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Session03-08 会見
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案内されたのは、幔幕で覆われた陣所であった。そこには陽森人族が得物を持って固めており、”緑肌”であろうと、翠葉の国の騎士であろうと通さぬと物語るようであった。
平塚と共に進むと、和式当世具足の上に羽織りを着込んだ男と、簡素ながらドレスを着込んだ陽森人族の女性が並んで椅子の様なものに腰掛けていた。
平塚が片膝を付き、二人に報告するように声を上げる。
「吉継様、エアリル様。こちら、アイル殿、フィーリィ殿、カイル殿、ラース殿。四名をご案内いたしました。」
「為広、ご苦労だった。……お呼び立てして申し訳ない。私は大谷刑部少輔吉継と申す。刑部と呼んで欲しい。こちらは、エアリル・レム・アミダルス様。薄森の国の第一王女様であらせられる。」
刑部と名乗った男の姿は、端から見ても一角の人物と言えた。闇に溶け込むような黒髪を後ろで束ね、眼差しは鋭く、その瞳に宿る光も強いが、口元は緩く閉じられており、野心や自身の力に頼る所が大きいわけではないことがわかる。見た目から歳を推し量るなら、二十代後半と思われる顔つきであった。その歳にしては、威風堂々という言葉が似合うぐらいに落ち着いてる。
エアリルと紹介された陽森人族の少女の姿は刑部に比べて異様と言えた。髪の半分が太陽を溶かし梳いた様な金髪、そして半分が月を溶かし梳いた様な銀髪が、金糸と銀糸を結いた紐細工の様に三編みにされていた。肌は白磁の如き白さを湛え、篝火に照らされた姿がいっそ儚げに感じられた。
王女と紹介されたため、アイルを始めとする四人は平塚に倣い、片膝をついて敬意を払う。それを見たアリエルがクスリと笑うと共に、口を開いた。
「刑部卿より紹介がありましたが、この場ではアリエルと呼ぶことを許します。アリエルとお呼びください。……因幡守殿、この方々に床几を。」
「ハハッ!そこの二人、床几を五脚持ってまいれ!」
「「ハハッ!」」
平塚の指示で二人の兵士が床几を持ってくる。それを展開し、腰掛けるよう促された。カイルとラースはその造りに興味津々の様子だった。しきりに触って閉じて、開いてと繰り返している。
アイルとフィーリィはさっと座った。それを見た二人は大人気なくはしゃいでいた事を思い返して、罰が悪そうに座った。
「お二方は、ご興味がおありかな?」
「……ああ。こんな簡易椅子は見たことがない。何か特殊な素材を使うわけでもなく、簡単に展開できて、すぐに仕舞う事ができる。野営時にも便利だ。」
「……これは交易神様に捧げられておりますか?」
「はい。我が国の交易神に仕える司祭にて捧げ済みです。それがいかがしましたか?」
「それなら良うございました。私も初めて見た品ですから、最近作られたばかりなのでしょう。……素材としては木と布。模倣は簡単です。捧げられていないという事なら、捧げるよう説得しようと思っておりました。」
カイルはほっと息を吐いた。交易神は、名前の通り交易に携わる神だ。交易をすることも勿論だが、交易の対象になる物品に関する事も取り扱っている。例えば、工芸品の保護だ。これは、発明した品を交易神の司祭を介して、交易神へ捧げることで三年間については、捧げた相手と書面を持って契約を結ばない限り、基本的な小売価格分が売上から司祭を通じて徴収されるのだ。書面を持って契約した場合、仕入れ値が捧げた相手の報酬となるため、神は言うことはない。但し、不平等であったり、強制しての契約だった場合、異議申し立てが可能になっている。その場合、神前裁判を行うことになる。そこで異議が通った場合、神罰が下るという。
「……それはまたご丁寧に。黙っていればあなたの儲けになったのではないかね?」
「刑部卿……私は一介の商人です。ですが、この職業に誇りを持っております。そして、交易神の信徒です。正常な契約による交易を介しての文化の交わり……それを妨げるようなことはいたしません。」
