3 / 21
第3話
しおりを挟む真也が赤松に会ったのは、それから暫くしてからの事だった。
その日偶然“くろかわ”に立ち寄った際、いつものようにカウンターで隣り合わせた赤松は、普段の姿からは想像もできないほどベロベロに酔い潰れていた。
たまたま真也が店に寄ったのが週末のバー営業の真っ最中。普段ならそろそろ店じまいという頃愛だが、店内は大勢の客で賑わい大学生のバイトスタッフが接客に追われていた。
「──どうしたんすか、これ」
カウンターに立つ黒川に赤松の様子を訊ねると、ああ……と小さく相槌を打った彼が困ったような顔で微笑んだ。
店のカウンターに突っ伏して管を巻く中年男。むくと頭を上げた赤松が、真也の顔を見るなり訳の分からない言い掛かりで絡んで来た。
「お。灰原? 何だおまえ、ちょっとこっち来いや」
「おい、コラ! 赤松やめろって──!」
「ちょっ、赤松さん⁉」
こんな赤松を見るのは初めてだった。
真也が知る限り、赤松はいつも余裕で真也なんかよりずっと大人であった。
確かに酒は特別強いほうではないが、だからと言って決して自分を見失ったりはしない。ほろ酔い程度で軽く絡むことはあるが、ここまで酔いつぶれ、醜態を晒すような彼の姿はある意味衝撃的であった。
「悪い、灰原くん。暫くこいつのこと見ててくんねぇかな。……いま店こんなんだし、ちょっと手ぇ放せなくて」
「……はぁ」
黒川の言葉は尤もだった。
「店長! カルーア一つ、カンパリ一つお願いしまーす」
「あいよぉー」
店は週末のバー営業の真っ最中だ。賑わった店内から次々にオーダーが入り、黒川も店のバイトも正に手が放せない状態であるのは素人目にも一目瞭然。自分が黒川の立場であったなら、たぶん同じことを頼んだであろう。
けれどもこんな状態の赤松から、バー営業の終了する午前零時まであと一時間もの間、目を離さずにいるというのもなかなか厳しい現実。
仕事柄接待などで酔っ払いの相手に慣れている真也でさえ、できることなら早急に彼の自宅まで送り届けてお役御免被りたいのが本音である。
「帰る」
「──は!?」
赤松が急に何かを思い出したかのように勢いよく立ち上がった。そこまでの勢いは良かったものの、やはり酔っているのかその身体がふらりと揺れるのを黙って見ているわけにもいかず真也は慌てて赤松の腕を支えた。
「黒川さん。赤松さんって家どこなんすか?」
そう訊ねると、黒川がたったいま入ったばかりのオーダーにせわしなく手を動かしながらこちらを見た。
「鶴巻町。ラベンダーテラスってファミレス分かる? その横道入ったトコのマンションなんだけど……」
「ああ。分かりますよ。結構近いじゃないすか」
鶴巻町のファミレスなら、真也が自身のマンションへ帰る際に避けては通れない通り道だ。少し横道に逸れるとしても、近くまで送り届けるくらい大したことはないように思えた。
「もしアレなら──俺が送って行きましょうか? うち本城町なんでちょうどあの辺通りますし」
「いや。それはさすがに悪い──」
「この人こんなだし、送り届けるなら早い方が……っと。あ!!」
そうした黒川との会話の最中にも、真也の腕を振りほどきふらふら店を出ようとする赤松を身体半分ほどで追い掛けると、黒川が「灰原くん、ほんと悪い!」カウンター越しに申し訳なさそうに両手を合わせた。
真也が赤松を追い掛け店を出ると、彼がちょうどタイミング良くタクシーを捕まえたところだった。
このまま一人で帰れるものならそれはそれで構わないが、どうせ真也の自宅も同じ方向だ。送るついでに同乗させて貰おうと、慌ててタクシーに駆け寄った。
「鶴巻まで」
赤松を奥へ押しやって真也は強引に後部座席に乗り込むと、行き先を告げた。隣に座った赤松がシートに深くもたれながら半ば据わったような目で真也を見つめる。
「……灰原もこっち方面?」
「ええ、まぁ」
会話の相手が誰だか分からないほど赤松が:酩酊(めいてい)状態ではない様子に安堵して真也は小さく息を吐く。
「フラフラ危なっかしいんで、家まで付き添いますよ。ファミレス近くのマンションなんですよね? 歩けるようならそこで降ろしますが、無理そうなら部屋まで肩貸します。……どうします?」
真也が訊ねると、赤松がふっと口の端で笑った。同時に濃厚なアルコール臭がタクシーの車内に広がる。
「じゃ──部屋まで頼むわ」
「手数料でも貰わないとやってらんないすけどね」
「おまえ、顔に似合わずセコイな」
「何すか、顔に似合わずって」
「や。どっちかーてーと、イケメンクールキャラじゃん」
「……何ですかそれ」
なぜか昔から周りに勝手にそうキャラ付けられている。
特に自分をイケメンだと思ったことはないし、元々何に対してもあまり熱くなる性格ではなかったからか、いつの間にか周りに根づいてしまった自身の印象。
いちいち撤回するのも面倒だし、自分自身が実際どんなヤツなのか考えてもよく分からない。
「つか。何で俺がこんな……」
自分でも意外な行動だったとは思う。
人との付き合いは基本当たり障りなくというのがモットー。
余程仲のいい友人でもなければ、厄介な酔っ払いの身元を引き受けるなど普段の自分ならありえないことだ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】オメガの円が秘密にしていること
若目
BL
オメガの富永円(28歳)には、自分のルールがある。
「職場の人にオメガであることを知られないように振る舞うこと」「外に出るときはメガネとマスク、首の拘束具をつけること」「25年前に起きた「あの事件」の当事者であることは何としてでも隠し通すこと」
そんな円の前に、純朴なアルファの知成が現れた。
ある日、思いがけず彼と関係を持ってしまい、その際に「好きです、付き合ってください。」と告白され、心は揺らぐが……
純朴なアルファ×偏屈なオメガの体格差BLです
18禁シーンには※つけてます
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
EDEN ―孕ませ―
豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。
平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。
【ご注意】
※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。
※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。
※前半はほとんどがエロシーンです。
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた
おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。
それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。
俺の自慢の兄だった。
高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。
「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」
俺は兄にめちゃくちゃにされた。
※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。
※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。
※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。
※こんなタイトルですが、愛はあります。
※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。
※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。
解せない王子のことなんか
ぱんなこった。
BL
昔から目付きが悪いと言われ喧嘩を売られることが多かったヤンキー男子高校生、日内詩乃也(ひうちしのや)18歳。
中学から高校まで喧嘩は日常茶飯事で、学校でも周りから不良扱いされ恐れられていた。
そんなある夜。路地裏のゴミ箱にハマっていたところを、同じ高校の1つ年下内石波璃(うちいしはり)に目撃される。
高校でも有名な一流企業の息子で優等生の波璃と、ヤンキーで問題児の詩乃也。全くタイプが違う接点の無かった2人だが…。
ゴミ箱にハマって抜け出せない上に他校のヤンキーと警官に追いかけられていた詩乃也に、波璃は怖がるどころか「助けてあげるから僕と付き合ってほしい」と申し出て…
表紙/フリーイラスト ヒゴロ様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる