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Session03-07 ”憤怒”との出会い。
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……どうしてこうなったのか。馬車を走らせながら自問自答する。
答えは決まっている。私があまりにも金を使い過ぎたからだ。
一介の奴隷商人として振る舞っておきながら、奴隷を売るのではなく、買い漁った。しかも、三十代前後から五十代……その家族と言うことであれば子までも、技術のある無し関係なく買い漁ったのだ。
……仕方なかった。私とあいつの境遇が良かったとは思わない。ただ、それでも、機会を得ることができた。それにしがみつき、二十年。……二十年だ。やっと、ここまで来たのだ……。”同じ境遇の仲間”を見捨てる事ができようか。
馬車の中を見る。親子の奴隷が震えながらも抱き合い、我慢しているのが見える。男の奴隷の一部は、もしもの時の為に預けておいた剣を手にして、後ろの方をじっと見つめていた。誰しもが、この窮地に不安を抱いていた。買われなければ良かった。放っておいてくれれば良かった。希望なんてなければ絶望なんてしないのに。……色々思っているだろう。
気持ちは沈む。負の沼に意識が沈み込もうとした時、馬に乗った私が唯一、信頼している男が馬車に並ぶように走らせてくる。
「カイル!あの街の貴族の私兵だ!数は百!騎馬が二十だ!これ以上走らせると、馬が潰れるぞ!!」
絶望。その言葉が頭を過る。手綱を握る手も汗ばんでいくのが分かる。何とか、何とかならないか。藁にもすがる思いで、彼の顔を見る。
「ラース。……何とかできそうか?」
私の言葉に、彼は真剣な表情で首を横に振った。その表情は最悪の事態であることを雄弁に物語っている。そして、意を決した様に残って足止めすると言ってきた。
「俺と部下、そして男ども全員が死んでも無理だ。ただ、時間は稼げる。お前が女子供を連れて逃げろ。最後の最後まで粘って時間は稼いでやる!」
敵の数は多く、そして装備が整っている。ラースの率いる元剣闘士奴隷達の実力は本物だ。だが、十名しかいない。男の奴隷を含めても二十名。ほぼ素人の十名が追加されても、まともな戦力にはならない。絶体絶命とはこの事か……。
どうしたらいいかを悩みながらも、馬車を走らせ続けていると先の方でふっと灯りらしきものが消えた。
……灯り?
「ラース、見えたか?」
「……まだ諦めるのは早いかも知れんな。あの辺りまで行ってくる。もしかしたら、冒険者かも知れん!」
ラースがそう言って、馬に鞭を打って速度を上げていく。……冒険者か。願わくば、良き者達であることを。交易神様、首座神様。ただ、それだけを願います。
◆◆◆◇◇◇
「そこの者達、何者か!」
闇を切り裂くように近づいてくる騎馬に乗った男が、誰何の声を上げてきた。鞍に下げた角灯を持ち上げ、こちらを照らしてくる。その角灯から漏れた光を浴びた男は、小札を重ねた鱗鎧を着込み、腰に長剣を下げているのが見えた。どちらも使い込まれており、歴戦の勇士であると感じ取れた。その誰何の声を聞いてバーバラが立ち上がった。
「我が名はバーバラ!一党”鬼の花嫁”の副党主である!そちらも名乗られよ!」
「俺の名はラース!一党”勇敢なる剣闘士達”の党主だ!謂れなき襲撃を受けている!数は百!御助力を願いたい!」
ラースと名乗った男は真剣な眼差しで、そう言い切った。数は百。それは流石に手に余る数である。これが嘘かどうか……嘘ではないであろうと判断した。乗っている馬が、軍馬としてしっかりと調教を受けているのであろう。近くに角灯の明かりがあるというのに落ち着いている。それだけの軍馬はそう簡単に買うことができない。買えたとしても鎧一領よりも高くつくことが殆どだ。更に、維持するのに手間がかかる。馬も生き物である。生き物であれば、秣を喰み、水を飲む。そのため、金がかかる。盗賊だったらどうか?逆に盗賊であれば、維持する手間を考えるのであれば、手放して金にしたり、金に換えるのが難しいなら、屠殺して食料とするだろう。労力を割いてまで飼うという選択肢はまずあり得ない。で、あるならば、”信じられる”。
