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第七話

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「お疲れ様です。お先に失礼します」
「あ。お疲れ様」
 就業時間が過ぎ、事務の女の子たちが次々と席を立つ。キーボードを打つ手を止めて挨拶を交わし、賑やかなその後ろ姿を見送った。
 隣に座る君島もパソコンの電源を落とし、こちらを見た。
「終わったなら上がれよ」
「筧さんは?」
「俺はこの見積り上がったら終わる」
 そう言うと、君島が少し不満そうな顔をしつつも引き下がった。


「筧さん。あ、君島くんも。ちょっといいですか?」
 声を掛けて来たのは営業事務の永瀬。優秀な女子社員だ。
「──あ、何かミスってた?」
「いえいえ、そうじゃなくて。これ」
 そう言った彼女が差し出したチラシを受け取った。
「来週末、花火大会あるじゃないですか。ここ、立地いいんで花火よく見えるますよね。みんなで花火見物しませんか?」
 彼女が自分と君島を交互に見て、目をキラキラさせた。
「ま。お盆休み中ですし、ご家族いらっしゃる方は除いて声掛けしてるんです。もちろん、社長の許可は貰ってますので!」
「へぇ……」
「大体の人数把握したいんで、週末くらいまでにお返事貰えたら」
「ああ。考えとくよ」
 お愛想半分で筧が返事を返すと、永瀬が少し驚いた顔をした。
「ホントですか!? 筧さん来るならみんな喜ぶかもー!」
「え?」
「あ。君島くんも考えといてねー!」
 そう言い残すと、実に慌ただしく彼女はその場を去って行った。
「……何だ、あれ」
 気づけばフロアに残っているのは自分と君島の二人だけ。
「行くんですか?」
「いや──、おまえは?」
「筧さん行くなら行きますよ。敵は全て潰さないといけませんから」
 そう答えた君島の目が心なしか怖いのはなぜだろうか。
「意味わかんね」
 筧がそう呟いて首を捻ると、君島が思いきり顔を歪めてこちらを見た。
「何だよ?」
「鈍いってある意味“罪”ですね」
「は?」
「筧さん、自分で思ってるよりずっと人気あるんですよ、女性に」
「人気? 俺が!? ──ナイナイ!」
 ワハハ、と笑うと君島が心底呆れたような顔で筧を見つめた。
「何ですかね、卑屈なくらいのその自己評価の低さ」
「意味わからんわ。つか、早く帰れよ」
「帰りますけど──さっきの出るんなら絶対教えてくださいよ」
「おまえそんな花火好きなの?」
 そう言うと、君島がもの凄い冷たい目でこちらを睨み「ど天然! どニブ! クソビッチ!!」と酷い暴言を吐いてフロアを後にした。
 黙って聞いてりゃ、もの凄い酷い言われよう。こういうのも大概耐性がついてきたものの、腹が立つのは仕方ない。
 スカした王子様が、何を珍しくカリカリしてるんだ。
 筧は小さく息を吐いて眼鏡のブリッジを押さえてから、再びやりかけの仕事に手をつけた。


