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あなたと恋が終わるまで
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「この体も、笑顔も、泣き顔も……俺にだけ見せてほしい……」
視線が逸らせない。引き込まれそうな目力に体が固まる。
「夏帆ちゃんの全部があいつのものだって思うとムカつく……俺を見ろよ。あいつより君のことを大事にするし、君を支えられると思ってる」
そんな言葉は今の私には毒のように心を蝕む。
「私はまだ椎名さんを思い出せないのに……」
「あの頃の俺のことは覚えてなくていいんだ。もう思い出さなくてもいい。今の俺を見て」
椎名さんは意地悪で、言うことも考えていることもよく分からない。でも私のためになる言葉をくれる。
「好きだ」
その言葉が私を椎名さんの傍に縛りつける。私をまっすぐ見つめる瞳に、ついに捕まった。
「椎名さん……私……」
多分もうあなたの占める割合が大きくなっています。
椎名さんの顔がゆっくり近づいてくる。その意味は言われなくても分かる。このまま椎名さんの唇を受け入れてしまったら、私はもう引き返せない。
それでもいいの? まだ修一さんと何も話ができていない……。
「だめ!」
私の口からは拒む言葉が出た。両腕で椎名さんの肩を押し返した。
「ごめん……なさい……」
私には修一さんがいる。裏切ることはしちゃいけない。
涙が溢れた。椎名さんの気持ちが嬉しくて、でもそれを受け入れられないのが申し訳ない。
「謝んなよ」
椎名さんの手は私の肩を解放した。
「ごめん……悪いのは俺」
私の頭に椎名さんの大きな手が載った。いつかのようにポンポンと軽く叩かれた。
「勝手に好きでいるだけだから。困らせてごめんね」
「もう……だめです……」
これ以上椎名さんに惹かれてはだめだから。もう私にこんなことはしないで……。
「もし俺が先に……」
椎名さんは言いかけて口を閉じた。
「………」
「………」
その先は聞けなかった。
電車がホームに入ってきた。いつの間にか電車を待つ人が増え私たちに視線を向けていた。
「もう無理矢理奪ったりはしない。本当に」
電車のドアが開き人が動き始めると、椎名さんは長椅子に置いた紙袋を手に取った。
「それじゃあ、気をつけて……」
私の顔を見ずに電車に乗って行ってしまった。
もしも修一さんより先に椎名さんを好きになっていたら。もしも今周りに人がいなかったら。
少しでもタイミングが違えば椎名さんとのキスに罪悪感など抱かなかったかもしれないのに。
長椅子に座り込んだ。誰もいなくなったホームで残された私の紙袋と並んで夜空を見上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
普段の夏帆よりも、もちろん過去の夏帆からも想像できないほど、結婚式に出席している夏帆は綺麗だった。主役である杏子ちゃんにも負けないくらいに。
抱き締めて俺だけのものにして手放したくないと思ってしまう。そうして行動した結果にいつも後悔するのだ。
「もし俺が先に……」
もっと早く、強引にでも、飾らずに気持ちを正直に伝えていたら、俺のことを好きになってくれた?
何度も心の中で問いかけた質問を、もうだめだと泣く夏帆には最後まで言うことができなかった。
今更その答えを知ったって意味がない。手を伸ばしても君はいつも俺に捕まらない。
それでも願わずにはいられない。
俺を見て、俺の隣で叱って、励まして、一緒に笑ってほしいと。あの日俺の背中を押してくれたように。
俺はこんなにも北川夏帆を想っているのだから。
「うっちー久しぶりー」
アサカグリーンの本社に顔を出した俺は営業部に所属する同い年の内田に声をかけた。
「うっちーって呼ぶな」
内田は眉間にシワを寄せた迷惑そうな顔で俺に自分の隣のイスを寄越した。遠慮なくそのイスに座ると、内田のパソコンの画面を覗き見た。
画面には来年オープン予定の大型リゾート公園の見取り図が出ている。内田は公園の一部装飾を任されることになった。完成まで数年にも及ぶ大きなプロジェクトだ。
入社7年目の内田はストイックな仕事ぶりで社内でも今後を期待されている。
黒縁のメガネをかけた見た目からして真面目な内田と俺ではタイプが違うが、波長が合うのか何かと話をすることが多い。
「ここには生花を入れる。それは緑化でやる。こっちの店の前には観葉鉢を二つお願いしたい」
「これだと緑化チームだけじゃきつくないか? 下請けお願いするの?」
「それでも足りないから来月椎名のところから緑化に何人か借りたいんだけど」
「じゃあ新人二人いいよ。課長につけて勉強させるから」
来月の人員配置を頭の中で考えると、画面のある店舗にふと目がいった。
「うっちー、この店って……」
「ああ、飲食街に椎名が行ってる早峰フーズも出店するんだ。この店の前の植え込みをやるんだ」
その店の名の横に『担当者・横山』と名前が記してある。
「仕事が順調なようで何より」
つい嘲るような口調になってしまった。夏帆を泣かせるくせに仕事にだけは力を入れているようで気に入らない。
「この営業だか責任者だかが優秀らしいんだよね」
「ああ、横山っていうやつだろ」
「椎名知ってるの?」
「いや、ちょっとね……」
「聞いた話だと、その人将来は早峰の役員候補だってさ」
「そうなの?」
「俺も課長を通して聞いただけなんだけどさ、早峰の副社長が目をかけてるらしくて。うまく取り入ったってとこかな」
「ふーん……」