「イーネ、ピッピ。あなた達は”青鮫党”の渡しまで戻って、ケーマさん達に後詰を依頼してください。私達四人は合流しましょう。」
フィーリィの指示を聞いたイーネとピッピは、一度頷くと直ぐに走り出した。少し進むと、角灯の灯りの範囲から外れ、闇に染み込む様に姿が消えた。それを見送った四人は立ち上がり、ラースと名乗った男へ振り返る。ラースは立ち上がった四人の姿をしっかりと確かめた。全員女。なれど立ち振舞から、戦士としての腕はあると判断した。
「あなた方についても何者かが明確でない以上、あくまでも、向こうの言い分を聞いてからになります。」
「承知した。申し訳ないが直ぐに報告に戻らねばならん。この場で失礼する!」
慎重な発言に、ラースは内心で評価を上げた。すぐに迎合するようであれば、長く生きることは難しい。だが、警戒し過ぎてもまた問題だ。ラースはその発言に対して頷いて見せた後、馬首を返して馬を走らせた。その姿を見送り、フィーリィが皆に告げる。
「……後詰として三十人近くが合流します。それまでは、残った戦力で抑えねばなりません。」
その言葉に、三人が応!と答えた。この状況で、どちらが正しいかはわからない。ただ、イーネの”悪い噂しか聞かない”という言葉と、ラースという男の態度が決定打となった。悪い噂しか聞かない相手よりも、堂々と不利なことを含めて伝える相手の方が誠実と思える。
四人が各々の得物を持って駆け出した。しばらくすると、正面より、角灯をぶら下げた馬車が怒涛という言葉を体現するかのような勢いで迫ってくる。今の勢いのままだと、闇の中、こちらの姿を見つける頃には止まることもできない状態になってしまう。すぐに蓋付きの角灯を掲げて蓋を開ける。そこから漏れ出す光を確認し、馬車を操縦している相手が気づくように、大きく円を描くように回して見せた。
それに気づいたのか、止まれ!!という声が響き、馬車三台が少しずつ速度を落としながら停車した。騎馬に乗った者達も近づいてくる。警戒の為だろう、騎乗したまま近づいて来るが、今来た道の方を見て警戒をしている。最後尾はラースが固めていた。その視線の先を目を凝らして見ると、結構な数の松明の明かりが見て取れた。
そうしていると、一番手前の馬車を操縦していた男が、馬車を降り近づいてきた。
「……ラースの話を聞いて下さり、感謝致します。私は、奴隷を商っております、カイル・ゴルド・チョトーと申します。」
商人然とした恰幅の良い男が簡単に自己紹介を行い、頭を下げた。その動きは、それなりの間、礼儀作法を学んだ事がある者でないとできない動きであった。それをアイルが手を上げて止める。それを見たカイルは、直ぐに頭を上げる。彼から見ても、彼女達は若い。しかし、この場で斬りかかろうものなら、用意している得物で刺殺されるであろう。自分の背を冷や汗がつたうのが分かる。夏とは言えども夜。昼間の熱気が嘘のようなのに、汗をかいてしまう。彼女らを引き込めなければここまでと、ゴクリと唾を飲み込む。アイルは簡単に名乗り、一番確認したかった事を口にした。
「俺は一党”鬼の花嫁”の党主、アイルだ。こちらは党員だ。……狙われる心当たりは?」
「……私が本来役に立ちそうにない奴隷を買い取りし過ぎたからですね。……私の持つ金を狙っているか、私達を殺して奴隷を取り戻せば、丸々金になると計算しているのではないかと。」
カイルは、何事でもないように……ただ後ろめたいことは何もないと、胸を張って言い切った。その眼差しと胸を張った姿……そして、カイルとその奴隷達を守るように、周りを固める戦士たちを見て、アイルは決断した。
「正当な答えが返って来ない限りは、カイル殿。あなた方に助力いたします。二十~三十程、後詰めが参ります。それまで時間を稼ぎましょう。」
