上 下
10 / 31

Session01-10 殺気

しおりを挟む
「皆で風呂に入るぞ!!」

 バーバラが満面の笑みを浮かべながら、皆に宣言をした。そして、席を立つ。その発言に続いて三人が席を立った。立った四人が一人に視線を向けた。
 勿論、その席に腰を下ろしたままなのはアイルであった。

「……皆が入った後、風呂に入らせて貰う。先に行ってくれ。」

「アイル、それは駄目だよ。」

 アイルの言葉をルナが一言で否定する。ルナの顔を見るとアイルは罰が悪そうな表情を浮かべる。何故ならば、ルナが怒っていたからだ。

「アイル。みんなはハーレムに入ることを決めて、あなたも覚悟を決めたんでしょう?なら、あなたも一緒に入らなければ駄目だよ。」

「そうだぜ、アイル。ここにいるみんなはあんたを信じて、納得してるんだ。だから、一緒に入らないとな。……あたしに言ってくれた事だけども、そっくりあんたへ返すよ。自身を卑下しないでくれ。あたしはそんなあんたで良いと思ってるんだ。」

「ルナとピッピの言う通りです。こういった事に慣れていただかないといけません。」

「アイル、観念せい。遅かれ早かれ辿る道ぞ。ならば、早いに越したことはあるまい?ん?」

 四人が四人とも別な言葉をアイルへ投げかける。必要なのは、アイルの覚悟。ただそれだけだった。
 その四人の言葉を聞いた後、アイルは一息、溜息を吐く。そして、そのまま重い腰を上げた。四人はその動きを見つめている。
 その視線を避けるように顔を少し背けた。しかし、彼女の白い頬を朱を指したかのように赤く染めている事が見て取れた。

「……俺が悪かった。一緒に入ろう。」

 皆一斉に頷き、アイルの手を取ったりしながら、部屋を出て一階に降り、風呂場へ向かって歩いていく。妙齢の女性五人が話しながら歩いていることもあり、そこに大輪の花束があるように見える。店の従業員や、他に宿泊している客、男女問わず、溜息を吐いたり、または彼女たちの肢体を想像したのか下心が満載の視線を送っていた。
 ふと、アイルが歩みを止める。皆が疑問に思い、アイルの顔を見上げると、ニコリと微笑んで見せた。そして、歩法によるものかすぅっと振り返ると共に、間髪を入れず真顔で殺気を放った。その圧を感じた人全員がビクリと体を強張らせる。冒険者や傭兵であろうか。一部の客が席を立ち、アイルへ向き直り、腰に下げた剣に手を添えた。その一連の動きと、そして、アイルが殺気を放っている事を感じたバーバラは苦笑いを浮かべながら、アイルの太ももを叩いた。

「あー、店主、仲間が迷惑をかけた。詫びと言ってはなんじゃが、今、この場におる客、店員…勿論店主もだ。エールですまんが、一杯ずつ出してやってくれ。……行くぞ、アイル。ハーレムを作ると決めたから、庇ってくれたんじゃな。ありがとうな。」

 食堂兼待合室全体に響く様にバーバラが、皆に一杯奢るよう店主へ告げる。その言葉と共にアイルは殺気を納め、くるりと向き直って歩みを進める。それを見た後、バーバラが優雅に一礼をし、続いて歩いていった。

 その姿を見送った客の中で、立ち上がり身構えた冒険者と思わしき者達は、奢られたエールを口にしながら、今の一瞬の出来事を振り返っていた。

「……つい、剣に手をのばしちまった。……しかも、見てみろ。まだ震えが取れねぇ。」

 剣を腰に下げていた戦士と思わしき男は、自分の手のひらを机の上に置き、皆に見せる。確かに今も、少し震えてるのが見て取れる。
 一緒の席にいる魔術師然とした男はトレードマークと言える帽子を手元で弄っていた。

「君は立って身構えただけ凄いよ。私は”蛇に睨まれた蛙”だったか。あの故事の様に、席を立つことさえできなかったさ。今でも、冷や汗が止まらないよ。」

「……多分、下品な目で見られた事に対して殺気を飛ばしたんじゃないかな。」

 エールの入った盃を持って、何かを考えているのか野伏の格好をした女がそう口にした。そして、エールを一口呑んで、「うん。多分そうだと思う。」と続けた。
 野伏の言葉を聞いて、戦士は髪をガリガリと掻きむしった。”たった”それだけの事で?そう、戦士の顔は物語っていた。魔術師も、野伏の言葉に頭を捻っている。二人がそうなっていると言うことは、野伏にとっては良いことだった。鬼人族の彼女の殺気を飛ばした理由が、この二人ではないことが分かったからだ。

