もしも、運命の番がクソ野郎だったら?

庵慈莉仁

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もしも、運命の番がクソ野郎だったら?

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 「オイ昴!次の講義、代返頼む」

 ロッカールームから出て、次の講義までテラスの椅子にでも座ろうと一歩を踏み出した僕に、そう声を掛けてくる人物がいる。

 僕は声がしたテラスの方に視線を泳がせると、いつものように何人かと一緒に山内洋介君の姿が目に入ってきた。

 「わ、解った!」

 ぎこち無く洋介君の方に片手を上げて、俺は気不味さにテラスでは無くスタスタとその場から離れて行くと、後ろでクスクスと洋介君の周りにいた人達が笑っているのが耳に入り、僕は更に歩くスピードを上げる。

 テラスを出て外にある中庭のベンチに腰を落ち着けると、僕は小さく溜め息を吐き出す。

 「ハァ~……、苦手だ……」

 あのキラキラとした雰囲気は出会った当初から苦手だ。それが気付けば自分の身近になっている事も、未だに信じられない。

 「何が苦手なんだ?」

 突然後ろから声をかけられ、僕はビクリッと肩を持ち上げる。そうして声がした方にユックリと首を回すと

 「宮本君……」

 そう名前を呼ばれた彼は、無表情でベンチを回って僕の隣に座り

 「嫌なら断っても良いんだぞ?」

 ボソリと呟いた後、チラリと僕の顔を見詰めた彼に、僕は苦笑いを向け

 「別に、嫌なわけじゃないんだ……。僕なんかが彼にしてあげられるのなんてこれ位しか無いし……」

 ボソボソと呟いて下を向く僕に、宮本君は呆れたように軽く鼻から息を吐き出し

 「運命の番も、相手があれじゃ大変だな」

 先程僕に講義の代返を頼んだ洋介君の事を言っている台詞に、僕はハハッと笑い

 「イヤ、むしろラッキーなんじゃないかな?」

 なんて返事を返す。

 僕、本郷昴と先程の彼、山内洋介君は運命の番だ。

 この世界には男女性の他に六つの性が存在する。バース性と呼ばれるその性は、α、β、Ωの男女が存在し、αとΩには特殊な特徴がある。それは二つの性が番関係を結べるという事だ。

 Ω性は三ヶ月に一度一週間程度の発情期、ヒートと呼ばれる期間があり、その時にαを誘うフェロモンが通常よりも多く発せられる。その時にαがΩの項を噛む事によって、婚姻よりも強い番関係が結ばれるという。

 そして、都市伝説に近い内容でαとΩには運命の番。というものがあるらしいが、それにどうやら僕と洋介君は当てはまっているらしい。都市伝説と言われるほど、運命の番と出会う確率は少ないのだが、どうやら僕は運が良いのか通っている大学で洋介君と出会えた。

 「ラッキーって……、そう言える本郷は凄いな」

 隣から呆れているのか、心配しているのか解らないニュアンスで宮本君が言うので、僕はキョトンとしてしまい

 「凄くは無いでしょ?」

 「………………、素で言ってんのか?あぁも俺達αを使えるΩなんて、嫌じゃ無いのか?」

 「僕が持ってないモノを持ってる洋介君は凄いよねッ」

 「あ~~~……、駄目だなコリャ……」

 そう、僕はαだ。

 昔からαは家柄が良くて、金持ちで、運動や頭脳、見た目に至るまで完璧な何でも持ってるハイスペックなイメージがある。

 ウン。それは間違っては無い。現に僕の隣に座っている宮本君なんて、絵に描いたようなαだ。だけど、僕は違う。

 家柄は……、まぁソコソコ名の知れた名家に生まれ育ったけど、運動は出来ればしたくない位苦手だし、頭だって中の上くらいでそこまで出来るワケじゃ無い。見た目は……、運動しなくてもそれなりにαのおかげなのか筋肉は付いてるが、元々ヒョロい僕にはそんなに逞しい筋肉は付いてないし、顔立ちだって男らしいよりは女顔。

 昔は歳の近い姉のお下がりをよく着ていたから、クラスの皆から『男女』や『オカマ』なんてからかわれて、それがトラウマというかコンプレックスで自分の顔が好きじゃ無いし、見られたく無くて前髪を目の下まで常に伸ばしている。

 大学で一人暮らしを始めたが、家に帰ったら高校の時のジャージを寝間着代わりに今だに着るし、休みの日は外にも出ずに録り溜めしているアニメを見るか、ゲームをして過ごす位だ。

 αとしての素質みたいなモノは、僕の場合限り無く薄い。

 αもΩと同様フェロモンが出る体質なんだけど、僕の場合は抑制剤を飲んで無くてもΩを獲得できる程のフェロモンが出ないのだ。まぁ、一応外に出る時は抑制剤を飲んではいるけど……。

 だから今まで恋愛関係になった人はいないし、Ωからのアプローチなんて無かった……。ン~……、無かったは大袈裟だけど、結局僕にアプローチしてきてくれたΩの人達は全員僕の家柄に惹かれた人達ばかりだったから……。けど、鼻は人よりも良くて匂いには普通に反応するからΩフェロモンは嗅ぎ分けられる。

 ただ、今まで僕の好きな匂いには出会った事が無かったんだけど……、唯一洋介君だけは違ったんだよね。

 洋介君と出合ったのは最近だ。

 大学に入って今年で三年になるけど、それまで近くで絡んだ事が無かったからお互いがそうだとは気が付かなかった。

 僕が通っている大学の学科は一クラスが五百人位で多く、三年になるけど話した事も無い人は未だに沢山いる。その中で洋介君は目立つグループにいて、入学当初から僕は遠巻きに彼を見ていた。

 彼はΩだが、見た目は完璧にαだ。

 Ωのイメージはきっと華奢で儚く、守ってあげたい対象っていうのが一般的にあると思うけど、彼は僕より逞しい。身長も僕より高くて、鍛えている体には綺麗に筋肉が乗っている。顔も男らしい顔立ちで、僕もあんな顔になりたかった……。

 モデルみたいな彼を周りがほっとく筈も無く、常に彼の周りには四、五人の人達が囲んでいて、その周りの人達も凄く目立つ人達ばかりだ。

 洋介君がΩだと解るのは、彼が常に着けているチョーカーがあるから。

 これは無闇にαがΩの項を噛んで番関係になるのを止める物だ。僕達バース性のαやΩは基本的にフェロモンを抑える抑制剤を飲んでいるので、洋介君みたいにチョーカーを着けているΩは逆に珍しい。

 出会ってからしばらくして、一度彼に

 『抑制剤を飲んでるのなら、チョーカーは不要では?』

 と聞いた事があるが、その答えは

 『俺のフェロモンにあてられてセックス中に噛まれたら嫌だから』

 だった。

 運命の番からの衝撃的な答えに、僕は何も言い返す事が出来なかった。そんな僕を見て洋介君は笑いながら

 『お前にも噛ませるつもりはね~よ?』

 なんて、ハッキリ言われてしまって……。

 告白するも何も、始まってもいない段階でフラれてしまっているんだけど、それでも彼の側は僕にとってとても居心地が良い。

 彼から匂ってくる香りは、花のような……お菓子のような甘い匂いなんだけど、時たま柑橘系の爽やかな匂いもして……。彼の側にいるだけで僕は割と幸せな気分になってしまうから、番関係とか恋人関係以前に、推しの近くにいれるだけで満足……みたいな感じになってしまった。

 まぁ……、恋愛経験の無い僕にしてみたら、何をどうやっても彼は高嶺の花ってやつで……。運命の番ってだけで彼の側にいれてる現状は奇跡みたいなものだなって思う。

 洋介君とお近付きになれたのは、僕の隣にいる宮本君のお陰だ。

 必修科目の講義が終わって、席を立って講義室を出ようとしていた僕は机の上にあったスマホを発見。学生課に届けようとそのスマホを持って歩いていると着信があって、持ち主かな?と思って出たらビンゴだった。中庭にいるから届けて欲しいと頼まれて向かうと、宮本君と洋介君、それに何人かの人達がいた時に洋介君から凄く良い匂いを感じて体が動かなくなったのを覚えている。

 それは洋介君も同じだったみたいで

 『あ?何お前……。俺の番?』

 信じられないといった感じで呟かれて、僕は首まで真っ赤になってしまった。

 後から教えてもらった事だけど、洋介君はあんまり相手のフェロモンを感知するのが得意では無いらしい。匂いに鈍感だからαのフェロモンにもあまり反応出来無くて、万が一αが発情してラットになってしまったら、匂いに鈍感な彼は反応が遅れてしまう。それもあってチョーカーを着けているみたいだ。けど、僕のさしてあまり出ていないフェロモンの匂いは解ったらしく、それで僕が自分の番だと理解したとか。

 だけど、自分の運命の番がこんなだから側には置いてやるけど、絶対に番わないとその時に宣言されてしまって……。周りにいた人達も同情するか面白がっているかのどちらかだ。

 「本郷?そろそろ行こう」

 「あ、そうだね」

 宮本君に声を掛けられ、僕達は次の講義に向かうべくベンチから腰を上げた。



          ◇


 「はいこれ、次の講義のレポート」

 数日後、いつものようにテラスで何人かとテーブルを囲っている洋介君に、僕はスッとレポートを差し出す。

 「お、じゃ行こうぜ昴」

 ガタガタとそう言って席を立とうとする洋介君の腕を、βの子がグイッと引っ張って

 「え?次の講義出るの?」

 と、引き止めている。

 「ん?あぁ、次はこのレポート提出しないと駄目だから久し振りに出るわ」

 面倒臭そうに呟いている彼の傍らで、引き止めているβの子がギッと僕を睨んでいて、僕は居心地の悪さに一歩後ずさると

 「えぇ~、それも昴君に提出してもらったら良いじゃん?一緒に遊びに行こうよ~」

 媚びるように洋介君の腕をブンブンと振り回しながら言うβの子に、一瞬洋介君は僕の顔をチラリと見てから

 「ン~、無理かな?このレポートちゃんと本人が出さねぇとカウントしてもらえないヤツだし。またな」

 掴まれている腕をソッと引き剥がして、洋介君はβの子の頭にポンポンと手を置いてから

 「行くか」

 次いでは僕を見ないでそのまま歩き出してしまうので

 「ぅ、うん……」

 僕も慌てて洋介君の背中を追う形になるが、僕の背中でチッと舌打ちが聞こえて、僕はギュッと目をつぶる。

 テラスを出て、講義室に向かう途中不意に洋介君が僕の方に振り返り

 「コレやるわ」

 言いながらポイと何かを投げてきたので、僕は咄嗟に落とすまいとアタフタしながら宙を舞った物を両手でキャッチする。

 僕の両手に落ちてきた物は、今コンビニでペットボトルの商品とコラボしているアニメのフィギュアだった。

 ペットボトルのキャップ部分に小さい袋が付いていて、その中に僕の好きなアニメのフィギュアが入っている物だ。

 「コレ……」

 何で僕がこのアニメが好きって事知ってるんだろう?

 嬉しさに口元がニヤけながら呟いた僕に

 「あ~、なんか買ったら付いてきたから。お前、そういうの好きそうだよな?」

 なんだ。好きとか知らないでただ買っただけか……。まぁ、そうだよな。僕がアニメ見てるとか誰にも言ってないんだから、知らないよな。

 「うん、ありがとう」

 けれど、洋介君がくれた物だ。好きなアニメのフィギュアにそれだけで更に付加価値が付く。

 「ケホッ」

 前を歩く洋介君が乾いた咳を一つする。

 「具合、悪いの?」

 少し早足で洋介君の隣に行き、顔を覗き込むように尋ねるが

 「たいした事無ぇ」

 「けど……、熱は?」

 言いながら僕は片手を洋介君の額に伸ばしたが

 パシンッ。

 伸ばした手に痛みが走り、宙を舞ってブランと僕の横に戻ってくる。

 「あ、ゴメン……」

 叩かれて戻ってきた手をギュッと握り締めながら、ヘヘッと苦笑いを浮かべる僕に

 「ッ……、行くぞ……」

 「あ……うん……」

 フイッと僕から踵を返して再び歩き出した洋介君の後ろを付いて行く。

 講義室に入ると

 「あ、洋介~!ここ席空いてるよ~」

 すかさず誰かが洋介君の名前を呼んでる。

 ウン、ヤッパモテるね。

 僕はススス~……と洋介君から距離を取って、邪魔にならないように空いてる席を探してキョロキョロと顔を左右に振っていると

 「本郷」

 僕の名前を呼ぶ声に顔を上げれば、上の席から宮本君が片手を上げているので、僕は階段になっている通路を上がって彼の隣に腰を下ろした。

 「洋介が講義受けるの珍しいな」

 鞄を机に置いている僕に宮本君がボソリと呟くので

 「今日はレポート提出あるから」

 「あ~……、お前がやったレポートだろ?」

 「……フフ」

 「笑ってんなよ。良いように使われてるだけだろ?」

 片肘をついてその上に顔を乗せながら、何段か下の席で知らない誰か達と楽しそうに座っている洋介君を見下ろしながら宮本君が言う。

 僕は反応に困って笑った後に、気になっている事を彼に尋ねてみた。

 「そう言えばさ、今日洋介君体調悪そう?」

 宮本君の視線を追って僕も洋介君を見ながら聞いてみる。

 楽しそうに喋っている彼は、時折先程と同じような乾いた咳をしているからだ。

 「あ?そうなのか?気付かなかったけどな」

 「そか」

 宮本君は洋介君のグループにいても、あまり洋介君とは関わらない。それは、自分が狙っているβの子が洋介君のグループにいるからだ。そして彼は洋介君の事が好きで、お互い合意の上で体の関係にある。

 洋介君のグループにいる誰もが一度は洋介君と体の関係がある。それは彼が発情期になる度に、誰かが相手をしているからだ。

 けど、僕と宮本君は洋介君にとってそういう対象では無いようだ。

 前の席でワイワイと騒がしくしている洋介君達を眺めながら、僕は自虐的に口元を引き上げる。

 タイミング良く入室してきた講師に、僕は彼を見ていた視線を上へと引き上げた。

 講義が終わり、レポートも提出出来て僕は講義室を出て洋介君を探す。

 駄目元でもう一度体調の事を聞いてみようと思ったからだ。

 キョロキョロと出てくる人波を見ながら彼を探していると、数人周りに囲まれて洋介君が出てくる。

 僕は一歩足を踏み出したところで

 「洋介~、一緒にお昼行こうよ」

 ドンッと後ろから体をぶつけられ、ニ、三歩よろけると

 「オイ、大丈夫か?」

 と、僕を支えてくれたのは宮本君。

 「あ、ありがとう……」

 宮本君にお礼を言っている間に、洋介君は流れるように僕達の前を通り過ぎて行ってしまう。

 「洋介に何か用があったのか?」

 視線でずっと追っている僕に、宮本君がそう聞いてくるが

 「イヤ……もう大丈夫」

 僕は苦笑いしながらそう答えて、洋介君達が行った方とは逆に足を踏み出した。

 お昼過ぎから降り出した雨は、講義が全て終わる頃には土砂降りになっている。確かロッカーの中に折り畳み傘があったはず。

 雨のせいで気温も少し下がっているのか、肌寒さを感じて早く家に帰ろうと僕は傘を取りにロッカーへと向かう。

 折り畳み傘を掴んで、使わない教材をロッカーの中へしまい内履きと外履きを履き替えて外へと続く扉を開ける。

 重く暗い雲から止めどなく降り続く雨に、僕は手に持っていた傘を広げてパシャと音を立てて歩き出す。

 しばらく下を向いて歩いていると、前から聞き覚えのある声が聞こえて視線を上げて見れば、洋介君と知らない誰かが一つの傘に入り前を歩いている。だが、何だか様子がおかしい……。

 「何だよそれッ!」

 「……うぜぇ、離れろよ」

 「~~~ッ」

 ドンッ!!バシャッ!

 エッ!?

 さっきまであんなにピッタリとくっついていた相手が洋介君を突き飛ばし、彼がよろけながら傘から外に出てしまう。

 「ッ……オイッ!」

 洋介君が嫌そうに相手に怒鳴るが、相手は我関せずの態度でスタスタと歩いて行く。

 僕はハッとして洋介君の側まで走ると、サッと傘を彼にさす。

 「……お前……」

 「だ、大丈夫?」

 僕の持っている折り畳み傘じゃ二人入るには小さ過ぎるから、洋介君に雨があたらないようにしながら声をかけると、あからさまに嫌そうに眉間に皺を寄せた顔が僕を見詰めて

 「何でも無い、余計な事すんな」

 さしていた傘をグイッと僕の方に戻しフイと顔を横に向けると、洋介君はバツが悪そうに僕の前から歩き出そうとしたが、フラリと足元がグラつく。

 「アッ、ぶないッ」

 僕は咄嗟に彼の腕を掴んで支えるが、その腕から熱が伝わってくる。

 ………熱い。あれから体調が悪化してる?

 「オイ、離せよッ」

 僕に支えられてるっていうのが気に入らないのか、腕を上に振りあげて離そうとするが僕はその腕を離さなかった。

 「駄目だよッ」

 まさか僕が声を荒げるなんて思っていなかったのか、洋介君は少し驚いたような表情で僕を見返す。

 「体調、悪いんだろ?お昼前よりも熱上がってるんじゃ無いの……?」

 体は熱いのに、顔はさっきの講義を受けた時よりも血の気が引いている。できるならこのまま洋介君の家まで送って行った方が良いよな?と考えていると

 「ハッ……生意気……。オイ、お前の家どこだ?」

 最初の呟きは傘にあたる雨の音で聞こえなかった。

 「え?僕の家……?」

 「自分家まで、もたねぇ……」

 「ッ!!すぐそこだから、頑張れそう?」

 掴んだ腕を自分の肩に回して歩き出した僕を、洋介君は振り解かなかった。



          ◇


 一人暮らしをしている僕の家は、大学の裏手にあるマンションだ。学生向けではあるものの、セキュリティはしっかりしているし、リビングダイニングにもう一部屋別にある部屋で、ゆったりしている。

 その分家賃もソコソコするが、両親がワンルームでは駄目だと言って僕が目星を付けていたところは軒並み却下になってしまった。だから大学から一番近いところにしたのと、一番の決め手は隣にコンビニがあるからだった。

 料理は好きで自炊はするが、それとは別でコンビニが近くにあるのは何でか落ち着く。

 ガタガタと音を立てて玄関に入ると、取りあえず洋介君を座らせて靴を脱がせる。

 僕が彼の腕を肩に回して歩き出すと、相当我慢していたのか、グッタリと体重を僕に預けて歩いていたから。

 「洋介君着いたよ。ホラもうちょっと頑張って」

 僕も自分の靴を脱いで再び彼の腕を肩に回して立ち上がる。

 お、重い……ッ。けど、洋介君が気を失ったら、きっと僕一人じゃ動かせ無かったんだろうな……。

 そう考えるともっと鍛えないと駄目だな……なんて、自己嫌悪。

 洋介君はハァハァと苦しそうに荒く息を吐いていて、歩き方もフラフラだ。僕は時折彼に持っていかれそうになりながらも、寝室の扉を開けてベッドの上に彼を座らせると

 「タオルと着る物出すから、濡れた洋服脱げれる?」

 そう一言声をかけて、僕はタオルを取ってこようと一旦寝室から出る。

 タオルと……バスタオルも持って行った方が良いかな?冷えピタどこにしまったっけ?

