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あなたの気持ちはどこですか
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しおりを挟む「柴田の知り合い?」
「そーっす」
「実弥? 知り合い?」
優菜は不思議そうな顔を私に向け、グラスを転がした男性はやたら笑顔で優菜を見て、シバケンはジョッキを一気飲みしている。
「よかったら一緒に飲みませんか?」
「えっ」
そう提案してきたのはグラスを転がした男性だ。
「俺たち職場の同僚なんですけど、男ばっかで花がないんですよ」
突然誘われても困惑してしまう。どうする? と優菜と目を合わせた。シバケンの同僚ということは、この酔っぱらいたちは警察の人ということだ。それならば危険なことはないだろう。何よりシバケンと距離を縮めるチャンスだ。
優菜の顔はしょうがないねと言っている。断るのも悪いと思った私たちは店員さんに承諾を得てから席を隣に移動した。
テーブルにいたのはシバケンと同僚3人。優菜の方にグラスを転がした男性は高木と名乗った。
「俺と柴田は同じパトカーに乗ってるんです」
高木さんは優菜が気に入ったのだろう。さっきから優菜にばかり向かって話しかけていた。
「へえー、皆さん警察官なんですね」
優菜の顔つきが変わった。常々早く結婚したいと言っていた優菜はこの場の全員が公務員だと知って本気の恋愛モードになったようだ。
「ね、おねーさんたちお名前は?」
酔って上機嫌の高木さんに私は呆れた。酔っているにしても初対面でこんな軽い調子で話すなんて信じられなかった。対してシバケンは酔ってはいるものの口数は少ない。
「小橋優菜です」
「黒井……実弥です」
「実弥ちゃんか……」
私が名乗ると向かいに座るシバケンは私を見つめる。もしかして私のことを思い出してくれたのではないかと期待してしまう。
「ほんと、よく会うよね」
「そうですね……」
ここまで偶然に会うのなら運命かも、なんてシバケンは考えていないかもしれないけれど。
「女の子がくると華やぐよねー! おにーさーん、生くださーい!」
店中に響く大きな声を出す高木さんに驚いた。先ほどから一際騒いでいたのは高木さんだったようだ。高木さんの横に座る優菜も驚いて目を丸くしている。
「警察のお仕事も大変ですよね。急がしそうで」
優菜は高木さんを見ようとせず他の男性に言った。
「そんなことないですよ。勤務は3交代制で時間も取りやすいですし、大きな事件なんて滅多にないですから」
そう答えたのはシバケンだ。
「そーそー。俺たちは文句言われることが仕事ですからね」
高木さんが運ばれてきたビールを飲みながら会話に混ざった。
「ケンカの通報で行けば暴れる男に引っ掻かれるし、交通違反者には税金泥棒だって罵られるし。いいことないっすよ」
体に電流が走ったかと思うほどの衝撃を受けた。憧れの警察官である高木さんが仕事の愚痴を言うなんて聞きたくなかった。
「疲れることばっかりで嫌になるよー」
「大変な……お仕事なんですね……」
力なく呟いた言葉はシバケンにも聞こえたようだ。
「そうですよ。理想と現実なんてこんなもんです。人の悪意を向けられる嫌な仕事ですから」
シバケンは静かに言った。
警察官は皆真面目で優しくて正義感に溢れる人だと思い込んでいた。他の同僚も肯定しないけれど否定もしなかった。
陽気にビールを飲む高木さんとは反対に私はどんどん落ち込んでいく。憧れの警察官が思っていたような人物ではなかったことがこんなにもショックだなんて。暗い顔をしているだろう私をシバケンは見つめてくる。その視線すら居心地の悪さを増長させて悲しくなる。
シバケンたちは既に二次会だったようで、私たちが合流して程なく解散になった。会計は男性が全て支払ってくれた。優菜は最後までご機嫌だったけれど、私は口数が少なかった。
