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第一章 逆行した公爵令嬢

バルトロッツィ領にて

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 数日ほどバルトロッツィ家に泊めてもらえることになった。
 バルトロッツィ夫人から聞いた話には、ただただ呆然とするしか出来なかった。

 はるか東方に大陸を分断する形でそびえる天元山の高原にジウロン国は存在していた。
 ジウロン国は魔晶石の数少ない産出国の一つであったそうだ。
 魔晶石は自然界に存在する魔力が長い年月をかけて結晶化したもので、魔物たちの心臓とも言われる。
 魔術師の杖や騎士の盾、城壁にも加工されて帝国でも幅広く利用されている。
 多くの場合、魔晶石を欲しければ魔物を倒せばいい。しかしごく稀に魔物を狩らずに魔晶石が作られる地形が存在する。
 恐らくそれは自然の魔力溜まりといえる場所で、よほど厳しい条件をクリアしなければ存在し得ない奇跡とも言える場所だった。

 だからジウロン国は滅んだのだという。
 隣国に攻め込まれた。
 王族は行方知らずに捕らえられたジウロンの民はその珍しい黒髪と生まれ持つ魔力の多さから鑑賞物や労働力として大陸中で広く取引された……。
 つまりバルトロッツィ夫人も、かつて奴隷であったのだ。
 それは恐らく、皇妃様もだ。

 いや、こんな重い話を聞きたくて来たわけちゃうねん……!

「ジョゼフィナ様。わたくしの息子たちですわ、生憎夫は急用から席を外しておりますがジョゼフィナ様がしばらく留まる旨は伝えておりますのでご寛ぎくださいね」
「バルトロッツィ侯爵家長男のカモミールと申します。こっちは次男のタイムと末の弟のバジルです」
「はじめまして」
「お会いできて光栄です。ジョゼフィナ様」
「……はじめまして」

 夕食の席で夫人の息子たちと顔を合わせた。次男のタイム以外は金髪だ。
 前世の常識だと黒髪の方が遺伝しやすいとい 聞いたけど、この世界だと違うのかもしれない。
 長男と次男は髪の色を除けば、ほとんど同じ顔立ちをしていて聞いてみると2人は双子なのだそうだ。
 なるほどなぁ。

「ご歓談のところ失礼します。夫人、ひとつ聞きたいのですが、侯爵の急用というのはもしや東の森が関係していますか?」
「何故それを……?」
「いえ、ここに来るまでにいくつかの兆候を見かけまして、もしやと。俺は騎士です、この国を守るのが仕事だ。この剣が必要ならばいつでも力を貸すと、バルトロッツィ侯爵にお伝えください」
「……かしこまりました。ドラモンド卿の言葉を主人にお伝えします」

 珍しく真剣な表情でドラモンド卿が口を開いた。
 それまでの軽い雰囲気とは異なる様子に思わず目を丸くする。
 それを同じく真剣な様子で受け入れる夫人にもだ。

 ここに来るまでに兆候……?
 ドラモンド卿が鬱陶しくて馬車に篭っていたこともあるけど、道中で何か異変があったならすぐに気がつけそうなものなのに。
 私が気づかないようなごく些細な、兆候だったのだろうか。

「ドラモンド卿。東の森でなにが起きているのですか」

 客室に戻るまえ、ドラモンド卿へ声をかけた。
 しかしドラモンド卿は眉を片方だけ上げて皮肉げに笑うだけだ。

「ロベリン公爵家のご息女には少々刺激が強すぎるかと。大人しく客室で読書か刺繍でもなさって優雅にお過ごしくださいませ、ジョゼフィナお嬢様」

 形だけは恭しく一礼しての一言。
 お前の口はそんなことしか言えないのかと、血が頭に昇る。

 もしもこの地で不穏なことが起きようとしているのなら、私にだって無関係とは言えないだろう。
 何も知らず巻き込まれるのはもうゴメンだ。

「そうですか。ならばそうさせて頂きますわ。ごきげんよう、ドラモンド卿」

 あくまで飄々とするドラモンド卿を睨みながらその場を去る。
 ドラモンド卿はどうやら私に何が起きているのかを知らせる気はないようで、ならば私にも考えがある。

 客室に戻り、一人がけのソファーに腰掛ける。
 白いハンカチを折り畳んで鳥の形を作って窓辺に置いた。
 家から持ってきた刺繍セットを取り出して言われた通りに刺繍を始める。

 魔力が針から糸に通じ、刺繍自体に馴染んでいく。


 窓辺の鳥が動き出して、外へと飛んでいく。
 目だけ同期させ、手元では刺繍を続ける。
 これは元々貴婦人が刺繍をしながら子を見守りたいと編み出した魔術だ。
 性質上何かをしながら、別のものを監視するのに最適な魔術になっている。

 屋敷の真上をグルグルと飛んでいると日が沈んでいき、夜の暗がりに紛れて屋敷を出て行くドラモンド卿の姿を捉えた。

 目だけ同期させた鳥でその背を追う。
 ドラモンド卿は屋敷を出て、馬を駆け東へとどんどんと向かって行く。
 この先には国境の森があるはずだ。

 森に何かあるのだろうか。ドラモンド卿を抜かして、鳥を森の方へと飛ばしていく。


 そこで私は森の木々の隙間を蠢く魔物の群れを見た。
 暗闇の中に魔物の赤い目が数え切れないほど浮かび上がっている。

──スタンピードだ!
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