PMに恋したら

秋葉なな

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気持ちの行方がわからない

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劇場に入り座席に座るとシバケンは私の顔を見た。

「観たい映画は俺が決めちゃって本当によかったの?」

「はい、大丈夫ですよ」

正直この映画に興味は持てない。単純にシバケンが好きなものを知りたかったから合わせたのだ。実は興味がないことを悟ったのだろうシバケンは何かを言いたそうにこっちを見たままだったけれど、劇場内が暗くなると前を向いた。



映画も後半になるとストーリーに予想以上に引き込まれてしまった。見せ場のアクションも凄かったけれど、親子の愛というテーマも盛り込まれていて、ラストに向かうにつれて自然と目が潤んできた。最低な父親に反発していた主人公。けれど父親が本当は英雄で、主人公を守るために奮闘していたと知ったシーンでは涙が頬を伝った。小さく鼻を啜る音にシバケンが暗闇でこちらを向いた気配がした。

「大丈夫?」

耳元で聞こえる声に映画の内容が一瞬飛んでしまった。私の顔のすぐ近くにシバケンの顔がある。耳だけが敏感になる。

「泣いてる?」

「……感動しちゃって」

主人公に感情移入してしまったのだ。感動を推した映画ではない。私以外泣いている人がいる様子もないのに泣くなんて恥ずかしい。けれど一度潤んだ目はもう戻らない。

「可愛い……」

え? と聞き返そうとすると突然頭に温かい何かが載った。びくりと体が強張ったけれど、その何かは私の頭を優しく撫でた。それがシバケンの手だと気づくのには時間がかかった。彼の顔が見たくて横を向いたのと同時に、頭の上の手はシバケンの膝の上に戻ってしまった。スクリーンの薄い明かりで照らされたシバケンは無表情だ。私を見るわけでもなく、顔のパーツを一切動かすことはなかった。私も視線をスクリーンに戻したけれど映画の内容はもう頭に入らなかった。シバケンの手が載せられた頭は違和感を持ったまま、全身に麻痺が広がったように体は動かない。けれど涙だけは止まらなかった。

映画の感動を引きずって、シバケンに触れられたことが嬉しくて、けれど錯覚だったのではないかと混乱して、頭の中はぐちゃぐちゃだった。きっと涙でメイクも崩れている。



後ろの席の人が立ち上がる気配で我に返った。まだ劇場内は真っ暗ではあったけれど、気がつけばスクリーンはエンドロールが流れ、他にも席を立つ人が何人かいた。いつの間にか映画が終わっていた。ラストがどんな終わりだったのか見ていなかったので全然わからない。これではシバケンと映画の話ができなくなってしまう。

「実弥ちゃん」

再び耳元でシバケンの声がする。

「今日俺とこうして二人で会ってくれてるけど、最初に会ったときに言ってた彼氏とはまだ付き合ってるんだよね?」

予想外の質問に驚いた。シバケンと再会したのは太一に部屋から締め出された時だ。とっくに別れて自分では忘れていたけれど、シバケンは私がまだ太一と付き合っていると思っているのかもしれない。薄暗い中でもシバケンが真剣な表情で私を見ているのがわかった。

