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第二章 冒険する公爵令嬢

幕間 02

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 やがて宮中に龍が死んだとの報告が届く。
 呪いをかけた相手が死んで、ラウルスを蝕む呪いも解けるかに思えた。

 しかし、その時にはすでにラウルスは。


 龍の呪いに聖女の力は役に立たなかった。いや、もしかすると効果はあったのかもしれない。
 しかしラウルスの傍らにはジョゼフィナがいたために進行は止まらなかった。

 普段こそお互いの職務をこなすばかりでプライベートで顔を合わせることの少なかった二人であるが、即位式以後ジョゼフィナは頻繁にラウルスの元へ訪ねてくるようになっていた。

 それについてラウルスは特に何も言及せず、ただ好きなようにさせていた。
 それ自体が己の命を蝕むと知っていたにも関わらずだ。


 龍討伐の報せの数日もせずにラウルスは眠るように命を終えた。




 そして目が覚めると、ラウルスは10歳の体に戻っていた。
 低い目線に、幼く未成熟な体。本来いるはずの使用人も存在せず、ラウルスはただ一人で自室で眠っていた。
 この頃のラウルスには、それが普通だったのだ。

「お目覚めですか、皇帝陛下」
「これは貴様の仕業か。ファトゥム」
「いいえ。陛下に起きたことは全て初代皇帝のご意向でしょう」

 ラウルスが状況を把握している間に、図ったようにファトゥム公爵がラウルスを訪ねてやって来た。
 この時代、ファトゥム公爵とラウルスの間に親交はなかったはず、と考えてラウルスは気がつく。

「ならば何故このタイミングで俺に会いに来た」
「私ではなく、娘のカルミアの意思であります。我が家門の血統魔術を持ってして娘が未来予知をいたしました故、こうしてやって来たのです。皇帝陛下」
「ふん、カルミアか」

 ラウルスの皇妃であった令嬢である。
 ファトゥム公爵家には時折、カルミアのような未来予知の能力を継ぐ娘が産まれる。
 だからこそラウルスは皇帝になってからカルミアを皇妃として娶り、その力をすぐ側に置いた。

「娘に云はく、陛下は龍に呪われお亡くなりになったと」
「事実だ。カルミアはどこまで視た」
「恐らく全てでございます。一つ一つお話ししましょう」
「まず一つだけ先に聞かせろ。俺の亡き後、ジョゼフィナはどうなった」

 ファトゥム公爵の表情が曇る。
 その表情だけで、かつての妻の行く末をラウルスは半ば察した。

「陛下を暗殺したと、次代のロウタス皇帝陛下とその伴侶たるラブリ皇后陛下に処刑されました」

 ラウルスは目を閉じた。
 思い返してみてもあの聖女とジョゼフィナは相性が悪かった。
 ジョゼフィナへ敵愾心むきだしの聖女に対して、そんな聖女へ個人としてジョゼフィナは欠片の興味も抱いていない様子だった。

 聖女を敵に回し、皇帝に先立たれた前皇后。
 弟もさぞや扱いに困ったに違いない。困ったついでに、処刑してしまおうと考えても不思議ではない。

 あの母して、その子ありというものだ。


 ひとまずラウルスはファトゥム公爵から出来る限りの自分の死後の話を聞いた。
 龍は討たれたが自分は死んで、あとを追うようにジョゼフィナは処刑された。

「ジョゼフィナが俺を暗殺だと! ハッ! あれは書物と午後のティータイムに甘味さえあれば満足しているような女だぞ!」
「それについては陛下の方がお詳しいでしょうな。ジョゼフィナ様の血統魔術についての問題でありますから」
「……チッ、誰かが気付いたか。もしくは気づいて指摘の機会を窺っていたか、……」

 己の失策に今さらながら気がついてラウルスは舌打ちをする。
 しかし、ラウルスの呪いの進行とジョゼフィナの血統魔術について知れる者は限られている。
 血統魔術は家族と伴侶、それから教会以外には秘匿するのが常識である。

 ならば、あの異世界からの聖女か、あるいはロベリン公爵家の誰かが告発したのだろう。

 それに加えてだ。龍の呪いがジョゼフィナの血統魔術を利用したものであるなら龍もまたジョゼフィナの血統魔術について知っていたことになる。


「報告ご苦労。貴様は領地に戻り普段通りの生活を続けよ。……今の状態で皇后に目を付けられるのは些か面倒だ」
「承知いたしました。何かあればいつでもお呼びください、皇帝陛下」

 礼をして、ファトゥム公爵が去っていく。


 すでに母である皇妃を亡くしたラウルスは立場の弱い皇太子だ。
 ひとまずは今の己に出来ることをとファトゥム公爵を通して、即位式に現れた龍についての情報を集めていった。

 そして辿り着いたのは、バルトロッツィ侯爵家に使用人の娘として暮らしているジンジャー・ロウの存在だった。

 ジウロン国の血を引き、未来でバジル・バルトロッツィと婚約していた女騎士である。
 そしてジョゼフィナの護衛を勤めていた時期もあった。
 皇后の護衛騎士は数多くいたが、それほどの距離にいたならジョゼフィナの血統魔術について気づいていても不思議ではない。
 さらにいうなら魔力の多さを誇るジウロンの民の血を引いているのだ。
 騎士であれ魔術も並以上に使えてもおかしくなかった。

 あのジウロン国の血を引くのだから、龍となっても……などは流石に考え過ぎか。


「明日か」

 そんな風に日々を過ごすうちアカデミーの入学が翌日に迫っていた。
 皇族の伝統だとかで明日までラウルスはジョゼフィナと会ってはいけないことになっていた。
 その何故あるのかも分からない伝統が明日で効力を失う。

 ファトゥム公爵からの報告でジョゼフィナがバルトロッツィ領を訪ねていたことも知っていた。

(ならばジョゼフィナも、俺と同じなのだろう)


 何となく顔を合わすのを楽しみにしていると、入学式を迎えればジョゼフィナが姿を消したとロベリン公爵家から報せがあった。

「タイム・バルトロッツィはどこだ」
「へ、あ、あの皇太子殿下……? その者がいったい……」
「チッ、もういい。自分で探す」

 報せを持って来た侍従に問い質せば、困惑だけが返ってくる。
 逆行を経験していない他の者にラウルスの望みを理解できるはずもないのだが、苛立ちながらラウルスは自ら騎士科の教室へと向かっていった。

「タイム・バルトロッツィ! 貴様に命令をくれてやろう」
「えっ、あ? あの、皇太子殿下???」
「ジョゼフィナを追え。ついでに安否の確認と護衛もだ」

 騎士科の教室で阿保ヅラをしていたタイムの首根っこを掴み、人気のないところへ行くとそう命令を下したのだった。
 タイムであるならラウルスの命令に過分なく答えてくれると長年の経験から知っていたからだ。


 もちろんそれは、逆行する前の未来での話だが。

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