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あなたと恋が終わるまで
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「今営業推進部に置いてある鉢が枯れたらしいんだよね。でも営業推進部には鉢置いてないよね?」
「そのはずですけど……」
「確認してくれる? 夏帆ちゃんからじゃなくて宇佐見さんから直接くるのも気になるし、社内で鉢を移動させたとか言ってるんだ」
「私は聞いてないです……至急確認します」
「よろしく。俺もうすぐ早峰に行くから」
「え? 来るんですか?」
「枯れたなんてうちの過失かもしれないし。それとも俺に会いたくない?」
「そんなこと……」
「はは、まあ行くから」
「はい。よろしくお願いします……」
椎名さんが来る。思わず気持ちが弾んだ。
「夏帆ちゃん?」
受話器を置いても動かない私に丹羽さんが声をかけた。
「大丈夫だった?」
「は、はい。なんか、アサカグリーンに宇佐見さんが連絡したみたいです」
「は?」
「営業推進部に置いてる鉢が枯れたって」
「意味分からないんだけど」
丹羽さんは困惑している。私だってそうだ。
どうして宇佐見さんが椎名さんに連絡するのだろう。鉢を移動させたって……もしかして通路の鉢は今営業推進部にあるの?
「ちょっと行って見てきます」
「大丈夫? 私行こうか?」
丹羽さんは私を心配してくれる。
修一さんを横取りしたなんて噂は今は下火になった。それなのに今でも丹羽さんは警戒してくれている。営業推進部に所属する旦那さんに逐一様子を聞いているようだ。
「いえ、大丈夫です。勝手に動かさないでって怒ってきます!」
無理矢理手でガッツポーズを作った。
丹羽さんに心配をかけてはいけない。これくらい私だけで対処できる。
「失礼します」
営業推進部の曇りガラスの扉を開けた。
外出が多い部署なだけに今フロアにいる人数は少ない。修一さんも外出しているようだ。
できれば会いたくはない宇佐見さんはすぐに見つかった。
座ってパソコンに向かう彼女にゆっくりと近づいた。
夕陽が強く差す壁一面のガラス窓を背に、宇佐見さんが座るデスクの真後ろに見慣れた観葉鉢が置かれていた。黒い陶器に植えられたそれは、間違いなく総務部の通路に置いてあったものだ。
宇佐見さんは近づく私をちらっと見ると、何も見ていないとでも言うようにパソコンに視線を戻した。
「あの、宇佐見さん」
「………」
「後ろにあるこの植物なんですが、総務部の通路から動かしたものですよね?」
「………」
「一言声をかけていただけたら、営業推進部にも植物を置く話を前向きに考えたかもしれませんが……」
「いちいちあなたに許可をもらわなきゃいけないんですか?」
宇佐見さんの言葉には刺がある。私をギロリと睨む目にははっきりと敵意が見えた。
「私じゃなくても、他の総務部の人にでも構いません。リースしているものなので急になくなると慌ててしまいます……」
負けない。今日はこの人に負けたくない。
「総務部に植物は必要ないでしょ。滅多にフロアから出ないんだし、植物を見る頻度も低いんだから」
「いや、そうじゃなくて……」
なんなのこの人……。勝手に動かさないでほしいって言っているだけなのに、まるで営業推進部に持っていって当たり前のような態度だ。
「まあ、あなたは社内を動き回っているから通路の植物を見る機会も多いんでしょうけど」
この言葉は私を怒らせるのに十分だった。
「そんなに私が嫌いですか?」
思わず言ってしまった。宇佐見さんはふんっと鼻で笑った。
「修一さんと付き合っているからって嫉妬ですか?」
私の言葉に今度は宇佐見さんが不快な顔をした。
「嫉妬? あなたに?」
眉間にシワを寄せ、隠すことなく私を睨みつける。
「くだらない噂を流したり、勝手に物を持っていったりしないでください」
本当に、嫌がらせも大概にして。
「職場なんですから、お互い大人な対応をしましょうよ!」
強気に言いきった。私よりも年上の先輩に「大人になれ」と遠回しに言ってしまった。宇佐見さんは目を真ん丸に見開き、顔がどんどん赤くなる。
「誰に向かってそんな口をきいてるの?」
私も怒っているが、宇佐見さんを完全に怒らせたようだ。
私たちの雰囲気にフロアにいる少ない社員たちは固唾を呑んで見守っている。
「………」
「………」
鋭い視線に目を逸らしそうになる。
私は窓に向かって立っているため、夕陽が眩しくて目を瞑ってしまいそうだ。
先に折れたのは宇佐見さんだった。
「わざわざ取り返しに来ていただいて、北川さんも忙しいのに申し訳なかったわ」
「いえ……」
「じゃあどうぞ、戻していただいて結構です」
「は?」
「総務部に持って帰ってください」
「私がですか?」
「そのために来たんでしょ」
宇佐見さんは意地の悪い笑みを浮かべた。
自分で持ってきたのに私に戻せと?