その言葉を聞いたカイルの瞳に希望の光が灯る。本来であれば、走り続けて疲れているに違いない。しかし、その疲れを見せる事なく、カイルは指示を出していく。馬車に乗っていた奴隷を下ろし、御者をしていた者と一緒に先程まで、アイル達がいた野営地辺りまで下げさせる。奴隷たちを移動させた後、道を塞ぐ様に馬車を並べていく。そして、油壷から油をかけていく。いつでも火をかけて障害物とするためだ。
騎馬に乗っていた者達は、下馬して各々の得物を手にし構える。
特に短弓とはいえ、遠距離攻撃が出来る者が数名いたのだ。短弓に矢を番え、短槍を地面に置いて何時でも持ち替えられるようにしてあった。
道の封鎖や、戦闘の為の準備をしていると、馬車周りの闇の先に、火が浮かび上がる。松明の火だ。闇の中からそこだけがぽっかりと闇が払われ、松明を持った兵士が浮かび上がる。その左右と後ろに兵士が続き、歩いてくるのが見える。そして、松明の火が踊り影が乱れ舞う。松明の明かりに照らされて浮かび上がるのは、他人の不幸が自分の幸福とでも言いそうな、ニヤニヤと浮かべる下卑た笑みであった。
それを見たアイルは、大声で誰何の声を上げた。
「我々は一党”鬼の花嫁”である!その方らは何者か!答えが無ければ賊として、その方らを成敗する!」
「我らはザスコ子爵の者である!ザスコ子爵の領地内にて奴隷を攫った者がでたため、調査を行っておる。そこの奴隷商は容疑者のため、差し出されよ!」
「こちらには、ギルドにて購入を行った証書がある!そちらは捜査の指示書はお持ちか!」
証書については確認をしていないが、そう、口にした。そして、こういった輩がそんな周到な事をするように思えなかった。アイルのその言葉に苛立ったのか、指揮官と思わしき者は部下に対し喚き散らす様に指示を出す。
「ええい!!貴様ら、かかれ!かかれ!!あの賢しらな鬼人族の女や、冒険者の女共はお前らに味あわせてやる!奴隷は商品だ!傷つけるな!」
「おおおおおおおおおお!!」
男の欲望を刺激するその指示は、確かに部下の士気を高めた。娼館でも珍しいほど見目麗しい女がいることに気づき、武器を持って立ち向かおうとする女どもを組み伏せ、自分の性欲の赴くままに汚し尽くしたいと、誰もがそう思ったに違いない。武器を持つ手に普段以上に力が込められる。そして目が充血し、爛々とした光を湛えていた。
雄叫びを上げ、アイル達へ襲いかかろうと得物を構え直し、駆け出した。
その瞬間!
『構え!放てぇぇぇ!』
雄叫びを切り裂く様に、号令の声が響き渡る。闇の中から風を斬る音と共に、闇を切り裂いてザスコ子爵軍に一斉に降り注ぐ。どこから射られているかは、夜の闇の中を見通して見つけることはできなかった。しかし、雨の様に矢が降り注ぎ、歩兵に矢が突き立っていく。矢が刺さり、耐え切れずに倒れた者も出始めた。その者の背に矢が刺さっており、ザスコ子爵軍の向こう側から射っていたのが予測できた。
目の前に獲物がいるのに後ろから矢を射掛けられるなど、想像の埒外だったのであろう。月と星の瞬き以外は松明しか明かりがない所にどこからか矢を射掛けられる。これは相当に怖い事だ。闇は根本的に恐怖の対象だ。日常的に訓練を積み、闇の恐怖に対して、自分たちの力を高めることで克服するのだ。そこまで自分たちに自信を持つことができない兵士達は、前に進むべきか、後ろに進むべきか分からず隊列を崩してしまう。それに対して、甲冑を着込んだ騎士らしき者共は、兵が混乱する最中も矢の飛んできた方向を把握していた。騎馬隊に進行方向を指示し、向きを変え、後方の敵へ突撃を行おうとした。
『魔法!』
『我との契約に従い、土の精霊よ、そなたの齎す恵みを持って木を成長させよ!』
「……!精霊語ですね……森人族かも知れません。」
フィーリィが詠唱の声を聞いて、皆に聞こえるように囁いた。
騎馬隊が向きを変え、いざ突撃!と拍車をかけた瞬間、その目の前に、斜めに木が一気に伸びてきた。伸びたは正しくないかも知れない。”生えた”のだ。