 そして迎えた花火大会当日。
 あの翌日、会社に行くとなぜかこの花火観賞に自分が参加する的な話になっており、断わるに断われず──今に至る。
 昔から、こういう誘いにはあまり乗ってこないほうだった。元々人付き合いが苦手なのもあり、年に数回行われる全員参加の親睦会以外ほとんど顔を出すことがなかった。
 営業という仕事柄、取引先の接待などはもちろんビジネスチャンスを割り切っていたが、いまだにこういう内輪の集まりは得意ではない。
「筧さん、こういうの誘っても大丈夫だったんですねー!」
 営業部のフロアに、食堂のテーブルを何個か借り、急ごしらえの料理台に買ってきた料理やつまみを並べながら永瀬が笑った。
「筧さん、こういう集まりには出ないって有名だったし。誘っちゃいけないんだって思ってたんですけど、勇気出して誘ってみて良かったです!」
「……いや。変に気づかわせてたみたいで、逆に悪かったなって」
「いえいえ!! 事務の女の子たち、筧さんファン多いんで喜んでますよー」
 筧は、営業の得意技である感じよく見える愛想笑いをした。
 自分はゲイだし、女の子たちにちやほやされたいとは微塵も思わないが、人として好意を持たれるのは嬉しくないわけじゃない──が、ファンとかあり得ないっての!
「あ! 私、階下に飲み物取りに行かなきゃいけないんだった!」
 永瀬が思い出したように言った。
「俺も行こうか? ドリンクだと重量あるから男手のほうがいいだろ」
「本当ですか!? 助かります!」
 給湯室の奥にある社員が共同で使える冷蔵庫に向かおうとした筧たちの前に、君島が立ち塞がった。
「それ、俺が代わりますよ。両方男手のほうがより効率いいでしょう?」
「あ、助かる! 共同冷蔵庫の中に、ビール一箱分冷やしてあるから。出した分、ついでに補充もお願いしていい?」
「分かりました。任せてください」
 君島が柔らかに微笑んだが、筧は知っている。この笑顔は、営業用に貼りつけられたもの。
 笑顔の下が不機嫌さをあらわにしていることに気づいてしまう程度にはこの男のことを分かっている。
 給湯室は営業部のフロアの一階下。階段で下へと降りていく。
「さすが、顔以外もイケメンってか」
 君島が声を掛けた瞬間の永瀬さんがとても嬉しそうだった。そりゃそうだ。男から見たってうっかり見惚れるレベルにカッコイイ。
「何言ってんすか。潰しにかかってんですよ。筧さんに近づく女は、できるだけ排除しときたいんで」
「何それ……おまえ頭オカシイだろ」
「予想外ですよ。筧さん、こんなん参加するなんて」
「なんか断わりづらくてな」
「そういうとこが、アレなんすよ。隠し切れない人のよさっつーか……ほんと、無自覚なのはタチ悪い」
 冷蔵庫の前の放置された空箱に冷えたビールを詰めて持ち上げた。
「この辺のソフトドリンクも持ってくか? 酒飲むヤツばっかじゃねーだろ」
「ああ。確かにそうですね」
 そう返事をした君島が、ソフトドリンクの類を両脇に抱えた。
「花火なんてまともに見んの久々だな」
「夏休みとか今まで何してたんすか」
「大学のときのツレと飲んだり、その界隈で男引っ掛けて寝たり」
「うっわー、ふしだらー……」
「おまえに言われたかねーよ」
「今年はそういうの、ナシでお願いしますね。必要なら俺が相手しますんで」
「いらんお世話だよ」
 ──その時、ドン、ドドン! と一発目の花火が打ち上げられた。
 立ち並ぶビルの隙間から上がる花火。近くに大きな運動公園があるため、目の前に遮るものがなく、高層階からは確かに花火が良く見える。


 ドリンクを抱えフロアに戻ると、同僚たちが二人の戻りを待っていた。集まったのは総勢三十人ほど。よく見ると他部署の人間も混じっている。
「筧さーん! こっち来ませんか? 花火、よく見えますよ」
 永瀬に声を掛けられ「ああ」と返事をした。三井や森田もいたので、誘われるままそちらに足を向けると君島もそれに続いた。
「筧さん、これ食べません?」
「筧さん。飲み物足りてますか?」
 なぜだか分からないが、今夜は事務の女の子たちに代わる代わる話し掛けられた。
 普段、こういう場に顔を出さない自分に変に気を使わせているのだとしたらかなり申し訳ない。そんなことを思い、タイミングを見計らってトイレに行くフリをしながら一階下の給湯室に逃げ込んだ。
 窓越しに見える花火を一人ぼんやりと眺めていると、背後に人の気配を感じた。


 

 





 


 
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