落ちる恋あれば拾う恋だってある

秋葉なな

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あなたと恋が終わるまで

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「つまり宇佐見とケンカしたってこと?」

非常階段でパイプ椅子に座ってタバコを吸う総務部長は呆れた顔をした。

「ケンカではないですけど……私的な内容も含めて言い合いをしました……宇佐見さんが勝手に動かしたのが悪いんです!」

「まあまあ少し落ち着け。総務部の通路には何年も前からリースしてる。ここは日当たり悪いから少しでもグリーンが欲しくて俺が置かせたんだよ」

部長はイライラと煙を吐く。

「営業推進部には要らねぇ。あいつらは会社にいる時間の方が少ないんだから余計な経費は使わせない。総務部はいい。俺が置きたいからだ。宇佐見には俺が許可しないって言っとけ」

「はい……」

四十代半ばのこの上司はぶっきらぼうに言い切った。宇佐見さんの思い通りにはいかなくて少しだけ嬉しいと思ってしまう。

「北川、その宇佐見が流しているかもしれない噂は俺の耳にも入ってるぞ」

私は身構えた。契約更新が近い。今問題を起こしたくないのに部長からその話を振られて焦る。

「プライベートな話を会社に持ち込むな」

「はい……」

「宇佐見のことは営業の部長にも言っておく。問題行動が目立つって」

「ありがとうございます」

思わず感謝の言葉が出てしまった。宇佐見さんだって上司に目をつけられるのは避けたいはずだから。

「それと、北川は横山と真剣に付き合ってるのか?」

「え?」

「プライベートな話を持ち込むなとは言ったけど、相手も社内のやつならある程度俺は知っておかなきゃいけないから」

「すみません……ご報告が遅くなりましたが、横山さんと付き合っています」

「そうか……北川は横山との将来をどの程度考えてる?」

「は?」

突然どうして部長がそんなことを聞くの?

「えっと……」

「もし結婚とか考えてるならこの先ここで勤め続けるのか聞いとこうと思ったんだけど」

「ああ、はい。私は辞めるつもりはありません」

「そうか。なら北川は来年も契約を希望するってことで人事に話し通してもいいか?」

「はい! お願いします!」

やった! これで人事課が承認してくれれば来年も契約更新だ。

「あの……部長、正社員は私には難しいでしょうか?」

「いや、それも話ししてみるよ」

「ありがとうございます!!」

「俺は今から会議に出る。数時間かかるから定時には上がっていい。何かあれば課長に言え」

「分かりました」

部長が戻るのを見届けると思わずその場で飛び跳ねる。
少しは期待してしまう。もし正社員になれたら雑用係なんて言われなくなるかもしれないから。










『大事な話があるので部屋で待ってます。何時まででも待ってます』

修一さんにLINEをした。深夜になってもいい。とことん話をするつもりだ。
修一さんからの返信はすぐにきた。

『今から帰るから』

それを確認して私はカバンからキーホルダーのついた鍵を出すと、2つ付いている鍵の内の1つを外した。この修一さんの家の鍵を使うのは今日で最後かもしれない。
話し合い次第で私は修一さんと別れることを決意した。

修一さんの部屋に入った。
相変わらず部屋は綺麗とは言えない。けれど何も手を付けず座って修一さんを待った。しばらくして玄関ドアが開く音がした。

「ただいま」

「おかえりなさい」

久しぶりに見る修一さんは痩せたような気がする。髪も伸びて肌も少し日に焼けたかもしれない。

「ごめんね。忙しくてなかなか会えなかったね」

「いえ」

「ご飯食べた?」

「まだですけど、すぐに帰りますから」

「………」

修一さんは私の顔を見て何かを悟ったのか「先に着替えるね」とベッドルームに行った。
スウェットとTシャツに着替えた修一さんは私の目の前に座った。

「………」

「夏帆?」

本人を目の前にすると何と切り出していいのか迷ってしまう。

「修一さん……あの……」

「うん。どうしたの?」

私の言葉を待ってくれる修一さんに覚悟を決めた。

「修一さんは私が腰掛のつもりで働いていると思ってるかもしれませんが、結構毎日必死なんです」

修一さんは何も言わず私の言葉の続きを待っている。

「だから多分修一さんとは生きる上での価値観が違います」

「うん……この間は夏帆の気持ちを考えずに腰掛なんて言ってごめんね」

修一さんは私に頭を下げた。

「修一さんは今後どうしたいですか?」

「僕は、夏帆と結婚して家庭に入ってもらいたい」

「そうですか……私は仕事をやめる気はありません。正社員にしてもらえる可能性があるので」

「そうなの? それは嫌だな……夏帆には家事をやってほしいし」

この言葉に今までで一番衝撃を受けた。正社員になることが嫌だと言われてしまった。私の期待して喜ぶ気持ちを修一さんは共有してくれないのだ。
やはり修一さんとは将来のビジョンが平行線だ。