容姿も仕事も将来も恵まれて、その上夏帆も手に入れている。
心底腹が立つ。俺は横山が本当に嫌いだと改めて思った。
視線が逸らせない。引き込まれそうな目力に体が固まる。
「夏帆ちゃんの全部があいつのものだって思うとムカつく……俺を見ろよ。あいつより君のことを大事にするし、君を支えられると思ってる」
そんな言葉は今の私には毒のように心を蝕む。
「私はまだ椎名さんを思い出せないのに……」
「あの頃の俺のことは覚えてなくていいんだ。もう思い出さなくてもいい。今の俺を見て」
椎名さんは意地悪で、言うことも考えていることもよく分からない。でも私のためになる言葉をくれる。
「好きだ」
その言葉が私を椎名さんの傍に縛りつける。私をまっすぐ見つめる瞳に、ついに捕まった。
「椎名さん……私……」
多分もうあなたの占める割合が大きくなっています。
椎名さんの顔がゆっくり近づいてくる。その意味は言われなくても分かる。このまま椎名さんの唇を受け入れてしまったら、私はもう引き返せない。
それでもいいの? まだ修一さんと何も話ができていない……。
「だめ!」
私の口からは拒む言葉が出た。両腕で椎名さんの肩を押し返した。
「ごめん……なさい……」
私には修一さんがいる。裏切ることはしちゃいけない。
涙が溢れた。椎名さんの気持ちが嬉しくて、でもそれを受け入れられないのが申し訳ない。
「謝んなよ」
椎名さんの手は私の肩を解放した。
「ごめん……悪いのは俺」
私の頭に椎名さんの大きな手が載った。いつかのようにポンポンと軽く叩かれた。
「勝手に好きでいるだけだから。困らせてごめんね」
「もう……だめです……」
これ以上椎名さんに惹かれてはだめだから。もう私にこんなことはしないで……。
「もし俺が先に……」
椎名さんは言いかけて口を閉じた。
「………」
「………」
その先は聞けなかった。
電車がホームに入ってきた。いつの間にか電車を待つ人が増え私たちに視線を向けていた。
「もう無理矢理奪ったりはしない。本当に」
電車のドアが開き人が動き始めると、椎名さんは長椅子に置いた紙袋を手に取った。
「それじゃあ、気をつけて……」
私の顔を見ずに電車に乗って行ってしまった。
もしも修一さんより先に椎名さんを好きになっていたら。もしも今周りに人がいなかったら。
少しでもタイミングが違えば椎名さんとのキスに罪悪感など抱かなかったかもしれないのに。
長椅子に座り込んだ。誰もいなくなったホームで残された私の紙袋と並んで夜空を見上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
普段の夏帆よりも、もちろん過去の夏帆からも想像できないほど、結婚式に出席している夏帆は綺麗だった。主役である杏子ちゃんにも負けないくらいに。
抱き締めて俺だけのものにして手放したくないと思ってしまう。そうして行動した結果にいつも後悔するのだ。
「もし俺が先に……」
もっと早く、強引にでも、飾らずに気持ちを正直に伝えていたら、俺のことを好きになってくれた?
何度も心の中で問いかけた質問を、もうだめだと泣く夏帆には最後まで言うことができなかった。
今更その答えを知ったって意味がない。手を伸ばしても君はいつも俺に捕まらない。
それでも願わずにはいられない。
俺を見て、俺の隣で叱って、励まして、一緒に笑ってほしいと。あの日俺の背中を押してくれたように。
俺はこんなにも北川夏帆を想っているのだから。
「うっちー久しぶりー」
アサカグリーンの本社に顔を出した俺は営業部に所属する同い年の内田に声をかけた。
「うっちーって呼ぶな」
内田は眉間にシワを寄せた迷惑そうな顔で俺に自分の隣のイスを寄越した。遠慮なくそのイスに座ると、内田のパソコンの画面を覗き見た。
画面には来年オープン予定の大型リゾート公園の見取り図が出ている。内田は公園の一部装飾を任されることになった。完成まで数年にも及ぶ大きなプロジェクトだ。
入社7年目の内田はストイックな仕事ぶりで社内でも今後を期待されている。
黒縁のメガネをかけた見た目からして真面目な内田と俺ではタイプが違うが、波長が合うのか何かと話をすることが多い。
「ここには生花を入れる。それは緑化でやる。こっちの店の前には観葉鉢を二つお願いしたい」
「これだと緑化チームだけじゃきつくないか? 下請けお願いするの?」
「それでも足りないから来月椎名のところから緑化に何人か借りたいんだけど」
「じゃあ新人二人いいよ。課長につけて勉強させるから」
来月の人員配置を頭の中で考えると、画面のある店舗にふと目がいった。
「うっちー、この店って……」
「ああ、飲食街に椎名が行ってる早峰フーズも出店するんだ。この店の前の植え込みをやるんだ」
その店の名の横に『担当者・横山』と名前が記してある。
「仕事が順調なようで何より」
つい嘲るような口調になってしまった。夏帆を泣かせるくせに仕事にだけは力を入れているようで気に入らない。
「この営業だか責任者だかが優秀らしいんだよね」
「ああ、横山っていうやつだろ」
「椎名知ってるの?」
「いや、ちょっとね……」
「聞いた話だと、その人将来は早峰の役員候補だってさ」
「そうなの?」
「俺も課長を通して聞いただけなんだけどさ、早峰の副社長が目をかけてるらしくて。うまく取り入ったってとこかな」
「ふーん……」
容姿も仕事も将来も恵まれて、その上夏帆も手に入れている。
心底腹が立つ。俺は横山が本当に嫌いだと改めて思った。
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