PMに恋したら

秋葉なな

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迷子の猫ちゃんの初恋

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人が増え始めた夕方の駅のホームに電車が到着するアナウンスが流れる。
友人と並んで柱に寄りかかって立っていた私は、数メートル先でフラフラと歩いていたおじさんがだんだんとこっちに近づいてきていることを目の端で捉えていた。焦点の合わない目つきで私たち二人を見ては口から涎を垂らしている。

実弥みや?」

友人に呼ばれて私はおじさんから目を背けた。

「あんな気持ち悪い人見ちゃだめだよ。更にこっちに寄ってくるかもしれないんだから」

友人は眉間にシワを寄せておじさんを一瞥すると一歩ホームの奥へと足を動かした。

「うん……そうだね……」

私も友人にならっておじさんから距離をとる。フラフラしながら壁にぶつかったり、しゃがんではまた立ち上がるおじさんは酔っているかのようだ。おじさんが私と友人の制服のスカートから覗く太ももにいやらしい視線を向けてきた。それに自然と警戒心が強くなった。
電車がホームへ入ってきたことにほっとして足元の乗車位置のマークまで移動しようとしたとき、私の右腕が何かに引っ張られた。

「うわっ!」

よろけた体を立て直して右を見ると、いつの間にか近くに来ていたおじさんがにやついた顔のまま私の腕をつかんでいた。

「なぁ……おねーちゃんお金かしてよぉ」

おじさんはアルコール臭い息を私に吐きかけた。

「それかぁ、おじさんと遊びにいこうかぁ」

「やだっ!」

あまりの気持ち悪さに咄嗟に腕を振りほどいたけれど、おじさんは私と友人から離れようとしなかった。今度は隣にいる友人の腕まで手を伸ばし「お金かして」としつこくせびったけれど友人は慌てておじさんから腕を隠すように背中に回した。
怖くなって助けを求めようにも、混みあったホームで私たちの様子を窺う人はいっぱいいても助けようとしてくれる大人は誰もいなかった。私たちを横目に開いたドアからどんどん電車に乗り込んでいく。駅員も近くには見当たらない。

「逃げよ!」

友人は叫ぶと今度は私の腕を掴んでホームを走り出した。既にドアが閉まって走り出そうとする電車にはおじさんに気をとられて乗ることができなかった。私は友人に引っ張られるように走った。数メートル走って振り返るとまだおじさんはふらつきながら私たちを追いかけてくる。

「ねえ、警察に電話しよ」

怖くなった私はそう声をかけて、友人の返事を待たずにスマートフォンをカバンから出してダイヤルの『110』をタップした。耳元で聞こえる女性の声に「あ、あの、今駅で変な人に追いかけられてます!」と慌てて状況を伝えて助けて欲しいと必死に訴えた。その横で友人は息を切らしながら私の電話のやり取りに頷き、迫ってくるおじさんを見ていた。

「駅前交番からすぐに警察官を行かせます」との言葉に安心して電話を切ると、おじさんはホームに座り込んで動かなくなった。数メートルの距離を保ったままそれ以上私たちに近づいてくる気配はなかった。

「大丈夫ですか?」

駅員の男性がやっと私たちの元へ走ってきた。その三十代くらいの駅員に慌てて事情を話した。誰かがこの人を呼んでくれたのかもしれなかったが、今更来てもらっても警察に通報してしまった後ではありがたさも半減してしまう。でも警察官が来てくれるまでそばにいてもらえれば心強いと思った。

「それで、今お巡りさんを呼びました……」

事情を説明した後にホームの階段から二人の警察官が上がってくるのが見えた。一人は父親ほど年の離れたおじさんの警察官、もう一人は二十代前半くらいの若い人だった。その人は制服姿に違和感を覚えるほどに、まだ私と年が離れていないようにも見えた。

「通報してくれたのは君たちかな?」

「はい……」

おじさん警察官の質問には友人が答えた。

「この子があの人に腕をつかまれて、お金貸してって追いかけられました」

友人が腕を上げて指した先にはホームに寝転がってブツブツとワケのわからないひとり言を呟く酔ったおじさんがいる。
駅員に説明した詳しい状況をもう一度警察官にも伝えた。警察官二人は寝転がるおじさんに近づき声をかけた。警察官に驚いたのか奇声をあげ始めて暴れるおじさんをしっかり押さえて立たせた。

「じゃあこの人を交番に連れて行くけど、君たちはどうする? 一緒に来るかい?」

「………」

おじさん警察官の質問に友人と顔を見合わせた。警察官が来てくれたことに安心してしまい、そのあとのことは考えていなかった。

「一緒に行った方がいいですか? 被害届を出すことになるんですか?」

交番に行って調書か何かを書かれて訴えるか訴えないかの難しいことを考えなければいけないのだろうか。親も呼んでまた事情も説明して、学校にも連絡がいくのかもしれない。そう考えると面倒なことになりそうだ。

「君たちがどうしたいかにもよるよ。腕をつかまれたことで気持ち悪くて納得できないなら被害届を出すのもかまわないし、酔っているのだから大目にみようってことなら、このまま私たちがこの人に厳重注意して終わらせることもできる。君たちが選んでくれるかい?」

おじさん警察官が私たちに優しく言った。

「あ!? 被害届だ!? 俺は何もしてねえだろ!!」

酔ったおじさんは突然私と友人に向かって怒鳴った。横に立つおじさん警察官がその酔っぱらいの腕を掴んだ。

「やめなさい!」

「俺は何もしてねえ!! なあ、何もしてねえだろ!?」

酔ったおじさんは更に声を張り上げ、警察官を振り切り私と友人に向かって腕を振り上げた。

「やだっ!!」

殴られる。そう思って目を瞑ったけれど痛みはこなかった。目を開けると若い警察官が私たちの前に盾になるように立っていた。背中を向けて酔ったおじさんとの間に立ち、左腕を腰の高さまで上げて私たちを庇う体勢になっている。右手でおじさんが振り上げた手を掴んで押さえていた。そうして低い声で「やめなさい」と言い放った。私たちをおじさんから守るように、これ以上怖い思いをしないようにと。

頭一つ分背の高い若い警察官を後ろから見ると、濃紺色の帽子の下から覗く顔はおじさんを睨みつけている。その表情を怖いとは思わなかった。まだ幼さの残る制服の似合わない顔つきに私は目を奪われた。
おじさん警察官が酔ったおじさんの体を羽交い絞めにして押さえたけれど、そうでなくても先ほどよりも酔ったおじさんの勢いはなくなっていた。若い警察官の威嚇に効果があったのかもしれない。

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