38 / 43
【精揉】まるで針のように心撚れて
10
しおりを挟むもしかして愛華さんが化粧室に行くと言って聡次郎さんに話しかけに行ったときだろうか。だからあの後愛華さんは暗い顔をしていたのかもしれない。
「もう会うこともないし俺の顔なんて見たくないだろうと思ってたけど、まさか来るとは驚いた」
「聡次郎さん、もしかして愛華さんの気持ちを知らなかったの?」
「ん? 親同士に無理矢理結婚させられそうになって、俺と同じで怒ってる?」
本気で分かっていなそうな言葉に私は呆れた。今まで聡次郎さんは愛華さんの何を見ていたのだろう。ここに通うことの全部が強制だったわけじゃない。
「愛華さんは私と同じなんだよ」
この言葉で聡次郎さんも理解したようだ。一瞬目を見開くと「そうか」と私の体を引き寄せた。
私はそのまま聡次郎さんにもたれかかってキスをした。
「梨香?」
目を見開いた聡次郎さんに再びキスをする。
「また不安になったのか?」
「そうじゃないけど……」
私の今の幸せは愛華さんを傷つけた上で成り立っている。
「私……傷つけちゃった……」
「それは俺も同じだから」
聡次郎さんの両手が私の頬を包む。
「俺は愛華さんを意識したことは一度もない。最初から梨香だけだ」
「うん……」
離れたくない。ずっとそばに居たい。
愛華さんを傷つけてごめんなさい。聡次郎さんのそばにいてごめんなさい。
◇◇◇◇◇
近頃の聡次郎さんは忙しいのか家に帰る時間も遅くなり、疲れが顔に出るようになった。時間があると寝てしまうし、話しかけてもボーとしている。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、うん。平気」
「お茶淹れましょうか?」
「うん」
茶の葉を急須に入れながら聡次郎さんを盗み見ると、ソファーに横になり天井を見つめている。今聡次郎さんがどんな仕事をしているのかはバイトの私にはわからない。聞いても「秘密」と言われてはそれ以上聞けない。
疲れが溜まっているのはもちろんだけど、何かを悩んでいるようではあった。
愛華さんのこと、言わなきゃよかったかな……。
私と同じで愛華さんも聡次郎さんが好きなのだと言ったから悩んでしまったのではと不安になる。
聡次郎さんはずっと愛華さんも嫌々婚約させられたと思っていた。でもそうじゃないと知ったら後悔しているんじゃないかと。
カフェに出勤し、お昼過ぎまでの短い時間勤務した。風邪をひいてからカフェでの勤務時間を減らしたけれど、龍峯での業務も残すところあと1日になってまたカフェに専念できる。
夏休みが終わると子供がいる主婦パートさんが勤務する時間が増えてきて、私がいなくても龍峯本店は回るのだ。
夕方までには聡次郎さんの部屋に帰ると連絡してはいた。その連絡をしたところで聡次郎さんがいつ帰ってくるのかはわからないけれど。最近お昼は出先で食べることもある聡次郎さんは、今日もどこかで済ませてくれたと思っていた。
古明橋の駅に着き龍峯のビルまで歩いていた。ランチタイムを過ぎたけれど人通りは多くてどこの飲食店も混んでいる。
自分の昼食はカフェの賄いで済ませた。けれど古明橋のカフェやレストランはオシャレなのに価格も安く、外に置かれたメニューの写真を見るだけでお腹がいっぱいなはずなのにまた食べたいと思えた。
イタリア料理店の扉の前に置かれた黒板のメニューを見ていたとき、ふと店内に視線がいった。
ガラス窓の奥に見えた店内のテーブルに座る1組の男女を見つけてしまった。それは遠くからでもはっきりと誰なのかわかった。モデルのように整った顔で微笑む愛華さんと、その向かいには聡次郎さんが座っていた。
その姿に胸を締め付けられるほどの衝撃を受けた。聡次郎さんと愛華さんが食事をしている。普段のランチタイムは私と居る特別な時間のはずだ。その時間を今愛華さんと共にいる。
まるで恋人同士に見えるほど自然で、絵に描いたようにお似合いの2人だった。聡次郎さんの横に私がいるよりもずっと。
私と聡次郎さんはお互い忙しくて外食したのは叔母さんのお蕎麦屋さんに行った時だけだ。デートをしたことなんて付き合う前だけ。なのに2人は楽しそうに食事をしていた。
愛華さんが笑うたび聡次郎さんも笑う。愛華さんが話すと聡次郎さんも相槌を打つ。
忙しい合間を縫って愛華さんと会っている。やはり聡次郎さんは愛華さんに気持ちが動いてしまったのだ。どうしようもない寂しさであふれる。
愛華さんが聡次郎さんの部屋に来た日に「申し訳ありませんでした」と私に謝罪した。私と聡次郎さんの関係を知って邪魔したことへのものだと思った。けれどあの時の涙を愛華さんは違うエネルギーに変えたのだろう。
龍峯から私が消えれば聡次郎さんは愛華さんのところに行ってしまう。お茶も、聡次郎さんも、私が大事にしているものを愛華さんが手に入れる。
耐えられずすぐにその場を離れた。
聡次郎さんは愛華さんに興味がないと言っていた。その言葉で少しは気持ちが軽くなったのに、2人の姿を見てしまったら消そうとした嫉妬心はもう消えてはくれない。
聡次郎さんの部屋に戻って掃除をした。
私のアパートの何倍も広い部屋の床を掃除してくれるのはお掃除ロボットだけど、トイレやお風呂を掃除できるのは私だけだ。
聡次郎さんも家事をやってくれるけど、最近は忙しくてほとんど私だ。
今日はいつも以上に念入りに、隙間や棚の上の見えないところも丁寧に拭いた。最後に聡次郎さんが朝起きてからそのままになっている乱れたベッドを整えた。
今までお世話になった分だけ、こんなことしかできないけれど恩を返したかった。
このベッドで何度愛し合っただろう。どれほど聡次郎さんで満たされただろう。重ねた肌の感触も、囁かれた愛の言葉も全てがはっきり思い出せる。
ボストンバッグに入る限りの荷物を詰めて聡次郎さんの部屋を出た。
もっと早くこうしていれば誰も傷つけなかった。私がいなかったら全部丸く収まっていた。聡次郎さんと愛華さんは結婚して、奥様は怒ることなく安心していただろう。聡次郎さんと喧嘩しなくても済んだのだ。
彼からの愛を知ってしまったから出ていくことは辛いけれど、彼のそばに居ることはもっと辛い。
最初から最後まで聡次郎さんに振り回されっぱなしだ。これ以上傷つく前に早く離れなければ。
聡次郎さんの方から捨てられたら、私はきっと立ち直れない。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極道に大切に飼われた、お姫様
真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる