アフタヌーンの秘薬

秋葉なな

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【中揉】廻り乾く心

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「私……聡次郎さんに嫌われてると思ってました」

「その逆。俺ずっとお前に構ってただろ」

「わかりにくい……」

「梨香が鈍感なんだよ」

ムッとする言動も期間限定の関係だから我慢できた。無理に連れ出されたり食事をしたり、契約だと言っていた本心は違ったということなのだ。
おかしいなと思うことは何度もあった。恋人のふりの強要にうんざりしたこともあった。聡次郎さんの行動の一つ一つに一喜一憂してドキドキした自分もいた。

「俺のことを本気で好きになれって言った、その返事を聞かせて。金が発生する契約じゃないと俺のそばにいてくれない?」

聡次郎さんの声は焦っている。顔は今にも泣きそうに見えるのは気のせいじゃない。

私は精一杯聡次郎さんに笑いかけた。

「聡次郎さんとは変な出会い方でした。しかも聡次郎さん強引だしワガママだし、私の気持ちなんて全然お構いなしだし」

聡次郎さんはますます不安な顔になっている。普段見れないそんな顔が可愛いと思ってしまうのは、聡次郎さんに気持ちがいっている証拠だ。

「でも今は聡次郎さんのそばにいても緊張しないし怖くないよ」

「梨香……それって……」

「強引なのもなし。ワガママなのもなし。何事もちゃんと相談してくれますか?」

「うん。ちゃんとする。大事にする」

「お願いしますね」

そう言った瞬間、聡次郎さんの腕が私を強く抱きしめた。

「好きだよ梨香」

耳元で囁く聡次郎さんの声が私への溢れる想いを伝える。

「うん。私も……」

聡次郎さんが特別で大事ですよ。

強く抱きしめてくる腕に応えるように私も腕を聡次郎さんの腰に回した。

「梨香」

名前を呼ばれるのが心地良い。
頬にキスされ、私が抵抗しないと唇が私の唇に重なる。
聡次郎さんに求められて嬉しいと思えることが不思議だ。
全身が熱いのは体調が悪いからなのか、聡次郎さんに触れられているからなのか。

この甘い昼休みが終わったら、余韻に浸って仕事に集中できないだろうなってぼんやり思った。



◇◇◇◇◇



2日間カフェに出勤し、龍峯に出勤の朝にはいつもと変わらず自分の分と聡次郎さんのお弁当も用意した。

休憩時間にランチバッグを持ってエレベーターを待っている間にスマートフォンを確認すると、1時間前に聡次郎さんからメッセージがきていた。

『戻りの時間が未定だから悪いけど今日は1人で食べて』

絵文字も何もないシンプルなメッセージだ。ビルの裏口から駐車場を見ると聡次郎さんの車はないから会社に戻っていない。
部屋の鍵はもらっていたけれど1人は寂しいし、今日は久しぶりに食堂で食べようかな。

時間が合わないのなら仕方がないけど、せっかくのお弁当をどうしようか。そう思ったときエレベーターのドアが開いて中から月島さんが出てきた。

「あ、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

月島さんの顔を久しぶりに見た。社長秘書である月島さんは社内外を毎日忙しく移動している。今日も相変わらずクールで、銀フレームのメガネがかっこよさを更に引き立たせていた。

「今からお昼ですか?」

「いえ、クリーニングに出していた社長のスーツをお店に受け取りに行くところです。食事はそのあとですね」

「秘書さんはそんなこともするんですね」

「いつもはそこまでしませんが、今日は特別です」

月島さんは優しく笑った。

「月島さんはいつも外食ですか?」

「はい。社長と一緒に外で食べることもありますが、今日社長は麻衣さんとお食事に行っているので、僕は何か買って食堂で食べようかと」

「あの……」

私は遠慮がちにランチバッグから巾着に入ったお弁当箱を出した。

「これ、よければどうぞ……」

聡次郎さんのために作ったお弁当だけれど、何時に戻ってくるかわからないというのだから無駄にはできない。

「お弁当ですか?」

「はい。これでよければ食べてください」

「いえ、それは申し訳ないので」

月島さんは困った顔をしている。私の手作りのお弁当をいきなり勧められても迷惑だったかもしれないと後悔し始めた。

「それは聡次郎のために作ったものですよね?」

月島さんは私が聡次郎さんにお弁当を作っているのを知っているようだ。

「はい。でも聡次郎さんは今日戻ってこれないみたいなので……」

「ああ、契約が長引いているのか……」

月島さんは聡次郎さんの行き先を知っているようだ。

「買いに行くのはお金も時間ももったいないですし、私も無駄になってしまうので食べていただけると助かります……」

「そうですか……ではいただきます」

月島さんはお弁当を受け取ってくれた。

「他の社員とは時間をずらして食堂に行きます」

「そうですか」

「三宅さんと同じお弁当の中身なのがばれたら噂になってしまいますからね」

「それはまずいですね」

私と月島さんに変な噂が立って奥様の耳に入ったら大変なことだ。

「三宅さん、龍峯でのお仕事が順調そうでよかったです」

「おかげさまで、楽しく働かせていただいています」

これは本心だ。お茶は淹れるのも飲むのも楽しいし、ギフト用の包装が綺麗にできたときは嬉しい。

「でも今日は顔色が悪いですね。お疲れですか?」

「いえ……そういうわけじゃ……」

まだ体調は戻らない。休みがないことが体によくないのは分かっているのだけれど、どっちの職場にも休みを言い出しにくい。

「奥様も気にしていらっしゃいます。三宅さんのことを」

「そうなんですか?」

「頑張ってらっしゃることは知っていると思います。このままいけば認めてくださるかもしれません。頑張ってくださいね」

「はい!」

月島さんと笑顔で別れた。
偽の婚約者だったときは奥様に認められようと反対されようと、聡次郎さんの意思に従うだけだからどうでもよかった。でも聡次郎さんとの関係が変わった今、奥様からの評価も重要になっている。




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