斜めに木が一斉に生える。不思議な光景だった。何よりも一番驚いたのは騎馬であろう。いきなり目の前に乗り越えられない様に木が斜めに生えたのだ。嘶きながら前足を上げて止まる。幾人かはバランスを崩して、落馬し暴れる騎馬の足に踏みつけられたりしていた。
「一番槍は大谷刑部少輔麾下、平塚因幡守が頂いた!」
和式当世具足をきっちりと着込んだ男が名乗りを上げながら、生えた木の上を駆け抜け、立ち止まった騎馬兵へ槍を突き込む。その突きは鋭く、甲冑の継ぎ目を的確に貫いて倒していく。他にも森人族と思われる者達が騎馬兵へ取り付いて引きずり落として行く。
「こちらも出るぞ!かかれ!」
アイルが大声で指示を出し、馬車を乗り越えてザスコ子爵軍の歩兵へ攻めかかる。その声に従って、バーバラ、ルナが駆け出し、ラース麾下の人数も、ラースを始めとして駆け出した。
フィーリィは乱戦のため弓は使えないと判断。”酩酊”を唱え、歩兵を中心に発動させた。兵士たちの殆どがかかり、手元が怪しくなった。そんな状態で、アイルを始めとした戦士たちの攻撃を防ぎきれるものではなかった。
アイルの棒によって頭を砕かれ、バーバラのメイスで身体を打ちのめされる。ルナの長剣で切り裂かれ、ラース達の持つ各々の得物によって蹂躙される。
そして、後ろからは平塚と名乗った戦士率いる森人族が騎馬兵を蹂躙している。囲まれ、逃げるには森の中しかない。しかし、森の中にはチョトー近郊の”迷宮”から生じた”緑肌”の一群が彷徨いている。そんな中に一人逃げ込んだならば、格好の餌食であろう。そう考えた兵士たちはその場に武器を投げ捨て、投降することを選択した。
自分たちが追っている相手は奴隷商だ。そして、これだけの護衛がいるのであれば、殺すよりは商品として売った方が良いと考えるのではないか?それに一縷の望みを賭けた。
「得物を捨て、両手を上に上げて跪け!今、降伏するのであれば生命は助ける!武器を捨てて手を上げた奴は殺すな!」
アイルが目の前の相手を殴り殺しながら、叫んだ。その叫びを聞き、皆が同様に叫び始めた。森人族達も叫んでいる。その言葉を聞いた兵士達は、顔を青くしながら持っていた得物を捨てて、手を上に上げて跪いた。騎兵の方は、今回のやり方にどんな意思が働いていたかがわかっていたのであろう。降伏することなく、全員が死を選んだ。
降伏した捕虜と死体を処理するためと、馬車を使えるように作業を行っていると、平塚因幡守と名乗った男がアイルに近づいてきた。
「拙者、大谷刑部少輔に仕えております平塚因幡守為広と申します。そちらの代表者の方との目通りを願いたい。」
平塚と名乗った男は自身の兜を脇に抱え、頭を軽く下げる。その礼は綺麗であり、きちんと礼法を学んだものだろうと思わせるものであった。先程まで使っていた槍は後ろに控えている森人族……陽森人族の男が預かっているようであった。
「俺が一党”鬼の花嫁”の党主で、アイルと申します。こちらがカイル殿で、商人です。そちらがラース殿で、一党の党主になります。ご用件の方をお伺いできますか?」
「おお。これはこれはありがたい。改めまして……我が主、大谷刑部少輔が、皆様とお話をしたいと申しております。ご同行いただけましょうか?」
平塚の発言を聞いた三人は互いの顔を見合う。ラースはカイルの瞳を見る。カイルもラースの瞳を見ていた。そして、二人は同じタイミングで頷きあった。そして、二人はアイルの瞳を見ながら言った。
「俺たちは、お前の判断に従う。……お前が俺たちに運を齎した。なら、その幸運の持ち主に従うまでだ。」
「私も同意見です。今の私達の代表はあなたです。あなたが決めた事であれば、私達も従います。」
その二人の言葉は、アイルの背を押すものだった。ラースの瞳を見て、カイルの瞳を見る。アイルの瞳に、意志の光を見た二人は力強く頷いてみせた。アイルも、それに対して頷いて応えて見せる。
「俺と、この二人と、フィーリィという暗森人族で伺います。ご案内お願いいたします。」
