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Session03−02 鉄火場 〜アイル〜

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 ざっと60m先にトロール、オーク二匹の姿が見えた。足元辺りを見るとゴブリンの顔が見える。なるほど、背筋せすじをピンと伸ばせばバーバラとピッピの背丈せたけに並ぶだろうが、背筋が曲がっていることで、顔の位置が低めになっているのか。ひと……ふた……みつ……三匹いるな。

「フィーリィ、ピッピのカウントで、同時に行くぞ。」

「わかりました。」

「じゃぁ、行くよ。……ひと……ふた……み!!」

 ピッピの声に合わせて、俺とフィーリィが立ち上がり魔法を発動するための詠唱えいしょうを行う。

『眠り、招来しょうらい、雲!!』

『我との契約に従い、酒の精霊スピリットよ、そなたのもたらす恵みを彼の者らへも与えたまえ!』

 俺とフィーリィがそれぞれの言語で、詠唱を行う。俺は少しでも早く行動に移れるように戦術詠唱せんじゅつえいしょうで魔法を唱える。フィーリィは精霊語にて、契約をしている精霊へ呼びかけているらしい。
 唱え終えると共に、体から魔力が抜けていくのが分かる。それに負けぬ様に立ち上がり、一歩、また一歩と前に出し、駆け出す。それにあわせて、バーバラ、ピッピ、ルナも立ち上がり、駆け出した。バーバラとルナは得物えもののメイスと長剣ロングソードを肩に乗せながら、ピッピは小剣ショートソードと盾を構え、身を前にかたむけつつ進んでいる。一群トループの方に目を戻す。ゴブリンは三匹とも眠ったのか、頭が草木の間から見えない。バーバラとルナの方を見ると、二人共うなずいてオーク二匹の方へ向かって行く。

「我が右を抑える。ルナは左を頼むぞ!」

「わかったよ!!戦女神いくさめがみ様、この戦を捧げます!!」

 二人の声を横に聞きつつ、オークへ視線を向ける。近寄ってくる相手が両方とも女であることを理解したのであろう。下半身が盛り上がり、興奮していることがわかる。酔ってる上に、女が近づいてくるのだ。奴らにとっては、好都合としか思っていないだろう。……”手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に”……武術の師匠ししょうに教わった言葉を、心で反芻はんすうする。そして、免許皆伝めんきょかいでんの証として渡された、”魔法の長傘アンブレラ”を手に構え、トロールを睨みつけた。
 トロールの顔がゆがむ。口が横に開き、黄色くよどんだ歯をむき出しにする。奥歯まで見えそうだ。そして、その口を開けて形容しがたい声をあげる。ああ……こいつは、俺を玩具おもちゃと思ったのか……それとも、好敵手ライバルと思ってくれたのか。表情からは読めないが、それでも手に持った棍棒を風音かざおとが鳴るように振り回す。ゾクリと背中に悪寒おかんが走る。ああ、こいつは強い。オークのどちらかが群長トループリーダーかと思ったが、こいつが群長だったのか。

「おおおおおおおおおおお!!!」

 俺はあいつの顔をにらみながら雄叫おたけびを上げる。お前なら理解するだろう?俺がお前の相手だ。さぁかかってこい!と、その声を聞いた相手の顔が更に歪んだ。そして、同じ様に雄叫びを上げ返してきた。……今ならわかる。あいつも俺が相手をすると、かかってこいと言っている。……嗚呼ああ、こいつは武人なのだと。戦士なのだと。ならば、後は戦うのみ。

「いざ!!!」

 ◆◆◇◇◇◆◆

「おおおおおおおおおおお!!!」

 ”ボクの勇者様アイル”の雄叫びが聞こえてくる。
 ああ、”ボクの勇者様”!その声で心の底から勇気があふれてくる。トロールの雄叫びも聞こえてきたけども、恐怖をいだくことなんてなかった。”ボクの勇者様”の雄叫びが力をくれているんだろう。……これが戦女神いくさめがみ様と、首座神しゅざしん様の加護なのかも知れない。

