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仕事と人とその距離と
仕事と人とその距離と⑤
しおりを挟む食事を終えてすぐに店を出た。結局店にいた時間は三十分程度だった。
葉山の言っていたように年季の入った店構えのわりにラーメンそのものの味は絶品だった。
「ご馳走様でした。ラーメンは美味しかったです、本当」
暁人が礼を言うと、葉山が「だろ?」となぜか得意げに返事をした。
「柴はここから歩きだったよな? 帰り、気を付けろよ?」
「大丈夫です。すぐなんで」
暁人のマンションまでは駅から徒歩で十分程度。
比較的栄えていて大きなスーパーやドラッグストアなどが立ち並ぶ大通りを帰るため、夜でも辺りが明るく治安もいい。
「それじゃ、お疲れさまでした。おやすみなさい」
そう一礼して暁人が駅の南口に向かって歩き出すと、葉山に「柴ぁー!」と呼ばれて振り返った。
「また行こうな、飯」
そう言った葉山が白い歯を見せて、暁人に向かって大きく手を振った。そんなまるで子供みたいな無邪気な葉山の笑顔を見た瞬間、暁人の鼓動が一瞬跳ねた。
ここで同じように手を振り返すほどの可愛げもない暁人は、ただ照れくささを誤魔化すように顔を歪めるのが精一杯だった。
「……なんつぅ顔すんだよ、大人のくせに」
あんな、屈託のない笑顔を見せる大人を暁人は知らない。あんな顔見せられたら、こっちが抱える事情であえて距離を取っていることさえ、なんだか申し訳なく思えてくる。
「ほんと、なんなんだよ……」
どうしてなのか、葉山と居ると忘れていたはずの感情が揺さぶられる。ずっと忘れたままでいい、そう思っていたはずなのに。
暁人はそれ以上後ろを振り返ることなくマンションまでの道をただひたすらに歩いて、心に湧き上がった感情を必死に打ち消した。
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