 タオルを取って、リビングダイニングに行き、キッチンの戸棚の引き出し一つを救急箱代わりにしているからそこを開ける。

 冷えピタあった。えっと……風邪薬?解熱剤?……取りあえず解熱剤だな。あ、後飲み物……。

 そのまま流れるように冷蔵庫を開けて、冷えた水のペットボトルを持って急いで寝室に入ると、僕の言い付け通りに着ていた服を脱いでいる洋介君がベッドに座っていて……。

 ウワッ……。は、初めて……裸……。イィ、ヤ、イヤイヤ、何見惚れてるんだよッ!服をッ!

 「こ、コレ取りあえずタオルで頭拭いてて……ッ」

 グイッと押し付けるようにタオルを渡して、僕はクルリと洋介君に背中を向けるとクローゼットからサイズの大きいスウェットを取り出すと

 「コレ、サイズ大きいと思うから、コレ着てッ」

 緊張に早口でそう言って、再び背中を向けると、ゴソゴソと差し出したスウェットを着ている布ズレの音が聞こえる。

 「………………着れた」

 ボソッと洋介君が呟いた台詞に僕は彼へと向き直り

 「ベッド好きに使ってくれて良いから」

 言いながら彼の側へと行き、掛け布団を剥いで中へ入るように促すと素直にベッドの中へと入ってくれる。でも、寝転がる前に

 「一応解熱剤持って来たから飲んで」

 バスタオルに包んだコップを出して、ペットボトルから水を注ぐ。解熱剤を差し出し飲ませようやくベッドへ寝てもらう。

 「ゆっくり休んでね」

 僕はそう言って、洋介君の額に冷えピタを貼り付けた。

 僕の一連の流れを何も言わずに見詰めている洋介君に、僕はハハッと笑いかけて寝室を出て行く。

 バタン。

 えっと~……。取りあえず水じゃ無くてポカリとかの方が良いのかな……。ゼリー?プリン?……、うどん……?おじやとか?

 「……全部しようッ」

 寝室の前で力強く頷き、僕は財布を持って自宅を出る。

 あらかた必要かな?と思うものをコンビニから買って帰って来てから、ソッと寝室を覗く。

 ベッドで寝ている洋介君は、歩いていた時に比べれば解熱剤のおかげなのか息も荒くなく僕はホッと胸をなでおろす。

 ベッドの下に放ってある彼の洋服を拾い上げ、音を出さずに寝室から出ると

 「洗濯……」

 ブツブツ呟きながらバスルームへ行き、洋服のポケットを弄る。

 財布とスマホ、鍵。……他は入って無いな。
 確認していると、洋服から洋介君の匂いが漂って僕の鼻腔をくすぐった。

 …………………。

 頭では駄目だと理解しているが、僕は震える両手を持ち上げてスゥ~と洋服に鼻を押し付け彼の匂いを肺一杯に吸い込む。

 やっぱり洋介君の匂いは良い匂いだ。他のΩの誰とも違う。

 名残惜しいが洋服を離し、洗濯機の中へ入れて回す。

 「僕も着替えよう……」

 その場で自分も濡れた服を脱ぎ籠の中へポイすると、そのままリビングへ行く。ソファーの上にあるジャージを手にとって着ると

 「夕飯の準備でもしとくかな」

 と、キッチンへと向かう。

 冷凍していたご飯を二人分出して、洋介君用におじやの具材を切って小鉢に入れておく。そうして自分の晩御飯の準備を終えると、キッチンにある戸棚から再び今度はΩ用の抑制剤と風邪薬を取り出す。

 晩ごはんを食べたてもらったら、ちゃんとどちらの薬も飲んでもらおう。何かあったら困るのはきっと洋介君の方だと思うから……。 

 「………………課題でも、しとくかな」

 独り言を呟いて、僕はソファーへ座るとテーブルの上にあるノートパソコンを開いて今日の講義で出た課題をするべく集中しようとする。……………が、僕の部屋に洋介君が居るんだと意識してしまえば、寝室が気になって課題が進まない。

 僕の部屋に……居るんだよなぁ……。

 ジワジワと有り得ない事が現実になっているんだと実感が湧いてきて、僕は嬉しさにフフと口元を緩めてしまう。

 僕は洋介君が自分のΩだと気付く前から彼の事は良いなと思って見ていた。

 僕とは全く違う見た目や性格にまず惹かれた。堂々としていて誰に対しても物怖じせず、自信に溢れている。僕は昔の事もあって、人の顔色を窺ってしまうから……。それはもう癖みたいなもので、自分では意識しなくてもそうしてしまうから、それにイラッとしてしまう人も多い。

 それに彼は取り巻きにいるβやαに対して基本的には優しい。今日見たβの人とのいざこざは初めて目にしたくらいだ。だっていつも人に囲まれている彼がその人達の事をぞんざいに扱えば、困るのは洋介君になるからだ。

 Ωの洋介君にとって彼等はいなくてはならない存在だ。彼の熱を発散するためには……。だから彼等には優しいし、偏らないように気を使っている。

 ……、取り巻きの人達で洋介君の取り合いとか見た事無いし……、彼に対して不平不満も聞いた事は無い。それは洋介君が上手く彼等を統率しているからだ。

 その辺も、僕には無い才能なんだよな……。本当はαである僕が備わっていないといけないものだが、本当に僕と洋介君は何もかもが反対だ。

 洋介君がαで僕がΩだったなら、バランスが良かったのかも……。

 当初は彼の取り巻きの人達も、僕が彼の運命の番だという事でかなり警戒された。それはそうだろう、だってもしかしたら洋介君を独り占めされるんじゃ無いかって気がきじゃ無かったと思う。けれど蓋を開けてみれば、彼は今迄と変わらなかったし、僕に対してはそういう対象では無く……、何ていうか……、パシリみたいな?都合の良い……、子分みたいな?扱いで……。それに安心したのか彼に対しての好意を僕の前でも出すようになった。人によっては自分よりも下に見ている人もいる。

 けれど僕はそんな事気にしない。あからさまに態度に出る取り巻きの人達は時に怖いけれど、彼等も僕と同じ洋介君に対して片想いをしているから。

 そう、僕は彼に片想いしている。こんな感情を他人に向ける事自体が初めてだ。洋介君にとって僕は恋愛対象では無いだろうし、ましてや番とも思われていない。

 でも……、側にいたいんだよな……。

 何故か彼の側は僕にとっては心地良い。僕が出来る事なら何でもしてあげたいと思えてしまう。それが例えフェロモンにあてられた本能だとしても、そう思える人に巡り会えたのだから。

 寝室が気になり過ぎて何度か部屋に入って洋介君の様子をうかがう。一度額に貼ってある冷えピタを取り替えて、進まない課題をダラダラとしていると

 カタ。

 物音に、そちらに顔を向けると寝室から出て来た洋介君と目が合う。

 「よ、洋介君ッ……どうしたの?」

 バッとソファーから立ち上がって、彼に近付こうとする僕に

 「……腹、減った」

 ボソリと呟いた彼の台詞に僕は少しホッとして

 「すぐに何か作るよ、もう少し寝てたら?」

 食欲が出てきたのは良い事だ。僕は洋介君にそう言いながら寝室に戻るように促してみるが

 「イヤ、大分楽になったから……」

 「そ、そっか……あ、じゃぁこっち座って」

 僕が座っていたソファーにどうぞと片手をそちらに伸ばすと、洋介君は僕の方へと近付いて来るので

 「すぐ、何か作るね」

 スススと彼から離れてキッチンの方へと向かう。

 「何でもしてて良いから、テレビのチャンネルはテーブルの上にあるから」

 彼が退屈しないように一声そう掛けてから、僕は準備していた洋介君用のご飯を作っていく。

 出来上がり普段使わないお盆を出して、その上におじやとゼリー、プリン、桃缶を器に移して洋介君の所まで持って行くと

 「さ、寒くない?そこの膝掛け使って……」

 持ってきたお盆をテーブルに乗せて、ソファーの端に置いてあった膝掛けを洋介君の足に広げ

 「味は大丈夫だと思うから……どうぞ」

 「……………、桃?」

 テーブルに置かれたお盆を眺めながら彼がボソリと呟いた。

 「え?……あ、変かな?……僕の家では風邪ひいたらコレが出てくるからツイ……」

 僕が話していても視線は桃にいって何も言わない彼の態度に、もしかして嫌いだったのかと焦って

 「嫌いだったら、ゼリーとかプリンを……」

 「頂きます」

 言っている僕の言葉を遮って、洋介君はキチンと挨拶するとスプーンを手に取っておじやを食べ始める。

 「あ、……ハイ。どうぞ」

 カチャとスプーンとどんぶりがぶつかる音がする。彼はスプーンに掬って口元に持っていき、僕が作ったものを口の中へ入れた。

 僕はドキドキしながらそれを見詰めていると、コクリと咀嚼した後に洋介君の表情がホッと緩む。

 ただそれだけの事だったけど、彼の表情が緩むのを見て僕の方もホッと胸を撫で下ろす。

 良かった、口に合ったみたいだ。

 「お前は?……食わね~の?」

 おじやを頬張りながら僕に聞いてくる彼に

 「ん?あぁ、僕はもう少し後で食べるよ」

 「フ~ン……。世話になったな」

 「え?」

 まさか洋介君からそんな言葉をもらえるなんて思わなかった僕は、一瞬固まってしまう。そんな僕の態度を見て洋介君も思うところがあったのか、気不味そうな表情を浮かべて

 「……、大分良くなったから、そろそろ帰る……俺の服は?」

 「は?帰るって……、駄目だよッ!それに洋介君の服はもう洗濯しちゃった……」

 「………、洗濯……。でもそうしたらお前どこで寝ンの?」

 洗濯の一言で帰るのは無理だと理解したのか、ため息混じりにそう尋ねられ

 「僕は大丈夫だよ、そのソファーで寝るし気にしないでゆっくり休んで」

 「………そうかよ」

 言いながら洋介君は食べ終わったおじやのスプーンをカランとどんぶりの中に放り投げ、迷わずに桃が入っている器を手に取ると刺さっているフォークで一口桃を食べる。すると美味しかったのか少し驚いた表情になって、次いではパクパクと食べ始めた。

 「たまに食べると桃缶って美味しいよね?僕も風邪引いた時位しか食べなかったから、あると何か嬉しかったなぁ」

 「………………」

 僕の台詞に何も言わずにジッと見つめられ、何か変な事でも言ったのだろうかと不安になった僕は

 「あ、そうだ。薬飲まないとね!」

 用意していた薬を取りに立ち上がり、冷蔵庫からポカリを取って彼の側へと行く。

 コップの中に注いで、テーブルの上に薬を置くと

 「あ?Ω用の抑制剤……?何でお前持ってんの?」

 風邪薬の隣にあるカプセルを見て、洋介君が呟くので

 「一応、持ってるんだ。何かあった時に困るのはΩの人だから、さ……」

 「フ~ン、困る事なんてあるのかよお前」

 僕の台詞に少し棘のある言い方を返す彼の言葉に、僕は両手を彼の方へと向けて左右に振りながら

 「い、イヤ無いよッ無いけどッ!一応だよ?一応ッ!」

 しどろもどろに答える僕に、彼はチラッと僕を見てから

 「ま、別にどうでも良いけど……」

 「………………、ハハッ」

 必死に否定した僕に興味が無いのか、フイと顔を逸して呟く彼の言葉に苦笑いを浮かべる。

 テーブルに置かれた薬を取り、素直に飲んでくれる。

 「あ~~……、じゃぁごちそう様……」

 「ウン、ゆっくり休んで」

 ソファーから立ち上がり、僕の隣を通り過ぎてパタンと寝室のドアを閉めた。

 「ハァ~……」

 緊張の糸が切れたように、僕は大きく溜め息を吐き出す。こんなに洋介君と同じ空間にいた事は無いし、喋った事も無かったから緊張していた。しかも自分が作ったご飯を彼が食べているって事も僕からしたらドキドキだった。

 でも良かった。全部食べてくれたから、不味かったって事は無さそうだ。

 「僕も何か作って食べよう……」

 この後、洋介君の洋服を乾燥機にかけてもう一度寝室を覗いて冷えピタを変えて……、何も無かったら寝ようかな。

 そんな事を考えながらお盆を手に取り、僕も自分のご飯を作ろうとキッチンに移動する。

 晩ごはんをササッと済ませて、シャワーを浴びた後彼の服を乾燥機にかけて寝室を覗く。

 ベッドで寝ている彼は大分息の仕方も楽そうで、僕は安心すると持ってきた冷えピタを変えようと新しいものを彼の額に押し付ける。

 「う……ん……」

 ぬるくなったものから急に冷たい感触が額に触れたせいで、眉間に皺が寄って小さく唸った彼に僕は起こしてしまったか?とビクリと固まったが、その後スースーと規則正しい寝息が聞こえるので、良かったと胸を撫で下ろし、そのまま彼の寝顔を眺めている。

 …………、綺麗な寝顔だな。

 スッキリと伸びた形の良い鼻梁。こんなに近くでマジマジと見た事無かったからだけど、思いの外睫毛も長い。厚すぎず薄過ぎ無い唇に尖った顎。

 美術品かな?

 触りたい衝動がムクリと出るが、気持ち良さそうに寝ている彼が僕が触って目を覚ましたらと思ったら怖くて触れない。

 ずっと見てられるなぁ……。

 ベッドの端に頬をくっつけて、ずっと横顔を眺めていた。



          ◇


 あったかいなぁ。ソファーで寝てるはずなのに、体も痛く無いや……。

 ………………、アレ、僕って昨日ソファーで寝たっけ?

 瞼を閉じたままで昨日の夜を思い返す。

 洋介君の様子を見に寝室に入って、それからしばらく彼の寝顔を眺めて……。

 ………眺めて?

 そこで途切れた記憶に、僕はパチリと瞼を開ける。

 と、見開いた視線のすぐ側に僕の顔を見詰めている洋介君の顔面があって、僕は息を呑む。

 「……、はよ」

 「……………ッ、お、おはよぅ……」

 どうにか喉から言葉を絞り出して、挨拶し返すと

 「ソファーで寝てねぇじゃん?」

 なんて呟かれるから

 「ッ、ご、ゴメンッ!」

 起きなきゃと咄嗟にガバリと上半身を持ち上げる。

 な、何で一緒のベッドに寝てるんだ!?無意識に入ってしまったんだろうか?

 ガバリと起き上がった事で、掛け布団を退かしてしまった。そのまま視線を洋介君の方へ移すと何故か彼は裸の状態で……。

 「は、……ぇ?」

 掛け布団が自分の上から無くなった事で洋介君も僕と同じように上体を起こしズイッと僕との距離を詰めてくると

 「寒ぃから」

 少しからかうように笑いながら僕にそう言う彼の体がピッタリと僕にくっつきそうになったところで、僕はボッと自分の顔から火が出るんじゃないかって位赤くなるのを感じる。

 「よ、よ、よ、……ッ、ど、どぅッ」

 洋介君、どうして裸ッ!?とは上手く言葉に出来ずに吃ってしまった僕に対して、それが面白かったのかクスクスと肩を震わせながら笑う彼が

 「汗かいたからな勝手に風呂使ったぞ?それとカウンターにあったコンビニの袋の中のパンツ、アレ俺用だろ?」

 近付いてくる洋介君と距離を取ろうと僕はズリズリとお尻をずらして後ずさる。ベッドの端に追い詰められズリッと先に落ちた片手でバランスが取れなくなった僕は、そのまま落ちそうになるが、すかさず伸びてきた洋介君の手がもう片方の僕の腕を掴んでグイッと引っ張るから、反動で彼の胸に飛び込む形になってしまった。

 「あっ……ア……ッ」

 どこかのアニメ映画キャラみたいに母音しか出なくなった僕は、咄嗟に腕を伸ばして彼と僕の間に空間を作ると

 「ご、ごごめんッ!」

 フイと顔を横に向けて上半身裸の彼を見ないように視線を逸らすが、彼は面白そうに笑っている雰囲気のまま器用に僕を再びベッドへと倒すと、その上に乗っかる形をとり

 「あ?何に謝ってんだよ?」

 鼻と鼻がくっつきそうな位顔が近くにあって、僕は目を見開いて次いではすぐにサッと横を向く。

 「あ?何逸してンの?」

 僕がすぐに顔を逸したのがいけなかったのか、洋介君は少し不機嫌そうな声音でそう呟いて露わになった僕の首筋に鼻を押し付ける。

 「あ……、な、な、何?ど、どうし……ッ!?」

 彼が僕の首筋でスンスンと匂いを嗅いでいる事実に、ガチガチに固まって動けない。

 何をどうしたいのか聞こうと口を開くが、吃って上手く喋れ無い僕の首筋に、ネロリと湿った感触が広がってビクリッと体が震える。

 「はぁ~……、ヤッパお前良い匂い……」

 ……………、ドクンッ。

 洋介君がそう呟いて、僕の首筋からチュッ、チュッと音がする。その音に合わせて柔らかい感触が皮膚に張り付いては離れる感じに、容易に彼が僕の首筋にキスをしていると解る。

 ぇ……?えぇッ!?ど、どういう事だ……!?な、何で突然彼が僕に……こんな事……ッ?

 グルグルとパニックになりながら、どうすれば良いのか考えて、ハッとする。

 「よ、洋介君ッ!君抑制剤……ッ!」

 朝起きてから飲んで無いはず。だからこんな事ッ!!

 「お前、うるさい」

 「なっ……んむぅッ」

 洋介君の顔が首筋から離れた瞬間に、僕も顔を彼の方に向けてもう一度抑制剤の事を言おうとしたところで、唇を塞がれる。

 は…………ぇ?……………ええッ!!?!??ぇ?今、僕はキ、キスされてるのか?よ、洋介君に……………ッキス?!?!!?