刑部が口元に笑みを浮かべながら、カイルを試すような質問をする。それに対するカイルの答えは、彼の矜持だった。背筋を伸ばし、拳は力まない程度に丸めて太ももの上に置き、刑部の目をしっかりと見ながら、そう口にする。商人として、交易神の信徒として。なによりも、人として。恥じる行いをしないと瞳は物語っていた。
「……カイル殿。そなたの矜持を蔑む様な事を言ってすまなかった。許して欲しい。そなたが信頼できる人であることが理解できた。もしも、交易を希望するのであらば、後程仲介いたそう。……改めて、先程の戦を含めて、宜しければ経緯を教えてはくださらんか?」
刑部は謝罪の言葉を口にした。それだけで、四人は驚きを覚えていた。刑部卿と言われるということは、何かしらの役職、または貴族であろう。そんな立場の者が、試した事に対して自分が悪かったと謝りの言葉を口にし、更には許しを求めたのだ。たったそれだけ。たったそれだけだが、数多いる貴族よりは信頼がおけた。
「改めて、一党”鬼の花嫁”の党主をしております、アイルと申します。こちらは仲間のフィーリィです。俺たちはチョトー平野と近郊にある”迷宮”の”緑肌”を間引く為に来ました。約一週間程ですが、一群を複数狩っております。川向うでも良かったのですが、”迷宮”自体はこちらにあるため、足を伸ばしたという所です。今回の戦については、こちらのカイル殿達に支援の要請を受けたため、参加いたしました。」
「……成程、成程。オークやゴブリン共を狩っていらしたというわけですな。……カイル殿らのお話をお聞かせいただけますかな?」
「私は商人として、奴隷を扱っております。先程戦ったザスコ子爵の領地の街で、奴隷を購入いたしました。その際に私の金の使い方と、この街の商人でないということで、奴隷や金を巻き上げようと狙われたものと思っております。正式に手続きを行い街を出ると、少ししたらザスコ子爵軍が街を出て同じ進路を取ったため、撒くために馬車を走らせました。しかし、撒くことができなかったため、丁度出会ったアイル殿ら”鬼の花嫁”に援護を要請し、戦となった次第です。」
「……ふむ。カイル殿、少しお伺いしたいのだが……”只の奴隷”であれば、狙われる事はなかったのではないか?」
刑部の質問に、カイルは言葉を詰まらせた。先程まで力を込めていなかった拳が、固く握られ、視線は刑部に見られないように少し下を向いていた。口は固く閉じられ、何を言うべきか迷っているようであった。
「……カイル。刑部卿とアイルなら大丈夫だ。……誇れることなんだ。言ってやれ。」
腕を組み、瞑目しながら話を聞いていたラースが、隣にいる年来の友人にそう声をかける。カイルは、その言葉を受けて、反射的に顔を友に向ける。今まで瞑っていた目を開き、ただ一度しっかりと頷いてみせる。それを受けたカイルは、応えるように力強く頷いて返した。強く握られていた手から力は抜け、下がっていた視線を戻し、刑部の目をしっかりと見つめた。
「今回、私が買い漁った奴隷は、二十年前、チョトー近郊にて、紅葉の国と翠葉の国で起こった戦にて”乱取り”された者達です。私とラースも、当時乱取りに遭い、奴隷として他国へ売られました……ラースは剣闘奴隷、私は奴隷商の下で働く奴隷として。今、こうしておりますように私とラースは運良く才があり、二十年という年月はかかりましたが、奴隷から開放され、ラースは冒険者、私は独立した商人となれました。私とラースは何とかなりましたが、他の者達がどうかはわかりませんでした。なので、私とラースにて奴隷となってる者達を買い戻し、故郷となるチョトー地方の近くにて暮らそうと考えておりました。」
「……お二人は、いくつなのかね?」
「三十五になります。私達と同い年生まれの者でそれです。その親の代となれば、五十五や、六十……生きていればですが。三十五でも、労働奴隷と考えれば、正直、戦力外になり始める頃です。そんな奴隷を、しかも子どもも居れば纏めて買い付ける。……金蔓と思われて仕方ないでしょう。」
「……少し、発言を宜しいでしょうか。」
「……フィーリィ殿だったな。かまわんよ。」