「”たった”じゃないのよ。女はそう言った視線には敏感よ。彼女たちは風呂場へ向かうことが分かっていた。そして、向かうとしたら、風呂に入るに決まっているわ。それを想像して彼女達の体をジロジロ見てた奴がいるんじゃないかしら。」

 野伏の言葉に、戦士と魔術師は沈黙で答えた。彼らも男である。見目麗しい女性がいて、これから風呂に入るなんて情報があれば、想像してしまうだろう。流石に同じ様な冒険者であり、自分達が一党を組んでいるから、軋轢を産まないように抑えるという分別があった。そう言った分別がない相手がいたからこそ、先程のような事になったのだろう。
 それに、野伏は口にしなかったが、ハーレムという言葉と共に鬼人族のであろう名前が、彼女の鋭敏な耳にかすかに聞こえていた。そうなると、自分の大切な相手を守るためにしたのだろうと理解できる。

「……改めて気をつける。」

「……私も気をつけるよ。」

 野伏の言葉を聞いて、二人は思うところがあるのであろう。彼女に対して注意する旨の言葉を伝えた。恋人というわけではないが、仲間として、一人の女として、そう気を配ってくれるのは嬉しい。
 この空気を変えるように、エールの入った盃を手にし、掲げる。それを見た二人も盃を掲げた。

「二人が気をつけてくれてるのは分かってるよ。……だからありがたく奢ってもらっちゃおう?」

「「「あの一党に感謝を!」」」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

機龍世紀3rdC:暗黒時代~黒髪の騎狼猟兵

武無由乃
ファンタジー
 家の神社の裏にある禁足地に勝手に踏み込んでしまった小学生アストは、女子高生の姉カナデと共に異世界サイクレストへと飛ばされる。その世界にある三つの大陸のうちの一つソーディアン大陸で目覚めたアスト達は、突如謎の騎士の襲撃を受ける。その襲撃から命からがら逃げだしたアスト達だったが、その逃避行の間に姉カナデとはぐれ、ただ一人黒の部族と呼ばれる人々に助けられる。  そして……。  それから八年の後、逞しい戦士に成長したアストは、姉を探し出すためにソーディアン大陸を巡る旅に出る。 共に育った黒の部族の妹リディアと共に……。  神が食い殺された大陸を巡る、異邦人アストによる冒険物語。 ※ 本作品は、本編が『Chapter 〇』と『World Building 〇』というページによって構成されています。『World Building 〇』は世界設定を解説しているだけですので、もしストーリーだけ楽しみたい方は『World Building 〇』のページを飛ばして読んでください(ただし『World Building 0 ソーディアン大陸』は読んでいること前提でストーリーが進みます)。 ※ 『同時掲載』小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、ノベルアッププラス、ノベリズム、ノベルバ、Nolaノベル ※ 一部の投稿サイトには世界・地方地図が掲載されています。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

男女比:1:450のおかしな世界で陽キャになることを夢見る

卯ノ花
恋愛
妙なことから男女比がおかしな世界に転生した主人公が、元いた世界でやりたかったことをやるお話。 〔お知らせ〕 ※この作品は、毎日更新です。 ※1 〜 3話まで初回投稿。次回から7時10分から更新 ※お気に入り登録してくれたら励みになりますのでよろしくお願いします。 ただいま作成中

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

魔王を倒した勇者

大和煮の甘辛炒め
ファンタジー
かつて世界に平和をもたらしたアスフェン・ヴェスレイ。 現在の彼は生まれ故郷の『オーディナリー』で個性的な人物達となんやかんやで暮らしている。 そんな彼の生活はだんだん現役時代に戻っていき、魔王を復活させようと企む魔王軍の残党や新興勢力との戦いに身を投じていく。 これは彼がいつもどうりの生活を取り戻すための物語。 ⭐⭐⭐は場面転換です。 この作品は小説家になろうにも掲載しています

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

処理中です...