 一瞬にして思考が停止した僕は、自分の身に何が起きているのか理解しようとしているが、上手く考えが及ばない。

 そうこうしているうちに、何度か啄むように音を立てて触れるキスを繰り返していた唇から、チロッと彼の舌が僕の上唇に触れた。

 「ぇ……」

 舌が……と言葉を発する為に開けた口の中に、触れた舌が僕の口腔内へと侵入してくる。

 「ンッ……ンンッ」

 侵入してきた舌は僕の舌を捕え、絡まる。そうして歯の裏をなぞり舌先で上顎をくすぐると再び僕の舌に絡んでゆっくりと口の中から引きずり出し彼の唇に優しく吸われる。

 「フゥッ……、ンン~……ッ」

 息が上手く吸えなくて、ドンドンと洋介君の胸板に少し強く拳を叩き付けると、スルリと伸びてきた片手が後頭部に回り先程よりも更に深く口付けを交わす事になってしまう。

 薄っすらと酸欠で頭にボヤがかかりそうで、僕は防衛本能からグイッと首を横に向ける。

 「ッ、ンはぁッ!……はぁッ、ケッホ……」

 やっと空気が肺を満たす感覚に少し噎せていると

 「お前……、鼻で息しろよ」

 後頭部にあった洋介君の手が肩口に伸びてきて、サスサスと撫でてくれる。

 「ご、ゴメンね……」

 「まさかだけど……、初めてか?」

 「ッ……」

 図星を指摘され、僕は言葉を無くす。

 これまで人を好きになるって事が無かった僕は、恋愛っていうのがどういうものか知らない。だから付き合うとか、その先の事は自分には無縁だと思っていたから……。

 そりゃぁ付き合ったらどういう事をするのかは……、知識はある。けど知識だけ。だからキスする時に息は止めるものだと思っていたし……。まさか鼻から息をするなんて、そんな事どこにも書いて無いし、言ってくれる人もいない。

 黙っている僕に洋介君は、ハァ~。と大きく溜め息を吐き出し

 「萎えた」

 一言そう言って首をガクリと下に向ける。

 「ご、……ゴメンね……」

 僕から言うのも何か変な感じだが、洋介君の期待には応えられなかったという事でボソボソと呟いている僕に

 「お前は勃ってるけどな」

 言いながらムンズと伸びてきた彼の手が、僕の股間で主張しているモノを掴む。

 「ワッ!な、なな何して……ッ!」

 「気持ち良かったのか?初めてのキスが」

 掴んでいる手は、明確な意志を持って形をなぞるように上下に動き出す。

 僕はその動きにヒクリと喉を仰け反らしたが

 「ま、待って……ッ待って!」

 上下に動く手を止める為、彼の手の上に自分の手を重ねて動かないようにガシッと掴むと

 「邪魔だな。退けろよ」

 上から面白く無さそうに言う彼の表情を見ようと視線を上げると、丁度乾いた唇を舐めるように舌を動かしている洋介君の顔が目に飛び込んできて、僕はゴクリと喉を鳴らしてしまった。

 「ハハッ、大きくなった。何が良かったんだ?」

 意地悪そうに呟いている洋介君と視線が絡む。

 「な、何で?……ッ何でこんな事……」

 「………、まぁ世話になったお礼とでも思ってれば良い……」

 ……………ッお礼?お礼でこんな事……?

 洋介君の台詞に戸惑う僕に畳み掛けるように

 「昨日、本当はあのβと楽しむつもりだったけどな。出来なかったからしようぜ?」

 昨日のβって、もしかしなくても揉めてた人か?本当はあの人としようとしたけど怒らせたから出来なくて、お礼と称して僕で発散させたいって事か……。

 「い、……嫌だよッ」

 洋介君の台詞を聞いて、僕は声を荒げ彼をギッと睨み付ける。

 「は?お前もこんなになってて、嫌とか……」

 洋介君は僕に断られるとは思って無かったのか、少し戸惑いながら呟く。そんな彼に

 「こんなの放っとけばどうにかなるし……、それに洋介君とはこんな形で……したくない」

 誰かの代わりにとか……。

 僕の言葉にしばらく二人で見つめ合う。すると洋介君はどう取ってくれたのか再び大きく息を吐き出して

 「マジで……お前、何なの……。まぁもう良いわ、腹減った何か作ってくンね?」

 言いながら洋介君は僕から興味が無くなったのか、掴んでいたモノから手を離して僕の上から退けるとベッドの端へと座って、ガシガシと頭を掻いている。

 「う、うんッ、すぐ作るから待ってて」

 バッと僕もベッドから起き上がると、彼の顔も見られずに寝室を出る。

 バタンッと閉めたドアにもたれかかると、僕は片手を口元に持っていき塞ぐ。

 「ッ……」

 僕のファーストキスは、憧れている好きな人と出来た筈なのに、嬉しさよりは少し胸がチクリと痛む初体験になった。

 フゥ~と細く息を吐き出して首を左右に振り、切り替えなきゃと僕は先にバスルームへと向かう。

 昨日入れていた乾燥機から洋介君の服を取り出して軽く畳むと寝室のドアを開けて

 「コレ洋介君の服……またご飯出来たら呼びにくる……」

 「ン……」

 何処と無く気不味い雰囲気に、僕はスッと部屋を出て行くと再びバスルームへと行って顔を洗う。

 顔を洗って少しスッキリしてから、キッチンへと行き二人分のご飯を作る。

 ふとリビングにある置き時計を見れば、お昼前。

 ………………、こんな時間まで僕が起きるまで待っててくれたのかな?昨日の夜はおじやだったから、多分お腹は空いていたはずだ。

 「……優しいのか、意地悪なのか……」

 解らないなぁ。

 お互い相手に対してどう接すれば良いのか解らないっていうのが大きい。

 まぁ……、ほとんど接する事は無いんだよな……。大学でも洋介君の周りには沢山の人がいて、僕が近付いて話すって言ってもレポート渡したりとか、代返頼まれたりとか……。彼と何処かに出掛けたりとか、ご飯を食べるとかもした事が無い。

 だからこんなに彼を近くに感じた事も初めてだ。

 「距離を測りあぐねてるよな、お互い……」

 僕にしてみれば嬉しい事だけど、彼にとったらどうなんだろう?運命の番だと解ったからって、別段彼からのアプローチはされた事が無かった……。

 『……、ヤッパお前良い匂い』

 突然先程の洋介君を思い出して、僕はシンクに両手を付くとその場にしゃがみ込んでしまう。

 ………ッ、ヤバかった……。洋介君が僕の匂いをそういう風に言うように、僕だって彼の匂いには敏感なのだ。

 「先に抑制剤飲も……」

 ほとんど出ていない僕のフェロモンを、洋介君は容易に嗅ぎ取ってしまう。もしまたそんな事になったら、僕だって断る勇気は出ないかも知れない。そうなって後悔してしまうのは果たしてどちらだろう?

 パキリと抑制剤のパッケージを破りながらそんな事を思う。

 「洋介君、ご飯できたよ」

 扉の前から声をかけて、僕はキッチンからテーブルにうどんの入った丼を二つ置く。

 カタ。

 部屋から出てきた洋介君を振り返り

 「冷めないうちに食べよう?」

 またさっきみたいに気不味い雰囲気になってしまうのでは?と、表情がそう言っていたが僕が気にしていない態度で声をかけた事で、少し安堵した顔付きに変わってテーブルの側まで来る。

 「座って」

 「あ、ぁ……」

 僕の台詞に素直に頷いてソファーへと腰を下ろす彼に、何だか怒られるのを怖がっている子供みたいだなと思ってしまう。

 僕はコップにポカリを注いで薬と一緒にテーブルに置くと

 「じゃぁ、食べよう。頂きます」

 「……頂きます」

 ズルズルと音を立てて食べる洋介君をチラッと髪の隙間から見て、ウンウン食べてる。と少しホッコリしながら僕も箸を持って食べようとすると

 「お前……髪が……」

 と、彼が左手で僕の前髪をスッと搔き上げる。

 「「……ッ」」

 僕は突然彼が髪を搔き上げた事に驚いて固まってしまったが、洋介君は僕の顔を見て固まったみたいだ。

 彼に顔を見られていると理解し、僕は顔が赤くなるのを感じる。

 ど、どこか変なところがあるから、僕の顔を見て固まってるのか?

 瞬時にそんな事を思いスッと血の気が引いて、僕は彼の手から顔を仰け反らす形で引くと、前髪が再び僕の目にかかる。

 「な、何?」

 驚きに少しどもりながら彼に尋ねると

 「イヤ、前髪汁に浸かりそうだったから……、何か無いのか?ゴムとか……」

 彼も気不味そうに僕に呟くから、あぁ……前髪の事を気にしてくれてたんだとホッとしながら

 「あ……ゴム。確か……」

 キッチンにあったな……。と、僕は一旦席を立ってキッチンに行くと、姉から貰ったゴムを手に取って再び戻り、腰を落ち着けてから前髪だけ無造作にゴムで括る。

 彼の前で顔面を晒すのはとても恥ずかしいが、僕もうどんの汁に前髪が浸かるのは嫌だ。

 「……ッ、ブハッ……」

 僕が前髪を括ると、横から洋介君が微かに笑う。

 「えっと……、変かな……」

 僕の顔……。と、苦笑いしながらも自信の持てない顔を笑われていると感じて、傷付いてしまう。だが

 「何だよその括り方……ハハッ」

 彼は天井に向かってフワフワと揺れている僕の前髪の毛先を、手の平でスッスッと遊ばせながら笑って

 「変な括り方してんなよ」

 楽しそうに顔が歪んでいる彼の表情に、僕は胸が締め付けられながら視線を下に向けると

 「ヘヘッ……」

 僕の顔では無く、髪型を笑ったのだという安堵と、彼の初めて見る表情に嬉しくなって僕も照れてしまう。すると畳み掛けるように

 「てか、昨日から思ってたんだけど……それ高校のジャージ?」

 ズルズルと食べながら洋介君が僕に聞いてくる。

 僕は彼に指摘されたジャージに視線を移しながら

 「そうだよ……?」

 少しテカリのある素材は紺地。ラグランのデザインになっているのを主張したいのか、その部分には蛍光色の緑色の生地が使われている。勿論首元はハイネックでその部分は紫色だ。胸元にはバッチリ本郷と刺繍がしてあるし、ズボンも同様の色合いにサイドには蛍光色の緑ラインが入っていてポケット部分には紫色のライン。ポケットを少し外して名前の刺繍がある。

 これが抜群に着心地が良いのだ。

 体育の授業は嫌いだったが、ジャージの着心地は好きだった。それに激しく動いたりもしなかったからまだ全然着られる。だから引っ越しの時に部屋着として実家から持って来ていた。

 何故か姉には最後まで反対されたけど……。

 「……………、ダセェ……」

 僕の返事に洋介君ボソリとだがハッキリと呟く。

 「え?」

 聞こえている。彼が何て言ったのかも理解しているが、ハッキリ言われた事に戸惑って聞き返してしまった。

 「イヤ、だから……ダセェッて」

 「あ、ウン。それは……聞こえてた……」

 彼の台詞に答えた僕の言葉に、しばらく二人で固まっていると洋介君の肩が震え出し

 「ブハッ……ヤッパ無理、その髪型にジャージって……クソダセェ……ッ」

 「ちょっ……と、言い過ぎじゃ……」

 ………………今なら解る。姉が絶対持って行くなと止めていたワケを。だけど

 「これ凄く着心地良いから……それにジャージって高いんだよ?」

 「は?お前ン家金持ちだろーが?」

 「家は……そうかもだけど、僕は違うし」

 言い淀む僕に彼は

 「ケドお前バイトもしてなくて、大学にも通わせて貰ってんじゃん」

 その彼の台詞に、何も言えなくなる。

 まぁ、そうだ。僕は恵まれてる部類に入るだろう。未だかつてバイトもした事が無い。社会経験で一度高校の時にアルバイトがしたいと両親に申し出た事があったが、学生は勉強が本分だからと却下された。それに嫌でも社会に出れば働く事になるからと……。

 そこで引き下がってしまった僕も、甘いと言えばそうなる。

 何も言わなくなった僕に、洋介君は軽く息を吐き出して

 「ま、俺も似たようなもんだけどな」

 そう言って再びズルズルとうどんを啜るから、僕も何も言わずに同じように食べた。

 朝食とも昼食ともつかないご飯を食べ終えて、洋介君は昨日の残っていた桃缶も食べると、抑制剤と薬を飲んで改めて僕の部屋をキョロキョロと観察している。

 僕は食べ終えてから髪を縛っていたゴムを外そうとしたが、洋介君が「邪魔だろ前髪、そのままにしとけよ」と言うので、コンプレックスの顔をまだ晒している。それに、何もすることが無いのに二人で部屋にいる今の空間の使い方が……。

 誰かアドバイスしてくれッ!

 「お前休みの日とか、何してんの?」

 一通り部屋を見渡して飽きたのか、おもむろに尋ねられ僕は上を向いて考えから

 「え?……、ゲームとか……アニメ……」

 口をついて出た台詞に、ヲタク全開だな。と気付いて黙った僕に

 「ヲタクかよ……」

 と、洋介君も思ったらしい。だが

 「んじゃ、ゲームしようぜ?」

 「え?」

 彼からの提案に僕は耳を疑って再度聞き返すと

 「何だよ、嫌なのかよ?」

 なんて、少し拗ねたように呟く彼が新鮮で

 「嫌じゃないよッ!……ケド洋介君ゲームした事あるの?」

 僕のイメージで彼とゲームが結び付かない。だから素直に聞いた僕に対して

 「無いけど?初心者でもやりやすいやつあるだろ?」

 ……あるケド……。

 チラッと洋介君を見ても、帰るつもりは無いみたいだし、何処と無くゲームをする事にワクワクしているような……。

 僕はテレビ台の棚にしまってあるゲーム機を出して、何本かソフトを彼の目の前に広げ

 「この辺は割とやりやすいかな……」

 「ふ~ん」

 物珍しそうにソフトを眺めて、自分がピンとくるものを一つ選んだようだ。

 「これにする。やろーぜ?」

 ニカリと笑った顔に、一瞬ドキッとしながら手渡されたソフトをゲーム機にセットしてコントローラーの使い方とかを説明する。

 洋介君が選んだソフトは陣取りゲームみたいなやつで、色で多く塗り潰した方が勝つ単純なやつだけど、相手を出し抜いたり隠れたりアイテムを使ったりと中々に面白い。

 「ッあ~~~!また負けたッ!」

 何度目かの対戦で、洋介君は悔しそうに叫ぶとソファーの背もたれに頭を乗せる。

 「イヤ、結構危なかったよ……」

 センスが良いのか、何度かしているうちにコツを掴んで僕を脅かす彼に戦々恐々としながら答えるが

 「クソッ、次は負けね~ッ」

 バッと背もたれに頭を乗せていたのを元に戻すと、再びコントローラーを持ってプレイボタンを押す。

 ………楽しそう。良かった。

 ソファーに二人並んで画面を見ながらゲームをしているだけなんだけど、思いの外楽しんでくれている彼の雰囲気が伝わって、僕まで楽しくなる。

 コントローラーをカチャカチャ鳴らしながらそれぞれの色で相手陣地を塗り替えていると

 「てか昴って童貞?」

 突然のぶっ込みに、握っているコントローラーがブレて自分の手から膝へ落ちると

 「あ、図星ね。了~解」

 「な、な、なな何をッ……」

 動揺しながらコントローラーを持ち直しカチャカチャと弄るが、画面はみるみる洋介君の色に染まっていってしまう。

 「いや、キスであんなだからそうかな?って思ったケド……まぁ、そうだよな」

 「わ、悪い?」

 からかわれているんだと理解して、少しムッとして負けないようにアイテムを使いながら形勢逆転を狙う僕に

 「別に、悪いとは言ってね~だろ?なんなら俺が教えてやるけど?」

 「……………は?」

 隣から聞こえた言葉に、僕は完全に固まって洋介君の方に顔を向けると、彼は画面を見たままで

 「は?じゃね~よ。気持ち良い事しようぜって言ってんの」

 「な、な……、何で……ッ」

 「興味が湧いた、お前に……ッシャ勝った!」

 いつの間にか画面では洋介君が選んだキャラがドヤ顔を決めていて、僕はまだ彼を見詰めている。

 僕の視線に気が付いた洋介君は、僕がコントローラーを持っていない事に気が付くと

 「は?はあぁッ?持ってね~じゃん?」

 「え?……ぁ……」

 膝の上にあるコントローラーを掴んで、僕の手に押し付けると

 「喜んで馬鹿みて~じゃん!もう一回やるぞッ」

 「え、イヤ……」

 そうじゃ無くて……さっきの事を……。

 「イヤじゃね~、俺が勝つまでするからなッ!てか、手加減すんなよッ」

 そう言って彼は再び画面に視線を戻してしまう。



          ◇


 「昴、今日も後でお前の家行くからな」

 宮本君と一緒に次の講義に行こうと歩いていると、中庭のベンチに座っている洋介君が大声で僕にそう叫んでくる。

 ブンブンと手を振る彼の周りで、いつものメンバーが一斉に僕に視線を向けて嫌そうな顔付きになっているから、僕はヒラッと手を上げて

 「わ、解った……」

 とだけ返事を返すと、そそくさとその場から足早に離れる。

 「洋介の奴と何かあったのか?」

 僕の歩調に合わせるように宮本君も足早に僕に近付くと、意外そうにそう尋ねてくるから

 「イヤ……何も無いんだけど……」

 どう説明すれば良いのか測りあぐねていると

 「最近一緒にいる事が多くなったような気がするけど?」

 隣から僕の顔を覗き込むように宮本君が更に突っ込んで聞いてくる。

 僕はその場に立ち止まり、宮本君に視線を向けて

 「実は……、最近一緒にゲームしてるんだ」

 「ゲーム?あいつが?」

 宮本君もまた洋介君とゲームが結びつかなかったのか、何とも言えない表情で僕に返してくるから

 「だよね……、洋介君とゲームとか意外だよね。それも相手が僕とか……」

 ボソボソと呟いた台詞に、宮本君は

 「あいつとゲームが意外なだけで、本郷とは早くどうにかなってもらいたいのが俺の気持ちだけど?」

 「え?」

 宮本君の意外な台詞に僕が返事を返すと、柔らかな笑みを向けて

 「お前と洋介がくっついてくれたら、俺もやりやすいだろう?」

 狙っているβに対してアプローチしやすくなる事を言っている彼に僕は苦笑いを浮かべ

 「そうだね……」

 とだけ返事を返す。

 洋介君の具合が悪くなって、僕の家で看病してから彼が僕の家に来る頻度は多くなった。メインはゲームをする為にだけど、一緒に夕飯を食べたり僕が好きなアニメを見たり、たまに洋介君が見たい映画を見たり……。

 あの時僕に興味がある。って言ってくれていた彼の心意は解らない。だってあれから彼の態度が変わったりもしないし、僕から聞くタイミングは完全に失ってしまったから、聞くに聞けないし……。