「俺らはバス停まで歩くから」
「じゃあね実弥、お疲れさまー」
満面の笑みで男性陣にくっついてバス停まで歩く優菜に手を振ると「実弥ちゃん、近くまで送るよ」とシバケンが申し出た。
「いえ、あの、大丈夫です……」
「そんなこと言わないで。もう遅い時間だし、女の子一人じゃ危ないから。俺がいれば大丈夫でしょ」
「でも……」
シバケンには悪いけれど遠慮したい。今は一人で頭を整理したいのだから。
「頼むから送らせてよ」
真顔で低い口調のシバケンに怯んだ。落ち込んでいる私を知ってか知らずか、まるで私を捕らえるかのように視線を逸らさない。
「あの……」
これ以上断るのはシバケンに悪いと思って甘えることにした。
混み合う電車の中でシバケンは私が潰されないようにとドアに手を突っ張って空間を作ってくれていた。その心遣いは嬉しかったけれど、顔は真っ赤で電車の揺れに合わせてシバケンの体も揺れた。彼も少なからずお酒を飲んでいた。いつの間にか私を見つめる目には力がこもり、顔のパーツ全てを一つ一つじっくりと見てくる。
電車が揺れ、シバケンが私に覆いかぶさるように近づくと耳元で荒い呼吸を感じる。そうして必要以上にゆっくり体を離した。
今までならこんな風にシバケンに近づくだけで舞い上がるほど嬉しいはずだった。けれど今は居心地が悪くて堪らない。
何故だか、今のシバケンの雰囲気は私が好きになった彼とは違うように思えた。先ほどの高木さんの言葉が耳から離れないせいだろうか。シバケンが言った言葉ではないのに。
今のシバケンだって私の記憶の彼からは想像できないほど酔っている。今日はプライベートで、仕事中じゃないのはわかっている。でも理想がこれ以上壊れていくのは辛かった。
「次の駅までで大丈夫ですから。そこから引き返してください」
「いや、家の近くまで送るって」
「そうですか……じゃあお願いします」
本音はいつもと違うシバケンとこれ以上一緒にいたくない。でも断れない。
駅に降りるとシバケンは本当に改札を出て駅の外まで来てくれた。私の横に付き添って無言で歩く。体が触れそうで触れない距離にシバケンがいる。
かつて酔っぱらいから助けてくれた警察官は、今私を困惑させる。大切な思い出を砕かれていくようで悲しい。だから私は意を決した。
「ねえ柴田さん、私のこと覚えてますか?」
ついに聞けた。思い出してほしかった。あの頃のように優しいシバケンに戻ってほしいから。
「彼氏とケンカして裸足で歩いてた子でしょ」
「そうじゃなくて……何年も前ですよ」
「え? 前にもどこかで会ったことあったっけ?」
「はい……だいぶ前のことなんですけど……」
シバケンは完全に忘れている。7年も前のことだから仕方がない。けれど私は忘れたことはなかった。再会できて嬉しかった。もしかしたらシバケンも思い出して「ああ、あの時の」と懐かしさを共有してくれるのではと期待したのに。
「おかしいなぁ。実弥ちゃんみたいな子、一度会ったら忘れないのに」
そう言うとシバケンは足を止めて私の前に立った。
「え?」
シバケンは前屈みになり私の顔をじっと見た。
「やっぱり思い出せないな」
意外な行動に驚いた。私の進路を妨害するような立ち位置だ。じわじわと不信感が湧き上がる。これが好きになったシバケンなのかと疑いたくなる。優しい笑顔は消えて、怖いと思うほど無表情で私を見つめる。
「それとも、会ったことがありますって言って近づく作戦? もしかして俺を誘ってる?」
「違います!」
なんてことを言い出すのだ。私はそんなつもりなんて微塵もない。
「そう……」
シバケンの腕が突然私の肩を抱いて引き寄せた。気がつけば両腕で体を包まれ、見上げた私の顔の目の前にシバケンの顔があった。
「え? あの……」
「可愛い」
「え、え?」
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