華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
210 / 221
王の腹心

望外の人物

しおりを挟む
 新たに仲間となったジイルと共に、ハヨンたちは本拠地である孟へと向かった。
 その最中で、喪に服すために黒い暖簾を軒下に掲げる民家がちらほらと見受けられた。恐らく家族の誰かが戦で亡くなったのだろう。
 その度に、つい大切な人が亡くなった家族のことを考えて胸が痛むが、慌てて気を逸らす。
 奉謝の儀に向かう時は夜中であったことや、山の方向は民家が少ないため、このような光景が広がっていることに全く気づいていなかった。
 しかし、ハヨン達が孟に近づくにつれて、喪に服している家々はまばらになっていく。リョンヘ側についた民達は守りきれたということが明白だった。
 孟の入り口に立つ兵士達は、リョンヘの顔を見るや否や、妙な表情を浮かべた。焦っているのか、喜んでいるのか、とにかく、危機的なものではないことは伝わってきた。

「ご苦労様。それにしてもお前達、何かあったのか?」

 リョンヘもそのことに気付いたのだろう。兵士は一瞬目を泳がせた。

「あの、ヘウォン様が…いらっしゃってます」
「えっ」

 ハヨンは思わず声が出てしまったが、それは見事にリョンヘと重なっていた。
 ヘウォンは崩御したヒチョル王から厚い信頼を寄せられていた武人である。そして、ハヨンが所属していた白虎隊の隊長でもあった。
 数々の武功をあげた彼が、この国が危機に瀕しているにも関わらず、何をしているのか噂にすらならないのは、明らかに不自然だった。彼がイルウォンに易々と殺害されるはずがないだろうが、ハヨンはずっと気を揉んでいた。

「今、ヘウォンはどうしている」
「すぐそこの留置所で待機してもらっています。王城から逃れてきたと言ってはいましたが、鵜呑みにして城内に入ってもらうわけにもいきませんので…。」

 兵士は小さな小屋を指差した。怪しい者が孟の領地内へ入ろうとした場合、身元を確認するまで待機する留置所がある。この反逆を企てたイルウォンが、人を操る能力があることを知った以上、幾ら見知った人物であっても、簡単に通してしまう訳にはいかない。
 ましてや、今回の人物はヘウォンである。彼が闘いを始めれば、兵士が束になっても止められないだろう。

「わかった。今すぐ会おう。チェヨンとジイルは城内に向かうんだ。ハヨン達は、ついて来てくれ。」

 ヘウォンと戦うようなことになれば、やはり人の力だけではどうにもならないだろう。ハヨン達は頷く。

「何、すごい人なの?」

 ムニルがハヨンにそっと耳打ちをした。

「おそらくこの国の武人の中では一番強いお方だよ。」

 納得した表情で、ムニルとソリャが頷いた。
 チェヨンとジイルが、兵士に孟の中へと案内されたのを確認してから、小屋に向かう。
 小屋は領地内へ入る者の確認や、兵士の休憩などに使われるため、かなり簡素な作りだ。そして中も狭いことは分かりきっているため、剣を使うのは至難の業だろう。
 ハヨンは忍ばせていた暗器を、取り出しやすくなっているのか手で確認する。
 リョンヘが戸に触れようとする。

「ここは私がします。」

 戸を開けた瞬間に、ヘウォンに攻撃されてはひとたまりもない。ハヨンはそう制止した。

「わかった。頼んだぞ」

 ハヨンはリョンヘと交代し、戸に手をかけた。振り返り、皆の様子を確認する。頷いたのを見て、戸を開けた。

「久しぶりだなぁ!」

 その瞬間、懐かしい声が響いた。相変わらずとんでもない声量だ。まるで声に鈍器のような衝撃がある。

「お久しぶりです」

 ハヨンは思わず首を縮こませながら会釈した。

「その様子を見るに、どうやら無事みたいだな」

 リョンヘは安堵した表情である。
 兵士が念の為に拘束したのだろう。両手は縄で縛られている。しかし、ヘウォンはそのことを気にする素振りは全くなかった。恐らく彼ならば、これぐらいの拘束は易々と解けるだろう。そうしないのは、敵意がないことを示すためである。
 衣服はくたびれ、煤がついているが、傷一つ見つからない。

「リョンヘ殿下もご無事で何よりです」

 ヘウォンは緊張が解けたのか、椅子にもたれかかる。ぎっ、と椅子が苦し気な音を立てた。

「なぜ、今になってここに来たんだ?」
「勿論、イルウォンの元から逃れたかったのですが、人質を取られましてね。」
「人質?」

 ハヨンとリョンヘは首を傾げた。彼に妻子はいない。もしかすると、親戚等の一族のことかもしれないが、彼は次男であり、家は継いでいない。
 そのため、王専属の護衛を担う彼は特別に王城内に屋敷を与えられていた。
 そのような彼が人質を取られ、守らなければならないものと言うと、答えは明確だった。

「まさか、父上は生きておられるのか」

 リョンヘが凄まじい勢いで問う。

「ほぼ確実と言えます。どうやら、イルウォンは何かを探しているらしい。それ故、その在処ありかを知るまでは手を出せないようです。」
「よかった…。」

 リョンヘの脱力しきった声は、安堵や不安がないまぜになっていた。

「イルウォンは私を行動を逐一監視されていましたが、反逆が起こった直後の一度だけ我が主と会うことができました。リョンヘ様達のことを心配されていましたよ。」

 随分前とは言え、弑逆されたというのは虚偽の内容であったことの証拠である。
 ハヨンはリョンヘをちらりと見ると、彼の目は少し潤んでいた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...