 けれど一つだけ進展した事はある。それは不意に洋介君から僕にキスする事があるという事。

 触れ合うだけの軽いものから、ディープなものまで……、彼の気分次第でまちまちだが、それは確かに僕に向けてのものだ。

 最近ではやっとキスの時に鼻から息をするって事にも慣れてしまって……。

 本当は洋介君が僕の事をどう思ってそういう行動に出てるのか知りたいって思うけど、聞くのが怖いって感情もある。

 誰かの代わり。と言われてしまえば僕は立ち直れない確信があるから、それを確認するのを先延ばしにしてるんだ。

 今のこの状態が良いとは思わないけど、少しでも彼が僕に興味を持ってくれている今を長く過ごしたいって欲もあるから……。

 「うまくいくと良いな」

 宮本君はそう言ってポンポンと肩を叩いてくれるが

 「ハハッ……」

 僕は笑うことしか出来なかった。



          ◇


 講義を終えて、僕はすぐに自宅へ帰ると夕飯の準備を始める。

 手洗いうがいを終わらせて、ジャージに着替えてから最近洋介君から貰ったカチューシャを頭にセットする。

 『ゴムよりこっちの方が楽だろ?』

 って、わざわざ買ってきてくれたものだ。

 この前のコンビニのおまけで貰ったフィギュアはテレビ台の上に飾ってあって、それを見付けた洋介君は少し嬉しそうな顔をしていた。

 その時に僕がそのアニメを見ている事もバレたんだけど、意外にも彼も見たいと言い出して一緒に最初から見る事になったんだけど、見終わった後に

 『すっげぇ面白かったんだけど、最近のアニメすげぇな』

 って驚いていた彼に、こっちが嬉しくなったのを覚えている。

 最初はヲタクだから馬鹿にされたりからかわれたりするんだと思っていたけれど、そんな事は無く、すんなりと受け入れてくれた事が嬉しかった。

 一緒に過ごす度に、彼の意外な一面を知れて楽しい。今までは大人っぽいドライな印象が強かったが、子供っぽかったり寂しがり屋なのかな?って思う事もあったりして……。

 勿論それは僕以外の人達も知ってる彼の一面なんだと思うけれど、知らなかった事を知れるのは純粋に嬉しいと思う。

 ピンポーン。

 粗方夕飯が出来上がったところでタイミング良く到着を知らせるインターフォンに、僕は玄関まで足早に近付くと扉を開ける。

 ここはセキュリティがしっかりしているマンションなんだけど、入り口で指紋認証の設定をすれば中に入る事が出来る仕組みになっている。

 最近洋介君の設定をしたから、彼もすんなりと玄関前まで来ることが出来るようになった。それまでは下で一度確認してからドアを開けてっていう事をしていたんだけど

 『いちいち面倒臭いから俺のも設定しろ』

 と、言われてしたのだ。

 「いらっしゃい」

 玄関を開けながら言う僕に、ガサガサと隣のコンビニの袋を僕の前に突き出して

 「お土産」

 と、袋の中に入っているのはスイーツだった。

 「ありがとう。夕飯食べたら一緒に食べよう」

 僕はそれを受け取って、冷蔵庫の中に入れようと踵を返して部屋の奥へと移動する。

 洋介君ももう慣れたもので、僕の後から玄関の鍵を閉めて上がってくる。

 「もうちょっとで出来るから、テレビでも見ててよ」

 「あぁ」

 キッチンから声をかけると、もう定位置になっているソファーに座って、テーブルの上にあるリモコンでバライティー番組をつけている。

 僕も夕飯の続きをしながらお盆を取り出して、その上に出来上がった料理を置くとテーブルに運んで。

 「今日は何する?ゲームする?」

 お盆から料理をテーブルに置きながら尋ねた僕に

 「イヤ……今日は課題する」

 「課題……」

 まぁ、今日の講義で来週提出する課題は出たけど……。

 「何だよ、俺が自分の課題したら駄目なよかよ?」

 少し不機嫌そうに呟く洋介君に、僕は両手をブンブンと左右に振って

 「イヤ、駄目じゃ無いよッ」

 何も言っては無いけど、自分から課題をすると言った彼に驚いているのは確かだ。いつも僕がそれをしていたから……。

 否定している僕だけど、洋介君は僕が何を思っているのか解ってるみたいで

 「別に良いだろ……。てか教えろよ?」

 「も、勿論ッ」

 「早く食おうぜ」

 「あ、う、うん」

 この話は終わり。それ以上何も言うな。と言わんばかりに強引に話を終わらせた彼に、僕もキッチンへ引き返し残りのおかずを運ぶ。

 どういう心境の変化なんだろう?

 考えてはみるが、ピンとした答えにはならない。けれど、彼が良い方向に変わってくれるのは嬉しくて口元がニヤけてしまう。

 「頂きます」

 「うん、頂きます」

 僕はニコニコで夕飯を食べ始める。

 夕飯が終わり、先にお互い入れ違いでお風呂を済ませてから課題に取り掛かる。

 洋介君は持って来た鞄の中からノートパソコンを取り出す。僕もテーブルの下に置いてあった自分のパソコンをテーブルに上げて、それぞれ課題をこなしていく。

 講義の授業内容が記してあるノートと教科書を近くに開いて、関連する資料をパソコンから探して違うノートへと書き写して……。

 カタカタとパソコンのキーボードを叩く音が部屋の中に響いている。

 洋介君は僕に、教えろよ。なんて言っておいて、僕よりも順調に課題をこなしている感じだ。

 「なぁ……」

 フト彼が僕に声をかけたから、一旦休憩でもしたいのかな?と視線を上げると

 「お前今日、宮本と何話してた?」

 と、僕が予想していた話題じゃ無い事を聞かれて、一瞬考えてしまう。

 宮本君?と……、何を話したか?

 「え?いつ?」

 今日はそんなに宮本君とは話はしてなかったはずだけど……。

 「俺が今日お前の家に行くって言った時だよ」

 中庭のベンチで洋介君が声をかけてくれてた時か……。あの時宮本君と何の話をしてたっけ?

 思い出そうと、更に視線を上にあげて考え

 「あ……」

 洋介君と上手くいけば良いなって、応援された……。

 都合良くその時の場面だけ思い出し、僕は恥ずかしさと照れ臭さで口元を歪めてしまう。

 その僕の態度をどう取ったのか、洋介君は

 「何?言えないような話してたの?」

 と、少し棘がある言い方で喋るから

 「え?イヤ……そんな、事……」

 否定はするが、言っても良いのかと迷う。君との仲を応援されてた、なんて。もし素直にそれを伝えて洋介君の表情が曇ったり、嫌そうな顔になったら……。

 言い淀んでいる僕に小さな溜め息を吐いて洋介君はゆっくりと口を開く。

 「お前……結構宮本と一緒にいる事、多いよな?」

 「ん?それは、割と被ってる講義が多いから……」

 それに僕に対してフラットに接してくれるのは宮本君位だし。僕が一人でいても何気に気にかけてくれるのも彼だ。

 お互いに違う人に片思い中で、友達よりも同志って感じなのかな……。僕の相談は勿論だけど結構宮本君の相談なんかにも乗っていたりする。

 彼と彼の想い人は幼馴染みだ。小さい時から一緒にいる二人で、宮本君はαだが彼はβ。

 『アイツは俺がαだから、身を引こうとしてる節がある』

 寂しそうにそう呟いた宮本君の表情が今でも思い出される。

 高校卒業の時に一度告白して宮本君は振られているらしい。ケド、小さい時から彼しか好きじゃ無かったとか。

 振られてるから今は友達の関係を維持しているみたいだけど、そんな彼が洋介君を好きになってしまって……。どうやって自分の気持ちに折り合いを付けて一緒のグループにいるのか……。僕には出来ない事だと思う。

 そう彼に言った時に、宮本君は苦笑いしながら

 『しょうがない、惚れた弱みってやつだ。まぁ俺も諦めが悪いがな』

 と、言っていた。

 αの彼がβの人を好きになるのはリスクが伴う。それはやっぱりΩの誘惑に抗うのは難しいって事だ。

 αとΩのフェロモンはお互いを引き合わす。番関係になっていない者同士なら尚更だ。それでも宮本君は、βの彼が良いのだ。

 少しそのβの彼が羨ましいと思ってしまう。そこまで人に想われるってどんな感じなんだろう?

 「何話すの?宮本って結構無表情で何考えてんのか解んね~んだけど?」

 なんだか面白く無さそうに呟く洋介君の台詞に

 「え?そうかな……結構喋りやすいし、表情も分かりやすいよ?」

 「はぁ?」

 何が洋介君の不機嫌のポイントか解らなかったが、僕がそう言い返すと途端に彼は嫌そうに疑問符を僕に投げかけ

 「ハッ、何だよ?えらく宮本の肩持つじゃん?」

 と、眉間に皺を寄せて言ってくる。

 「イヤ……肩持つとかじゃ無くて……」

 「何お前、もしかして宮本の事好きなの?」

 「は?」

 何をどうやったらそうなるのか。洋介君の言っている事が解らなくて困惑してしまう。

 だって、僕の中では洋介君の事が好きだと言葉には出せて無いけど態度では示していたつもりだったから。

 彼と距離が縮まって、一緒にこうして遊ぶようになってから洋介君の為に夕飯作ったりとか……。それに好きでも無い人と僕はキスしたりしない。それなのに……。

 「何……、どうしたの?」

 洋介君の意図するところが解らなくて、オズオズと聞いてみる。

 「どうしたのって、何が?てか俺が今聞いてるよな?」

 「だから……突然そんな事聞いて……」

 部屋の雰囲気が一気に変な感じになっていく。さっきまであんなに良い感じだったのに……。何がそんなに気に入らないんだろう?

 「…………ッ俺はあんな宮本の顔、見た事……」

 ……………?宮本君の顔?

 あの時、洋介君の事で応援されてた時の彼の顔は……。

 僕に対して柔らかな笑みを向けていた。

 上手くいくと良いなって本当に思って言ってくれてる表情で……、その事を言ってるのかな?

 「あれは……ッ」

 何を洋介君が勘違いしているのか解らない。誤解は解きたいと思うけど……、でも……。

 再び口籠った僕に、洋介君は僕との距離を詰めてくると

 「何、もしかして宮本に口説かれてたか?」

 「ち、違うよッ」

 「けど、肩触られてただろ?」

 「だから……あれは……ッ」

 頑張れよのポンポンで……ッ!!

 「チッ」

 ハッキリ言わない僕に業を煮やしたのか、軽く舌打ちをした彼は僕の胸ぐらを掴みそのままグイッと自分の方に引き寄せる。その反動で僕は咄嗟に目を瞑ってしまう。
 
 殴られるはずは無いんだろうけど、本能的にそうしてしまった僕の唇に、彼の柔らかい唇が重なり次いでは目を見開く。

 「ンンッ……」

 突然の行動に僕は何か言わなきゃと口を開くと、それを待っていた彼の舌がヌルリと侵入してきて、ゾクッときた淡い欲に項が粟立つ。

 「フゥ……ン、ンッ……」

 最近教えられた快感は、あっという間に僕を虜にしてしまうが、どうして?という疑問符が僕の腕を彼の胸板にあて、グッと離すような行動に出るとそれが気に入らなかったのか、洋介君は胸ぐらから手を離して両腕で僕をきつく抱き締める。

 「ンぅッ……、ン、ぁ……」

 抱き締められ近くなった洋介君から良い匂いが香って、僕の下半身がドクンッと痺れた。

 ……ッ、駄目……だ。気持ち、良さに……何も考え……られなく、なる……ッ。

 距離を取ろうと彼の胸板にある手は、いつの間にか彼の洋服を握り締めていて……。

 キスで思考が鈍くなったところで、一度洋介君は唇を離して僕の顔を見詰めると

 「ハ……、エロい顔……ッ」

 そう呟くと徐々に僕の方に体重をかけてくるから、僕の体は自然にカーペットの上に倒れる形になってしまう。

 「ぁ……、何……ッ?」

 トサリと仰向けで寝転がる態勢になった僕から一瞬彼は離れると、ソファーからクッションを下ろして僕の頭の下に敷くと

 「背中、痛くねぇ?」

 スリッと僕の頬を撫でながら聞かれ、答える代わりに彼の指先に頬をあてる。すると

 「何、ソレ……可愛ぃ……」

 そう呟いた洋介君からブワッとフェロモンが溢れて、僕は彼のフェロモンに包まれる錯覚に陥ってしまう。

 「あ゛……ッな、にッ……」

 強烈な甘い匂いと気持ち良さに包まれ、シビビビビッと全身が震える僕を上から見下ろしている彼は

 「あ~~、堪んない……ッメッチャ良い匂いすんな……お前」

 と、僕の首筋に唇を寄せる。

 「ンぁ……、アッ、ンンッ」

 ゆっくりと寄せた唇から舌を伸ばして、上下に僕の首筋に這わせて味わっている彼の下半身がゴリッと太腿にあたって、僕で興奮しているのだと理解すれば、僕自身も彼に煽られるように腰を浮かしてしまう。

 気持ち、良い……。ただ抱き合っているだけなのに……ッ。

 一度僕から離れた彼のタイミングで握り締めていた自分の手も離してしまったが、僕は再び縋るように彼の腕に手を絡める。

 何かに掴まっていないと、ドロドロと溶けてしまいそうだから。

 僕が洋介君の腕を掴んだ事で、彼は少し気分が上がったのかまた僕の顔に自分の顔を近付けて唇を合わせてくる。

 むしゃぶりつくように合わさった唇から舌がのぞいて、僕も今度は抵抗無く彼の舌を迎え入れる。

 「ふぁっ…、ンンぅ……」

 上顎と歯の裏側をなぞられ、キュッと臀部に力が入る。その度にビクビクと太腿が痙攣し腰に電流が流れるように快感が広がっていく。

 彼の舌から唾液が僕の口腔内へと届くと、僕は躊躇する事なくそれを嚥下する。嘘みたいだけど、甘く感じる唾液がもっと欲しくて自分から彼の舌を辿って口の中へと舌を差し入れると、僕が何が欲しいのか感じ取ったのかもっと深く洋介君と口吻を交わす。

 僕がキスに夢中になっている間に、洋介君はジャージのファスナーを下まで下ろし中に着ているTシャツを捲くり上げて露になった乳首にソッと人差し指の先をあてると、快感に立ち上がっている先っぽを指先を左右に振って弄り始め

 「ンンッ……、ン、ふぁっ……ア、……」

 弄られた事の無かったか所を触られる気持ち良さに驚き、そこから広がる快感に脳が蕩けそうで僕の口からは無意識に甘い吐息が漏れ出る。

 「乳首……気持ち良いなぁ?」

 顔を上げた洋介君の目が欲情で濡れている。その目で見詰められ僕もまたズクンと腰に甘い感覚が走り腰をカクカクと無意識に上下に振ると、僕の反応にニヤリと口を歪めた彼が上半身を持ち上げ自分の太腿で僕の膝を開くとその間に体を滑り込ませると、ピンピンと弄っていた人差し指を親指に変え、両方の乳首を親指の腹で弄りながら洋介君はユックリと合わさった下半身を擦り合わせるように腰を動かし出した。

 「アッ……、待っ、て……」

 「待つ?なんで?」

 僕の言葉を無視して更に密着するように体の中心に体重が乗るようにすると、熱のこもったお互いの下半身が擦れ合う。

 僕と彼の勃ち上がったモノが布越しにグリッと重なる度に、気持ち良さにビュクリッと先端から厭らしい液が溢れるのが自分でも解って、恥ずかしさに少し待って欲しいのに洋介君も興奮して気持ち良いのか徐々に腰の動きが大きく大胆になるから……。

 「アゥ…ンッ、だ……め、だよ……ッ」

 「何が?……ッ、何が駄目、なんだよ?」

 欲情で少し掠れた声を出す彼の言葉が耳をくすぐり、僕はハクハクと声になら無い音を口から出すと同時に両目をギュッと瞑って

 「~~~~~ッッ♡♡♡」

 限界を突破した僕のモノはビクビクと震え、下着の中で勢い良く精液が出る感覚に喉を仰け反らせてしまう。

 「ンぅぅ~……ッ、はぁっ……♡」

 射精した気持ち良さにくったりと体の力が抜け、はぁっ、はぁっ。と軽く息を整えていると

 「イッたのか……?」

 静かに呟く洋介君の声に、僕はトロンと瞼を持ち上げて彼に視線を向けると、そこには僕をどうにかしたいと書いてある雄の顔があって……。

 その視線に射抜かれ、ゾクンッと背筋が震えると

 「ハァ……、ヤバい……ッ」

 言いながら洋介君は僕の穿いているジャージを下着ごとずらしていく。

 ボクサーの中で吐露した液体はネチャッと音がしそうなほど僕のモノと下着の間に糸を張っていて、僕は恥ずかしさに見られまいと引き下げられるジャージを掴もうとしたが、それよりも早く彼は自分の位置をずらし、いともたやすくジャージを脚から抜き取ってしまう。

 「アッ……」

 ほぼ裸の状態の自分を見られているという羞恥心に体を捻り横向きになろうとするが、ポイとジャージを投げ捨てた手がそれを阻んで再び僕の脚の間に自分の体を置くと、体液で濡れた僕のモノを躊躇無く彼が触る。

 「ん、……ヒァ……」

 小さく悲鳴にも似た吐息が漏れると、一瞬僕の顔をチラリと見て自分の指先に粘ついた液を絡めると、ツツツ~とその指が臀部の谷間に潜り込んでくる。

 「ア゛ッ……、な、に……?」

 次に何をされるのか解らない怖さに僕は息を呑む。すると彼は空いている片方の手を自分の中心に移動させスウェットのウエスト部分をずらして、自分のモノを露にした。

 勢い良く飛び出してきたモノは、彼が興奮しているのだと主張しているように先端が濡れ、ぬらついている。

 怒張したモノを彼は見せ付けるように持つと、ニチャニチャと厭らしい音を立てながら扱き始め、僕に視線を合わせてくると

 「ハッ……ハァ~、アッ……ハァッ」

 快感に眉根を寄せて荒く息を吐き出す彼から僕は視線が逸らせなくなる。

 目の前で繰り広げられる彼の痴態に、ゴクリと喉を鳴らしてしまい、僕も再び興奮してしまう。

 血管が浮き出た竿を手の平全体で扱き上げながら先端まで持っていくと、器用に輪っかにした人差し指と親指だけで今度はカリ高の部分から鈴口まで持っていき、先端をキツ目に何度もクチクチといじめる。

 そうしていると鈴口からトロリとした液体が溢れ、それをまた指に絡めるとスムーズに怒張を扱いているのだ。

 ……………ッ、無理、だよ。こんなの見せ付けられたら僕……、また……ッ。

 気持ち良さそうな表情と息遣いに、僕の下半身もまた熱が渦巻いていく。

 洋介君はそれを見逃さずに、潜り込ませた指をクチリと蕾を開くように奥へと挿入してきた。

 「あ、ぁ……ッ」

 すんなりと彼の指を飲み込んでいく違和感に声を上げたが、探るように中で動いていた指はある一か所を見つけると撫でるように上へクイッと指を折り曲げる。

 「ヒァッ!……、アッ、ア゛~~ッ……」

 折り曲げた指の腹が押し上げるように僕の内壁を押した瞬間、ビリビリとそこから全身に快感が広がり僕はビクンッと腰を跳ねさす。

 「気持ち、良いな?」

 ……………ッ、気持ち、良い。

 洋介君が言うようにそのか所を指で抉られる度に、脳が痺れるような快感が僕を包む。

 「一緒にもっと気持ち良くなろうな?」

 洋介君はそう言って一度扱いていたモノから手を離すと、僕の片足を掴んで両足を閉じ太腿に自分の唾液をタップリと纏わせてから一緒くたに足を肩に乗せると腕で固定してから、グッと腰を入れ太腿に自分のモノを挿し込む。

