上 下
14 / 35
あなたと恋が終わるまで

しおりを挟む
「どうする?」

「総務部長に言ってみようか」

「そうだね。総務部長ならいいって言ってくれるし」

「あの、先に植物を置いてもらうってことでもいいですか?」

「申し訳ございません。北川さんと予算に応じた鉢の種類と大きさを相談させて頂いてますので」

「えー……」

不機嫌になる二人の様子から夏帆に話を通したくない雰囲気を感じた。

エレベーターが総務部のフロアに着きドアが開くと、目の前にファイルを持った夏帆が立っていた。
俺の顔を見た瞬間目を真ん丸に見開き、その状況が以前と同じだと思い出し笑いそうになる。

「お疲れ様です」

俺は前とは何も変わらない声で夏帆に挨拶した。

「お、お疲れ様です……」

夏帆はエレベーターの中にいる俺や他の二人を見て動揺している。

「それでは、よろしくお願い致します」

俺は二人に軽く頭を下げるとエレベーターを降りた。夏帆もエレベーターには乗らずにドアが閉まった。廊下には俺と夏帆だけが残された。
夏帆と目が合い、すぐに逸らされた。

「………」

「………ふっ」

俺の顔を見ようとしないで下を向く夏帆につい笑ってしまった。
分かりやすい。俺と会いたくないと思っていることは言われなくても分かってしまう。

「サインお願いします」

俺の言葉に顔を上げた夏帆に納品書を渡した。

「はい……」

夏帆は持っているファイルを脇に挟むと納品書を受け取り『北川』と名前を書いた。

「そういえば俺が早峰に来るようになってからうちの会社と契約が増えてるんだよね」

「そうですか……」

「七原に新しくできる店にも植物を置いてもらうことになったよ」

「そうですか……よかったですね」

ぶっきらぼうな口のきき方だ。

その店だろ? 横山とかいう男が関わるのは。こんなに早く新店と契約すると思わなかった。

「まっ、それは俺の担当エリアじゃないからどうでもいいけど。さっきの子たちに営業推進部のフロアにも鉢を置いてほしいって言ってもらったし」

「また勝手に……余計なことに経費を使って……」

夏帆の顔が曇った。
この間は「植物が癒される」と言ってくれた口で『余計なこと』と言われて少しだけ悲しくなる。

「いいですね、売り上げが伸びて。女の子は椎名さんが毎月メンテナンスに来てくれたら喜びますからね」

「夏帆ちゃん、焼きもち?」

「はい?」

「俺が女の子と話してたら妬いちゃう?」

「妬きませんよ。私に妬かれても椎名さんは迷惑でしょ?」

「別に迷惑じゃないよ。むしろ嬉しいかな」

夏帆は困った顔をする。
だから、その顔が傷つくんだって。俺のことが好きじゃないとその顔が言っているんだ。

「あのさ、夏帆ちゃんが思ってるよりも俺は軽くないからね」

自分でも驚くほど夏帆の存在を大事に思ってる。性欲処理程度に付き合ってた女とは完全に関係を切った。だからって夏帆の体目当てなわけではない。

「この間はごめん。ちょっとどうかしてたわ。夏帆ちゃんが俺の気持ちを信じてくれなかったから頭にきちゃって」

「………」

「ちゃんと向き合いたいの。君と」

増々困った顔になる。けれどそこで引くつもりもない。

「好きだよ」

だからさ、俺のそばに……。

「今横山さんと付き合ってます」

は? こいつ今何て言った?

「椎名さん……私、横山さんと付き合い始めたんです」

俺の目を見ない夏帆の顔は真っ赤だ。

「夏帆ちゃんが?」

「はい……」

嘘だろ? この間まで男とろくに話すこともできなかったのに。

「だからもう私をからかうのはやめてください……」

からかっているわけじゃない。俺は本気なんだって。

「料理を褒められて浮かれちゃったわけ?」

「………」

「ホテルにでも誘われたの?」

「違います」

「断れなくてもうヤっちゃったとか?」

「違います!」

夏帆の目が潤んできた。また俺は嫌われるようなことを言っている。

「そんな人じゃありません!」

泣きたいのは俺の方だ。本気になった時にはもう遅い。とっくに他の男のものになっている。俺はどうしてこんなに馬鹿なのだろう。

「横山さんは私の嫌がることなんてしませんから!」

遠回しに強引に迫った俺を責めている。俺の気持ちを拒否して受け入れてくれない。
もうだめだ。夏帆は離れて捕まらない。
こんな俺では純粋な夏帆には相手にしてもらえないのだ。

