。
「なんか、俺マジで最低かも……」
着替えながら暗い声を出したシバケンに「どうして?」と問いかける。
「実弥のご両親に挨拶に行く前にセックスって……」
そう言われると私も後ろめたさを感じる。でもシバケンと体を重ねたことは後悔していない。
「最低なんかじゃないです……私は嬉しかった……」
照れてしまい小さな声で言うとシバケンも照れたように「うん……」と呟いた。
アパートから駐車場までの短い距離でも、傘では防ぎきれないほどの激しい雨が体を打つ。私はシバケンの車の助手席に乗って、勢いよく運転席に乗ってきたシバケンの髪をハンカチで軽くふいた。彼はシャワーを浴びたばかりなのに髪が濡れ、ジャケットの肩も濡れていた。
「ますます雨が酷くなったね」
「本当に。車でよかったです」
エンジンをかけジャケットの水滴を手で払うシバケンに呆れて、持っていたハンカチでふいてあげる。髪から袖まで大人しくふかれるシバケンは本当に犬のようで、髪をぐしゃぐしゃと撫で回したい衝動に駆られた。
「ありがとう」
手をどけるとシバケンは微笑み身を乗り出した。その意を察して目を閉じると、当たり前のように彼の唇を受け入れる。今日だけでもう何度キスをしたのかわからない。シャワーを浴びた後から部屋を出る前まで、彼は常に私に触れていた。
設定されたカーナビの案内通りに私の自宅まで進み、シバケンの運転は始終穏やかだった。
「シバケン、運転上手……」
思わず呟いてしまった。今まで誰かが運転する車の助手席に乗っていて、こんなにも乗り心地がいいと思ったことはない。
「そうかもね。一応毎日乗ってるし、安全運転には人一倍気をつけなきゃいけないから」
そういえば彼は仕事でパトカーに乗っているんだった。
「いつもシバケンが運転してるの?」
「いや、俺と高木が交代で。でも大体は俺かな。運転好きだから」
「そうなんだ」
「実弥を乗せてるんだから、絶対に事故らないから安心して」
シバケンが横にいて不安に思うことなんて絶対にない。この人は私を守ってくれる。そう信じているのだから。
自宅近くの信号で止まった時、視線を感じてふと窓の外を見ると歩道に坂崎さんが歩いているのが見えた。
こっちを見ているような視線を感じたのに、坂崎さんは真っ直ぐ前を見て駅の方まで歩いている。私が乗っていると気づかれたかと思ったのは気のせいかもしれない。
今までずっと引き留められて家にいたのだろうか。私が帰ってくるまで父に帰らせてもらえなかったのだと思ったら気の毒になる。傲慢な父のせいで休日を無駄にしてしまうなんて男性会社員は大変だな、なんて他人事のように思った。シバケンだって会社員ではないけれど仕事柄様々なストレスを抱えているのかもしれない。
自宅の前に止めた車から降りると、私の後ろに立って髪を手で整え全身をチェックするシバケンの緊張が私にも伝わってくる。自宅の鍵はもちろん持っているけれど、敢えてチャイムを鳴らした。
「はい」
ドアホンを通した母の声に「私……」と小さく伝えると、しばらくして母が玄関から顔を出した。
「実弥? ……と?」
母はシバケンの姿に驚いて言葉を失った。
「初めまして! 柴田健人と申します!」
まるで面接でもするかのように、大きくはっきりとした声で母に名乗ったシバケンは深く頭を下げた。つられて母も頭を下げると再度「え? え?」と困惑した。
「お父さんいるよね?」
「いるけど……」
「彼を紹介したいの」
そう言うと母は「そう……」と言ってますます困った顔をした。
いつもそうだ。母は父に強い態度を取ることはなく、どこか遠慮していた。私が進路に悩み父に反発していたときも、母は味方になってくれることはなかった。それは警察官になりたいという夢を父に反対されたこと以上にショックを受けたのだ。
母の反応は気にも留めず、私は玄関のドアの間を抜けて中に入った。後ろからシバケンの「お邪魔します」と言う声と母の「どうぞ」と言う会話が聞こえた。
リビングに入ると父はコーヒーを飲みながらニュース番組を見ていた。テーブルにはノートパソコンと数枚の書類が広げられている。先ほど坂崎さんを見かけたということは、今まで二人で仕事の話でもしていたのかもしれない。
「お父さん……」
声をかけると父は私を見て眉間にしわを寄せた。
「どこに行っていたんだ。坂崎君はさっきまで待っててくれたんだぞ」
「私は待っててなんて頼んでないし」
こちらの話も聞かずに勝手に坂崎さんを呼んだくせに、私を怒るなんて本当に父は勝手だ。
「何だその言い方は!」
父の怒鳴り声にももう脅えたりしない。
「私の恋人を紹介したいの」
テレビの音量にも父の怒鳴り声にも負けない声ではっきり言った。それでも父は顔色一つ変えない。
「別れなさいと言っただろう」
「別れるわけないじゃない。お父さんの言うことを聞いたりしない」
「実弥!」
後ろに控えた母が私の父への態度を叱責する。けれど私は譲らない。今更母に味方になってほしいとも思わない。
「失礼します」
シバケンの声がして振り返ると、彼は私の後ろから出てきてリビングの中に入り父の前に立った。
「初めまして、柴田健人と申します」
私の横に立ったシバケンは先程母に挨拶したのと同じように深く頭を下げると父を真っ直ぐ見た。
「実弥さんとお付き合いさせて頂いています」
スーツを着て背筋を伸ばしたシバケンは仕事をしているときと同じで頼り甲斐があった。
「お引き取りください」
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