カイルとラースの出自が明かされた。それはアイルとフィーリィにとって青天の霹靂と言える内容だった。だが、それ故にフィーリィは発言をしなければならないと考えた。アイルへ顔を向け、自身の首に巻かれたチョーカーをなぞった後、目をしっかりと見て頷いて見せた。アイルは始め、首を傾げていたがチョーカーをなぞるのを見て、驚きを顔に表す。そして、真剣な眼差しでフィーリィの目をしっかりと見つめた上で、自身の右手の甲を手袋の上からなぞって見せた後、しっかりと頷いて見せる。
「……先程、アイルから私達の目的が間引きであると説明いたしました。それは一面の説明でしかありません。私達の本当の目的は、チョトー周辺の”迷宮”指定地域の解放のための下調べです。カイルさん、ラースさんが秘めてるであろう望みとも合致すると思います。そして、エアリル様と刑部卿の望みにも合致するかと。」
「……ほぉ?フィーリィ殿の言う望みとは何かな?」
「この度の戦ですが、私達は犯罪者に加担をしないために、数が少ないにも関わらず奇襲は避け、誰何を行いました。ですが、刑部卿の軍は問答無用で襲撃を行いました。……そこから考えられる事は、薄森の国と翠森の国は敵対関係にあるのではないかと。」
「……続けなさい。」
「続けさせていただきます。私も暗森人族ではありますが、森人族の習性は存じております。落ち着くべき森を見つけ、そこに落ち着く。それが薄森の国であるならば、その森を出ることはまずありません。で、あれば敵対する理由は翠森の国にあると考えられます。森人族の種族の特徴として、人口が少なくなりがちである事から考えて、正面からぶつかった場合、動員する兵力から考えても、正直勝ち目は少ないでしょう。ですが、ここにその状況を変えられるであろう方法があります。……チョトーの”迷宮”攻略の助力です。」
「チョトーの”迷宮”か。……そなた達の助力をするのではなく、我らで解放し、占拠した方が良くないかね?”迷宮”は様々な素材の宝庫になるとも言うからね。」
「それはあり得ませんね。」
フィーリィは一笑に付した。その反応に刑部は笑みを浮かべながら頷いている。
「”迷宮”を解放するために、どれくらいの損害が出るのか。そして、解放したら翠森の国は奪おうと兵を出すはずです。そして、薄森の国自体の防衛のために兵は残さないといけない。どうしても手に余ります。それなら、私達を介して、紅葉の国のレンネンカンプ辺境伯軍に解放させた方が損害は少なく、何より恩が売れます。紅葉の国の位置から考えると、薄森の国は遠く、攻め取っても維持をするのに苦労する地です。……そうであれば、仮想敵国となるのは翠葉の国。遠交近攻の観点から考えれば、手を組む価値はあるはずです。いかがですか、刑部卿?」
「……うむ。そなたを冒険者にしておくのは惜しいな。どうかね。有能な人材は歓迎するのだが、いかがかな?」
フィーリィの考えは、刑部の琴線に触れたようだった。しきりに頷き、バシッと太ももを叩いている。そして、勧誘の言葉。一介の冒険者であれば望外の展開であろう。
「お誘いはありがたいのですが、私はもう”我が君”と呼ぶ者を決めております。ねぇ、”我が君”?」
フィーリィがニッコリと笑顔を浮かべて、アイルを見た。その慈愛に満ちた目線と笑みで、その気持の向く相手を察した刑部は咳払いをした後、ニッカリと笑ってみせた。
「……そうか、そうか!人それぞれ、色々あるものぞ。そなたが選んだ道を真っ直ぐ進むが良い。……先程の、フィーリィ殿の発言に一つ付け加えさせていただきたい。それを飲めるのであれば、薄森の国はそなたらの”迷宮”解放の援軍となろう。」
刑部はフィーリィに応援の言葉を贈った後、アイルへ向かって真剣な眼差しを向ける。アイルは改めて背筋を伸ばし、両の手を太ももの上に置き直した。そして、刑部の目を見つめながら一度、大きく頷いてみせた。
「……”迷宮”の解放後、紅葉の国、もしくはそなたの手で翠葉の国を奪って貰いたい。勿論、薄森の国として援軍は出す。戦に関しては、私に任せてくれるならば勝ってみせよう。……森人族は契約をすれば、こちらから破る事はない。故に、今この場にて約定を交わして欲しい。……どうかね?」
”国盗り”……。”迷宮”の解放でも、夢物語と言えるのに、更に国を盗れと刑部は言う。アイルは瞑目しながらその言葉を反芻する。
……どちらも夢物語なのだ。……ならば、夢物語が一つでも二つでも、変わらないではないか?