 そうして再び腰を大きく振り始めた。

 「エッ……、ア゛ッ?~~~~ッ♡♡」

 「俺のと擦れて……ッ、気持ち良い、だろ……?」

 彼の言う通りぬるついた彼のモノが、僕の裏筋から先端に擦り付けるように重なる度、僕のモノも一度出したのにムクムクと気持ち良さに硬度を増す。

 少し高い位置から腰を振っているから、僕の中に入っている指もスムーズに先程のか所を愛撫していて……。
 
 「こんな……、の……ッ♡無理ッ♡~~~ッ♡♡……すぐ、ッ、イ……ク♡♡♡」

 「駄~目だって……ッ、も、少し我慢……、なッ?」

 「ハッ……、らって……こんなッ♡……こんな……ッ♡♡」

 洋介君のチンポ、と擦り合わせてる……だけでも……ッ気持ち、良いのッに……♡♡僕、……お尻、初めて……なのに♡♡♡

 「あ~~……ッ中、キュンキュンしてるし……ッ、エッロ……」

 中で指がトントンと叩かれる度に、快感でキュゥゥッと指を締めてしまう。

 「指……、増やして、やるな?」

 言いながら洋介君の指がもう一本増えると、少し圧迫感はあるもののそれに勝る快感は強くなって、僕は腰を捩る。

 「ア゛……だ、め……ッ♡♡強いのッ……♡」

 「お前が……自分から、腰振ってんの……」

 「ンぅッ♡♡ッ、持ち……良い♡気持ち……良い~ッ♡♡」

 「ハッ……やべ~、保た、ね……ッ」

 呟いてすぐに洋介君が追い上げるように、腰を振り出し、中に入れている指が両側からプリッとしたシコリをギュッと挟み込んだ瞬間、脳が焼き切れるほどの快感に僕はビクンッと一度大きく腰を突き出し背筋をしならせる。

 「グァ……ッ、イ、クッ……!」

 「~~~~~♡♡♡♡♡」

 僕が堪えられずに二度目の白濁を吐き出してすぐに、洋介君も僕のお腹に精液をかける。その生温かい感触を感じて僕は糸が切れてしまった。



          ◇



 あれから数日、何処と無く洋介君の僕に対する態度が変わったように感じる。

 相変わらず代返は頼まれるが、課題は僕と一緒にするようになってからちゃんと自分でするようになった。

 そして一番変わった事と言えば、いつも一緒にいる人達と遊ばなくなった事だ。

 相手から誘われても断っているようだし、何よりほぼ毎日僕の家へ来るようになった。

 それから……、僕に手を出すようになった事だ……。

 あの一件以来洋介君から積極的に僕に触れるようになった。かといって最後まで体を重ねたか?と問われれば答えはノーだけど……。
 だけどほぼ毎日彼から後ろの開発はされている。

 αの僕がまさか彼に抱かれる方なのか?
と、二度目に彼が僕のお尻に指を入れようとしたところで一度そう聞いてみると

 『あ?俺は誰にも掘らせねぇからな』

 至極当たり前のように言われ、今までΩの彼が抱く方だったのかと少し驚いたが、あの時、僕のお尻に指を入れたのはそういう事だったかと妙に納得してしまった。

 だって世間一般ではΩは抱かれる方だから。

 男女関係無く子を宿す事のできるΩは、基本的には抱かれる側だ。その為に男性Ωは発情期にお尻が女性器みたいに自発的に濡れる。だからその辺はどうなんだ?と好奇心では無く素直に疑問が湧いて洋介君に聞いてみると

 『……、他のΩの事は知らね~ケド、俺は抑制剤飲んでれば尻は濡れない』

 との返事を頂いた。

 まぁ、その辺は個人差があるらしい。

 それにΩの生殖器は男性Ωであれば通常よりも小さいと教わったはずだけど……、洋介君のは僕のモノより少し小さい位で、一般的には少し大きい部類に入るんじゃないかな?

 僕は腐ってもαだから……、恥ずかしいケドそれなりの大きさがある。体が他のαに比べればヒョロい部類に入るのにモノのサイズはαのソレだから、バランスの悪い感じがどうにも恥ずかしくて嫌だ。

 『αは昔からΩに比べて快感に対する耐性が弱そうだからな。だからネコ側だと相当気持ち良いんじゃ無いか?』

 洋介君とαやΩの性について議論した時に彼はそう言っていた。αは基本的にタチ側だ。故にそれだけの快感にしか対応してこなかった。だから快感に耐性が無いっていうのが洋介君の持論。

 ………………。確かに、彼が言うのも一理ある気がしている。αは相手を自分のフェロモンによって支配下に置き、性行為を行う事を昔から当たり前としてきた。だから本能的にもそういう風にできている。そうなればΩよりも快感に対して弱いというのは頷けるような……。それに彼は周りにいるαやβの人達を抱いているのだから、きっとそうなんだろう……。

 僕も洋介君にお尻に指を入れられる度、何も考えられなくなるほど快感に溺れる。彼のフェロモンに包まれ、多幸感の中体中を弄られればもう好きにして欲しいと思ってしまうのだ。

 まだ洋介君のモノは受け入れた事が無いから、基本的にはあの夜と同じで彼は素股で自分の欲望を吐き出す。指でさえもあんなに気持ち良いのに、洋介君のを受け入れる事ができればどれほど……。

 初めて知った行為と快感は、僕を甘く虜にしている。それは思いの外洋介君が僕に対して丁寧に抱いてくれているから。慣れていない僕の体を少しずつ解し開いていく。

 彼の手によって、彼好みになっていく僕の体の変化に戸惑いながらも嬉しいという感情もある。

 正直、お互いの気持ちをまだ確かめ合ってはいないが、僕も洋介君も態度には出ていると思う。それに……行為の最中にあんな熱っぽい目で見られているのだ。確信して……良いんだよね……?

 「本郷、今日もしっかり洋介にマーキングされてるな」

 スンスンと鼻を鳴らして宮本君が横から話しかけてきた。

 「アッ……っくりした……」

 講義室の前にある長ベンチでもの思いに耽っていた僕は、突然声をかけられビクリッと肩を揺らす。

 「悪いな、黄昏れてるところを邪魔して」

 「イヤ……邪魔とかじゃ無いから……」

 宮本君の言う事にボソボソと反応していると、彼は僕の横に座り

 「順調そうじゃないか?」

 少し面白そうにニヤつきながら僕に聞いてくる宮本君の言葉に

 「……まぁ……、そう、かな……?」

 ヘヘッ。と照れながら肯定するように返事を返すと

 「なら良かったが……洋介の周りの奴等に嫌がらせとかはされてないか?」

 次いではすぐにそんな事を聞いてくるから

 「イヤ、……されてないよ」

 宮本君の台詞に少しゾワッとしてしまう。それは僕も心配していた事だから。

 洋介君が周りの子達の誘いを断って、僕の相手ばかりするようになった事で、大学で洋介君が僕に挨拶する時とかあからさまに嫌な顔をされるようになったし、洋介君が彼等の側にいない時なんかは、廊下ですれ違う時たまに体をぶつけて舌打ちされる。

 今まで眼中に無かった僕が、突然洋介君を独り占めし始めた事にそれを好としない彼等が嫉妬の多くをぶつけてくるようになった。

 まだ洋介君がいれば、彼が止めに入ったり彼等をいなしたりしてくれるんだけど……。

 「そうか……。まぁ、何かされたなら俺にも言ってくれ。一応はαの端くれだからな、力にはなってやれる」

 ……………。宮本君、僕もそうなんだよ?

 心の中で彼にそう突っ込みを入れるが、フェロモンの弱い僕にはどうしようも無いっていうのもある。

 宮本君が言ってくれているのは、フェロモンで相手を黙らせるって事だ。

 αはフェロモンによって力関係が決まる。より相手よりも強いフェロモンを出せる雄が、より良い雌を獲得出来るように、これも昔から本能としてαに備わっているものだ。

 そうなれば僕はαの中でも最弱な部類に入るワケで……。だからこうして宮本君も心配して僕にそう言ってくれる。

 「ありがとう……、けど大丈夫だから」

 「そうか、……じゃぁそろそろ移動しないか?」

 これでこの話は終わり。だと宮本君の方から区切りをつけてくれて、彼はベンチから立ち上がると僕にそう言ってくるから

 「そうだね」

 次の講義も宮本君とかぶっているので、僕も立ち上がると二人並んで歩き出す。

 次は選択授業の為、いつもよりは少し小さい教室で授業を受ける。校舎の三階まで上がり、ズラリと並んだ教室の前を歩いているとギャハハッ。と空き教室から楽しそうな笑い声が聞こえて、僕と宮本君は何気なくガラスが嵌め込まれているドアから中に視線を向ければ、洋介君を中心にαやβの人達が楽しそうに話をしているところだった。

 「洋介~、今日は一緒に遊べるんだろう?」

 「良い加減相手して欲しいよ~」

 「あ~~、まぁ、そのうちな……」

 周りの人達から誘われているが、洋介君はのらりくらりと話を躱していると、数人いるうちの誰かが

 「てかさ、まさかあの根暗君に本気になって無いよね?」

 なんて僕の事が話題に出ると、周りの人達から一斉に

 「まさか~ッ、洋介があんな奴真剣に相手にするワケ無いだろッ」

 「そ~そ~、どう見たって不釣り合いじゃん?」

 「まぁ、一緒には歩けないよね?あの髪型に服装だし」

 「洋介の方が恥ずかしいだろ?」

 楽しそうに僕の悪口を言って、洋介君の反応を見ている周りと一緒で、僕もコクリと喉を鳴らして彼がどう答えるのか気になってしまい足が動かせない。

 すると彼は一つ大きな溜め息を吐くと

 「はぁ~……、まぁ、そうだな……」

 嫌そうに歪めた口元から彼がそう言葉を発した途端に

 「やっぱ洋介もそう思ってんじゃんッ!」

 「ギャハハッ!」

 と、本当に楽しそうに、そして安心したように周りが騒ぎ始めたのと同時に、僕は血の気が引いていく。

 顔を下に向け、バッとその場から踵を返して走り出すと

 「アッ……オイ」

 何故か宮本君も僕の後を追って走り出してくるが、僕は彼を気にかけてあげる余裕が無い。

 「オイッ、本郷!」

 パシッと宮本君に手首を掴まれ、どこに行くとも無い足を止められ、僕は力無くその場に立ち止まると

 「………ッ、何してんだろうね、僕って……」

 自虐的に笑いながらそう呟くが、鼻の奥がツンとして視界がぼやけていく。

 笑う事に失敗してしまった僕は、それでも笑わっていないと今までの自分が可哀想過ぎると無理矢理口角を上に引っ張り上げて

 「大丈夫だよ宮本君……、あんな事、最初から解ってた事だから……」

 そう、最初から解ってた事じゃないか。自分のコンプレックスを隠す為に前髪を伸ばして、服装なんて着られればそれで良いと努力してこなかった。

 それでも洋介君がそんな僕を構ってくれたから、それに甘えて何もしなかっただろ?

 結局は自分自身のせいなのだ。相手の、洋介君の事なんて考えてなくて……。自分の事しか考えてなかった結果がコレ。

 そりゃぁ恥ずかしいよな?野暮ったくてお洒落に興味が無いヲタクを自分の隣に置くなんて……。しかも、αって言っても最弱の僕だし……。

 笑っている頬に、耐えきれなくなった水滴がツッと道筋を作ると

 「本郷、お前……金持ってるか?」

 唐突に宮本君が僕にそう尋ねてきて

 「は……ぇ?」

 僕はワケが解らないまま、彼の質問に気の抜けた返事をする。



          ◇


 宮本君に連れて行かれたのは美容室。

 なんでも自分のお兄さんが美容師でユーチューバーをしているらしく、仲の良い友達同士で他人を変身させる動画を撮っているんだとか。

 僕が泣いてしまってから、宮本君の行動は早かった。

 僕にお金があるかどうか聞いてから、すぐに自分のお兄さんに連絡を取って僕を変身させる算段をつけてしまった。

 そうしてさっさと僕を大学から今いる美容室まで連れてきてくれて……。

 『嫌だったら言ってくれ。……今更だが……』

 美容室に行く道中に彼からそう言われて、僕は思わず吹き出してしまった。

 『そうだよ……』

 僕が笑ったことで幾分宮本君もホッとした表情を向けてくれて

 『すまないな……、どうにかしたくて……』

 ポリポリと気不味そうに顎を指で掻いている宮本君に、僕は

 『ううん、ありがとう宮本君』

 と、お礼を返して笑顔を向ける。

 「初めまして宮本、兄です」

 「初めまして、本郷です。……、突然すみません」

 店に着いてから、宮本君のお兄さんと挨拶を交わして中へと入る。

 人生で初の美容室だ。

 今までは実家に帰る度に髪は姉に切ってもらっていた。小さい時はΩの母親に切ってもらっていたが、姉が高校生の時から姉に切ってもらっている。

 「気にしないで、可愛い弟の頼みは最優先なんで」

 お兄さんの周りの友達も美容師をしている人だったり、スタイリストが多いのだとか。

 お店はスタッフとお客さんで賑わっているが、うまく調整をしてくれたみたいで僕は個室に案内される。

 このお店はお兄さんがオーナー兼美容師として働いているらしく、今から案内される個室でユーチューブ撮影もしているらしい。

 「弟から連絡もらって急いで洋服買ってきてもらったから、苦手な形とか素材があるかも」

 階段を上がりながらお兄さんがそう言ってきてくれるが

 「あ……大丈夫です」

 ファッションに関して無頓着な自分に、好みも何も無い。それよりも場違いなところにいる自覚がある僕は不安にドキドキとしているだけで……。

 「そ?まぁ気に入らなければ返品出来るから安心して」

 「ハイ……」

 二階に上がり個室に通されると

 「どうも、今日は宜しく~」

 と、もう一人部屋の中に人がいて僕は会釈をする。

 「こっちはスタイリストの西岡。西岡、本郷君」

 「初めまして西岡です」

 「本郷です。宜しくお願いします」

 「ハハ、緊張してる?大丈夫だよ~俺達がうまく変身させるからさ」

 ニカリと笑ってくれる西岡さんは、僕の後から入って来た宮本君を見付けると

 「よう!久し振りだな」

 と、嬉しそうな顔を向けて彼に近付いて行く。

 「こっちにどうぞ」

 それを見ていると横からお兄さんが僕に美容台の方へ座るようにと促してくるから、僕は言われた通りに椅子へ腰を下ろす。

 「何か希望はある?」

 座った僕の首元にタオルを巻き付け、ビニール製のマントをかけて髪質を確かめるように触る。

 「特には……」

 「じゃぁ、お任せで良いかな?」

 「はい、お願いします」

 鏡越しにニコリと笑われ、僕も下手くそな笑顔を返す。と

 「オイ、一つ提案があるんだが」

 僕の後ろにあるソファーに座っている西岡さんと宮本君にお兄さんが声をかけると

 「今回の変身、動画撮らせてくれたら一切合切金額チャラでどうだ?」

 言いながらお兄さんは僕の顔を見ると、どう?と首を少し傾ける。

 「オ~~、良いじゃん。素材良さそうだし、視聴回数伸びそうって思ってた!ま、本郷君次第だけど~」

 後ろから西岡さんもそう言っていて……。宮本君は何も言わないが、視線は僕次第だと言っている。

 僕はキュッと唇を引き結んで……次いでは

 「宜しくお願いします!」

 と、返事を返す。



          ◇


 「化けたね~」

 服を着替えた僕を見詰めながら西岡さんが呟く。

 「やっぱり素が違ったんだな。俺も満足してる」

 本当に満足気にお兄さんも僕を見ていて……

 「兄貴って……腕が良いんだな……」

 宮本君もジッと僕を見詰めながら呟いているから、僕は恥ずかしさに視線を下に向けて

 「あ、ありがとうございました」

 と、ペコリと頭を下げた。

 顔を上げて前髪が目の前にかからないなんて、十年振り位じゃないかな……。

 視界が開けて少し圧倒されるが、早くこの感覚にも慣れなければ。

 「服は一応さっき言った通りで、あの組み合わせで着てくれれば一週間は着回せるから」

 「ハイ、ありがとうございます」

 西岡さんが事前に選んで買って来てくれた服は、サイズはピッタリで素材も申し分なかった。それに服のコーディネートも事細かに教えてもらったので、不安になる事も無さそうだ。

 新しい服のまま、着てきた服と着回す服は紙袋に入れてもらって、お兄さんからはワックスを貰いお店を出ようとすると

 「何か迷ったらいつでもおいで?」

 と、声をかけてもらい僕は西岡さんとお兄さんにお辞儀して、宮本君と一緒にお店を後にする。

 「良かったのか、動画?」

 僕の今日の変身を、動画に撮られている。つまりはいつかはユーチューブにアップされるという事になるが、後悔は無い。

 「うん、大丈夫だよ。僕の方こそ本当に全然お金払って無いけど……大丈夫かな?」

 「それは問題無いだろ?あいつ等社会人だし、俺達より格段に金は持ってるからな」

 宮本君の物言いが可笑しくてクスクス笑っていると

 「明日、楽しみだな?洋介が見たらどんな反応になるのか……」

 「………、そう、だね」

 呟く僕は不安が半分、期待が半分だ。

 見た目が変わったからといって、中身までは変わらない。洋介君が僕に興味を持ってくれたのはきっと中身だと思いたいが……、結局僕よりも魅力的な人は彼の周りには沢山いるのだ。

 興味が無くなったら……。

 「何か食べて帰るか?」

 考え込んでいた僕に宮本君がそう声をかけてくれるので

 「ア、うん。お礼させてッ」

 と、宮本君とは僕の奢りで夕飯を食べに行く事になった。

 夕飯を食べ終えて自宅に戻り、明日着る服から値札を取ってクローゼットにかける。

 早目にお風呂に入って、慣れてない事で少し疲れていたのか僕は早々に眠りにつく。

 そうして次の日、お兄さんからもらったワックスで教えてもらったように髪を整えて、西岡さんが選んでくれた服を着込むと僕は大学へと向かう。

 大学へ着くと、いつもより人の視線が気になる。前髪が無くなった為に気になってしまうのだろう。

 講義が始まるまで中庭のベンチに一人で座っていると

 「あの……、本郷君、だよね?」

 声をかけられ、視線を上にあげれば喋った事の無い同じ学科のΩの人が話しかけてきた。

 「あ……ハイ」

 肯定すると途端に僕の隣に座って

 「え?なんで?なんでイメチェンしたの?」

 と、近い距離感で尋ねられる。

 「え?……なんで……?」

 どう答えようかと口籠っていると、Ωの人からフェロモンが香って、僕は眉間に皺を寄せる。媚びるような甘過ぎる匂いは、吐き気をもよおしてしまうからだ。

 「ちょっと……ごめん、なさい……」

 ベンチから立ち上がり、足早にそこから離れる僕の背中に

 「え?ちょっと、何なのッ!?」

 と、取り残されたΩの人が叫んでいる。

 先に講義室に行っておくか……。

 僕は講義室へ向かい、後ろの方の席に座って筆記用具とノートパソコンを出すと、パソコンで課題の確認をする。

 そうこうしているうちにゾロゾロと人が教室の中へ入って来るが、何人かは席が空いているのに僕の前に座るとクルリと態勢を後ろに回して

 「ねぇ、なんて名前?」

 「え?」

 「喋った事無いよね?何君?」

 何人かで一斉に僕に質問してくる人達は、βの人が何人かとΩの人もいる。

 「本郷……です」

 名前を尋ねられ素直にそれに答えると、気を良くしたのか

 「本郷君さぁ、コンパとか興味無い?今日あるんだけど人数が集まらなくて……」

 「コイツはそんなの興味無いから」

 僕の後ろから宮本君がそう言って、威圧的なフェロモンを出すと、ビクリッと全員肩が揺れそのまま席を立ってどこかに行ってしまう。

 「ありがとう宮本君」

 「イヤ……、ごめんな本郷。こうなるって予想出来たのに、俺が安易にイメチェンさせたせいで……」

 ホッとしていると宮本君が申し訳無さそうに僕に呟くので、僕は両手を左右に振り

 「え?全然大丈夫だよ。人から話しかけられるってあんまり経験無かったから驚いたけど……ちゃんと断れば大丈夫だから」

 「そうか?けど何かあったら言ってくれな?」

 「うん、そうするよ」

 僕は他のαよりもフェロモンが薄い。だからさっきみたいな威圧的なフェロモンが出せないのだ。

 フェロモンが薄い事で、Ωは勿論の事βの人にとっても近付きやすい。

 予想はしていたが、こんなに話しかけられるとは思ってなかったから、少し自分でも驚いているのは確かだ。けれど、ちゃんと断ったり先程みたいにフェロモンで近付いてきても逃げれば大丈夫。

 やはりΩフェロモンは、洋介君の匂いが一番良い。

 「てか、結構噂になってるぞ?」

 「何が?」

 宮本君が自分のノートパソコンを出しながら、ニヤリと僕の方へ顔を近付け

 「お前がイメチェンして、あのαは誰だ?って噂になってる」

 「え?」

 じゃ、じゃぁ朝から人に見られてる感じは前髪が無くなった事じゃ無くて……?

