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その6 草萌〜貴方を知る〜
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東藤が目を見開いた。
それは彼にとって意外な台詞だった。秘密裏に春人の個人情報を調べさせたが、春人は完全なヘテロで恋愛対象は女性だった。むろん、自分もそうだ。いや、そうだったのだ。春人に出会うまでは……。
大学で同級の女と付き合っていた事も、卒業前に別れている事も裏を取った。
どこにでもいる、普通の青年。
それなりに勉学とバイトに励み、就職活動に苦心し……。東藤にとって女は遊びだった。欲が溜まれば吐き出す。寄ってくる女は数多いたし、その中でタイミングと都合のいいのを見繕って使い捨てた。いつも何人もの女がいた。気が向けばマンション等与え囲ってやった事もあるが、ことさらに興味を引くものではなかった。
偶然に出会い、ほんの数時間だけ共に過ごした。
それだけで、彼を忘れられなくなった。すぐに監視を付け、だから彼の会社の状態もすぐに報告がきた。事前に金を準備していたのは、あるかもしれない春人の救援要請に応じるために。
東藤はヤクザだ。
恩を売り、もしくは騙して、彼を思いのままにするシナリオを考えなかったわけではない。だが今、目の前で頬を染めて戸惑っている彼を見て、それらはすべて霧散した。
「あ……あれ?なんか変な意味に聞こえるかも……。あの、変な意味じゃなくて、俺……っ」
焦った春人が何やら言っている。
「……」
東藤は、背後の舎弟達に部屋を出ていろと告げた。
視線は春人から離さない。1秒でも見逃したくなかった。言葉にして初めて、自分自身の感情を自覚したように見える。
会いたい、と思ってくれたのか。――この1ヶ月間の自分と、同じように?
「春人……!」
舎弟達が部屋のドアを閉めた瞬間、東藤は春人をきつく抱き締めていた。最初はびっくりしていた春人の腕が、おずおずと東藤の背に回された。それはすぐに力がこもり、春人は自分から東藤の胸に抱きついてきた。
その勢いで春人の足先がジェラルミンケースの縁にかかり、室内に金が舞った。その中で二人はもつれ合いながら、重なり合った。
「東藤さん、東藤さんっ」
ぎゅうぎゅうとしがみつきながら、春人が呼ぶ。
「龍巳だ。龍巳と呼べよ、春人」
「た、つみ、さん、龍巳さん」
幾枚もの札の散らばる中、強く深く抱き合い、互いの唇をせわしなく求め合う。金の事など二人の目には入らなかった。互いのみ。
春人の潤んだ瞳には龍巳が、龍巳の瞳には春人が。
春人の両腕が龍巳の首に回されて引き寄せる。龍巳の舌が春人の奥深くまで愛撫する。息を弾ませ、春人がそれを受け入れる。もっと、もっと深く。
龍巳が春人のスーツを振り落とし、シャツのボタンを外す。春人も龍巳のスーツのボタンを外そうとして、その手は龍巳に押さえられた。
「たつ、み、さん?」
龍巳が上体を起こした。
自らスーツの上着を脱ぎ、シャツのボタンを外した。シャツを投げ捨て、春人に背を向ける。その背に浮かび上がるのは……。
「龍……と、桜……」
天に駆け登る龍と、所々に配された鮮やかな桜。――天龍桜散らし。
龍巳の背中一面に彫られた刺青だった。春人は呆然とそれを見ていた。龍巳が春人に向き直った。
「俺は、これを背負っている」
「……」
息を呑む春人に、龍巳が問う。
「……怖いか?」
春人が頭を横に振った。
「怖くない……綺麗です、とっても」
春人が、龍巳の腕に触れた。その背の刺青に顔を寄せる。
「俺、龍巳さんだったら、男でも、悪い人でも、なんだって構わない」
そう言って、春人は龍巳の背の龍の口元に唇を押し当てた。
「春人、俺もだ。男にこんな気持ちになったのは初めてだ。そして、こんなに深く誰かを想ったのも」
「龍巳さん……」
春人の瞳が潤んで龍巳を見上げる。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうだ、そう思いながら、龍巳が灯りを消した。互いに伸ばした指を絡め引き寄せた瞬間、春人は龍巳に押し倒されていた。
窓からの薄灯りに照らされた、精悍な顔。春人は不思議な心持ちでそれを見上げていた。男らしい眉、鋭い眼光。その瞳は今、燃えるような熱さを隠さずに春人を見つめている。
もう何も考えられない。男同士だという事も、出会ってからまだ1ヶ月ほどしかたっていない事も。
ただ、その身体に触れたいという事だけ。
女とはまるで違う固い身体。ギリシャ彫刻のように美しい……。春人の手が、龍巳の身体に触れる。肩から胸……。逞しくしなやかな筋肉。龍巳の手が春人のシャツを落とした。唇を合わせ、胸を合わせ、ピッタリと鼓動を重ねる。春人の腕が龍巳の首にしなやかに巻き付き、引き寄せた。もっと、もっと、と。春人の心が、龍巳を欲している。
「あぁ……俺、変です。こんな、」
「どう、変なんだ?」
「………」
言えない。言葉にできない心の内が、鼓動となって、火照る身体の熱となって、龍巳に訴える。
上気した頬が、潤んだ瞳が、龍巳を煽る。
龍巳は、我知らず、息を飲んだ。青年らしい若々しい清廉さを持った春人が、
……こんなに。
「変なのは、俺も一緒だ。春人、お前が、俺を」