「では別れましょう……」

「え?」

修一さんは動揺している。私の方に身を乗り出した。

「何で? えっ、僕が家庭に入ってって言ったから?」

「はい。私は夫婦共働きの思いでいますから」

母も働いていたし、恵まれた家庭環境とは言えなかった私は専業主婦のイメージ湧かない。

「正社員になることを喜んでくれると思ったので……」

「僕は夏帆を愛してる」

修一さんの手が私の頬に触れた。

「でも私と修一さんは考え方が違いすぎます」

「じゃあこのままでいよう」

「え?」

私に近づき抱き締められた。

「結婚しなくてもいいからこのままでいよう」

「え? どういうことですか?」

「愛してる夏帆。このまま恋人でいよう」

抱き締める腕は力強い。

「一緒に住もう。結婚はしなくてもいいからそばにいてほしい」

この人は甘い言葉で誤魔化して私に今まで通り家事をやってもらうつもりなのは変わらないということでいいのだろうか?

「私は……未来のない関係は悩みます……別れましょう……」

「夏帆……離れないで」

焦る修一さんを見て、私なんかに縋る姿にこっちが動揺してしまう。

「夏帆……」

ひたすら私の名を呼び必死になっている。

「お願いだから……」

この言葉に私の目からは今にも涙が溢れそうだ。

「修一さん……まだ私は必要ですか?」

「当たり前だよ。愛してる」

私はまだこの人に縛られるんだ。
ついに涙が溢れた。

「っ……うっ……」

嗚咽を堪える私の唇に修一さんはキスをした。久しぶりのキスにも余計に悲しさが増す。
これでいいのだろうかと不安が頭の中を駆け巡る。

「修一さん……別れてください……」

この言葉で噛みつくような強引なキスを受けながら床に押し倒された。後頭部と肩に軽く痛みを感じた。

「修一さん! 待って! いやっ!」

「だめ、離れたくない……夏帆っ」

両腕を頭の上で押さえられる。スカートの下から修一さんの指が下着の中に侵入する。

「あっ……やっ……」

それ以上は言葉にならなかった。腕を拘束されたら哀願する修一さんに本気で抵抗することはできない。

『君みたいな子はちょっと強く出れば簡単にヤれちゃうんだから』

椎名さんの言葉が思い出される。本当にその通りだ。

ブラウスと下着を胸の上まで捲られ胸に強く吸いつかれる。

「いやぁ……しゅう……んっ、痛っ……」

どんなに泣いて言葉で拒否しても修一さんは私を解放しようとはしない。
胸の先端を舐められ、激しい舌の動きに合わせて私の腰が揺れ、口からは言葉にならない声しか出ない。

「愛してる」の言葉を植え付け、呪文のように囁く声が私の心も体をも縛りつける。
脳裏には椎名さんの顔が浮かんでいた。
椎名さんならこんなふうに私を縛ったりはしないだろうか。甘やかしてくれるのだろうか。乱暴じゃなく優しく抱いてくれるのだろうか。

私を想ってくれる椎名さんの気持ちを受け流して、私を利用する恋人に獣のように体を貪られている。

このままでいいの? これじゃ何も変わらないじゃない……。

修一さんがほんの少し体を離した瞬間、「いやー!!」と大声を出した。我に返った修一さんは慌てて私の上から飛び退く。

「夏帆! 夏帆ごめん!」

修一さんは私の体を起こすと痛いほど抱きしめる。

「僕はなんてこと……本当にごめん!」

息をするのもつらいほど抱きしめられても私は言葉を発せられない。
修一さんの声と体温を拒否するかのように体が小刻みに震えてきた。

「はなっ……放してください……」

小さく訴えると修一さんは体を離した。

「夏帆、ごめん!」

何度も謝る修一さんを無視して私は乱暴に乱された服をゆっくり整える。
その間修一さんは私の様子を静かに見ている。
カバンを手に取り、修一さんの部屋のカギをテーブルに置いた。

「別れてください」

「夏帆……」

「二度と私に近づかないでください。じゃないとこのまま警察に行きます。会社にも今のことバラします……」

精一杯修一さんを睨みつけた。

「わかった……」

修一さんは短く言うとまた「ごめん」と呟いた。


私は修一さんの部屋を飛び出した。

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