 「モテ期が来たみたいだな。なんなら洋介よりも良い相手を探したら良いんじゃ無いか?」

 何気なく言った宮本君の台詞に苦笑いを浮かべながら僕は

 「アハッ……、それは無理、かな……」

 きっと僕にとって、洋介君以上の人なんて見付からないと思う。

 僕に持っていないものを持って、自信に溢れ自分の好きなように行動が出来る人。そんな彼に惹かれてしまうし、かと思えばちゃんと人に対しては優しいところも見せれる。

 僕に対しては我が儘だったり、子供っぽかったりするけど、それはきっと僕に甘えてくれてたから……だと勝手に僕が思ってるだけだけど……。

 それにやっぱり洋介君の匂いにしか反応しない。

 彼にとって僕がどんな存在であっても、僕はそう彼の事を思っているから……。

 「俺、今惚気けられてる?」

 スンと表情を固くして宮本君が呟くので、僕はハッとして

 「イヤッ……、違……わ無い、けど……」

 「オイオイ、否定してくれ……」

 「宮本君ッ」

 アハハッと二人で笑い合っていると

 「オイ昴ッ……」

 後ろから突然肩を掴まれてグイッと後ろに引かれる。

 僕はその反動で上半身を後ろへ向けると、不機嫌丸出しの顔で洋介君が僕を見下ろしていて……。

 「ど、どうしたの?」

 彼がどうして不機嫌なのか解らない僕は、驚いてそう呟くと

 「ちょっと来いッ」

 グイグイと僕を引っ張る彼に、僕は少し待ってもらってから鞄の中に机の上に出している一式をしまうと席を立つ。

 「代返はしとくよ」

 そう言ってくれた宮本君に、洋介君はギッと睨み付けるような顔を向けて僕を連れて行く。

 「ちょっと……どこに行くの?」

 手首を掴まれズンズン歩いて行く洋介君に引き摺られるように、僕も後をついていくと空き教室へと入った彼がクルリと振り返り

 「何お前……その格好?」

 「え?」

 僕の頭から爪先まで不機嫌そうに視線を巡らせた彼が、僕にそう言ってくる。

 僕は洋介君になんて説明したら良いのか考えてしまう。まさか洋介君が僕の見た目を恥ずかしいと思っていたからイメチェンしたんだとは言えない。

 「あ~~~……」

 言葉を濁す僕に彼は更に不機嫌になって

 「何だよお前急に色気づいて、誰にモテたいワケ?気持ち悪ぃから止めれば?」

 一気に捲し立てるように洋介君が僕に言ってくる。

 僕は冷たい冷水を浴びたように、お腹の奥がヒュッとなって言葉を失う。

 ………………、何がいけなかったんだろうか?洋介君が恥ずかしくないように僕の中では精一杯したつもりだったのに、まさかこんな事を言われるなんて……。

 「駄目……かな?………、宮本君も手伝ってくれて……前に比べたら良くなったと思うんだけど……」

 本当に駄目なんだろうか?まだこれじゃぁ洋介君が思っている相手には程遠いイメージなんだろうか?

 恐る恐る言った僕の台詞で、彼はチィッと大きく舌打ちすると

 「また宮本かよ……。お前俺じゃ無くて宮本の方が良いんじゃ無ぇの?」

 -------ドクンッ。

 彼の言葉に更に血の気が引く。指先が冷たくなっていく感覚に、僕はゆっくりと口を開くと

 「………………、そっか。解った……」

 それだけ喉から絞り出して、掴まれている手首を腕を振って解くと、洋介君から背中を向ける。そうしてそのまま教室を出ようとすると

 「オイッ!話はまだ……ッ」

 彼が僕の背中に向かって叫んでいるが、僕はもうこれ以上聞きたくなくて教室のドアを静かに閉めた。



          ◇


 あれから数日。

 大学にも行く気がしなくて、僕はずっとズル休みしている。

 宮本君からは体調大丈夫か?とラインがくるけど、返信するのも億劫でそのまま放置していると、かぶってる講義だけは代返してくれたりノートをとってくれているみたいだ。

 僕は部屋のカーテンも開けずに、ずっと取り溜めしていたアニメを朝から晩まで見ているようで、見ていない。

 もう、何もかもがどうでもいい。

 洋介君からも電話やラインが入ってきていたが、音がうるさくてとうとうスマホの電源を切った。

 僕は、彼に選ばれなかった。

 その事実に死にたくなるほど落ちている。
 自分でも嫌いな女顔を出して、彼が恥ずかしくないようにイメチェンをしたけど、結局は彼が思うような自分にはなれなかったのだ。

 『気持ち悪い』

 最後に彼からもらった台詞。

 やっぱりこんなヲタクが色気づいてイメチェンしたところで、気持ち悪いんだな……。

 洋介君の台詞を思い出しては死にたくなるほど恥ずかしさが込み上げて、バタバタと悶えてしまう。

 付き合えない。や、嫌い。より殺傷能力が高いよ……。

 「あ~~~、大学行きたくない」

 このままここで息を引き取りたい。

 次に彼に会ってしまってどういう顔をすれば良いんだろう?

 そもそも気持ち悪い僕なんか視界に入れたくないよね?

 「はぁ……」

 何が駄目だったんだろう……。色々自分の中で考えてはみるが、結局洋介君では無い限り僕には解らない。そんな事をずっとグルグルと考えている。

 明日は課題を提出しないといけない講義がある。その講義の教授はきちんと授業に出て課題を出さないと単位をくれない人だから、嫌でも明日は行かないと行けない。

 けど、洋介君も同じ講義を取っているのだ。そして彼も例に漏れずちゃんとその講義には出る。

 と、言う事は嫌でも会う確率はあるワケで……。

 「ハァ~……、嫌だよ……」

 心の底から思っている事が口をついて出るが、独り言はテレビの音で掻き消される。

 嫌だと思っていても次の日はやってくる。

 僕は課題を出す講義だけに行こうと、ダラダラと準備を始めて、重い足取りで大学へ向かう。

 ロッカーから講義室へ向かう時も、洋介君がいるようなところは避けようと思って、普段あまり歩かないところを通って向かう。

 結構大回りになるのだが、会うリスクを考えればこっちの方が今の僕の気持ち的にも楽だ。

 割と人通りの少ない廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえて、ビクッと体が揺れる。

 「洋介大丈夫~?」

 声の主は洋介君の周りにいる人達の声だ。けれど台詞を聞けば近くに洋介君もいるようで、僕は咄嗟に廊下の影に隠れてしまう。

 次の講義があるのに、何で彼もこっちにいるんだろう……?

 「もう喋れないんじゃ無い?」

 「苦しいね~?けど、もう少しで楽になるよ~」

 ………………。なんだか、言ってる事が……。

 洋介君の体調が悪いのか、周りの人達は彼を心配している口振りで何処かに行こうとしているが、医務室は行こうとしているところには無い……はず。

 「ちょっと、ちゃんと支えてよ」

 「解ってるってッ、けどこんなになってるけど大丈夫なの?」

 「今更止められるわけ無いだろ?」

 「そうだけど~……」

 なんだか不穏な雰囲気を感じて、僕もついて行こうと音を立てずに彼等の後に続くと、使われていない空き教室へと入って行く。

 ん?………………、何をするつもりだ?

 彼等は全員洋介君に夢中で、教室のドアを誰かが閉めてくれると思っているのか、閉め忘れそのまま奥へと進んで行くと、ドサッと彼を床へ置き

 「洋介~、体熱くて辛いね~?」

 「すぐに気持ち良くしてあげるよ」

 と、皆で彼を囲む。

 僕は教室に嵌め込まれたガラスからコソッと中を覗いて、状況を判断する。

 「お前等……ッ、何して……ッ」

 洋介君が辛そうに囲んでいる彼等に呟くと、その中の一人がしゃがんで

 「だって、洋介が悪いんじゃん?根暗君と遊び出してから全然構ってくれ無くなるしさ~」

 「だからって……こんな事ッ……、犯罪だぞッ」

 力が入らないのか、洋介君は起き上がろうとしているが、上半身を上げただけで立つ事は無理そうだ。それに何だが息が苦しそうで……。

 「犯罪?これからお互い気持ち良くなるのに和姦だろ?」

 「そ~、そ~、それにあの時言った事も謝って欲しいんだけど?」

 「謝る……ッ?」

 楽しそうに洋介君に詰め寄る彼等に、洋介君は何の事を言われているのか解らないみたいに聞き返していると

 「そうだよ。折角俺達があの根暗君は洋介に釣り合ってないって教えてあげてんのにさ~、洋介あの時俺達に何て言ったか覚えてないの?」

 その発言に僕はビクリとしてしまう。それは僕がイメチェンをした切っ掛けの場面で……。洋介君が僕の事を恥ずかしいと言った事だからだ。

 けど、何で今それを話題に出すのか解らなくて僕はその場から動けないでいる。

 「ハッ……そんなの、一々……覚えてねぇよ……ッ」

 「だったら思い出させてあげるよ。あの時洋介は俺達の事を恥ずかしいって言ったんだよ」

 ……………え?

 「あんな、根暗のモッサイ奴より俺達の事をだよッ!?こんなに洋介に対して従順にしてた俺達にッ!あり得ないよねぇッ?」

 ……………どういう事だ?あの時、確かに洋介君は僕に対して言ってたんじゃ無いのか?

 「その後根暗君がイメチェンしてさ、洋介が相手にされないから俺達のところに戻ってくるかと思いきや、全然相手してくれないじゃん?どういう事だよ?」

 ………………イヤ、俺が振られてるんだけど、ね……。それでも彼等と関係は持ってないのか?

 「……ッ、そういう事、じゃねぇ……の?俺がお前等を……ッ相手にしないのって……」

 「ハッ……、俺等と一緒のΩがα気取ってんじゃねぇよ。フェロモン促進剤でもう入れたくて堪んねぇんだろ?お願いしたら入れさせてやるよ?」

 「誰が……ッ」

 「チッ……ラチあかないねぇ?だったらαにでも犯してもらおうか?」

 しゃがんでいたΩが立ち上がり、側にいたαに目配せすると、αは着ていたシャツを脱ぎ始める。

 この体になって、僕は彼が輪姦されようとしている事に気付いてバンッと教室のドアを開いた。

 「何……してるの?」

 ドアが開いて一瞬全員がビクリと驚きに体を硬直させて僕の方に振り返ったが、相手が僕だと解ると一斉に安堵し、次いでは馬鹿にするように口元を歪める。

 「なぁんだ、役立たずのα君じゃん?」

 「フェロモンが弱過ぎて、洋介の事なんて助けられないだろ?」

 「反対に俺達のフェロモンにやられるんじゃん?」

 「言えてる~」

 ギャハハッと下品に笑って、一人が洋介の側でしゃがむと

 「そこで洋介が輪姦されるの見とけば良いよ?俺等が飽きたら入れても良いからさ」

 そう言ってしゃがんだ奴が洋介君の髪の毛を掴んで顔を上げさせると、その唇にキスしようとするから……

 「………ッなせよ……」

 「あ?何だよ、聞こえねぇよ」

 「彼を離せって言ってるんだッ!!」

 僕は、人生で初めてって位怒っている。それは目の前が真っ赤に染まっているような錯覚になる位だ。

 聞こえるように大声で彼等に向かって叫ぶと、ビリビリと周りの空気が張り詰める。

 「ぁ………ッ」

 洋介君の髪の毛を掴んでいたΩが、震えながらゆっくりと手を離す。

 「彼は俺のΩだッ、気安く触るなッ!」

 次いで叫ぶと、全員が微かに震えながらゆっくりと洋介君から離れ、怯えるように僕の横を通り過ぎて一目散に教室から出て行く。

 僕と洋介君以外誰もいなくなった教室で深く深呼吸すると、タタッと彼に近付き急いで鞄の中から抑制剤を取り出す。

 「少し痛いけど我慢してね」

 それは緊急用に使う注射型の抑制剤で、太腿やお腹に打つタイプだ。

 僕は彼の服を捲り上げるとお腹に抑制剤を打つ。

 「なんで……お前………ッ」

 「今は喋らずに横になって」

 僕は鞄を枕代わりに彼の頭に敷くと、宮本君にラインする。

 洋介君が人に襲われたが無事な事、その事で講義に出れない事。取り敢えずそれだけラインして、何も言わずに鼻をハンカチで押さえた僕は彼の側に座り込む。

 幾分か時間が経って、洋介君のフェロモンも落ち着いてきた。

 鼻にあてていたハンカチを取って、彼の髪を優しく撫でると、目を閉じていた彼がゆっくりと目を開ける。

 「もう、大丈夫そう?」

 「………ッ、あぁ……」

 言いながら彼はゆっくりと起き上がり、フゥ~と息を吐き出す。

 僕は彼の背中に手を添えると

 「家まで送って行くよ……」

 言いながら彼の腕をもう片方の手で掴み、立ち上がらせると自分の鞄を掬い上げ肩にかける。

 「……お前の家が、良い」

 遠慮がちにボソボソと呟く彼の言葉に、まだ本調子じゃ無い彼を近くの僕の家の方が良いか?と感じて

 「解った……」

 とだけ返事を返して、彼の腕を自分の肩に回す。

 フラフラとおぼろげな足で何とか僕の家まで帰って来て、寝室のベッドに座ってもらうと

 「何か飲む物持ってくるから」

 と、寝室を出る。

 「はぁ……」

 閉めたドアにもたれかかり、何をしているんだと少し冷静になってみる。やはり僕の家じゃ無くて自分の家の方が落ち着いて良かったのでは?と逡巡してしまうが、彼から僕の家が良いと言われてしまっては連れて来ないワケにはいかなかったワケで……。

 「嫌じゃ無かったのかな……」

 彼がどうして僕の家が良いなんて言ったのかは解らない。

 「考えてもしょうがないか……」

 僕はもう一度溜め息を吐き出してキッチンへ向かうと、コップと水のペットボトルを持って寝室へと入る。

 「取り敢えずここに飲み物置いて置くから、気分が良くなったらコレ……」

 僕は鞄の中から家の鍵を取り出して、飲み物の隣に置く。

 「好きな時に出てくれて構わないから。で、鍵閉めたら郵便受けの中に入れて欲しい」

 それだけ言って、僕は立ち上がる。

 確かスペアキーがキッチンの引き出しにあったはずだ。

 「は?……どういう……」

 洋介君は僕が言った事が解らなかったのか、戸惑うように聞き返してくるので

 「ん?僕は取り敢えずネカフェとかに行ってるから、ゆっくり休んで」

 「は?なんで?」

 まさか僕が出て行くとは思っていなかったのか、洋介君は眉間に皺を寄せてそう聞いてくるが、僕は

 「イヤ……、一緒の空間は嫌だろ?体調良くなるまでは使ってくれて構わないから」

 自分で言って、自分の言葉に傷付く。

 もし、仮にさっきのΩの彼等が言っていたようにあの時洋介君が僕に対してじゃなく彼等に恥ずかしいと言ってたにせよ、その後で僕は彼から気持ち悪いと言われているのだ。

 だったら僕も彼等と同じで、洋介君の中では一緒にいたいと思う相手じゃ無いのだろう。

 だったら大学近くの僕の家でゆっくり休んでもらってから帰ってもらえば良い。その間僕は何処へでも行って時間は潰せる。

 僕の台詞に絶句している彼を残して、僕は踵を返すと、咄嗟にといった感じで洋介君が僕の手首を掴む。

 「本気で言ってんのか?」

 「え?」

 何に対しての本気なのか?一緒に居たくないって事?それとも僕が家を出て行く事?

 意図している事が解らなくて困って黙っている僕に、洋介君はボソボソと

 「俺は……お前のΩじゃねぇ、のかよ……」

 と、言いにくそうに呟くから、僕はあぁ。と答えて

 「僕にとってはね。………、けど洋介君は違うだろ?」

 困った顔から苦笑いに変えてそう言う僕に、洋介君は一度奥歯を噛み締めて

 「俺にとっても……、お前は俺のα……だけど?」

 ………………………。えぇッ!?!!?!!

 「……………………。えぇッ!?!!?!!」

 思っている事と、言っている事がシンクロして口から出る。

 「うっせぇ……」

 僕の驚いた声に洋介君は眉間に皺を寄せると

 「何かお前……勘違いしてねぇ?」

 「………………勘違い……」

 彼にそう言われ、今までの事をマッハで思い出すが、勘違いする要素が何処かにあっただろうか?

 そりゃぁ、恥ずかしいって彼が言った事は勘違いしてたかもだけど……。

 「はぁ。まぁ良い、取り敢えず座れ」

 掴まれた手首をグイッと引っ張られ、僕は洋介君の隣に腰を下ろす。

 「一から答え合わせするぞ」

 そう言って、洋介君はニヤリと笑って

 「なんでいきなりイメチェンしたのか答えろ」

 そう言って、彼との答え合わせが始まった。

 「洋介君が、周りの人達に野暮ったい僕は恥ずかしいだろって聞かれてて……そうだなって答えてたから……」

 だから、見た目だけでもって思ってイメチェンしたんだ。

 「ハァ~、そっから……。俺はあの時周りにいる奴等に対して恥ずかしいって言ったんだよ」

 ポツポツと喋り出した彼の言葉を、僕は聞き逃さまいと黙って聞いている。

 「アイツ等俺がお前ばっかり構うから面白く無かったのか、俺が気に入ってる奴の悪口言い出したから……。いい歳して悪口とか格好悪ぃだろ?だからお前等の方が恥ずかしいだろって言ってたんだよ……、理解したか?」

 「う、うん……」

 何気に僕の事気に入ってる奴って、言ってた?

