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溢れる感情
溢れる感情⑥
しおりを挟む葉山が暁人を見つめ、口元だけで微笑んだ。
「……不思議と抵抗ないな」
「な、なにして……」
「なにって……キスだろ」
「そ、そうじゃなくて! なに考えてるんですかっ。あなたノンケでしょう⁉」
「あ? ノンケ?」
「だから、普通に異性愛者でしょう!」
「ああ、まぁ。今まではな。けど、いまおまえにキスしても抵抗なかったぞ」
「キ……、いや。唇なら男も女も大差ないですから!」
暁人の言葉に、なにがおかしいのか葉山が、はははと楽しそうに笑った。
「おまえ、テンパるとめちゃくちゃかわいいな。普段のクールキャラどこ行ったよ」
「ほっといでください……」
ああ、もう本当最悪だ。
どうしようもなく惹かれるけれど、これ以上好きになりたくない。そう思って、必死で距離を取ろうと努力してきたのに、これじゃ何もかもがめちゃくちゃだ。
「なぁ、柴。もし……さっきうっかり漏れたおまえの気持ちが本物なら、俺に賭けてみたらどうだ?」
「……え?」
「好きでもない……まして初めて会う得体の知れない男に身体預けるくらいの勇気あるなら、俺にぶつかる勇気持てよ。なんで初めから無理だって決めつけてんだ? やってみなきゃ分からないことだってあんだろ?」
やってみなきゃ分からないなんて、そんなことはない。
世の中の普通の男は、同じ男を好きになったりはしない。
「……そんなのやる前から決まってるんですよ。普通は、同性からの好意を気味悪く思うものなんです! 普通:は異性を好きになる。そうでない人間は異常だとみなされるんです」
暁人が言うと、葉山が両手をそっと伸ばして暁人の頬を包み込んだ。
「それは、おまえがいままで好きになった過去の男の話だろ? いま、おまえの目の前にいるのは過去の男じゃない。俺だ。少なくとも、俺がおまえを拒絶したかよ? さっきのキスだっておまえからじゃなく、俺からしたんだ。この意味、分かるか?」
「……分からないですよ」
ただの気まぐれか、はたまた同情か。
どっちでも構わない。ただ、葉山がどんなに自分に優しくしてくれようと、それは結局恋だの愛だのという感情でないことくらいは分かる。
「分かんねぇか。まぁ……そうだな。俺も、はっきりとは分かんねぇもんな」
そう言った葉山が暁人から手を離し、「いててて……」と言ってゆっくり立ち上がった。そういえば部屋に入ってから随分経つのに、いまだ玄関に座り込んだままだった。
「ほら、ケツ痛いだろ。おまえも立て」
葉山がこちらに腕を伸ばしたので、暁人はその手を借りてゆっくりと立ち上がった。ずっと座り込んでいたためか、尻や足の感覚が麻痺していて立ち上がる際に身体がふらついてしまった。手を引いてくれた彼のほうへ倒れそうになったのを葉山が逞しい身体で受け止めた。
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