”半端者”がどこまで行けるのか。
右の手の甲をなぞる。首座神よ、ご照覧あれ。
左の手の甲をなぞる。戦女神よ、ご照覧あれ。
アイルは瞑っていた目を見開くと共に、印を隠していた手袋を外し、力強く立ち上がって宣言をする。
「”アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”の名において、大谷刑部少輔吉継卿の申し出を受け、チョトー地方の解放の後、翠葉の国を盗ることを、右手に宿す”首座神”の加護、左手に宿す”戦女神”の加護に誓約する。これは、我が名、我が生命を持って契約するものであり、無効とするには我が死をもってのみ成せるものである。……刑部卿、返答は如何に?」
「”大谷刑部少輔吉継”の名において、”アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”と契約する!」
「”エアリル・レム・アミダルス”の名において、”アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”と契約する!……私は王女ですから。私と刑部卿の二人で契約することで、二人とも安心できるでしょう?」
エアリルが、アイルと刑部に向かって笑ってみせた。今の今まで飾り物であるとでも言うように黙っていた彼女だったが、最後の最後に締める所を見せることで、自身の存在をアピールして見せた。
だが、この中で一番驚いていたのはラースとカイルであっただろう。なにせ、助けを求め、助力してくれた奴が二柱の加護持ちなのだ。ラースは、普段の態度を保とうとしているのだろうが両方の眉が上がり、口元が少しだけ緩んでいた。カイルはもっとあからさまだった。両の手を一度広げた後、胸の前で手を合わせて、首座神、戦女神、交易神の名を口にしていた。それだけ、アイルの存在が異質なのだ。
「……ところで楓。”首座神”と”戦女神”は、”交易神”と”カカ神”とだと、どういう関係になるのか教えてくれまいか?」
「……ふむ、よかろう。」
刑部が女性と思わしき名を呼ぶと、幔幕を巡って顔を隠した女性が入ってくる。一本足の下駄を履き、修験者と呼ばれる者達が着ている衣装を羽織っている。真っ白な惣髪と顔には、鼻を長く延して赤く染めた顔の面をしていた。その、怒っている様な、酒に酔っている様な表情の面を被ったまま、楓と呼ばれた修験者は顔を巡らす。そして、アイルの手の甲を見ると、いささかの音も発さずに、その目の前まで歩み寄った。
「……そなたがアイルか。カカ神様より聞き及んでおる。数奇な運命を持つ者よ。」
平塚と共に進むと、和式当世具足の上に羽織りを着込んだ男と、簡素ながらドレスを着込んだ陽森人族の女性が並んで椅子の様なものに腰掛けていた。
平塚が片膝を付き、二人に報告するように声を上げる。
「吉継様、エアリル様。こちら、アイル殿、フィーリィ殿、カイル殿、ラース殿。四名をご案内いたしました。」
「為広、ご苦労だった。……お呼び立てして申し訳ない。私は大谷刑部少輔吉継と申す。刑部と呼んで欲しい。こちらは、エアリル・レム・アミダルス様。薄森の国の第一王女様であらせられる。」
刑部と名乗った男の姿は、端から見ても一角の人物と言えた。闇に溶け込むような黒髪を後ろで束ね、眼差しは鋭く、その瞳に宿る光も強いが、口元は緩く閉じられており、野心や自身の力に頼る所が大きいわけではないことがわかる。見た目から歳を推し量るなら、二十代後半と思われる顔つきであった。その歳にしては、威風堂々という言葉が似合うぐらいに落ち着いてる。
エアリルと紹介された陽森人族の少女の姿は刑部に比べて異様と言えた。髪の半分が太陽を溶かし梳いた様な金髪、そして半分が月を溶かし梳いた様な銀髪が、金糸と銀糸を結いた紐細工の様に三編みにされていた。肌は白磁の如き白さを湛え、篝火に照らされた姿がいっそ儚げに感じられた。
王女と紹介されたため、アイルを始めとする四人は平塚に倣い、片膝をついて敬意を払う。それを見たアリエルがクスリと笑うと共に、口を開いた。
「刑部卿より紹介がありましたが、この場ではアリエルと呼ぶことを許します。アリエルとお呼びください。……因幡守殿、この方々に床几を。」
「ハハッ!そこの二人、床几を五脚持ってまいれ!」
「「ハハッ!」」
