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仕事と人とその距離と
仕事と人とその距離と④
しおりを挟む「柴、何食う? 決まったか?」
「じゃあ、味噌ラーメンを」
「えー、何で味噌」
「や。だって、ここにオススメって……」
初めて入る店の場合、その店の推しメニューなら間違いないと思っている暁人がメニューを見ながら指さすと葉山が少し不服そうに唇を尖らせた。
「何すか?」
「ここ醤油が旨いんだぜ」
「オススメって書いてあったらからそっちが旨いのかなって思っただけです。それに俺は味噌の気分なんです」
「はぁ? 可愛くねぇの。そこは、じゃあ俺も醤油にしようとか言うとこだろ」
「知りませんよ」
暁人が答えると、葉山は何がおかしいのか笑いながら店員を呼び止めた。
仕事を離れた葉山は、普段のきりりとした印象が嘘みたいに消える。仕事の時にはしっかりと上げた前髪を下ろし、コンタクトを外して眼鏡になった葉山は年齢より少し若く見える。やはり、こういう姿の葉山は上司というより、その辺の気のいい兄貴分という感じで、なんとなくこちらの気も緩む。
「やっぱ、アレだな。職場離れると、ちょっと素が出るのな、おまえ」
「そうですか?」
「口調が少し変わる」
職場を離れたところで、葉山が暁人の上司であることに変わりはないが、こう見た目の雰囲気を変えられると、どう接するべきか戸惑ってしまう。
「もっと、そういうの出してけよ。うちの連中は、どっちかっていうとそういうのいい意味で面白がってくれると思うぞ?」
「面白がってくれなくていいんですよ、べつに。俺、職場の人たちと深く付き合う気ないんです。仕事とプライベートは分けたい人間なんで」
「なんか……それ、勿体なくねぇ? 案外気が合うやついるかもしれないだろ?」
「だから、職場にそういうのいらないんですよ。趣味とかそういうので気が合う奴探したければ今の時代SNSで簡単に繋がれるでしょう」
「まぁ、確かにそういうのもあるのかもしれないけど。竹内なんかはさ、特におまえ気に入ってるからさ──」
タイミングがいいのか悪いのか威勢のいい声で店員が「はい、おまちー!」と二人が注文したラーメンを目の前に置いた。一瞬何か言いたそうにした葉山が、その言葉を飲み込んで「食うか」とテーブルの隅に備え付けられた箸を暁人に手渡した。
暁人はそれを受け取ると「いただきます」と手を合わせてから箸を割った。
葉山の言わんとすることは、なんとなく理解できる。
暁人だっていまの職場が嫌なわけではないし、仕事だってやってみればそこまで苦手だというわけでもない。寧ろここに転職してきてよかったとさえ思っているし、できることなら同僚たちとごく普通に上手くやれたらという気持ちがないわけじゃない。
けれど、ふとした瞬間に頭を過る光景がある。
ある日突然、友人だと思っていた彼らの視線が、自分を嫌悪するものに変わるあの絶望的な光景が。
居心地がいいと感じる職場だからこそ、これ以上踏み込んで、結果彼らを裏切るようなことはしたくない。寧ろ、あの頃よりも怖い。今、この場所で、自分を気に掛けてくれている葉山や竹内に拒絶されることのほうが──。
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