怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

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忘れたい過去とざわつく心

忘れたい過去とざわつく心④

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 歓迎会という名の飲み会は三時間ほどでお開きとなった。居酒屋を出ると、そこから駅方面へ向かう者、駅とは反対方向にある職場の寮に向う者とに大きく分かれる。
「それじゃ、皆さんお疲れ様っしたーぁ! あ、柴くん、帰り気を付けてな」
「はい。竹内さんも気を付けて」
 寮住まいの竹内が相変わらずの高めのテンションで、同じ寮住まいの同僚たちと連れ立って帰って行く姿を見送ってから、駅方面へ歩いて行く同僚に続いてゆっくりと歩き出すと自然と同じ方向の葉山の隣を歩くことになった。
「柴は、寮じゃないんだな」
「ああ……はい。もともと独り暮らしをしてたんで」
「へぇ。どこ住んでんだ?」
「塚高です」
「なんだ、一緒。どの辺だ?」
「駅の南です。歩いて十分くらいなんで結構近いんですが」
「ああ。あの辺大通りで店もいっぱいあるし便利だよな。俺は駅からすぐ」
 そう言った葉山がポケットから煙草を取り出し、それを咥えたまま火を点けた。葉山が吐いた煙が風下にいた暁人の顔に掛かり、わざとではないが顔をしかめながらケホッと咳き込むと、葉山が「あー、悪い悪い」とその手で煙を仰いだ。
「煙草ダメなんだっけ?」
「正直、あまり得意ではないです」
「そーいや、酒もあんまり飲んでなかったな。ひょっとして酒も?」
「飲めなくはないですけど、体調によって悪酔いするんで外では控えてます」
「はは、若いくせにしっかりしてんな」
 そう言って笑いながら、車道側の歩道を並んで歩いていた葉山が暁人のほうに煙草の煙がかからないよう風下にその場所をスイッチした。
「じゃあ……歓迎会も実はあんまり、って感じだったか」
 見透かすように葉山が訊ねた。確かに積極的に参加したいという感じではなかったのは事実で、どう答えるのが正解かと考えていると葉山が察したように言葉を続けた。
「今どきはそういうの無理に誘うのもパワハラになるとか言うしなぁ……俺たちもさ、おまえたち新人と上手くやってきたいって思いがあってさ。少しでも親睦深められればと思ってのことだから──まぁ、悪く思わないでくれよ」
 葉山たちの気持ちは暁人も理解できないわけではない。暁人を除いた新人組はそういった付き合いが嫌いでない者が多いし、双方が気持ちよく楽しく過ごせる場であれば、そういう付き合いも悪いものではないと思っている。
「悪かったな、遅くまで付き合わせて」
 そう言った葉山が暁人の頭に手を乗せ、髪をくしゃくしゃとかき回した。
 いつかと同じ大きくて温かな手。暁人の額から手を離した彼が何かに気付いたようにスマホで時刻を確認した。
「電車、この時間なら三十二分があるな。逃すとまた待つし、急ぐか」
「あ、はい」
 と返事をし、少し歩調を早めた葉山の背中を暁人は慌てて追い掛けた。前を歩く葉山の大きな背中と初めて会ったときより少し伸びた髪が風に揺れている。
「柴、急ぐぞ。少し走らないと間に合わないかもしれない」
 そう言った葉山が、ふいに暁人の腕を掴んだ。
「え、ちょ……葉山さん!」
 点滅をはじめた信号機。走りだした葉山に引きずられるように暁人も後を追うかたちになったが、大の大人の男が同じ男に手を引かれているこの状況に急に気恥ずかしさが湧き上がる。
「待ってくださ……」
「あ? なんだ? 急がないと乗り遅れんだろ?」
「や、それは……ていうか手、離してください」
 暁人が言うと、葉山が「ああ…悪い、つい」と暁人の手を離した。葉山のほうに他意がないのは分かっている。こんな何でもない些細なことを気にしてしまうのは暁人のほうの都合だ。
「何だよ。変なやつだなぁ」
 と葉山が白い歯を見せて笑ってまた速足で歩き出したあとを、追い掛ける。
 変なやつって──どっちが! 
 暁人は自分より年上の男のこんなにも屈託のない笑顔を見たことがなかった。そんな葉山の笑顔になぜか心臓が強い鼓動を打ち、頬が熱くなる。そんな気がするのは、きっと久しぶりに飲んだアルコールのせいだ。




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