怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

文字の大きさ
上 下
18 / 66
仕事と人とその距離と

仕事と人とその距離と④

しおりを挟む




「柴、何食う? 決まったか?」
「じゃあ、味噌ラーメンを」
「えー、何で味噌」
「や。だって、ここにオススメって……」
 初めて入る店の場合、その店の推しメニューなら間違いないと思っている暁人がメニューを見ながら指さすと葉山が少し不服そうに唇を尖らせた。
「何すか?」
「ここ醤油が旨いんだぜ」
「オススメって書いてあったらからそっちが旨いのかなって思っただけです。それに俺は味噌の気分なんです」
「はぁ? 可愛くねぇの。そこは、じゃあ俺も醤油にしようとか言うとこだろ」
「知りませんよ」
 暁人が答えると、葉山は何がおかしいのか笑いながら店員を呼び止めた。
 仕事を離れた葉山は、普段のきりりとした印象が嘘みたいに消える。仕事の時にはしっかりと上げた前髪を下ろし、コンタクトを外して眼鏡になった葉山は年齢より少し若く見える。やはり、こういう姿の葉山は上司というより、その辺の気のいい兄貴分という感じで、なんとなくこちらの気も緩む。
「やっぱ、アレだな。職場離れると、ちょっと素が出るのな、おまえ」
「そうですか?」
「口調が少し変わる」
 職場を離れたところで、葉山が暁人の上司であることに変わりはないが、こう見た目の雰囲気を変えられると、どう接するべきか戸惑ってしまう。
「もっと、そういうの出してけよ。うちの連中は、どっちかっていうとそういうのいい意味で面白がってくれると思うぞ?」
「面白がってくれなくていいんですよ、べつに。俺、職場の人たちと深く付き合う気ないんです。仕事とプライベートは分けたい人間なんで」
「なんか……それ、勿体なくねぇ? 案外気が合うやついるかもしれないだろ?」
「だから、職場にそういうのいらないんですよ。趣味とかそういうので気が合う奴探したければ今の時代SNSで簡単に繋がれるでしょう」
「まぁ、確かにそういうのもあるのかもしれないけど。竹内なんかはさ、特におまえ気に入ってるからさ──」
 タイミングがいいのか悪いのか威勢のいい声で店員が「はい、おまちー!」と二人が注文したラーメンを目の前に置いた。一瞬何か言いたそうにした葉山が、その言葉を飲み込んで「食うか」とテーブルの隅に備え付けられた箸を暁人に手渡した。
 暁人はそれを受け取ると「いただきます」と手を合わせてから箸を割った。
 葉山の言わんとすることは、なんとなく理解できる。
 暁人だっていまの職場が嫌なわけではないし、仕事だってやってみればそこまで苦手だというわけでもない。寧ろここに転職してきてよかったとさえ思っているし、できることなら同僚たちとごく普通に上手くやれたらという気持ちがないわけじゃない。
 けれど、ふとした瞬間に頭を過る光景がある。
 ある日突然、友人だと思っていた彼らの視線が、自分を嫌悪するものに変わるあの絶望的な光景が。
 居心地がいいと感じる職場だからこそ、これ以上踏み込んで、結果彼らを裏切るようなことはしたくない。寧ろ、あの頃よりも怖い。今、この場所で、自分を気に掛けてくれている葉山や竹内に拒絶されることのほうが──。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...