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第一章 逆行した公爵令嬢
改めまして、宣言
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真夜中。窓を叩く音がした。
「私です、皇后陛下」
カーテンを開くと、夜闇に紛れるためにか黒く動きやすそうな服を着たジンジャーが窓の外に浮かんでいた。
その手には魔術を補助する杖も道具も何も握られていない。
ジウロンの民の魔力が多いことは知っていたけどここまでとは驚きである。
ジンジャーを部屋に招き入れて、ソファーへと座る。向かいのソファーに座るかと思いきや、ジンジャーは私の前に再び跪いた。
驚きである。
「それで、先程の話の続きをしていただけるのでしょうね?」
「はい、皇后陛下。もちろんです。少し……長い話にはなりますが、まず第一に皇后陛下はジウロンの民の龍の血を引く、という話の真偽を知りたいのですか?」
「そう、わたくしはその龍の血を引くという点が聞きたいの」
ジンジャーの問いかけに頷く。
「ジウロンの民が龍の血を引くというのは事実です」
思ったよりもあっさりとジンジャーは真実を話した。
その潔さにまた驚いてジンジャーの言葉の続きを促す。
「証拠はあるのかしら。貴女の言葉が真実であるという」
「ジウロンの民は王族でなくとも魔力の多い者が多くいます、それはひとえに地上の最強種である龍の血を引くからで間違いありません」
「それだけでは証拠には不十分ですけれど……まあ今は良しとしますわ」
少数民族であれば必然的に血が濃くなるだろうし身分の差による魔力量の差など当てにならない。
私はソファーから立ち上がり、ジンジャーの前に向かい合う。
つまりジンジャーと同じように床に膝をついたのだ。
ジンジャーの赤い瞳が丸く見開かれた。
「こ、皇后陛下……!!? 何を」
「まだ隠していることがあるだろ、お前。私もお前も逆行したという時点で同じ立場なんだ、この際腹を割って話し合おう」
「なっ──!』
「夫人も知らない事実をなぜお前は知ってるの? ああ、それとバジルに未来のことを話せない訳も聞いておこうかな、ジンジャー」
ジンジャーの瞳が私の顔を写して、微かに揺れた。
形だけの忠誠なんていらない。
私が欲しいのは、信頼とまではいかなくても信用のおける相手だ。
出来るのなら利害の一致した相手であって欲しいとも思う。
だってジンジャーは同じ逆行者で未来を知る油断ならない相手だもの。
「……バジルに話せないのは、未来で彼が死んでしまうからです」
半ば予想していた内容だった。
「……即位式の日。私とバジルは共にあの場にいました。騎士は前衛として戦い宮廷魔術師となっていたバジルは他と同じく皇后陛下と、皇帝を守るために魔術の行使をしているはずでした……しかしバジルは、バジルは……気がつけば龍の目の前に、そのままどこからか飛んできた魔弾に撃ち抜かれて、……」
「ラウルスのいっていた彼は、バジルのことだったのか」
ラウルスが一介の宮廷魔術師の名を覚えていたのも母が同じ出身だとすれば、割と辻褄が合うのではなかろうか。
そのとき、勢いよく肩を掴まれた。
「皇帝がッ! 皇帝がバジルの名を言っていたのですかッ!? なんて、奴はバジルのことをなんと言っていったのですかッ!!」
「い、いや。私はただ名前を呟いていたのを聞いていただけ、で、もしかしたら違うかも……。どうしてそこまでそんなことを知りたがるの?」
ジンジャーの様子は尋常ではない。
皇后でしかなかった私には敬称と敬語を続けるくせに、皇帝を相手にして“奴”?