平塚の指示で二人の兵士が床几を持ってくる。それを展開し、腰掛けるよう促された。カイルとラースはその造りに興味津々の様子だった。しきりに触って閉じて、開いてと繰り返している。
アイルとフィーリィはさっと座った。それを見た二人は大人気なくはしゃいでいた事を思い返して、罰が悪そうに座った。
「お二方は、ご興味がおありかな?」
「……ああ。こんな簡易椅子は見たことがない。何か特殊な素材を使うわけでもなく、簡単に展開できて、すぐに仕舞う事ができる。野営時にも便利だ。」
「……これは交易神様に捧げられておりますか?」
「はい。我が国の交易神に仕える司祭にて捧げ済みです。それがいかがしましたか?」
「それなら良うございました。私も初めて見た品ですから、最近作られたばかりなのでしょう。……素材としては木と布。模倣は簡単です。捧げられていないという事なら、捧げるよう説得しようと思っておりました。」
カイルはほっと息を吐いた。交易神は、名前の通り交易に携わる神だ。交易をすることも勿論だが、交易の対象になる物品に関する事も取り扱っている。例えば、工芸品の保護だ。これは、発明した品を交易神の司祭を介して、交易神へ捧げることで三年間については、捧げた相手と書面を持って契約を結ばない限り、基本的な小売価格分が売上から司祭を通じて徴収されるのだ。書面を持って契約した場合、仕入れ値が捧げた相手の報酬となるため、神は言うことはない。但し、不平等であったり、強制しての契約だった場合、異議申し立てが可能になっている。その場合、神前裁判を行うことになる。そこで異議が通った場合、神罰が下るという。
「……それはまたご丁寧に。黙っていればあなたの儲けになったのではないかね?」
「刑部卿……私は一介の商人です。ですが、この職業に誇りを持っております。そして、交易神の信徒です。正常な契約による交易を介しての文化の交わり……それを妨げるようなことはいたしません。」
刑部が口元に笑みを浮かべながら、カイルを試すような質問をする。それに対するカイルの答えは、彼の矜持だった。背筋を伸ばし、拳は力まない程度に丸めて太ももの上に置き、刑部の目をしっかりと見ながら、そう口にする。商人として、交易神の信徒として。なによりも、人として。恥じる行いをしないと瞳は物語っていた。
「……カイル殿。そなたの矜持を蔑む様な事を言ってすまなかった。許して欲しい。そなたが信頼できる人であることが理解できた。もしも、交易を希望するのであらば、後程仲介いたそう。……改めて、先程の戦を含めて、宜しければ経緯を教えてはくださらんか?」
刑部は謝罪の言葉を口にした。それだけで、四人は驚きを覚えていた。刑部卿と言われるということは、何かしらの役職、または貴族であろう。そんな立場の者が、試した事に対して自分が悪かったと謝りの言葉を口にし、更には許しを求めたのだ。たったそれだけ。たったそれだけだが、数多いる貴族よりは信頼がおけた。
「改めて、一党”鬼の花嫁”の党主をしております、アイルと申します。こちらは仲間のフィーリィです。俺たちはチョトー平野と近郊にある”迷宮”の”緑肌”を間引く為に来ました。約一週間程ですが、一群を複数狩っております。川向うでも良かったのですが、”迷宮”自体はこちらにあるため、足を伸ばしたという所です。今回の戦については、こちらのカイル殿達に支援の要請を受けたため、参加いたしました。」
「……成程、成程。オークやゴブリン共を狩っていらしたというわけですな。……カイル殿らのお話をお聞かせいただけますかな?」
「私は商人として、奴隷を扱っております。先程戦ったザスコ子爵の領地の街で、奴隷を購入いたしました。その際に私の金の使い方と、この街の商人でないということで、奴隷や金を巻き上げようと狙われたものと思っております。正式に手続きを行い街を出ると、少ししたらザスコ子爵軍が街を出て同じ進路を取ったため、撒くために馬車を走らせました。しかし、撒くことができなかったため、丁度出会ったアイル殿ら”鬼の花嫁”に援護を要請し、戦となった次第です。」
「……ふむ。カイル殿、少しお伺いしたいのだが……”只の奴隷”であれば、狙われる事はなかったのではないか?」
刑部の質問に、カイルは言葉を詰まらせた。先程まで力を込めていなかった拳が、固く握られ、視線は刑部に見られないように少し下を向いていた。口は固く閉じられ、何を言うべきか迷っているようであった。