陶器だけでも重いのに、土がいっぱいに入っているし植物の高さも胸まであるのだ。そもそも宇佐見さん一人じゃ運べなかったはず。誰かに手伝ってもらったに違いない。
「それとも、これから来る椎名さんに運んでいただきましょうか」
「え?」
「北川さんは修一だけじゃなくて椎名さんとも仲がよろしいですもんね。北川さんが頼めば椎名さんも快く運んでくれるわ」
宇佐見さんはニヤニヤと私を見つめる。この人は私と椎名さんが何かあると感づいている。
「次から次に男性に言い寄って。北川さんはさぞ毎日お忙しいでしょうね」
今度は私の顔が赤くなる番だ。
「私は椎名さんに言い寄ってなんていません!」
宇佐見さんは勝ち誇った顔をした。
この人はどこまで私に嫌がらせをする気なのだろう。
「そのはずですけど……」
「確認してくれる? 夏帆ちゃんからじゃなくて宇佐見さんから直接くるのも気になるし、社内で鉢を移動させたとか言ってるんだ」
「私は聞いてないです……至急確認します」
「よろしく。俺もうすぐ早峰に行くから」
「え? 来るんですか?」
「枯れたなんてうちの過失かもしれないし。それとも俺に会いたくない?」
「そんなこと……」
「はは、まあ行くから」
「はい。よろしくお願いします……」
椎名さんが来る。思わず気持ちが弾んだ。
「夏帆ちゃん?」
受話器を置いても動かない私に丹羽さんが声をかけた。
「大丈夫だった?」
「は、はい。なんか、アサカグリーンに宇佐見さんが連絡したみたいです」
「は?」
「営業推進部に置いてる鉢が枯れたって」
「意味分からないんだけど」
丹羽さんは困惑している。私だってそうだ。
どうして宇佐見さんが椎名さんに連絡するのだろう。鉢を移動させたって……もしかして通路の鉢は今営業推進部にあるの?
「ちょっと行って見てきます」
「大丈夫? 私行こうか?」
丹羽さんは私を心配してくれる。
修一さんを横取りしたなんて噂は今は下火になった。それなのに今でも丹羽さんは警戒してくれている。営業推進部に所属する旦那さんに逐一様子を聞いているようだ。
「いえ、大丈夫です。勝手に動かさないでって怒ってきます!」
無理矢理手でガッツポーズを作った。
丹羽さんに心配をかけてはいけない。これくらい私だけで対処できる。
「失礼します」
営業推進部の曇りガラスの扉を開けた。
外出が多い部署なだけに今フロアにいる人数は少ない。修一さんも外出しているようだ。
できれば会いたくはない宇佐見さんはすぐに見つかった。
座ってパソコンに向かう彼女にゆっくりと近づいた。
夕陽が強く差す壁一面のガラス窓を背に、宇佐見さんが座るデスクの真後ろに見慣れた観葉鉢が置かれていた。黒い陶器に植えられたそれは、間違いなく総務部の通路に置いてあったものだ。
宇佐見さんは近づく私をちらっと見ると、何も見ていないとでも言うようにパソコンに視線を戻した。
「あの、宇佐見さん」
「………」
「後ろにあるこの植物なんですが、総務部の通路から動かしたものですよね?」
「………」
「一言声をかけていただけたら、営業推進部にも植物を置く話を前向きに考えたかもしれませんが……」
「いちいちあなたに許可をもらわなきゃいけないんですか?」
宇佐見さんの言葉には刺がある。私をギロリと睨む目にははっきりと敵意が見えた。
「私じゃなくても、他の総務部の人にでも構いません。リースしているものなので急になくなると慌ててしまいます……」
負けない。今日はこの人に負けたくない。
「総務部に植物は必要ないでしょ。滅多にフロアから出ないんだし、植物を見る頻度も低いんだから」
「いや、そうじゃなくて……」
なんなのこの人……。勝手に動かさないでほしいって言っているだけなのに、まるで営業推進部に持っていって当たり前のような態度だ。
「まあ、あなたは社内を動き回っているから通路の植物を見る機会も多いんでしょうけど」
この言葉は私を怒らせるのに十分だった。
「そんなに私が嫌いですか?」
思わず言ってしまった。宇佐見さんはふんっと鼻で笑った。
「修一さんと付き合っているからって嫉妬ですか?」
私の言葉に今度は宇佐見さんが不快な顔をした。
「嫉妬? あなたに?」
眉間にシワを寄せ、隠すことなく私を睨みつける。
「くだらない噂を流したり、勝手に物を持っていったりしないでください」
本当に、嫌がらせも大概にして。
「職場なんですから、お互い大人な対応をしましょうよ!」
強気に言いきった。私よりも年上の先輩に「大人になれ」と遠回しに言ってしまった。宇佐見さんは目を真ん丸に見開き、顔がどんどん赤くなる。
「誰に向かってそんな口をきいてるの?」
私も怒っているが、宇佐見さんを完全に怒らせたようだ。
私たちの雰囲気にフロアにいる少ない社員たちは固唾を呑んで見守っている。
「………」
「………」
鋭い視線に目を逸らしそうになる。
私は窓に向かって立っているため、夕陽が眩しくて目を瞑ってしまいそうだ。
先に折れたのは宇佐見さんだった。
「わざわざ取り返しに来ていただいて、北川さんも忙しいのに申し訳なかったわ」
「いえ……」
「じゃあどうぞ、戻していただいて結構です」
「は?」
「総務部に持って帰ってください」
「私がですか?」
「そのために来たんでしょ」
宇佐見さんは意地の悪い笑みを浮かべた。
自分で持ってきたのに私に戻せと?
陶器だけでも重いのに、土がいっぱいに入っているし植物の高さも胸まであるのだ。そもそも宇佐見さん一人じゃ運べなかったはず。誰かに手伝ってもらったに違いない。
「それとも、これから来る椎名さんに運んでいただきましょうか」
「え?」
「北川さんは修一だけじゃなくて椎名さんとも仲がよろしいですもんね。北川さんが頼めば椎名さんも快く運んでくれるわ」
宇佐見さんはニヤニヤと私を見つめる。この人は私と椎名さんが何かあると感づいている。
「次から次に男性に言い寄って。北川さんはさぞ毎日お忙しいでしょうね」
今度は私の顔が赤くなる番だ。
「私は椎名さんに言い寄ってなんていません!」
宇佐見さんは勝ち誇った顔をした。
この人はどこまで私に嫌がらせをする気なのだろう。
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