「夏帆ちゃんとあの人じゃ似合わないね」

「そんなこと分かってます……」

分かってるけど好きってことか。

「慎重になりなよ。君みたいな子は損をしやすいんだから」

「はい」

「………」

責めている言い方が自分でもどうしようもない。俺のものにならない夏帆に怒りをぶつけてしまう。
夏帆はまたしても俯いてしまった。

俺はエレベーターのボタンを押した。
これ以上嫌われたくない。これ以上怖がらせたくない。だから、見守ろうと思った。

エレベーターに乗ると「それでは失礼します」と言って『閉』ボタンを押した。
夏帆は最後まで俺を見なかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



エレベーターのドアが閉まってからやっと顔を上げた。
椎名さんと会うと疲れてしまう。次に何を言われるんだろう、どんな傷つく言葉をかけられるんだろうと身構える。
それ以上に、椎名さんと一緒にエレベーターに乗っていた二人の方が怖かった。
営業推進部の宇佐見さんが私をすごい目で睨みつけていた。
気のせいなんかじゃない。宇佐見さんは私に敵意を持っている。

横山さんと付き合っていることが気に入らないのかな? もう別れたのにどうして? いい別れ方じゃなかったって丹羽さんが言ってたけど、何があったのかな?

営業推進部のフロアにも鉢を置きたいって、あの部署には観葉鉢は必要ないと思う。部長にも言って、話が上がってきても却下してもらおう。
でもそうしたら宇佐見さんの反感を買うかな?
何で私、うまくいかないのかな……。





横山さんと会社帰りに私の家の近くのレストランで食事をした。有名なお店らしいけど今まで全然知らなかった。横山さんは美味しいお店をたくさん知っている。

今日は私の方が退社するのが遅く、会社の近くのカフェで待ち合わせた。会社の人たちに二人でいるところを見られたら何て言われるだろう。
社内で私たちがどう見られているのか横山さんは気にしてる? 同じ部署には宇佐見さんもいるのに……。
そんな話題は一度もしたことがない。聞くことが怖かった。
横山さんとの間に気まずい空気を作ってしまったら、私はどう対処したらいいのか分からない。それに元カノのことを聞いて重たいとか面倒な女だと思われたくない。

「北川さん」

「はい」

「明日の夜は北川さんの手料理が食べたいな」

「手料理ですか?」

「うん。僕の家で作って」

「え?」

横山さんの家で?

「何でもいいんだ。簡単なやつで。北川さんの作ったご飯が食べたい」

「……分かりました。作ります」

夜に横山さんの家に行く。
別に深い意味はない。ご飯を作りに行くだけなんだから。

「あの、ここで大丈夫です」

横山さんに家の近くまで送ってもらった。

「じゃあ明日楽しみにしてる」

「はい」

見つめ合って、横山さんの顔が近づいてきたから私はゆっくり目を閉じた。
唇が触れ合う時間が長くなった。顔の角度を変えるキスに変化した。ドキドキするのは変わらない。
私の頭の中は横山さんで溢れている。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒舌お嬢と愉快な仲間たち

すけさん
恋愛
毒舌お嬢が身分を偽り地味子に変身して、自分の旦那候補者捜しを始める。 はたして毒舌お嬢の心をキュンとさせる殿方に出会う事が出来るのか!! 他サイトで投稿していた小説の改訂版です!

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

三角関係勃発!? 寝取り上司の溺愛注意報

朝比奈萌子
恋愛
大学三年生のときから、尚樹と付き合っている沙耶。 もう五年になるからか、最近尚樹とはマンネリ気味…… けれど沙耶は尚樹と結婚すると思っていた――のに。 あるとき尚樹が浮気しているところに居合わせてしまう! 許せるか、許せないか、そんな沙耶は会社の飲み会で泥酔してしまい…… 翌朝気づいたら、上司の藤本が隣に寝ていた!? それ以降、藤本は沙耶を溺愛してきて――って、一応彼氏いるんですが! 宮城沙耶(26歳) 『ナルカワコーポレーション』勤務のOL事務職 藤本亮(31歳) 『ナルカワコーポレーション』課長 小林尚樹(28歳) 『ナルカワコーポレーション』平社員で五年付き合っている彼氏 宮城沙耶は新卒から中堅どころの『ナルカワコーポレーション』で働く、ごく普通のOL。大学三年のときから付き合っている彼氏、小林尚樹とは交際五年目。そろそろ結婚を視野に入れはじめていた。しかし尚樹に浮気され、その夜の会社の飲み会で泥酔……翌朝気づいたら上司の課長である藤本亮が隣に寝ていて――!?それから藤本は沙耶を溺愛するようになっていき……三角関係勃発!?沙耶を寝取った上司の溺愛注意報発令中!

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...