「……カイル。刑部卿とアイルなら大丈夫だ。……誇れることなんだ。言ってやれ。」
腕を組み、瞑目しながら話を聞いていたラースが、隣にいる年来の友人にそう声をかける。カイルは、その言葉を受けて、反射的に顔を友に向ける。今まで瞑っていた目を開き、ただ一度しっかりと頷いてみせる。それを受けたカイルは、応えるように力強く頷いて返した。強く握られていた手から力は抜け、下がっていた視線を戻し、刑部の目をしっかりと見つめた。
「今回、私が買い漁った奴隷は、二十年前、チョトー近郊にて、紅葉の国と翠葉の国で起こった戦にて”乱取り”された者達です。私とラースも、当時乱取りに遭い、奴隷として他国へ売られました……ラースは剣闘奴隷、私は奴隷商の下で働く奴隷として。今、こうしておりますように私とラースは運良く才があり、二十年という年月はかかりましたが、奴隷から開放され、ラースは冒険者、私は独立した商人となれました。私とラースは何とかなりましたが、他の者達がどうかはわかりませんでした。なので、私とラースにて奴隷となってる者達を買い戻し、故郷となるチョトー地方の近くにて暮らそうと考えておりました。」
「……お二人は、いくつなのかね?」
「三十五になります。私達と同い年生まれの者でそれです。その親の代となれば、五十五や、六十……生きていればですが。三十五でも、労働奴隷と考えれば、正直、戦力外になり始める頃です。そんな奴隷を、しかも子どもも居れば纏めて買い付ける。……金蔓と思われて仕方ないでしょう。」
「……少し、発言を宜しいでしょうか。」
「……フィーリィ殿だったな。かまわんよ。」
カイルとラースの出自が明かされた。それはアイルとフィーリィにとって青天の霹靂と言える内容だった。だが、それ故にフィーリィは発言をしなければならないと考えた。アイルへ顔を向け、自身の首に巻かれたチョーカーをなぞった後、目をしっかりと見て頷いて見せた。アイルは始め、首を傾げていたがチョーカーをなぞるのを見て、驚きを顔に表す。そして、真剣な眼差しでフィーリィの目をしっかりと見つめた上で、自身の右手の甲を手袋の上からなぞって見せた後、しっかりと頷いて見せる。
「……先程、アイルから私達の目的が間引きであると説明いたしました。それは一面の説明でしかありません。私達の本当の目的は、チョトー周辺の”迷宮”指定地域の解放のための下調べです。カイルさん、ラースさんが秘めてるであろう望みとも合致すると思います。そして、エアリル様と刑部卿の望みにも合致するかと。」
「……ほぉ?フィーリィ殿の言う望みとは何かな?」
「この度の戦ですが、私達は犯罪者に加担をしないために、数が少ないにも関わらず奇襲は避け、誰何を行いました。ですが、刑部卿の軍は問答無用で襲撃を行いました。……そこから考えられる事は、薄森の国と翠森の国は敵対関係にあるのではないかと。」
「……続けなさい。」
「続けさせていただきます。私も暗森人族ではありますが、森人族の習性は存じております。落ち着くべき森を見つけ、そこに落ち着く。それが薄森の国であるならば、その森を出ることはまずありません。で、あれば敵対する理由は翠森の国にあると考えられます。森人族の種族の特徴として、人口が少なくなりがちである事から考えて、正面からぶつかった場合、動員する兵力から考えても、正直勝ち目は少ないでしょう。ですが、ここにその状況を変えられるであろう方法があります。……チョトーの”迷宮”攻略の助力です。」
「チョトーの”迷宮”か。……そなた達の助力をするのではなく、我らで解放し、占拠した方が良くないかね?”迷宮”は様々な素材の宝庫になるとも言うからね。」
「それはあり得ませんね。」
フィーリィは一笑に付した。その反応に刑部は笑みを浮かべながら頷いている。
「”迷宮”を解放するために、どれくらいの損害が出るのか。そして、解放したら翠森の国は奪おうと兵を出すはずです。そして、薄森の国自体の防衛のために兵は残さないといけない。どうしても手に余ります。それなら、私達を介して、紅葉の国のレンネンカンプ辺境伯軍に解放させた方が損害は少なく、何より恩が売れます。紅葉の国の位置から考えると、薄森の国は遠く、攻め取っても維持をするのに苦労する地です。……そうであれば、仮想敵国となるのは翠葉の国。遠交近攻の観点から考えれば、手を組む価値はあるはずです。いかがですか、刑部卿?」