「承知した。では、ご案内させていただく。」
平塚はニッカリと漢らしい笑みを浮かべると、こちらでござると道を先に歩くのであった。
答えは決まっている。私があまりにも金を使い過ぎたからだ。
一介の奴隷商人として振る舞っておきながら、奴隷を売るのではなく、買い漁った。しかも、三十代前後から五十代……その家族と言うことであれば子までも、技術のある無し関係なく買い漁ったのだ。
……仕方なかった。私とあいつの境遇が良かったとは思わない。ただ、それでも、機会を得ることができた。それにしがみつき、二十年。……二十年だ。やっと、ここまで来たのだ……。”同じ境遇の仲間”を見捨てる事ができようか。
馬車の中を見る。親子の奴隷が震えながらも抱き合い、我慢しているのが見える。男の奴隷の一部は、もしもの時の為に預けておいた剣を手にして、後ろの方をじっと見つめていた。誰しもが、この窮地に不安を抱いていた。買われなければ良かった。放っておいてくれれば良かった。希望なんてなければ絶望なんてしないのに。……色々思っているだろう。
気持ちは沈む。負の沼に意識が沈み込もうとした時、馬に乗った私が唯一、信頼している男が馬車に並ぶように走らせてくる。
「カイル!あの街の貴族の私兵だ!数は百!騎馬が二十だ!これ以上走らせると、馬が潰れるぞ!!」
絶望。その言葉が頭を過る。手綱を握る手も汗ばんでいくのが分かる。何とか、何とかならないか。藁にもすがる思いで、彼の顔を見る。
「ラース。……何とかできそうか?」
私の言葉に、彼は真剣な表情で首を横に振った。その表情は最悪の事態であることを雄弁に物語っている。そして、意を決した様に残って足止めすると言ってきた。
「俺と部下、そして男ども全員が死んでも無理だ。ただ、時間は稼げる。お前が女子供を連れて逃げろ。最後の最後まで粘って時間は稼いでやる!」
敵の数は多く、そして装備が整っている。ラースの率いる元剣闘士奴隷達の実力は本物だ。だが、十名しかいない。男の奴隷を含めても二十名。ほぼ素人の十名が追加されても、まともな戦力にはならない。絶体絶命とはこの事か……。
どうしたらいいかを悩みながらも、馬車を走らせ続けていると先の方でふっと灯りらしきものが消えた。
……灯り?
「ラース、見えたか?」
「……まだ諦めるのは早いかも知れんな。あの辺りまで行ってくる。もしかしたら、冒険者かも知れん!」
ラースがそう言って、馬に鞭を打って速度を上げていく。……冒険者か。願わくば、良き者達であることを。交易神様、首座神様。ただ、それだけを願います。
◆◆◆◇◇◇
「そこの者達、何者か!」
闇を切り裂くように近づいてくる騎馬に乗った男が、誰何の声を上げてきた。鞍に下げた角灯を持ち上げ、こちらを照らしてくる。その角灯から漏れた光を浴びた男は、小札を重ねた鱗鎧を着込み、腰に長剣を下げているのが見えた。どちらも使い込まれており、歴戦の勇士であると感じ取れた。その誰何の声を聞いてバーバラが立ち上がった。
「我が名はバーバラ!一党”鬼の花嫁”の副党主である!そちらも名乗られよ!」
「俺の名はラース!一党”勇敢なる剣闘士達”の党主だ!謂れなき襲撃を受けている!数は百!御助力を願いたい!」
ラースと名乗った男は真剣な眼差しで、そう言い切った。数は百。それは流石に手に余る数である。これが嘘かどうか……嘘ではないであろうと判断した。乗っている馬が、軍馬としてしっかりと調教を受けているのであろう。近くに角灯の明かりがあるというのに落ち着いている。それだけの軍馬はそう簡単に買うことができない。買えたとしても鎧一領よりも高くつくことが殆どだ。更に、維持するのに手間がかかる。馬も生き物である。生き物であれば、秣を喰み、水を飲む。そのため、金がかかる。盗賊だったらどうか?逆に盗賊であれば、維持する手間を考えるのであれば、手放して金にしたり、金に換えるのが難しいなら、屠殺して食料とするだろう。労力を割いてまで飼うという選択肢はまずあり得ない。で、あるならば、”信じられる”。