龍巳の強く燃えるような瞳に、自分がうつっているのを、春人は見た。
「……狂わせる」
それは彼にとって意外な台詞だった。秘密裏に春人の個人情報を調べさせたが、春人は完全なヘテロで恋愛対象は女性だった。むろん、自分もそうだ。いや、そうだったのだ。春人に出会うまでは……。
大学で同級の女と付き合っていた事も、卒業前に別れている事も裏を取った。
どこにでもいる、普通の青年。
それなりに勉学とバイトに励み、就職活動に苦心し……。東藤にとって女は遊びだった。欲が溜まれば吐き出す。寄ってくる女は数多いたし、その中でタイミングと都合のいいのを見繕って使い捨てた。いつも何人もの女がいた。気が向けばマンション等与え囲ってやった事もあるが、ことさらに興味を引くものではなかった。
偶然に出会い、ほんの数時間だけ共に過ごした。
それだけで、彼を忘れられなくなった。すぐに監視を付け、だから彼の会社の状態もすぐに報告がきた。事前に金を準備していたのは、あるかもしれない春人の救援要請に応じるために。
東藤はヤクザだ。
恩を売り、もしくは騙して、彼を思いのままにするシナリオを考えなかったわけではない。だが今、目の前で頬を染めて戸惑っている彼を見て、それらはすべて霧散した。
「あ……あれ?なんか変な意味に聞こえるかも……。あの、変な意味じゃなくて、俺……っ」
焦った春人が何やら言っている。
「……」
東藤は、背後の舎弟達に部屋を出ていろと告げた。
視線は春人から離さない。1秒でも見逃したくなかった。言葉にして初めて、自分自身の感情を自覚したように見える。
会いたい、と思ってくれたのか。――この1ヶ月間の自分と、同じように?
「春人……!」
舎弟達が部屋のドアを閉めた瞬間、東藤は春人をきつく抱き締めていた。最初はびっくりしていた春人の腕が、おずおずと東藤の背に回された。それはすぐに力がこもり、春人は自分から東藤の胸に抱きついてきた。
その勢いで春人の足先がジェラルミンケースの縁にかかり、室内に金が舞った。その中で二人はもつれ合いながら、重なり合った。
「東藤さん、東藤さんっ」
ぎゅうぎゅうとしがみつきながら、春人が呼ぶ。
「龍巳だ。龍巳と呼べよ、春人」
「た、つみ、さん、龍巳さん」
幾枚もの札の散らばる中、強く深く抱き合い、互いの唇をせわしなく求め合う。金の事など二人の目には入らなかった。互いのみ。
春人の潤んだ瞳には龍巳が、龍巳の瞳には春人が。
春人の両腕が龍巳の首に回されて引き寄せる。龍巳の舌が春人の奥深くまで愛撫する。息を弾ませ、春人がそれを受け入れる。もっと、もっと深く。
龍巳が春人のスーツを振り落とし、シャツのボタンを外す。春人も龍巳のスーツのボタンを外そうとして、その手は龍巳に押さえられた。
「たつ、み、さん?」
龍巳が上体を起こした。
自らスーツの上着を脱ぎ、シャツのボタンを外した。シャツを投げ捨て、春人に背を向ける。その背に浮かび上がるのは……。
「龍……と、桜……」
天に駆け登る龍と、所々に配された鮮やかな桜。――天龍桜散らし。
龍巳の背中一面に彫られた刺青だった。春人は呆然とそれを見ていた。龍巳が春人に向き直った。
「俺は、これを背負っている」
「……」
息を呑む春人に、龍巳が問う。
「……怖いか?」
春人が頭を横に振った。
「怖くない……綺麗です、とっても」
春人が、龍巳の腕に触れた。その背の刺青に顔を寄せる。
「俺、龍巳さんだったら、男でも、悪い人でも、なんだって構わない」
そう言って、春人は龍巳の背の龍の口元に唇を押し当てた。
「春人、俺もだ。男にこんな気持ちになったのは初めてだ。そして、こんなに深く誰かを想ったのも」
「龍巳さん……」
春人の瞳が潤んで龍巳を見上げる。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうだ、そう思いながら、龍巳が灯りを消した。互いに伸ばした指を絡め引き寄せた瞬間、春人は龍巳に押し倒されていた。
窓からの薄灯りに照らされた、精悍な顔。春人は不思議な心持ちでそれを見上げていた。男らしい眉、鋭い眼光。その瞳は今、燃えるような熱さを隠さずに春人を見つめている。
もう何も考えられない。男同士だという事も、出会ってからまだ1ヶ月ほどしかたっていない事も。
ただ、その身体に触れたいという事だけ。
女とはまるで違う固い身体。ギリシャ彫刻のように美しい……。春人の手が、龍巳の身体に触れる。肩から胸……。逞しくしなやかな筋肉。龍巳の手が春人のシャツを落とした。唇を合わせ、胸を合わせ、ピッタリと鼓動を重ねる。春人の腕が龍巳の首にしなやかに巻き付き、引き寄せた。もっと、もっと、と。春人の心が、龍巳を欲している。
「あぁ……俺、変です。こんな、」
「どう、変なんだ?」
「………」
言えない。言葉にできない心の内が、鼓動となって、火照る身体の熱となって、龍巳に訴える。
上気した頬が、潤んだ瞳が、龍巳を煽る。
龍巳は、我知らず、息を飲んだ。青年らしい若々しい清廉さを持った春人が、
……こんなに。
「変なのは、俺も一緒だ。春人、お前が、俺を」
龍巳の強く燃えるような瞳に、自分がうつっているのを、春人は見た。
「……狂わせる」
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