怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

文字の大きさ
上 下
4 / 66
出会い

出会い④

しおりを挟む



 午後からの研修は、予め言われていたように実践的な研修内容となった。
 午前の内に学んだ料飲部で使用するプレートやシルバー類に実際に触れて、サービスの基本となるトレイや皿の持ち方を実践した。
 転職を含めたこういった業種に就くことが初めての新人組と復職組がペアを組み、マンツーマンの指導を受ける。
「あー、柴くん。トレイもうちょっと前側を高く。それだとバランス悪いから前に倒れる。
背筋は伸ばして、視線を前に。手元ばかり見てるとふらつくから」
「はい」
 竹内の指導はどちらかと言えば感覚的ではあった。理屈で教えるというより見て覚えろとでもいうように何度も手本を見せてくれる。暁人もどちらかといえば感覚的に物事を掴むタイプであったため、その指導はとても分かりやすいものだった。
「ああ、いいね。じゃあ、グラスに実際水入れて運んでみようか」
 頭で理解することと実際にやってみることは大きく違う。思ったようにいかないこともその感覚を何度も身体に叩き込むように練習を繰り返した。
「柴くん、結構筋いいね! 立ち姿も綺麗だし、安定感もあるよ。このぶんならじきに慣れそうだ」
 しばらくの間ペアでの練習を繰り返し、新人組は最終的に一人一人葉山のチェックを受けたが、暁人は一度でそれをパスすることができた。
「柴嵜、もう少しだけ顎引け。そのほうが綺麗だ」
「はい」
 午後はひたすら実技研修に明け暮れた。新人組の中でも飲食業でバイト経験のある者とまったくの初心者ではその技術の差は歴然であったが、こればかりは経験を積んで慣れていくしかない。連日の実技研修の甲斐もあり、暁人を含む新人組もそれぞれにその成果を上げて行った。
「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様、また明日」
 という葉山の言葉に皆が一斉に帰り支度を始める。研修が始まってすでに一週間、部署内の社員同士もだいぶ打ち解けて来ていた。
「なー、柴くん。腹減んない? このあと飯でもどう?」
「……すみません。今日もこれからちょっと予定あって」
 こんなふうに竹内に食事に誘われるのは実は二度目。そしてそれを断るのも二度目。
「え、マジか。柴くん、誘うタイミング難しいなぁ」
「すみません……ほんと」
 面倒見のいい竹内は確かに暁人にとって頼りになる先輩であるし、嫌いなわけでもない。彼の誘いが嬉しくないわけではないが、やはり職場の人間と深く関わることを避けたいと思うのは過去の経験が大きく影響している。
「じゃあ。しゃあない、葉山さんでも誘うかー」
 竹内が言った背後で「俺はまた柴嵜の代打かよ」とそれに葉山が笑いながら突っ込んだ。
「だって、柴くん用があるって言うしさ。じゃあ、また今度ね」
「用があるなら仕方ないだろ。また明日な、柴」
「お疲れ様でした」
 竹内と葉山はそのままどこに行くだの、何を食うだの話しながらいつの間にか暁人を追い越して二人は賑やかに従業員の通用口へと消えて行った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...