怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

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暴かれた秘密

暴かれた秘密④

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 それからしばらくして戻って来た葉山は手に缶コーヒーを持っていて、それを暁人に手渡すと大きな息を吐いて目の前の椅子に座った。
「とりあえず、飲めよ。少しは落ち着くだろ」
「……ありがとうございます。頂きます」
 暁人は受け取った缶コーヒーのプルタブを開け、口を付けた。
 あんな現場を見られたうえに、危ないところを助けてもらっておいて、何も聞かないでくれというのはさすがに都合が良過ぎるか、と暁人はある種の覚悟を決めて葉山と向き合った。葉山は勘のいい男だ。岸川との会話で、ある程度のことをすでに悟っているように見える。
「さっきの男は……? まえのとこの?」
「はい。上司だった男です」
 そこまで言って、暁人は口を噤んだ。
 どう話すべきか……それともあんなのは何でもなかったと白を切り通してしまうべきなのか、悩んだからだ。
「おまえが、オザキの担当外してくれって言ったのはあの男が原因か?」
 そう訊かれて、暁人は素直に頷いた。
「まえの職場で、あの男に酷い嫌がらせを受けてたんです……」
「──酷い嫌がらせって、一体」
 葉山が暁人の表情を窺うようにして慎重に訊ねた。
「さっきの男が、言ってた……?」
 ますます歯切れ悪く、言いにくそうに言葉を発した葉山に、暁人はこの場を誤魔化したところで無駄だと思った。
 葉山はきっと気づいている。
「──そうです。いわゆる性的暴行ってやつです」
 暁人が諦めたように答えると、葉山が切なげな表情を浮かべた。
「俺……ゲイなんです」
 暁人の言葉に、葉山が一瞬動きを止めて驚いた顔をした。
 予想通りの反応だ。誰だっていきなり同性愛者であることを告白されたら、こんな反応をするだろう。嫌悪感丸出しの顔をされなかっただけマシだ。
「はは。驚きますよね、いきなりこんな……」
「いや……」
 そう返事をしたものの、葉山の顔には戸惑いの色が見て取れた。
「それが一部の同僚にバレたんです……それがあっという間に職場の連中に広まったのがその始まりです。と言っても、最初の嫌がらせなんて本当に可愛いモンでしたよ? 小学生か、って突っ込みたくなるようなレベルの。けど、それが変わったんです。あの男の一言で」
 今でも鮮明に覚えている。あの場の空気が一瞬で変わった瞬間を。

『なぁ、柴嵜。男同士ってさ、どうやってセックスすんの? おまえ、どっち側? まさか女みたいに抱かれる側?』
 職場の男たちの目が、明らかな好奇の目に変わった。

「職場での地味な嫌がらせに加え、終業後、数人の男に呼び出されてフェラを強要されるようになりました」
 一度口を開けば、あとは簡単だった。これまで頑なに誰にも話さなかった事実を、葉山にぶちまけたのはある種の諦めのようなものだ。
「いくら男が好きだからって誰でもいいわけじゃないし、苦痛で堪らなかった。けど、逆らったら殴る蹴るの暴行は当たり前。フェラさえしてやれば、それ以上酷いことされることなかったから必死で我慢して──」
 話しをしているうちに当時の記憶が呼び起こされてくる。
 髪を掴まれ、無理矢理口に男根を奥深く突っ込まれ、吐き気と戦いながら相手が果てるのを待つ。そんなことを思い出した途端、暁人も自分でも何が起こったのか分からないくらい自然と目から涙が零れていた。
 こんなこと、誰かにしたのは初めてだ──。
「柴……」
 目の前の椅子に座っていた葉山が立ち上がって、暁人の肩を撫でた。
 肩に触れている葉山の手がやけに温かくて、ますます涙が溢れて止まらなくなった。
「すみませ……」
「我慢しなくていい。この際だから思いきり泣いちまえ。悪かった……言いたくなかったよな、こんなこと」
 そうだ──本当は言いたくなんてなかった。隠し通せるものなら、そうしたかった。
 自分がゲイだということがバレれてしまえば、きっと葉山に引かれる。これまで生きて来た数々の経験の中で、暁人は世の中は異端者に決して優しくはないことを十分なほどに理解している。
「辛かったな……。おまえ、さっきあの男殴ろうとしてたけど、そんなことしなくてよかったよ。あんな男、おまえが殴る価値もない……」
 暁人の肩に置かれた葉山の手が小さく震えていた。まるで彼の中の怒りを堪えているように。
「バカだな、柴。もっと上手く言っとけよ。そしたら、早く助けてやれたのに。もっとちゃんと守ってやれたかもしれないのに──」
「……っ」
 葉山の言葉に、暁人の中でずっと堪えていた感情が一気に崩壊した。
 助けたやれたかも──そんなことを言われるなんて、思いもよらなかった。これまで誰にもそんな優しい言葉を掛けられたことがなかった。
 暴行に対する嫌悪感や恐怖、それに逆らえなかった弱い自分。仲の良かったはずの同僚に裏切られた絶望感、口惜しさ、悲しさ、そしてたったいま葉山にかけて貰った温かな言葉。いろんな感情が渦のようになって競り上がって、それが一気に涙となって零れ落ちた。
 どれくらいそうしていただろう。暁人が泣いている間、葉山がずっとその肩を撫でていた。
「少しは──落ち着いたか?」
「……はい」
「おまえが、そんななのは、まえの職場の影響だったんだな」
 葉山の言葉に、暁人は静かに顔を上げた。
「おまえが、必要以上に人と関わろうとしないのも。誰も信じてませんって他人の厚意を拒絶してるみたいなところがあるのも」
「……」
 必要以上に関わらないのは、本当の自分を知られるのが怖かったから。他人に自分がゲイだとばれることで、また同じ目に遭うんじゃないかと怖くて怖くて仕方ないからだ。
 いくらオザキの人間とここの人間が違うからといって、簡単に人を信用できない。
 悲しいことだと分かっていても、そう簡単には考えを変えられない。





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