 「したらお前イメチェンしてさ~、周りの奴等がザワつく、ザワつく。お前がモサかった時は見向きもしなかった癖に、変わった途端に声かけだして……、お前もお前で断りもせずにニヤニヤしてっからッ!」

 「え?……ニ、ヤニヤはしてないよ?」

 「してたんだよッ!俺がしてたって言ってんだからしてたのッ!挙げ句に宮本とイチャイチャしやがって……」

 「えぇッ?み、宮本君とイチャイチャはしてないよッ!?」

 どこをどう見て、僕と宮本君がイチャイチャしてるって見えたんだろう……。

 洋介君の台詞を否定していた僕に対して彼は

 「前から宮本とはどうなのかって聞いてただろ?アレさぁ……多分宮本、お前に気があるんじゃねぇの?」

 「は……、はぁ?」

 ………………、勘違いしている。洋介君が、完璧に勘違いしている……。

 僕は彼に視線を向けて、至極真面目に

 「洋介君、それは絶対にあり得ないから」

 と、答える。

 そんな僕に一瞬彼はキョトっとした表情を見せるが

 「あ?絶対ってなんでだよッ?アイツお
前の前じゃ俺とかに見せた事無い顔してんだからなッ」

 ………………、それは君が宮本君にとって、ライバルだからだよ……。

 ハッキリと言ってあげたいが、宮本君の事を考えると言えない……。

 グヌヌッと考えて出た結論が

 「あのね、宮本君は片思いしてる人がいて……僕はよく相談に乗ったり、乗ってくれたりしてる仲だから……かな?」

 「は?……、宮本って……お前じゃない他の奴、好きなの……?」

 「そうそう、だから誤解だよ?僕と宮本君は友達だから。それ以上はお互い無いかな」

 苦笑いしながら言う僕の台詞に、洋介君は少しホッとした表情を見せる。なんだかそれが可愛く見えてしまって……。と、何考えてるんだよッ、ちゃんと聞かないといけない事があるだろ?

 「じゃぁ……、僕の事を気持ち悪いって言ってたのは……どうして?」

 恐る恐る聞いた僕に、彼は

 「あ?お前が俺以外の奴に色気振り撒いてるのがキモかったってだけ。特に宮本になッ!!」

 「そ、それだけ……?」

 呆気ないほど単純な答えに、僕は体の力が抜けていくのが解る。だが、僕の言葉に洋介君は少し不機嫌そうに

 「それだけってなんだよッ、お前は俺にだけそうしてれば良いのに、目移りしてんじゃねぇよッ」

 ………………、て、いうかさっきから洋介君の言ってる事を聞いてると……。これって本人に言っても大丈夫なんだろうか?……、けど言って彼に自覚させたい。

 そういう僕の欲求が、言葉として口から出てしまう。

 「それってさ……、洋介君焼きもち焼いてくれてたって事で良いの、かな?」

 ポソポソと彼の顔色を伺いながら呟いた僕の台詞に、洋介君は何秒間か固まると次いでは首まで見る見る赤く染まっていく。

 「あ?………ッ、な……」

 ジワジワと自覚した彼を愛おしくて抱き締めたい衝動が湧き上がって溢れ、僕はガバリと彼を抱き締める。

 「僕も洋介君の事好きだよ……。ありがとう、僕の事好きになってくれて……」

 抱き締めて呟いた僕に、彼はオズオズと自分の腕を僕の背中に回してくれた。



          ◇



 「はぁッ……ア、……ンンッ……そこ、ばっか……ッ」

 「気持ち良いって……離してくんねぇのは昴の、方だけど……ッ?」

 日が傾いた部屋のカーテンは閉めた。薄っすらと今日の残り火が部屋の中を淡く暗く照らしている中、僕と洋介君は二人でベッドに横になりながら荒い息を吐き出している。

 洋介君が僕の体を開く為に買ったジェルで、内壁を擦られ僕は甘い喘ぎを止められない。

 もうすんなりと彼の指が二本入るくらいに慣らされた体は、貪欲にもっと触って欲しいと彼にアピールしている。

 内壁を擦られながら、乳首も触って欲しくて強請るように胸を突き出した僕に、洋介君は自分の片手を滑らせてプックリと突き出た乳首に指先をあてがうとスリスリと触るか触らないかのソフトタッチで先端を愛撫する。

 「ウゥン……ンッ、……ヤ、ダ……ッ」

 もっと強く弄って欲しくてむずかるように背中をしならせると、片手を目一杯開き両方の乳首を指の腹でスリスリと左右に揺らして触ってくれる。

 「ンぁッ……、気持ち、良い……」

 「こっちも気持ち良くなろうな?」

 言いながら彼は内壁に収めた指を前立腺にあてるように鉤状に曲げると、グニィと上に押し潰すように力を入れ、トントンと叩く。

 「ア゛ッ、~~~♡♡ソ、コ……ッ♡」

 叩かれる度にビクビクと腰が浮き上がり、中に入っている指を締め付ける。そうする事で内壁が指を押して更に前立腺に押し付けるような形になり、ずっと気持ち良いが続く。

 「あ~~……自分で腰振って、エロ……ッ」

 彼の下で痴態を見られている。

 薄っすらと閉じた目を開くと、目の前にジッと僕を見詰める雄の顔があり、その顔をさせているのが自分なのだと思うと、ゾクゾクッと腰から背筋に快感が走って腹筋がビクビクと痙攣してしまう。

 「ん?イキそう?」

 それを見逃さずに面白そうに聞いてくる彼に、コクコクと首を上下に振ると、乳首を愛撫していた手がツ~~と下におりて、勃ち上がり気持ち良さに泣いているモノの先端に絡み付く。

 「ンッ、ィ~~ッ♡♡今、……触った、らッ♡」

 「ハッ……、ケド、イキたそうに……パクパクしてっけど?」

 きつめに作った輪っかで、カリから先端にかけて扱き上げられ、時折鈴口に爪を立てられる。

 先走りでぬめった鈴口を爪で苛められ、僕は堪らずに腰を突き上げて射精してしまう。

 「ア゛ッ、ア゛~~~♡♡♡」

 白濁を自分の腹の上に吐露している最中でさえ、前立腺と先端を愛撫され長く快感から逃れられない。

 「はぁ、ァ~♡、イッた……ッ、イッ……から……ッ♡♡」

 「中でも、イケるだろ?」

 僕のモノから手を離してくれた彼だが、孔の中に入っている指は抜いてくれず、トントンと叩くように押して愛撫していた指が、プックリと膨らんだ前立腺を、曲げた指先でカリカリと撫でるようにする。

 そうして中に入っていない親指で会陰を押すようにすると、中に入っている指が動く度に連動して親指も内側にググッと動く形になり、中と外から挟むように愛撫され僕は臀部を持ち上げガクガクと大きく痙攣する。

 「ヒッ、ア゛……、~~~ッ♡♡♡、イ゛ッグゥ……ッ♡イ゛……ッギュッ、ウゥ~♡♡」

 痙攣しながら内壁を絞って中でイッてしまうと

 「上手にイッてるな……」

 言いながら洋介君が僕の側まで上半身を近付けて、唇にキスを落とす。僕は無意識に舌を伸ばして彼の唇を何度も舐めると、それに呼応してくれるように僕の舌を彼が迎い入れてくれる。

 クチュクチュと音を立て、甘い唾液を交換しながらゆっくりと指を引き抜かれる感覚に、名残惜しそうに内壁が収縮しまたイッてしまう。

 「ンぁ……、フゥ……ッン……」

 指が完全に引き抜かれると、余韻に内腿がビクビクと痙攣していて、それを確かめる為に触られた手の平の感覚にまた感じてしまう。

 ちゅっぱッと離れた唇を追い掛けるように舌を伸ばすが、一度チュッと唇で舌を吸われて

 「気持ち良かった?」

 耳元で囁かれコクリと頷き、けどまだ欲しくて……。

 顔を覗き込むように顔を上げた洋介君の表情が、僕を見て眩しそうに細められる。

 「めっちゃ蕩けた顔になったな?」

 ハハッ。と笑った直後、ブワリッと広がった彼のフェロモンに僕はハクハクと口を動かして舌を伸ばし、喉を仰け反らせてしまう。

 「ぁ………ッ悪ぃ……、俺も興奮で……タガが外れそうだわ……ッ」

 「………ッ、しい……、♡洋介、君のッ♡♡」

 彼のフェロモンに包まれて、自分が何を呟いているのかも解らなくなる。だけど、それが本当に自分の欲しいモノだと解るから……。 

 「ッ……、お前……俺も結構ッ、お前のフェロモンに……ッ耐えてん、だからなッ」

 クソッ。と悪態を吐きながら僕から離れると、枕の側に置いていたスキンを手に取って包装を破り自分のガチガチに勃ち上がってるモノに装着する。

 そうしてスキンの側にあったジェルをモノに垂らすと、自分で扱いてジェルをまんべんなくスキンにまとわり付かせる。

 「イヤ……見過ぎ……ッ」

 フハッと笑った彼の目に、物欲しそうに見ている自分の顔があって、こんな表情を彼に見られているのだと少し恥ずかしくなるが、広がった脚の間に入っていた彼の中心が僕の孔にヒタリとあたって、期待にゴクリと喉が鳴る。

 ニチャニチャと何度か孔を怒張で擦れてから、ニュククッとゆっくり先端が孔の襞を掻き分けて侵入してくる。

 「ア゛、ァ゛~~~~♡♡♡ッ」

 中を彼のモノで満たされる充足感に、細く長い喘ぎが漏れ出る。

 「ッ、ァ~~~、……何、お前の中……ッメッチャ、気持ち良いッ……」

 本当に気持ち良さ気に掠れた声で喘ぐ洋介君に、僕もまた感じてしまう。

 洋介君はゆっくりと挿入した後、しばらく馴染むまで動かないでいてくれているが、僕の内壁はキュンキュンと彼の怒張に絡み付き、勝手に自分の良い所を中に入っているカリ首で押しあてユルユルと腰を動かし擦り付ける。

 何度かそれを繰り返していると、僕の為に我慢してくれていた洋介君が両手を僕の腰にあてがいしっかり掴むと

 「お前なぁ~……ッ、人が折角我慢してやってんのにッ!!」

 バチュンッ!!

 「ギャッ♡♡♡~~~ッンぅぅッ、………ァ、ア゛~~~ッ♡♡♡」

 突然奥まで一気に突き立てられ、脳がビリビリと震えるほどの快感に一瞬体中が硬直する。次いでブルブルと快感を逃す為に痙攣しクタッと力が抜けるが、しっかりと持たれ浮き上がった腰に容赦無く彼が律動を叩き付け始めた。

 「ア゛ッ、ン、……ッ、グゥッ♡♡……~~~♡♡♡ぎ、持ち……、イ゛ッ♡♡♡お゛ッ……グゥッ♡ァ゛、……ダメ゛ッ♡~~~ッ、グッ、……イ゛グッ♡♡」

 腰が浮いた状態で胸を突き出すように背中を仰け反らせれば、更に腰が浮いて竿で膨れた前立腺を擦られる形になる。

 奥をカリ首で抉られ、前立腺を竿で擦られる気持ち良さに僕は扱いてもいない自分のモノから精液を撒き散らす。

 射精感に体に力が入ると、内壁が洋介君のモノを搾り取るようにギュウゥッと震えると

 「グゥッ、……ハッ、ァ、イクッ、イクッ、イクッ、~~~~~ッ!」

 くぐもった喘ぎと共に、中に入っているモノがグアッと一瞬大きくなり、次いではビュッ、ビュッ~~、とスキンに射精されるが、出ている感覚を内壁で感じて、僕はまた緩く腰を動かしてしまう……。

 「ハッ……ヤッバ、……ッまだ抱きたい……」

 小さく呟いた彼の目が、まだ欲情を灯していて、僕もまたその目に煽られるように彼に舌を伸ばす。



          ◇



 遠くでスマホのアラームが鳴っている気がするが、瞼を持ち上げるのも億劫だ。

 結局昨夜洋介君と何回したのかなんて覚えて無いし、薄っすらとした記憶ではカーテン越しに外が白んでいたような気もするが……。

 イヤ、きっと気のせいだろう。

 お尻にはまだ彼のモノが入っている感覚がある。

 ………………。起きれるかな?

 一抹の不安が僕を包むが、体中が怠くて起き上がれないのが事実だ。

 でも………………、お腹も空いてるんだよな。

 昨日の夜は何も食べずに事を致してしまったから、お腹と背中がくっつきそうだ。

 「オイ、起きれるか?」

 カチャカチャとした音と共に、洋介君の声が聞こえて僕はゆっくりと目を開く。

 「おはよう」

 目を開けた僕を見て、彼は柔らかい笑みを投げかけてくれる。

 「おはよう……」

 僕も挨拶を返すが、カッスカスの音しか出ない事に驚き、昨夜の事を思い出して恥ずかしくなる。

 「台所勝手に使わせてもらって飯作ってきたから一緒に食おうぜ?」

 ベッド横のチェストから良い匂いが漂ってきて僕の鼻孔をくすぐり、グゥ~~。とお腹が鳴る。

 「ハッ……、ほら頑張って起き上がれ」

 洋介君は笑いながら僕の両手を引っ張って起き上がらせると、ベッドヘッドへ枕と床に転がっているクッションを挟みそこにゆっくりと僕の背中がくるように倒してくれる。

 そうしてお盆の上に乗った料理が僕の膝の上にくると

 「紅茶に蜂蜜入れたから、飲めよ」

 と、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 「蜂蜜?キッチンにあった?」

 「んや、隣のコンビニ行ったから」

 「あぁ……」

 ………………、でも鍵。

 フト止まって考えている僕の事が解ったのか、洋介君は

 「昨日お前が俺に渡した鍵使ったから」

 と、言ってジャラッと鍵が付いたキーホルダーを見せてくれる。

 それは洋介君が使っているキーホルダーで、その中に当たり前のように僕の家の鍵が揺れていて……。

 「くれるんで、良いんだよな?」

 有無も言わさない物言いに、僕はハハッ。と笑うと

 「洋介君の家の鍵も、またくれる?」

 呟いた僕に、優しい笑顔のまま彼の唇が落ちてきて、チュッと音を立てると

 「よし、じゃぁ俺特製の朝飯食べようぜ?」

 笑顔のまま彼はフォークを手に持つ。

 僕は蜂蜜が入った紅茶を一口飲んで

 「ん、美味しいね」

 優しい味に、再び笑顔が溢れる。





おしまい。











おまけ。


 『子作りするか~』

 そう言った時の奴の顔が今でも忘れられない。

 俺、本郷洋介二十六歳。パートナーの本郷昴と同棲、結婚を始めて五年。

 まだ番関係にはなっていない。

 大学卒業と同時に同棲をスタートさせ、お互いの両親に結婚すると挨拶に行って、その年の冬に結婚した。

 今俺は昴の両親が経営している会社の子会社で営業職をしていて、昴も本社で営業職を頑張っている。

 俺の家はちょっと複雑で、結婚の挨拶はいいからと断っていたんだが、昴が納得するはずも無く……。取り敢えずは父親だけに会ってはもらったが、好きにしろ。と一言で終わってしまった。

 俺の家が複雑なのを昴に言ったのは、初めて昴と事を致した日だ。

 本当は致す前に言った方が良かったのは十分に理解していたが、確実にものにしてから伝えた方が断りづらいだろ?だから敢えてそうしたってのもある。

 狡くても、自分のαを手にする為ならなんだってする。

 こんな自分の性格や考え方を植え付けた家が、俺は大嫌いだ。

 まぁ、端的に言ってしまえば俺の家はα至上主義の家だ。だからと言って昴の家みたいに代々の名家では無い。

 曾祖父さんの代で商売が上手くいき莫大な財が手に入った成金の家で、プライドがえらく高い子供がそのまま大人になった感じの人が、俺の父親。

 お見合い結婚したΩの母親との間に俺が産まれる。

 幸せな日々は、俺が中三の時に終わりを告げた。

 それは、αとして大事に育てた俺がΩだと判明したからだ。

 それまではなんでも自分の手の中にあった。父親を筆頭に母親、友達、良い学校だって……。欲しい物はなんでも買って貰えたし、成績だって頑張っていつも上位をキープしていた。それはαだと信じて周りや自分自身疑わなかったから。

 思春期に行われるバース性検査で中々結果が出なかった俺は、中学三年の最悪な時にバース性が判明する。

 それからは面白いほど今までとは真逆の生活が待っていた。

 父親は俺に興味を無くし、外で女を作った。その人との間に子供が生まれ、その子供はαだ。

 母親はΩの子供を産んだと散々父親から暴力を受けて、精神がおかしくなって精神病院に入院。見舞いに行った俺に産まなければ良かったと罵声を浴びせて、それ以降は俺に会ってくれなくなった。

 それなのに父親も母親も世間体を気にして離婚はしていない。まぁ……、番関係を結んだΩに番を解消するって事は、死ねと言っているようなものだ。それに、母親は番を解消する前に精神を病んでしまったから、解消されると本当に死んだかもしれない。

 父親もそれが怖くて番も離婚も解消できないのだ。

 中三の大事な時期に、俺は家で一人だけの生活をしていた。父親からはクレジットカードだけ渡され、自分はサッサと愛人の所へと行ってしまった。

 何とか高校に受かり、広い実家の家で毎日一人で飯を食べる。

 俺がΩだと解ると、αの友達は一斉に距離を取って接してくれなくなったし、ともすれば自分の性欲を俺で発散させようと考える奴までいて……。だから俺の方から距離を取った。

 元々フェロモンは普通だが鼻が効きにくい俺は、俺のフェロモンにあてられたαに間違って項を噛まれて番関係になる事を恐れてチョーカーを着けている。

 それに主導権は自分が持っていたい欲求が強く、どのバース性に対しても自分がタチ側だと譲らなかった。

 誰かのΩになる事も恐怖でしか無い。それは自分の両親を間近で見ていたトラウマがそうさせていると理解している。

 大学へ入学する頃には、すっかり性格がねじ曲がった可愛くないガキが出来上がった。誰も信用出来ないし、世間体の為だけに大学進学しろと言われた腹いせに、勉強なんてしてやるかと殆ど講義にも出ずに遊んだ。

 昴とは、お互いに接触がある前から認識があった。あれは入学式の式典の時だ。長く続いていた式の途中で、突然具合の悪くなったΩを昴が介抱していた事がある。それを見てから何となく気になる存在ではあったが、まさか自分の番なんて……。と思ったものだ。

 見た目は完全にタイプでは無い。根暗そうな顔の見えない前髪に、適当に着ただろという洋服。全くお洒落に興味が無く、オドオドとした態度。

 それにαとしてのフェロモンが薄く、βやΩの奴等でさえも昴の事を馬鹿にしていた。

 前に俺が周りの奴等に輪姦されそうになった事があったが、その時助けに来た昴から凄まじい威圧的なαフェロモンが出て、助かった事がある。本能的に自分のΩが襲われると思っての防衛本能。まさか昴のフェロモンがあんなに強烈だとは思わなかったが……。

 それに昴は絶対に俺の側から離れない。

 俺が試すように昴に対して嫌な事をしても、言っても、昴は苦笑いを浮かべるだけで俺の側にいる。

 大体の奴は俺の試すようなやり方が嫌になって、結局俺の前から消える奴等ばかりだったのに……。

 徐々に昴の前でだけは素の自分が出せるようになって、それが心地良くて奴に甘えていたと思う。

 一度俺の体調が良くなくて、昴の家で介抱されていた時、夕飯に桃缶が出てきた事があった。それは俺の中で昔の記憶を呼び起こさせるもので……。まだ俺がαだと信じて疑わなかった幸せな時、風邪をひくと母親が決まって桃缶を用意していた事を思い出して、言葉を無くした。

 あの幸せな時を……、もしかしたらコイツなら、昴と一緒なら……なんて思ってしまい、昴に興味と執着心が芽生えた事を思い出す。そうして、そう思ったら今まで付き合いのあった奴等はどうでもよくなってしまって……。

 昴を俺だけのものにしたいと強く思うようになった。

 基本的に誰にでも優しい昴は、俺以外の奴にも優しい。それが俺は許せなくて……。特に宮本に対してはよく笑うし、俺に見せた事の無い表情をよくするから面白く無かった。

 まぁ、それもよくよく話を聞けば誤解だったワケだけど。

 今まで俺の手から俺が大切だと思うものが零れていくのは当たり前だった日常が、昴によって塗り替えられていく。

 アイツは俺に自分の体まで預けてくれる。

 αは基本、バース性のヒエラルキーのトップだ。故にタチ側が圧倒的に多い。自分のフェロモンの支配下にΩやβを置いて従えるのだ。

 それはもう昔からの本能的部分が大きいが、昴は俺が昴を抱く事を許してくれる。

 付き合ってからだともうすぐ六年。今まで昴に抱かれた事は無い。だから番関係も結べてないのだ。

 それは俺の中で葛藤があったから。

 もし、付き合って別れたら?もし、結婚して離婚する事になったら?

