怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

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いびつな心

いびつな心③

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  *  *  *


 あんなことを言ってしまった手前、気まずい思いでいっぱいだったが、翌日の葉山は普段通りで、その後も変わらずだった。大人な彼のことだ、暁人の言葉通り冗談として忘れてくれたのかもしれない。
 そんな葉山が、世間が夏休みに入っている繁忙期の週末に珍しく連休を取っていて不在だった。
「竹内さん。ガーネットのスタンバイ終わりました」
「あ、お疲れ様。じゃあ、柴くんもあがっていいよ。いま、市村さんたちもあがったとこだから」
 そう答えた竹内が電話中だったことに気付いてはっとした。
「すみません、電話中だって気づかずに……」
「あ、いいのいいの。相手、葉山さんだから──。ってわけで、葉山さん、俺ももう仕事終わるんで切りますよ? はい。わざわざありがとうございました」 
 と言って竹内がスマホを置いて立ち上がった。
「電話よかったんですか?」
「ちょうど切るとこだったから、いいって。いいって! 俺も帰る。行こ」
 竹内に続いて更衣室へ向かう階段を降りながら彼に訊ねた。
「そういえば、葉山さんが週末に連休なんて珍しいですよね」
「ああ、法事だって。葉山さんとこ親が離婚しててさ。亡くなったお父さんの七回忌で弟さんと岡山まで行ってるんだ」
「そうなんですか……」
 弟の話は以前なにかで聞いたような気がしたが、両親のことは初めて聞いた。
 更衣室には誰もいなかったが、そもそもこの時間に仕事を終えるのは宴会部のスタッフくらいしかいない。それが当たり前のように電気を点けて更衣室に入るなり制服を脱ぎ、着替えを始めた竹内が言った。
「葉山さん、ああ見えて結構苦労人なんだよね。早くに家を出たらしいんだけど、お母さんと弟さんの生活費のために学生の頃からバイト掛け持ちしてたらしいし。何年か前に弟さんが就職してやっと肩の荷が下りたって言ってた」
 葉山の面倒見の良さと妙な懐の深さのようなものは、そんな家庭環境が起因していたのだろうか。
「葉山さんの弟、俺たちと歳同じくらいなの知ってる?」
「あ……そんなことをまえに言っていた気が」
「もともと面倒見はいい人だけど、俺や柴くんのこと特に可愛がってくれるのってたぶん弟と重ねてるとこあるんだ。葉山さん、ほんといい人だから嫌がらないでやってよね」
「あの……俺、嫌がってるように見えてますか」
「いや、そういうわけじゃないけど。あの人が気に入った後輩構うのは性分みたいなところあるから、気にせずもっと甘えちゃえばってこと。俺ほど図々しくなれとは言わないけど、柴くん見てると変に遠慮してる感じするから」
 甘える──か。自分が:普通|だったらそうできたのかもしれないが、
彼が懐に入れようとしてくれる度に、余計な感情が生まれていたたまれなくなるのだ。








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