「……付き合ってないです」

太一と別れたのが遠い昔のことのようだ。今の私はもうシバケンしか目に入らない。シバケンしか好きにならない。

「シバケンが好きだから、別れました……」

言ってしまった。この暗さを利用して、涙でぐちゃぐちゃな顔を見られないように。シバケンが身を乗り出して私へぐっと近づいた。

「好きなの? 俺のこと」

「……はい。高校生だった時からずっと好きでした」

そう告げた瞬間シバケンの顔が更に近づいた。思わず目を瞑ると、唇に柔らかいものが触れる。それがシバケンの唇だとすぐにわかった。触れた唇は感情が湧く前に一瞬で離れ、目を開けるとまたすぐに触れてしまえる距離にシバケンの顔がある。私から一切視線を逸らさない瞳に体が吸い込まれてしまいそうな感覚になった。
薄暗い中でもスクリーンのわずかな光でシバケンが目を閉じたのがわかったから、私も自然と目を閉じた。再び唇が重なると、今度は離れることはなく角度を変えて貪るようなキスをされた。意外なキスに肩に力が入った。膝の上で握り締めた私の手をシバケンの手が包んだ。
体から唇と手以外のパーツがなくなったようだ。シバケンに触れている部分だけの感覚しかない。痺れを覚えた唇が離れてしまい、物足りなさからゆっくり目を開けるとシバケンの顔がはっきり見える。いつの間にか場内が明るくなっていた。
出口に向かって歩く人々がキスをする私たちに呆れた顔を向けている。途端に恥ずかしさがこみ上げた私は下を向いた。
こんなに人がいっぱいいるところでシバケンに告白してキスをするなんて……。
自分の大胆さに驚いた。同時にシバケンの予想外の行動にも驚く。

「実弥ちゃん来て」

私の手を包んだままのシバケンは手に少し力を込めて私に立つように促した。周りの注目を浴びてシバケンに手を握られたまま場内を出ると、彼は館内出口には向かわず通路の奥に進んでいった。

「シバケン?」

不思議に思って声をかけたけれど前を歩くシバケンは止まらない。通路の奥には非常口があり、従業員も観客も誰もいなかった。シバケンはやっと止まって私の手を放すと、壁に寄りかかって頭を抱えた。

「シバケン、大丈夫ですか?」

ますます不安になってシバケンの顔を覗き込んだ。すると顔を背けられた。

「ごめん……また強引に……」

シバケンは申し訳なさそうに謝る。

「俺は実弥ちゃんを困らせることばっかりするね……」

「そんなことないです」

今にもしゃがみ込みそうなほど落ち込んでいるシバケンに一歩足を近づけた。

「困ってないです……嬉しかった……」

これが本音だ。シバケンとこうして会えたこと。痺れるような甘いキスをしたこと。全てが嬉しくて堪らない。

「困るとしたら私の方です」

シバケンは首をかしげた。

「私は嬉しいです。けどシバケンは?」

「え?」

「こうして会ってくれて、私にキスして、でもシバケンが私をどう思っているのかまだ聞けていません。私の気持ちの行方はどうなりますか?」

今までのキスはシバケンの方から。けれどシバケンの気持ちは分からないまま、私に対する想いをまだはっきり聞かされていない。

「ごめん」

壁に寄りかかっていたシバケンは真っ直ぐに立ち私を見据えた。

「彼氏がいるって聞いてたのに、二人で会ってキスしたのは俺も君が好きだから」

私と体を向き合って優しい顔で告げた。

「会ったときから気になってた。最初に裸足で歩いていた時の泣いている君がずっと」

シバケンと目を合わせることができなくなった。裸足でいたときの泣き顔を覚えられていたことに、またも恥ずかしさがこみ上げる。

「あの時は単純に仕事として心配してた。でも今映画で感動して泣く君が可愛くて、俺の怪我を心配してくれる君が愛しくて……」

シバケンの手が私の頬に触れた。

「ああ、俺はこの子が好きだなって」

柔らかな眼差しを向けて、「全部手に入れたくなったんだ」と穏やかな声でそう言った。思わず叫んでしまいそうなほどの幸福感が心を満たした。

「私も、シバケンが大好きです」

自然と言葉が漏れた。

「彼氏とまだ付き合っていたらここには来ません。シバケンと再会してからすぐに別れました。不誠実な付き合いをしたくない。だってシバケンが大好きだから」

仕事をしている彼、笑う彼、頭を撫でて手を包んでくれる彼の全てが好きだ。好きだと思ったところを全部伝えたい。けれどただ『大好き』という言葉以外出てこない。そんな私にシバケンは笑顔を見せる。

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