指摘されて落ち着きを取り戻したようでジンジャーは私の肩から手を離した。
「私は、奴こそが諸悪の根源であると信じています」
「それはまた、極端な」
「いいえ。絶対にそうです、だって、私は見たんです。ジウロン国が滅んだあの日……私の母上を殺した皇帝ラウルスを……!!」
あれだけ真っ直ぐだった瞳から光を失ったジンジャーは顔を青ざめさせながら言った。
それはあり得ないことだと、今のジンジャーに告げても意味はないだろう。
冷静に考えずとも、常識的に考えても不可能なことすら、”そうだ“と思い込んでいる。
ほんの少し言葉を交わしただけだがあまりに異様な思い込みように、それが洗脳の痕跡なのだと察せられた。
「ジンジャー。それで、お前が夫人も知らない事実を知っていた理由は?」
「あ……はい、私はジウロン国の王族の生き残りです。ジウロン国が滅びた日、王女であった母がまだ幼い私を連れて生き延びました」
「えぇ……、その生き残りがどうしてバルトロッツィ家の使用人に?」
王族が生き延びたのなら追手があっただろうし、隠れて暮らしていたんじゃないのだろうか。
「1年前に母上が亡くなったんです。……人が暮らすには向かない魔物の巣の近くで暮らしていたので……生活のために魔力を使いすぎたことによる魔力欠乏が死因でした」
「そう……お悔やみ申し上げておくよ」
「いえ、母上が亡くなって私は路頭に迷い、追手からも魔物からも逃げながらあちこちを転々としました。で、つい先日にバルトロッツィ領の端にある東の森を彷徨っていたのをバジルに拾われたんです」
「なるほどなぁ……」
浮浪者時代のジンジャーを知っていたからあの過保護っぷりというわけだ。
もしかしたら国を滅ぼした追手がいるかもしれないというだけでも恐怖だろうに、それを魔物の巣を彷徨って1年も生き延びるだなんて。
よほど運がいいのか。そういう生き残るだけの才能があるのだろう。
「今、話せることは全て話しました。まだ、話すべきなのか判断の出来ていないこともあります。ですが皇后陛下、私にも質問の許可をいただきたいのです」
「もちろん、いいよ。ジンジャーは私の聞いたことにはちゃんと答えてくれたじゃんか」
ジンジャーの頭が一段と深く下げられる。
「私と同じく逆行者であり、ジウロンについて調べる貴女の目的をお聞きしたいのです」
「皇后にならないために公爵家から逃げ出すこと! ジウロン国について調べてたのは完全にただの興味ね」
答えはとっくに決まっていた。
ジンジャーへ溢れんばかりの笑顔を向けて宣言する。
「ま、ちょ~~っと、即位式の龍についても気になっているけど、そこまで深い意味はないよ」
ついでに付け加えて、ジンジャーの様子を窺えばきょとんと目を丸くしていて、ついつい吹き出してしまった。
ジンジャーへウインクをする。
「だからジンジャー、私のことを皇后陛下だなんて呼ばないで。ついでに敬語もやめてよね?」
第一章 逆行した公爵令嬢 完
「私です、皇后陛下」
カーテンを開くと、夜闇に紛れるためにか黒く動きやすそうな服を着たジンジャーが窓の外に浮かんでいた。
その手には魔術を補助する杖も道具も何も握られていない。
ジウロンの民の魔力が多いことは知っていたけどここまでとは驚きである。
ジンジャーを部屋に招き入れて、ソファーへと座る。向かいのソファーに座るかと思いきや、ジンジャーは私の前に再び跪いた。
驚きである。
「それで、先程の話の続きをしていただけるのでしょうね?」
「はい、皇后陛下。もちろんです。少し……長い話にはなりますが、まず第一に皇后陛下はジウロンの民の龍の血を引く、という話の真偽を知りたいのですか?」
「そう、わたくしはその龍の血を引くという点が聞きたいの」
ジンジャーの問いかけに頷く。
「ジウロンの民が龍の血を引くというのは事実です」
思ったよりもあっさりとジンジャーは真実を話した。
その潔さにまた驚いてジンジャーの言葉の続きを促す。
「証拠はあるのかしら。貴女の言葉が真実であるという」
「ジウロンの民は王族でなくとも魔力の多い者が多くいます、それはひとえに地上の最強種である龍の血を引くからで間違いありません」
「それだけでは証拠には不十分ですけれど……まあ今は良しとしますわ」
少数民族であれば必然的に血が濃くなるだろうし身分の差による魔力量の差など当てにならない。
私はソファーから立ち上がり、ジンジャーの前に向かい合う。
つまりジンジャーと同じように床に膝をついたのだ。
ジンジャーの赤い瞳が丸く見開かれた。
「こ、皇后陛下……!!? 何を」
「まだ隠していることがあるだろ、お前。私もお前も逆行したという時点で同じ立場なんだ、この際腹を割って話し合おう」