「イーネ、ピッピ。あなた達は”青鮫党”の渡しまで戻って、ケーマさん達に後詰を依頼してください。私達四人は合流しましょう。」
フィーリィの指示を聞いたイーネとピッピは、一度頷くと直ぐに走り出した。少し進むと、角灯の灯りの範囲から外れ、闇に染み込む様に姿が消えた。それを見送った四人は立ち上がり、ラースと名乗った男へ振り返る。ラースは立ち上がった四人の姿をしっかりと確かめた。全員女。なれど立ち振舞から、戦士としての腕はあると判断した。
「あなた方についても何者かが明確でない以上、あくまでも、向こうの言い分を聞いてからになります。」
「承知した。申し訳ないが直ぐに報告に戻らねばならん。この場で失礼する!」
慎重な発言に、ラースは内心で評価を上げた。すぐに迎合するようであれば、長く生きることは難しい。だが、警戒し過ぎてもまた問題だ。ラースはその発言に対して頷いて見せた後、馬首を返して馬を走らせた。その姿を見送り、フィーリィが皆に告げる。
「……後詰として三十人近くが合流します。それまでは、残った戦力で抑えねばなりません。」
その言葉に、三人が応!と答えた。この状況で、どちらが正しいかはわからない。ただ、イーネの”悪い噂しか聞かない”という言葉と、ラースという男の態度が決定打となった。悪い噂しか聞かない相手よりも、堂々と不利なことを含めて伝える相手の方が誠実と思える。
四人が各々の得物を持って駆け出した。しばらくすると、正面より、角灯をぶら下げた馬車が怒涛という言葉を体現するかのような勢いで迫ってくる。今の勢いのままだと、闇の中、こちらの姿を見つける頃には止まることもできない状態になってしまう。すぐに蓋付きの角灯を掲げて蓋を開ける。そこから漏れ出す光を確認し、馬車を操縦している相手が気づくように、大きく円を描くように回して見せた。
それに気づいたのか、止まれ!!という声が響き、馬車三台が少しずつ速度を落としながら停車した。騎馬に乗った者達も近づいてくる。警戒の為だろう、騎乗したまま近づいて来るが、今来た道の方を見て警戒をしている。最後尾はラースが固めていた。その視線の先を目を凝らして見ると、結構な数の松明の明かりが見て取れた。
そうしていると、一番手前の馬車を操縦していた男が、馬車を降り近づいてきた。
「……ラースの話を聞いて下さり、感謝致します。私は、奴隷を商っております、カイル・ゴルド・チョトーと申します。」
商人然とした恰幅の良い男が簡単に自己紹介を行い、頭を下げた。その動きは、それなりの間、礼儀作法を学んだ事がある者でないとできない動きであった。それをアイルが手を上げて止める。それを見たカイルは、直ぐに頭を上げる。彼から見ても、彼女達は若い。しかし、この場で斬りかかろうものなら、用意している得物で刺殺されるであろう。自分の背を冷や汗がつたうのが分かる。夏とは言えども夜。昼間の熱気が嘘のようなのに、汗をかいてしまう。彼女らを引き込めなければここまでと、ゴクリと唾を飲み込む。アイルは簡単に名乗り、一番確認したかった事を口にした。
「俺は一党”鬼の花嫁”の党主、アイルだ。こちらは党員だ。……狙われる心当たりは?」
「……私が本来役に立ちそうにない奴隷を買い取りし過ぎたからですね。……私の持つ金を狙っているか、私達を殺して奴隷を取り戻せば、丸々金になると計算しているのではないかと。」
カイルは、何事でもないように……ただ後ろめたいことは何もないと、胸を張って言い切った。その眼差しと胸を張った姿……そして、カイルとその奴隷達を守るように、周りを固める戦士たちを見て、アイルは決断した。
「正当な答えが返って来ない限りは、カイル殿。あなた方に助力いたします。二十~三十程、後詰めが参ります。それまで時間を稼ぎましょう。」
その言葉を聞いたカイルの瞳に希望の光が灯る。本来であれば、走り続けて疲れているに違いない。しかし、その疲れを見せる事なく、カイルは指示を出していく。馬車に乗っていた奴隷を下ろし、御者をしていた者と一緒に先程まで、アイル達がいた野営地辺りまで下げさせる。奴隷たちを移動させた後、道を塞ぐ様に馬車を並べていく。そして、油壷から油をかけていく。いつでも火をかけて障害物とするためだ。