「グルルルアアアアアウ!!」

 オークが雄叫びを上げながら、自身の得物で盾をガンガンと叩く。……ボクが”ボクの勇者様”に触発しょくはつされた様に、こいつもトロールの雄叫びに触発されているんだ。でも、ボクは負けない。”ボクの勇者様”から預かったこの剣がある。その剣の平を肩に乗せるようにして走る。
 オークが盾を正面に向け、身体を盾の後ろに隠そうとする。……それなりに経験を積んでいる相手だ。できる限り、自分の身体を隠して、少しでも有利に戦おうとしている。……だけど、わかるんだ。いやらしい視線をね。ボクはこれでもそれなりにスタイルは良いと思ってる。出る所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいる。そして、”ボクの勇者様”が評してくれた、白雪しらゆきの様な肌。……それが雄をきつけるのはわかってるんだ。酔った上で、絶好の獲物。いつもの様にしようとしていても、ああ……あなどっているのがわかる。
 長剣を両手で握り、ビュン!ビュン!と風切かぜきり音をさせる様に振り回す。左上から右下に。右上から左下に。ぐるりと円を描くように間合いを取る。相手もこっちを見ながら向きを変えてきた。そうそう、それでいいんだよ。お前の相手はボク。改めて、”たかの構え”でピタリと剣を止める。身じろぎをしない。ただ、構えを維持して待つ。……この緊張感……これが戦いなんだと改めて理解できる……。ひたいをうっすらと汗が流れるのがわかるんだ。相手以外は気にならず、周りの音が遠く、遠くなっていく。数分……たった様な気がした。でも、実際は数十秒、ほんの少しの時間なんだろう。先に音を上げたのは相手だった。

「グアアアアアアア!!」

 盾を前に構えながら、手に持った剣を振り上げボクを斬ろうと襲いかかってくる。下半身は盛り上がったままだ。嬉しくはないけども、ボクの肢体からだを見て興奮してるってことだろう。……であれば、”ボクの勇者様”も興奮してくれるんだろうか。……後で、めてもらおう。それを想うだけで、力がみなぎってきた!さぁ、戦女神よ!ご照覧しょうらんあれ!あなたのしもべの活躍を!加護をさずけた勇者のしもべの活躍を!

「せえええええええええい!!」

 相手が迫ってくるのに合わせて、一歩前へ踏み出す。その一歩に合わせて、剣を振り下ろす!風を斬る音と共に、振り抜いてみせた。そして、下段に剣を構えながら、振り返る。オークが、何をされたのかと、ただの小娘か、みたいな表情を浮かべながら振り返ってきた。……うん。本当に、この長剣は素晴らしい。肉を断っているはずなのに、血がついてさえいない。

「グフフフ……グギャギャ?!」

 笑い声を上げながら、ボクに近づこうと歩きだすと、苦悶くもんの声を上げ始めた。……ああ、やっと気づいたみたいだ。綺麗に斜めに傷が走って、それが開く。血と共に臓物ぞうもつこぼれ出す。溢れ出た臓器ぞうきを腹にしまうようにかき集めようと、膝をつき、飛び出た臓物をかき集めている。そして、溢れ出た内臓をかき集めて、抱きかかえるようにそのまま、ピクリピクリと震え、動きを止める。

「……次は、バーバラの手伝いをしなきゃ……って、そっちも片付いたかな。」

 隣で戦っている戦友の方へ視線を向ける。

 ああ、やっぱり。

 ◆◆◇◇◇◆◆

「おおおおおおおおおおお!!!」

 おお、おお!なんと心躍こころおどる状況か!
 ”我が主アイル”の雄叫びの、なんと心を揺さぶるものか!勇気が溢れてくるのがわかる。トロールの雄叫びは恐怖を呼び起こすと言うが……もしや、これが加護の力かの? そうであるならば……ああ、我は今、英雄譚えいゆうたんの中におるんじゃな! 本当に、本当に、”我が主”は規格外過ぎるのぉ!

「我が名はバーバラ!お主の相手は我じゃ!さぁ、かかって参れ!!」

「グルルルアアアアアウ!!」

 目の前に居るオークが我の声に応えるように吼える。ああ、嗚呼!そうじゃ、我がお前の相手じゃ!お主の運命と、我の運命!そのしのぎ合いじゃ!
 盾を構えながら腰を落とす。そして、そのまま駆け出す。相手も盾を構えて待ち構えておる。まずは押すとするか……横振りで一撃を入れようとしてみる。衝突音と共に、盾とメイスが弾ける。ふむ、ちゃんと抑えて来てるな……しかし、フィーリィの”酩酊ドランク”が効いているのじゃろう。たたらを踏んだのが丸見えじゃ。我に反撃をするために、斧を振りかぶる。そう、そうくるじゃろうな。じゃが……!!