「なっ──!』
「夫人も知らない事実をなぜお前は知ってるの? ああ、それとバジルに未来のことを話せない訳も聞いておこうかな、ジンジャー」
ジンジャーの瞳が私の顔を写して、微かに揺れた。
形だけの忠誠なんていらない。
私が欲しいのは、信頼とまではいかなくても信用のおける相手だ。
出来るのなら利害の一致した相手であって欲しいとも思う。
だってジンジャーは同じ逆行者で未来を知る油断ならない相手だもの。
「……バジルに話せないのは、未来で彼が死んでしまうからです」
半ば予想していた内容だった。
「……即位式の日。私とバジルは共にあの場にいました。騎士は前衛として戦い宮廷魔術師となっていたバジルは他と同じく皇后陛下と、皇帝を守るために魔術の行使をしているはずでした……しかしバジルは、バジルは……気がつけば龍の目の前に、そのままどこからか飛んできた魔弾に撃ち抜かれて、……」
「ラウルスのいっていた彼は、バジルのことだったのか」
ラウルスが一介の宮廷魔術師の名を覚えていたのも母が同じ出身だとすれば、割と辻褄が合うのではなかろうか。
そのとき、勢いよく肩を掴まれた。
「皇帝がッ! 皇帝がバジルの名を言っていたのですかッ!? なんて、奴はバジルのことをなんと言っていったのですかッ!!」
「い、いや。私はただ名前を呟いていたのを聞いていただけ、で、もしかしたら違うかも……。どうしてそこまでそんなことを知りたがるの?」
ジンジャーの様子は尋常ではない。
皇后でしかなかった私には敬称と敬語を続けるくせに、皇帝を相手にして“奴”?
指摘されて落ち着きを取り戻したようでジンジャーは私の肩から手を離した。
「私は、奴こそが諸悪の根源であると信じています」
「それはまた、極端な」
「いいえ。絶対にそうです、だって、私は見たんです。ジウロン国が滅んだあの日……私の母上を殺した皇帝ラウルスを……!!」
あれだけ真っ直ぐだった瞳から光を失ったジンジャーは顔を青ざめさせながら言った。
それはあり得ないことだと、今のジンジャーに告げても意味はないだろう。
冷静に考えずとも、常識的に考えても不可能なことすら、”そうだ“と思い込んでいる。
ほんの少し言葉を交わしただけだがあまりに異様な思い込みように、それが洗脳の痕跡なのだと察せられた。
「ジンジャー。それで、お前が夫人も知らない事実を知っていた理由は?」
「あ……はい、私はジウロン国の王族の生き残りです。ジウロン国が滅びた日、王女であった母がまだ幼い私を連れて生き延びました」
「えぇ……、その生き残りがどうしてバルトロッツィ家の使用人に?」
王族が生き延びたのなら追手があっただろうし、隠れて暮らしていたんじゃないのだろうか。
「1年前に母上が亡くなったんです。……人が暮らすには向かない魔物の巣の近くで暮らしていたので……生活のために魔力を使いすぎたことによる魔力欠乏が死因でした」
「そう……お悔やみ申し上げておくよ」
「いえ、母上が亡くなって私は路頭に迷い、追手からも魔物からも逃げながらあちこちを転々としました。で、つい先日にバルトロッツィ領の端にある東の森を彷徨っていたのをバジルに拾われたんです」
「なるほどなぁ……」
浮浪者時代のジンジャーを知っていたからあの過保護っぷりというわけだ。
もしかしたら国を滅ぼした追手がいるかもしれないというだけでも恐怖だろうに、それを魔物の巣を彷徨って1年も生き延びるだなんて。
よほど運がいいのか。そういう生き残るだけの才能があるのだろう。
「今、話せることは全て話しました。まだ、話すべきなのか判断の出来ていないこともあります。ですが皇后陛下、私にも質問の許可をいただきたいのです」
「もちろん、いいよ。ジンジャーは私の聞いたことにはちゃんと答えてくれたじゃんか」
ジンジャーの頭が一段と深く下げられる。
「私と同じく逆行者であり、ジウロンについて調べる貴女の目的をお聞きしたいのです」
「皇后にならないために公爵家から逃げ出すこと! ジウロン国について調べてたのは完全にただの興味ね」
答えはとっくに決まっていた。
ジンジャーへ溢れんばかりの笑顔を向けて宣言する。
「ま、ちょ~~っと、即位式の龍についても気になっているけど、そこまで深い意味はないよ」
ついでに付け加えて、ジンジャーの様子を窺えばきょとんと目を丸くしていて、ついつい吹き出してしまった。
ジンジャーへウインクをする。
「だからジンジャー、私のことを皇后陛下だなんて呼ばないで。ついでに敬語もやめてよね?」
第一章 逆行した公爵令嬢 完
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