騎馬に乗っていた者達は、下馬して各々の得物を手にし構える。
特に短弓とはいえ、遠距離攻撃が出来る者が数名いたのだ。短弓に矢を番え、短槍を地面に置いて何時でも持ち替えられるようにしてあった。
道の封鎖や、戦闘の為の準備をしていると、馬車周りの闇の先に、火が浮かび上がる。松明の火だ。闇の中からそこだけがぽっかりと闇が払われ、松明を持った兵士が浮かび上がる。その左右と後ろに兵士が続き、歩いてくるのが見える。そして、松明の火が踊り影が乱れ舞う。松明の明かりに照らされて浮かび上がるのは、他人の不幸が自分の幸福とでも言いそうな、ニヤニヤと浮かべる下卑た笑みであった。
それを見たアイルは、大声で誰何の声を上げた。
「我々は一党”鬼の花嫁”である!その方らは何者か!答えが無ければ賊として、その方らを成敗する!」
「我らはザスコ子爵の者である!ザスコ子爵の領地内にて奴隷を攫った者がでたため、調査を行っておる。そこの奴隷商は容疑者のため、差し出されよ!」
「こちらには、ギルドにて購入を行った証書がある!そちらは捜査の指示書はお持ちか!」
証書については確認をしていないが、そう、口にした。そして、こういった輩がそんな周到な事をするように思えなかった。アイルのその言葉に苛立ったのか、指揮官と思わしき者は部下に対し喚き散らす様に指示を出す。
「ええい!!貴様ら、かかれ!かかれ!!あの賢しらな鬼人族の女や、冒険者の女共はお前らに味あわせてやる!奴隷は商品だ!傷つけるな!」
「おおおおおおおおおお!!」
男の欲望を刺激するその指示は、確かに部下の士気を高めた。娼館でも珍しいほど見目麗しい女がいることに気づき、武器を持って立ち向かおうとする女どもを組み伏せ、自分の性欲の赴くままに汚し尽くしたいと、誰もがそう思ったに違いない。武器を持つ手に普段以上に力が込められる。そして目が充血し、爛々とした光を湛えていた。
雄叫びを上げ、アイル達へ襲いかかろうと得物を構え直し、駆け出した。
その瞬間!
『構え!放てぇぇぇ!』
雄叫びを切り裂く様に、号令の声が響き渡る。闇の中から風を斬る音と共に、闇を切り裂いてザスコ子爵軍に一斉に降り注ぐ。どこから射られているかは、夜の闇の中を見通して見つけることはできなかった。しかし、雨の様に矢が降り注ぎ、歩兵に矢が突き立っていく。矢が刺さり、耐え切れずに倒れた者も出始めた。その者の背に矢が刺さっており、ザスコ子爵軍の向こう側から射っていたのが予測できた。
目の前に獲物がいるのに後ろから矢を射掛けられるなど、想像の埒外だったのであろう。月と星の瞬き以外は松明しか明かりがない所にどこからか矢を射掛けられる。これは相当に怖い事だ。闇は根本的に恐怖の対象だ。日常的に訓練を積み、闇の恐怖に対して、自分たちの力を高めることで克服するのだ。そこまで自分たちに自信を持つことができない兵士達は、前に進むべきか、後ろに進むべきか分からず隊列を崩してしまう。それに対して、甲冑を着込んだ騎士らしき者共は、兵が混乱する最中も矢の飛んできた方向を把握していた。騎馬隊に進行方向を指示し、向きを変え、後方の敵へ突撃を行おうとした。
『魔法!』
『我との契約に従い、土の精霊よ、そなたの齎す恵みを持って木を成長させよ!』
「……!精霊語ですね……森人族かも知れません。」
フィーリィが詠唱の声を聞いて、皆に聞こえるように囁いた。
騎馬隊が向きを変え、いざ突撃!と拍車をかけた瞬間、その目の前に、斜めに木が一気に伸びてきた。伸びたは正しくないかも知れない。”生えた”のだ。
斜めに木が一斉に生える。不思議な光景だった。何よりも一番驚いたのは騎馬であろう。いきなり目の前に乗り越えられない様に木が斜めに生えたのだ。嘶きながら前足を上げて止まる。幾人かはバランスを崩して、落馬し暴れる騎馬の足に踏みつけられたりしていた。
