アフタヌーンの秘薬

秋葉なな

文字の大きさ
上 下
3 / 43
【蒸熱】柔らかに芽生えた出会い

しおりを挟む

「だから僕が行くまで待てと言っただろう。大体どうして名前を確認しないんだ」

「身長と髪型が同じでカフェから出てきたら間違うだろ!」

2人は私の目の前で私の存在を忘れたかのように揉めだした。
確かに私は相沢さんと身長も同じくらいだし、髪の長さも同じ肩につくくらいで髪色も似ている。
さっきは事務所の鍵を店に返したあとだから店から出てきた。龍峯さんはそこから私を追ってきたのだろうか。

「学生かどうかは微妙だったけど絶対そう思うだろ!」

この言葉に体がぴくりと反応した。確かに私はもう24歳だし学生に見えないとは思う。けれど『学生かどうかは微妙』だなんて言われたら老けていると言われたような気がしてしまった。
龍峯さんに対して嫌悪感がじわりと湧き始めた。

どうしたらいいだろうと2人を見ていると、月島さんが私の存在を思い出したのか再び謝罪をしてきた。

「人違いでお時間とらせてしまって申し訳ありませんでした。実はこの龍峯の個人的なお願いを相沢さんに引き受けていただきたかったのですが」

「婚約者のふりをしてほしいということですか?」

「もうお話ししたんですね」

「そのことはさっき俺が言ったよ」

龍峯さんはテーブルに頬杖をつくと気だるそうにコーヒーを飲んだ。先程とはまるで違う態度に私も居心地が悪くなる。
相沢ではなかったことが残念なのだろうけど、間違われた私だって今困っているのだ。反対に月島さんは始終申し訳なさそうな顔をしていた。この人は顔を歪めてもうっとりするほどかっこいい。

「あの、どうして相沢にこだわるんですか?」

「ああ、それはこの間のカフェでの揉め事を見たからです。三宅さんもあのときお店にいらっしゃいましたよね」

そういえば少し前に相沢さんがお客様とお店で揉めたとき月島さんも店内にいたのだと思い出した。

「彼女のお名前は制服についていた名札で確認済みでした。我々は気の強い女性にお願いしたかったんです。龍峯の親族を言い負かせるほどの」

「なるほど……」

それなら相沢さんが適任かもしれない。なんていったって過去にもお客様に強気で対応して態度が悪いと本社にご意見を送られたことがあるのだから。

「それに長期的な契約を結びたいので、できれば休日が取りやすい学生にお願いしたかったのです。相沢さんは恐らくまだ大学生ですよね?」

「ええ。でも相沢はもうすぐ退職します。春から社会人として会社に勤めると聞いています」

「はぁ……まじかよ」

龍峯さんは溜め息をついた。私が悪いわけではないのに責められているようでこっちが溜め息をつき返したくなる。

「婚約者のふりをするだけなのに条件の合う方はそんなにいないんですか?」

「意外といなかったのです……」

そう言いながら月島さんは下を向いた。

友人知人に頼めば簡単なのに、婚約者のふりができる人が見つからないなんて龍峯さんの性格に問題があるのではと思えてきた。演技とはいえこの人と恋人になるなんて私なら耐えられない。
考え事をしているのか下を向いていた龍峯さんが何かを思いついたように顔を上げた。

「じゃあ婚約者のふりをあんたにお願いしたい」

「え?」

私だけではなく月島さんも間抜けな声を出した。

「聡次郎、何を言っているんだ」

「確かに気が強い女性の方が有利かもしれない。でもこの人が役不足なんてことは決してない。学生を連れて行くよりも年齢は不自然じゃない」

「ちょっと待ってください! 私には無理です!」

月島さんはともかく、龍峯さんとは今後一切接点を持ちたくない。

「今あのカフェは正社員?」

「違います……」

「ならこの話は悪くないと思う。もし俺の偽婚約者になってもらえたら報酬は払う。だから頼む」

「………」

突然の話に返事ができずにいた。『報酬』という言葉に惹かれてしまったことは隠せない。

「ほら、明人からもお願いしろ」

「めちゃくちゃだ。聡次郎が言い出した計画は何もかも現実的じゃない」

龍峯さんが隣に座る月島さんの腕を肘で押しても月島さんは呆れた顔を崩さない。

「事情を話してしまったらもう引けないだろ」

龍峯さんの言葉に月島さんも諦めたようだ。

「数回龍峯の家族に会ってくれるだけで構わないのでお願いできませんか?」

龍峯さんと月島さんは揃って私に頭を下げた。

「でも……」

それでも私は「はい」と言えなかった。突然出会った人たちに婚約者のふりをしてくれなんて突飛な話をされて受け入れろという方が難しい。

「望むような額をお支払いします。数回会って別れたことにして、それっきりご迷惑をお掛けすることはありません」

「別れていいんですか? 結婚相手として紹介するんですよね?」

「俺に別の人との縁談がきています。それを断る口実として偽の婚約者が必要なんです」

「そうですか……」

それならば長期的な契約といっても、ものすごく長い時間はかからないかもしれない。それに『望むような額』と言われ思わず龍峯さんの顔を見てしまった。正直今は生活が苦しい。1人暮らしで長時間のシフトにも入れず、もう1つ仕事を探そうとしていたほどに。

「……わかりました。お引き受けします」

「ありがとうございます」

龍峯さんも月島さんも安心したような顔を見せた。

悪い話ではない。龍峯さんも名刺を見る限り怪しい人ではなさそうだし、月島さんは顔を知っているカフェのお客様だ。
大きなトラブルは考えにくいよね。
そう自分を納得させた。

龍峯さんと月島さんと連絡先を交換した。思わぬ形で月島さんの名前と連絡先を知れたことに口元が緩むのを抑えるのに苦労した。相沢さんに自慢してしまいそうだ。

「そうそう、この契約のことは他言無用でお願いします」

「え?」

「お友達にも職場の方にも、SNSにも一切情報を出さないでくださいね」

月島さんの意外なお願いに「どうしてですか?」と困惑して聞いた。

「情報がどこから漏れるかわかりませんから。次にお会いするときに契約書をご用意いたします」

「情報が漏れるだなんて大げさな……」

「くれぐれもお願い致します」

まるで睨みつけるような月島さんの表情に圧倒され2度も頷いてしまった。整った顔で念を押されたら何も言い返せる気がしない。龍峯さんも何も言わずに、先ほど月島さんが持ってきたメロンソーダを奪いストローで飲み干した。

「それではあいている日がわかりましたらご連絡ください」

「わかりました……」

来週以降のカフェのシフトが出て私の休日がわかったら連絡することになった。

「失礼します……」

龍峯さんと月島さんに軽く頭を下げてファミレスを後にした。ドリンクバーの会計は龍峯さんが払うと言って伝票を私に渡さなかった。

外に出てガラスの向こうの2人を振り返ると、席を向かい合って座り直し何かを言い合っているようだった。

只の会社員が親を納得させるために偽の婚約者を探していた。そして私がその役を演じてあげる。それを誰かに言ってはいけないなんてどうしてかな。何か特別な事情があるということはわかるけれど、いい話のネタになりそうなのに。

今日は変な出来事、変な人たちと出会ってしまった。

月島さんってお客さんとして見てたときは優しそうな人だと思ってたけど、意外と厳しい人なのかな。
また会う口実もできたし、これをきっかけにもっと月島さんと親密になれないかな、なんて能天気なことを考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

処理中です...