「……うむ。そなたを冒険者にしておくのは惜しいな。どうかね。有能な人材は歓迎するのだが、いかがかな?」
フィーリィの考えは、刑部の琴線に触れたようだった。しきりに頷き、バシッと太ももを叩いている。そして、勧誘の言葉。一介の冒険者であれば望外の展開であろう。
「お誘いはありがたいのですが、私はもう”我が君”と呼ぶ者を決めております。ねぇ、”我が君”?」
フィーリィがニッコリと笑顔を浮かべて、アイルを見た。その慈愛に満ちた目線と笑みで、その気持の向く相手を察した刑部は咳払いをした後、ニッカリと笑ってみせた。
「……そうか、そうか!人それぞれ、色々あるものぞ。そなたが選んだ道を真っ直ぐ進むが良い。……先程の、フィーリィ殿の発言に一つ付け加えさせていただきたい。それを飲めるのであれば、薄森の国はそなたらの”迷宮”解放の援軍となろう。」
刑部はフィーリィに応援の言葉を贈った後、アイルへ向かって真剣な眼差しを向ける。アイルは改めて背筋を伸ばし、両の手を太ももの上に置き直した。そして、刑部の目を見つめながら一度、大きく頷いてみせた。
「……”迷宮”の解放後、紅葉の国、もしくはそなたの手で翠葉の国を奪って貰いたい。勿論、薄森の国として援軍は出す。戦に関しては、私に任せてくれるならば勝ってみせよう。……森人族は契約をすれば、こちらから破る事はない。故に、今この場にて約定を交わして欲しい。……どうかね?」
”国盗り”……。”迷宮”の解放でも、夢物語と言えるのに、更に国を盗れと刑部は言う。アイルは瞑目しながらその言葉を反芻する。
……どちらも夢物語なのだ。……ならば、夢物語が一つでも二つでも、変わらないではないか?
”半端者”がどこまで行けるのか。
右の手の甲をなぞる。首座神よ、ご照覧あれ。
左の手の甲をなぞる。戦女神よ、ご照覧あれ。
アイルは瞑っていた目を見開くと共に、印を隠していた手袋を外し、力強く立ち上がって宣言をする。
「”アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”の名において、大谷刑部少輔吉継卿の申し出を受け、チョトー地方の解放の後、翠葉の国を盗ることを、右手に宿す”首座神”の加護、左手に宿す”戦女神”の加護に誓約する。これは、我が名、我が生命を持って契約するものであり、無効とするには我が死をもってのみ成せるものである。……刑部卿、返答は如何に?」
「”大谷刑部少輔吉継”の名において、”アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”と契約する!」
「”エアリル・レム・アミダルス”の名において、”アイル・コンラート・フォン・ベルンシュタイン”と契約する!……私は王女ですから。私と刑部卿の二人で契約することで、二人とも安心できるでしょう?」
エアリルが、アイルと刑部に向かって笑ってみせた。今の今まで飾り物であるとでも言うように黙っていた彼女だったが、最後の最後に締める所を見せることで、自身の存在をアピールして見せた。
だが、この中で一番驚いていたのはラースとカイルであっただろう。なにせ、助けを求め、助力してくれた奴が二柱の加護持ちなのだ。ラースは、普段の態度を保とうとしているのだろうが両方の眉が上がり、口元が少しだけ緩んでいた。カイルはもっとあからさまだった。両の手を一度広げた後、胸の前で手を合わせて、首座神、戦女神、交易神の名を口にしていた。それだけ、アイルの存在が異質なのだ。
「……ところで楓。”首座神”と”戦女神”は、”交易神”と”カカ神”とだと、どういう関係になるのか教えてくれまいか?」
「……ふむ、よかろう。」
刑部が女性と思わしき名を呼ぶと、幔幕を巡って顔を隠した女性が入ってくる。一本足の下駄を履き、修験者と呼ばれる者達が着ている衣装を羽織っている。真っ白な惣髪と顔には、鼻を長く延して赤く染めた顔の面をしていた。その、怒っている様な、酒に酔っている様な表情の面を被ったまま、楓と呼ばれた修験者は顔を巡らす。そして、アイルの手の甲を見ると、いささかの音も発さずに、その目の前まで歩み寄った。
「……そなたがアイルか。カカ神様より聞き及んでおる。数奇な運命を持つ者よ。」
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