 もし、番関係を結んで解消されたら?

 そう考えると怖くて無理だった。

 番関係を結ぶには、お互いに抑制剤を飲まない状態で事に及ぶことになる。そうして俺が昴を受け入れる側になって項を噛んでもらう。

 昴は優しいから、ずっとこのままでも問題無いと言ってくれるが、俺がもっと昴を縛りたくて……。そして、昴に縛られたい。

 別れてしまう事への恐怖は常にある。

 でも昴となら大丈夫だという確信もある。

 だから今回、俺からそれを提案した。

 最初昴は、俺が何を言っているのか解らなかったのかキョトッとした顔で俺を見ていたが、何秒後かには顔を真っ赤にさせながらそれでも嬉しそうに俺の提案を受け入れてくれた。

 昴も解っているのだ。その提案が俺達の番関係を成せる事だと。

 俺の発情期に合わせ、お互い二週間前から抑制剤を飲む事を止めている。

 そして今日から一週間、休みをもらっているのだ。

 昨日の夜から体が怠く、微熱が続いている。それに異様に昴の匂いに対して敏感に反応してしまう。

 今、昴には買い忘れていた食材なんかを買いに行ってもらっていて、俺は自宅で一人昴の帰りを待っているところなんだが……。

 部屋の中を歩いていると、箇所箇所で堪らなく良い匂いに引き寄せられて、それを寝室のベッドへ持って行くっていう行為が止められないでいる。

 主に良い匂いがしたところは、昴が使っているクローゼットと洗濯籠の中だ。

 クローゼットはずっとそこにいたいほど昴の匂いが漂っていたが、より強く昴の匂いが付いた衣類だけ厳選してベッドの上に放り投げる。

 洗濯籠の中にあった昴のものは全部寝室に持って来て、今日の朝まで昴が着ていた寝間着になっているスウェットを俺が着る。

 ベッドの上は昴の服や下着だらけだが、欲を言えばもう少し欲しい。

 俺は再びクローゼットに行くと、今度は引き出しに畳んでしまってある昴の洋服や下着をスンスンと嗅いで、厳選しベッドへ持って行く。

 ある程度ベッドの上に衣類が山になっているのを見ると、俺はニッコリと口を歪めてそこから綺麗に自分が収まるスペースを作っていく。

 ここに壁をコレで作って……、その上にこの服を飾るだろ?アレ……さっきの下着……。あ、あった。コレをこっちに持ってきて、俺がこう寝るからこの服とこの下着は良い匂いだから下に敷こう。

 自分の足元から始めて、みるみるうちに自分が昴の服や下着に埋もれていく。そうする事で自分のαに包まれている多幸感に体の力が抜け、ずっとこの中に埋もれていたいと思ってしまう。

 「帰ったよ~」

 玄関から昴の声。だけど俺は今ここから出る事が出来ないんだ。悪いな。

 パタパタと廊下を歩いてキッチンに行く足音、しばらくして冷蔵庫の開閉音がして

 「洋介君~?」

 いつまで経っても顔を出さない俺を心配したのか、昴が俺の名前を呼びながら寝室に近付いて来る。

 ガチャ。

 「洋介君、具合悪……ッ」

 部屋の中に入って来た昴は、ベッドを見て言葉を止めると俺に近付いてベッドの端に腰を下ろす。

 ギシッと鳴った音に続いて、ソッと昴の服が捲られる。

 「洋~介君、あ、見付けた」

 「お帰り……」

 ボソボソと呟いた俺の頬を昴はスリッと指先でなぞって

 「コレ僕が出て行ってから作ったの?」

 「ン……」

 昴はフフッと嬉しそうに笑いながら

 「凄く素敵な巣が出来てるね。僕も入れて欲しいな」

 「………………、上手く出来てるか?」

 褒めてもらったが、まだ不安が強い。なんせ人生で初めて作った巣だ。

 「勿論!世界一素敵な巣を作ってくれてありがとう」

 そう言った昴の顔が見たくて、オズオズと視線を上げれば、本当に心の底から言っている嬉しそうな顔があって、俺は安堵と褒められた嬉しさに一度昴の服で顔を隠す。

 「あッ、隠れないでよ~。ね、僕もこの巣の中に入れてよ?」

 「………………。しょうがねぇな……」

 昴に強請られ、俺は腕を持ち上げて昴が入ってこれるスペースを開けると

 「ヤッタ、お邪魔します」

 嬉しそうにイソイソと俺の隣に入って来た昴は、俺を正面からギュッと抱き締めてチュッと音を出して軽くキスする。

 たったそれだけの事なのに、昴の衣類と抱き締められた昴から良い匂いが香って、俺の孔からトロリと体液が漏れ出る感触。

 通常Ωは発情期の度に、受け入れやすいように自発的に孔が濡れるように出来ている。だがそれも抑制剤を飲んでいれば濡れない。

 俺は抑制剤を飲んでいれば濡れた事は無い。まぁ、それも個人差はあるようだが……。

 俺は今まで抑制剤を飲んで相手を抱いていたから、これもまた初めての経験だ。

 「もっとしろ……」

 「………、もっとしたら止められなくなるけど、良い?」

 「……今が良い……」

 呟いた直後に昴の舌が俺の唇を舐めて、俺はゆっくりと口を開ける。

 オズオズと侵入してきた舌を迎え入れ、絡める。しばらくお互いの舌を絡ませて遊び、昴の好きな上顎を舌先で愛撫すると、堪らずといった感じで鼻から喘ぎが漏れ出る。

 最初はキスで息も出来なかった奴が……。

 昔の事を思い出し、キスの合間にフフと笑うと

 「何?何か面白かった?」

 「なんでもねぇ……」

 言い終わり再び昴の唇を吸うと、スススと両手を服の中へ潜り込ませプクッと出ている乳首に指先を這わせる。

 「ン……ぁ……ッ」

 俺が肌を触った瞬間、昴のフェロモンが濃くなり、ブルッと自分の項が粟立つ。それと同時に孔からもまたツッと体液が溢れる感覚。

 「気持ち良いなぁ、昴……?」

 「ふぅ……、ンッ」

 ピンピンと中指の腹で両乳首を弾いていると、無意識に昴が俺の脚に勃ち上がったモノを擦り付けてくる。

 しばらくお互いの気分が高まるまで、じっくりと愛撫を続けていたが、堪らなくなった昴が俺のモノをスウェット越しに掴んできたので

 「ん?堪んない?……ッ、舐めてやるからコッチ……」

 衣類に埋もれていた昴と一緒に巣から出て、穿いているパンツを下着と一緒にずり下げると、ベッドヘッドを背もたれに昴を座らせ、開いた足の間に自分の体を収める。

 気持ち良さにビクビクと痙攣している逞しいモノは、鈴口から密をトロリと溢れさせているから俺は舌を伸ばして、見せ付けるように先端に舌先をあて、チロチロと鈴口の孔を舌で上下に舐める。

 「ッ……クゥ……ッ、ゥ……」

 いきなり先端の愛撫に、昴は喉を仰け反らせて息を詰める。俺は昴の反応に気を良くしてそのまま舌を鈴口からカリ首へと移動させると、括れた部分や裏筋、そこから上へと舌を走らせ、カリ裏の部分を鈴口にかけて執拗に舌に圧を加えて上下する。

 「ウ、ァ゛ッ……ァ……、ソレヤバい……ッ」

 昴の弱いか所を舌で愛撫していたが、親指と人差し指で輪っかを作り、それにタップリと唾液を絡ませると、指でカリ首をきつく扱きながら、鈴口は舌でチラチラと舐めねぶる。

 唾液のせいで乾くのが早いが、都度舌から唾液を垂らして射精感を促していると、昴の腹筋がブルブルと小刻みに痙攣し始めるから、限界が近いのかと追い上げるように手の動きを早くすると

 「ア゛ッ……、ハ、ァ……ッ」

 堪らないといった感じで喘ぎが聞こえてくる。このまま俺の口に出せよと昴の方へ視線を上げると、眉間に皺を寄せた雄の顔がそこにあって俺はドキリとする。

 すると昴はもたれていたベッドヘッドから上半身を離し、俺に覆い被さるような態勢になるとスッとスウェットのパンツと下着の下に手を差し込み、俺の濡れている孔に指を一本確かめるように挿入してくると

 「ア……、お、前ッ……ンンッ」

 「ハ、ァッ……本当、に……濡れてる……ッ」

 クチュリと厭らしい音を立てて、すんなりと昴の指を飲み込む自分に戸惑う。

 昴は入れた指で中を探るように動かすと、大体のあたりをつけたか所で指をクイックイッと上下に動かす。

 「ア゛!?……ッ、~~~~ッ」

 昴の指が触れたか所から、ビリビリと強い快感が広がり、俺は舐めていた先端から舌を外して顔を下に向ける。

 ビクビクと背中が波打つのを見て、昴は俺の背中にキスを一つ落とすと

 「洋介君……、こっちおいで……」

 と、ゆっくりと傷付け無いように指を引き抜き、俺の両脇に手を差し込んでグイッと自分の方へ俺を引き寄せる。

 「お前……イキそうだったのに……」

 近付いてそう呟いた俺の台詞に、昴はフフと笑って

 「勿体無いよ……、それに洋介君の中でイキたいかな?」

 言いながらスリッと自分の頬を俺に擦り寄せて、そのまま唇にキスをする。

 再び深く唇を合わせて唾液を混ぜ合わせ、チュッと唇を離せば名残惜しそうな舌から糸が橋を作っている。

 「服、脱ごっか?」

 楽しそうに俺に呟き、俺が返事をする前にもう服を脱がす為両手が潜り込んできて……、俺は何も言わずに昴のさせたいようにすると、あっという間に俺は全裸になる。

 俺は昴の上から退くとベッドに寝転がり、服を脱いでいく昴をジッと眺めていると

 「何?」

 凝視されているのが恥ずかしいのか、少し苦笑いを浮かべながら聞いてくる昴に俺は

 「お前……、後悔しないか?俺と番になって……」

 ハッキリとこうやって昴に聞いた事は無い。

 ずっと俺の側にいてくれるコイツに甘えて、側にいたのは俺の方だ。

 運命の番。だから離れられないというワケじゃ無い。そんな都市伝説に振り回されずに番関係を築いている奴等は沢山いる。ならば昴だって選べるはずだ。

 俺の台詞に昴は一瞬驚いたような顔を俺に向けて、次いでは柔らかく笑うと

 「僕はずっと、洋介君が良いな」

 変わらない笑顔を向けられて、俺も微笑み返すと

 「そか……」

 呟き終わり、俺は昴を迎える為両手を広げた。



          ◇



 「ぅあ゛ッ……、ア~~~ッ……♡♡」

 「ココ……気持ち良いよね……ッ?」

 昴の指を三本咥え込んでいる俺の内壁は、執拗に気持ち良いと感じるか所を押し潰し、叩き、抉る指の愛撫にビクビクと痙攣し、もっとして欲しいと貪欲にうごめく。

 そのどれもが気持ち良い快感と直結していて、既に二回ほど俺は射精させられている。

 「僕も好きなトコ、だよ……?」

 「ぁ゛~~~、ア゛~~~ッ♡♡♡」

 ………ッ、コイツ、自分が気持ち良いって思う触り方してんのか………ッ?それって、つまり………ッ俺の、触り方だろッ!?

 と、文句の一つでも言いたいが、初めて与えられる快感に、俺の口からは喘ぎしか出てこない。

 「コッチは……どうなのかな?」

 言いながら昴の指がピンッと立ち上がった乳首を捉えると、人差し指をクイッと曲げてカリカリカリッと突き出した突起を爪で引っ掻くように愛撫する。

 「ヒィァッ!………ッア゛、止めッ、~~~♡♡♡止めッ、ろ……ッ」

 乳首の愛撫でジンッと広がる快感が堪らなくて、それと連動して内壁も締め付けてしまう。そうすれば中に入っている昴の指をリアルに感じ、また中で快感を拾って抜け出せない。

 「んウゥ゛~~ッ、……は、ァ゛ッ、イ゛グッ!♡♡♡」

 堪えられずに大きくビクンッと跳ねて、俺は射精せずにイッてしまう。

 こんな………ッ、無理だ……。

 中でイク感覚は長く、余韻にはぁッ、はぁッ、と荒い息をしていると、昴がクルリと俺の体を回転させ両手で腰をガッシリと掴み自分の方へと引き寄せる。

 引き寄せられると必然的に俺の腰だけ高くなるワケで……。

 俺は昴が何をしようとしてるのかが解り、首を後ろへ向けて止めようと口を開く。

 「オイッ……今、イッたばっ……ッ~~~がァ♡♡♡」

 俺の制止を聞かず昴は自分の怒張を一気に俺の中へと侵入させた。

 俺は背筋をしならせ、顎を上げて強烈な快感に全身をガクガクと震えさせる。

 目の前でチカチカと星が飛び交い、息も上手く吸えずにハクハクと空気を食んでいると、内壁に絞られた昴のモノが堪らずといった感じで前後に動き始める。

 「ア゛ッ、また……、イ゛グッ♡♡イ゛グゥ~~~ッ♡♡♡」

 ただ律動されただけで、俺は再び中でイッてしまうと、唇から溢れ出した唾液を拭えないほど前後不覚になる。

 「あ~~~、洋介……ッ、洋介、凄い、ね………ッフェロモンが……ッ」

 昴も俺と同じなのか、うわ言のように俺の名前を呟き、夢中で腰を振っている。

 俺が無意識にフェロモンを出しているように、昴からも強烈なフェロモンが振り撒かれ、俺の脳は快感に焼き切れそうだ。

 「昴ッ♡♡♡、子宮に……精子、欲し………ッ♡♡」

 俺は昴のフェロモンで、本能のままにうわ言を呟く。

 パンッ、パンッと穿っていた音が、徐々にバツンッ、バツンッと重くなる頃に

 「はぁ~ッ、洋介♡………ッ俺の、Ω………ッ洋介♡」

 昴が呟きながら後ろから俺をギュッときつく抱き締めてくる。そうしてそのままグイッと俺を自分の方へと抱き寄せるから、俺は昴の上に後ろから乗るような形になって……。

 「グァッ♡深ぁ~~ッ、♡♡♡」

 俺の体重で最後まで入っていなかった昴のモノが、グポンッと根本で瘤のように膨らんだ亀頭球を飲み込む。

 最後まで入った昴のモノは、下りてきた俺の子宮口とチュッ、チュッとキスをするように小刻みにトントンと動かされ、俺は抱き締められている昴の腕に爪を立てた。

 「ギィ、~~~♡♡♡ダ、メ……ッコレ゛……♡♡頭、~~~♡馬鹿……な゛るッ♡♡」

 「はぁッ♡、洋介……噛みたい……、僕だけの……♡に、したい……♡♡」

 耳元で囁かれる昴の台詞に、俺はキュウゥッと胸が締め付けられ

 「噛めよッ♡……、お前の、に♡♡しろぉッ♡~~~ッ♡♡♡」

 俺が言い終わらないうちに、昴は俺の項に歯を立てると興奮した衝動のままガブリッと噛み付く。

 途端にビリビリと頭から爪先まで全身に電流が流れ、次いでは俺と昴のフェロモンが混ざり合うような不思議な感覚を体感する。

 「~~~~~ッッ♡♡♡!」

 俺はその不思議な感覚に呑まれながら、プシャッと自分のモノから潮を噴いてしまう。

 「ア゛ッ、クッ……、イクッ、イ゛クッ、~~~♡♡♡」

 昴も同じ感覚だったのか、今一度俺をキツく抱き締めて俺の中で射精している。

 俺は子宮に精子を注がれる快感に、再び中でイッていると、ゆっくりと昴が俺を抱き締めたまま、またバックの態勢に戻り射精しながらグッ、グッと押し付けるようにモノを穿つ。

 「ア゛~~~♡、ァ……ッ♡♡♡」

 αの射精は長い。抑制剤を飲んでいればβの射精と変わらないが、飲んでいなければ十分から三十分ほど射精し続ける。

 亀頭球がある為、腰を振る事は出来ないが押し付けるように奥を捏ねられ、ドクドクと精子を注がれれば嫌でも感じてしまう。

 だが俺は初めての快感に体が悲鳴を上げ、昴が射精している時に意識を飛ばしてしまった……。



          ◇


 目が覚めれば、外はまだ明るい。

 俺の肩を抱いている感覚に、隣で昴も寝ているのが解る。

 俺は寝返りを打って昴の方へ向くと、スヨスヨと寝息を立てている顔とぶつかる。

 いつの間にか掛け布団がかけてあって、少しだけそれを捲ればベッドの上には昴の衣類が散乱したままにしてある。

 その上で俺達は寝ていて、俺はクスリと笑う。

 きっと俺が初めて作った巣だから、そのまま残してくれているのだ。

 そうして俺は項に指先を恐る恐るあてると、滑らかな肌にデコボコの感触。

 ………………。昴とこれで番になれたのか。

 急激にその事実が俺に降ってきて、俺の目から涙が溢れる。

 これで昴は俺の唯一になった。

 これで俺も昴の唯一になれた。

 俺が諦めてきたもの。手に出来なかったもの。手から零れ落ちてきたもの。

 それが、手に入ったのだ。

 静かに泣いていたのに、向かい合った昴はパチリと目を開けて

 「何、……泣いてるの?」

 言いながら俺の肩を抱いていた手を自分の方へと寄せて

 「嬉し涙?」

 フフと笑いながら、俺の額にキスを落とす。

 「………、そうだな……」

 番関係になったからか、優しく、柔らかく、温かい感情が俺を包み込んでいく感覚に、また俺は少し泣いた。





おしまい。


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感想 1

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みんなの感想(1件)

周回魚
2022.11.03 周回魚

ハッピーエンド!!良かったーε-(´∀`;)ホッ2人ともお幸せに!!

2022.11.03 庵慈莉仁

ご感想ありがとうございます♡
ホッとして頂けて良かったです!(笑)

解除

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