「グラアアアアアア!!!」

 勢いよく振り上げた斧を叩きつけるように振り下ろしてくる。盾で受け流して、やり返すのが安定じゃが……。我もルナが言う、勇者の伴侶はんりょである事を示すとしようか!一歩。一歩大きく踏み込み、振り上げた手に対して”盾をぶち当てるシールドバッシュ”。大きい音と共に腕を跳ね上げた。普段であればオークの膂力ばかぢからがあれば、抑え込めたじゃろう。じゃが、酔っているせいか斧がすっぽ抜けおった。これには、相手も目を丸くしておるわ。盾を動かせぬように上から盾で抑え込む。そして、メイスを叩き込む!ひと!ふた!み!!……と、叩き続ける。

「グアア……。」

 一発叩きつけるごとに、少しずつ動きが鈍くなって行く。そして、断末魔だんまつまの声を上げ、動きを止めた。……ああ、嗚呼。首座神に、戦女神よ。我にこの様な機会を、えんを与えて下さったことに感謝いたします。少しの間だけ、祈りを捧げる。

「さて、ルナの方を手伝うか……。……まぁそうなるじゃろうな。」

 隣で戦う戦友へ視線を向ける。

 そこには……。

 ◆◆◆◆◇◇◇◆◆◆◆

「おおおおおおおおおおお!!!」

 アイルの雄叫びが聞こえてきた。何だろう……今まで、感じたことのなかった高揚感こうようかんを感じるのがわかる。嗚呼……あたしは、あいつの伴侶になったんだな。その事を改めて感じさせてくれる。首座神と戦女神の加護。それを授かったあいつは……何なんだろう。でも、今までになかった何かを感じさせてくれる。……さぁ、今からあたしの役割をこなさないと!
 オーク二人にはバーバラとルナが。トロールにはあいつが向かった。ゴブリンの位置は……ああ、あの辺りか。……ぐーすかと眠っているな。あいつの”誘眠雲スリープクラウド”が綺麗に決まったみたいだ。三匹とも、うつ伏せに倒れている。まずは一匹。

「Zzzz……グゲッ。」

 頭を上げ、首をき切る。うう……臭い。……こういう仕事をしていれば人を殺したり、獣を殺したりすることはある。血生臭さは慣れる。しかし……この不潔さから来る臭さは慣れないなぁ。ビクンビクンと震えてるが、起きる気配はない。次……。

「Zzzz……グゴッ。」

 二匹目。これも頭を持ち上げ、首を掻き切った。血が溢れて広がっていく。広がる度にビクンビクンと震え、そして、止まった。……よし、次だ。もう一匹の方へ近づいていく。頭を掴んで持ち上げ……。

「グルルルアア!!」

 ……しまった。油断した。ゴブリンが眠ったふりをしている可能性を無視してた。ゴブリンはあたしが頭を掴んだのを好機と見て、そのままあたしに飛びかかってきた。身長としてはあたしと同じくらいだ。飛びかかられると共に、ゴロゴロと一緒に転がることになる。そして、ゴブリンがあたしの上に馬乗りになった。二度、三度と殴りかかってくる。頬に数発、鼻に一発。鼻から血が流れ出る。痛みに涙が溢れるのがわかる。剣を落として、顔を守るように手をクロスして守ろうとしてしまった。

「グギャギャギャギャ!」

 あたしの姿を見て、ああ、こいつはやれると考えたのか……股間を大きくした上で、舌なめずりをしているのがわかる。ああ、ゲスい。手に持った剣で、あたしの胸元に刃を通して服を裂く。……みんなと比べると出ていないけど、胸があらわになる。あたしのその姿に興奮したのか、ゴブリンが剣を捨てて胸にしゃぶりついてきた。嗚呼、この時を待っていた!

「ゲヒィ!?」

 ”酩酊”で酔っ払っているのは分かってた。だから、戦闘中とは言えゴブリンなら性欲に駆られると思っていた。その大きくした股間を思いっきり膝で蹴り上げてやった。……裏通りで鍛えた膝蹴りだ。久しぶりに繰り出したが”良いアタリクリティカルヒット”した!グシャって音が聞こえると共に、ゴブリンは股間を押さえながら悶絶もんぜつしている。そんなゴブリンを尻目に、さっき捨てた小剣を掴み、ゴブリンの喉元に撃ち込む!