「一番槍は大谷刑部少輔麾下、平塚因幡守が頂いた!」
和式当世具足をきっちりと着込んだ男が名乗りを上げながら、生えた木の上を駆け抜け、立ち止まった騎馬兵へ槍を突き込む。その突きは鋭く、甲冑の継ぎ目を的確に貫いて倒していく。他にも森人族と思われる者達が騎馬兵へ取り付いて引きずり落として行く。
「こちらも出るぞ!かかれ!」
アイルが大声で指示を出し、馬車を乗り越えてザスコ子爵軍の歩兵へ攻めかかる。その声に従って、バーバラ、ルナが駆け出し、ラース麾下の人数も、ラースを始めとして駆け出した。
フィーリィは乱戦のため弓は使えないと判断。”酩酊”を唱え、歩兵を中心に発動させた。兵士たちの殆どがかかり、手元が怪しくなった。そんな状態で、アイルを始めとした戦士たちの攻撃を防ぎきれるものではなかった。
アイルの棒によって頭を砕かれ、バーバラのメイスで身体を打ちのめされる。ルナの長剣で切り裂かれ、ラース達の持つ各々の得物によって蹂躙される。
そして、後ろからは平塚と名乗った戦士率いる森人族が騎馬兵を蹂躙している。囲まれ、逃げるには森の中しかない。しかし、森の中にはチョトー近郊の”迷宮”から生じた”緑肌”の一群が彷徨いている。そんな中に一人逃げ込んだならば、格好の餌食であろう。そう考えた兵士たちはその場に武器を投げ捨て、投降することを選択した。
自分たちが追っている相手は奴隷商だ。そして、これだけの護衛がいるのであれば、殺すよりは商品として売った方が良いと考えるのではないか?それに一縷の望みを賭けた。
「得物を捨て、両手を上に上げて跪け!今、降伏するのであれば生命は助ける!武器を捨てて手を上げた奴は殺すな!」
アイルが目の前の相手を殴り殺しながら、叫んだ。その叫びを聞き、皆が同様に叫び始めた。森人族達も叫んでいる。その言葉を聞いた兵士達は、顔を青くしながら持っていた得物を捨てて、手を上に上げて跪いた。騎兵の方は、今回のやり方にどんな意思が働いていたかがわかっていたのであろう。降伏することなく、全員が死を選んだ。
降伏した捕虜と死体を処理するためと、馬車を使えるように作業を行っていると、平塚因幡守と名乗った男がアイルに近づいてきた。
「拙者、大谷刑部少輔に仕えております平塚因幡守為広と申します。そちらの代表者の方との目通りを願いたい。」
平塚と名乗った男は自身の兜を脇に抱え、頭を軽く下げる。その礼は綺麗であり、きちんと礼法を学んだものだろうと思わせるものであった。先程まで使っていた槍は後ろに控えている森人族……陽森人族の男が預かっているようであった。
「俺が一党”鬼の花嫁”の党主で、アイルと申します。こちらがカイル殿で、商人です。そちらがラース殿で、一党の党主になります。ご用件の方をお伺いできますか?」
「おお。これはこれはありがたい。改めまして……我が主、大谷刑部少輔が、皆様とお話をしたいと申しております。ご同行いただけましょうか?」
平塚の発言を聞いた三人は互いの顔を見合う。ラースはカイルの瞳を見る。カイルもラースの瞳を見ていた。そして、二人は同じタイミングで頷きあった。そして、二人はアイルの瞳を見ながら言った。
「俺たちは、お前の判断に従う。……お前が俺たちに運を齎した。なら、その幸運の持ち主に従うまでだ。」
「私も同意見です。今の私達の代表はあなたです。あなたが決めた事であれば、私達も従います。」
その二人の言葉は、アイルの背を押すものだった。ラースの瞳を見て、カイルの瞳を見る。アイルの瞳に、意志の光を見た二人は力強く頷いてみせた。アイルも、それに対して頷いて応えて見せる。
「俺と、この二人と、フィーリィという暗森人族で伺います。ご案内お願いいたします。」
「承知した。では、ご案内させていただく。」
平塚はニッカリと漢らしい笑みを浮かべると、こちらでござると道を先に歩くのであった。
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