「ゴブォゴブゥ……。」

 喉元と、口から血泡ちのあわを吹き出しながら、ゴブリンは崩折くずおれた。……裂かれた胸元を隠すように服を寄せる。それと共に立ち上がり、周囲を見回す。……バーバラとルナはまだ戦ってた。……でも、あの二人なら大丈夫。あたしより強い二人なら大丈夫。

 であれば……。

 あたしは、あいつのいる方へ目を向けた。

 ◆◆◆◆◇◇◇◆◆◆◆

 俺は、トロールの前に向かって、長傘を構えながら進んでいく。
 把手とってを持ち、刺突用の剣の様に構えた。重い風切り音を響かせながら迫るトロールに対して正対する。
 棍棒の一撃を喰らえば、ただでは済まない。鎧を着込み、盾を構えたバーバラだったとしても、下手をすれば腕が折れるだろう。ならば避けるだけだ。

「さぁ、くぞ!!」

 トロールのふところに入り込む様に、踏み込む。一歩、二歩と踏み込む。それに合わせて、棍棒が振り下ろされた。酔っているせいか、狙いが甘い。しかし、大きさと膂力から衝撃が大きいのは想像に難くない。横にひとっ飛びする。振り下ろし、叩きつけられた衝撃で土が吹き上がった。吹き上がった土が顔にかかる。……予想以上か。
 土がかかるのを無視しながら、腰を落とし、気合と共に石突いしづきを撃ち込む。

「グオォ!?」

 俺の突きを食らって身体がグラつく。……予想以上に皮が厚い。手応えが浅い……有効打にはなってないのがわかる。俺よりも大きく、重い。そして皮は厚く、そのままだと有効打になり得ない。……で、あればどうするか。急所と言われる場所はいくつか存在する。それが全部一緒とは言えないだろうが、身体の作りが似ている以上、似てはいるだろう。そう相手の身体を観察していると、ヒュンという風切り音と共に矢がトロールの目に突き刺さった。飛んできた方を見ると、フィーリィが次の矢をつがえ、射ようとしているのが見えた。

「グルララアアアアアアア!!!」

 トロールがフィーリィの横入りに対して激怒するかの様に吼える。自分の目を射ったであろう相手を探すように俺を無視して見回していた。そして、フィーリィの姿を見つけ、視線を固定した。

「グオオオオ!!」

 小賢こざかしい攻撃をしてきた女エルフを殺してやろうと考えたのかはわからない。だが、こいつは俺が目の前に居るのに別の敵を攻撃しようとしている。……嗚呼、改めて俺は一人では無いことがわかる。そうだ。俺たちは”一党パーティ”なのだ。一人で戦っているわけじゃない。で、あれば……やることは決まっている。

「せえええええい!!」

 俺を押し退けてフィーリィへ進もうとするトロールの手を避けながら、くるりと回って、トロールの片膝の後ろに石突きを叩き込んだ。膝は正面からの衝撃には比較的強いが人体の構造上、裏からの衝撃には弱い。そんな所に俺の気合の入った一撃を叩き込まれれば……。

「グオオオオ!?」

 トロールが驚愕きょうがくと取れる声を上げながら崩折れ、ズシンと重たい音を響かせながら仰向けに倒れた。トロールは自分に何が起こったのか、理解が出来てないようだった。倒れるのに合わせて一歩、二歩と頭部へ近づく。相手の顔を立ったまま見下ろす。トロールは俺を見上げて、今の状況が理解できないが立ち上がろうともがき始めた。だが……遅い。

「ふん!!」

 気合いと共に足を踏み降ろす。狙いは……首。頭は頭蓋骨があるため、致命傷を与えるのは困難だ。だが、首は人の姿を取っている限り構造上弱い。そこに、気合の入った俺の踏み抜きが入る。皮は固くとも、その衝撃を吸収することはできない。ゴギンと鈍い音が響き渡った。トロールが驚きの表情を浮かべ、俺を見上げている。俺を引き倒そうと手を伸ばしてくるが、それを尻目にもう一度踏み抜いた。ゴギキンと鈍い音が再度響き渡る。そして、引き倒そうと伸ばしてきた手が止まり、トロールの目の焦点が離れた。
 足をどけて、トロールに向かいながら構えを取る。……残心ざんしん……。呼吸の為に胸が動くこともない。

 構えをとき、周りを見回す。
 バーバラはニカリとした笑みを向け、フィーリィは番えた矢をしまいながらこちらへ向かってくる。ピッピは裂けた胸元を隠すようにし、ルナは尻尾をぶんぶんと振っていた。

 俺は皆に向かって、拳を突き上げて見せた。

 俺たちは勝ったのだ。
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