華の剣士

小夜時雨

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四獣

孤独な神様 伍

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 ジイルが村人を撒き、山の中に逃げ込んだ頃には夜は更けていた。虫の音が響き渡っている。後ろを振り返るが、もう誰もジイルを追う者はいなかった。
 ジイルは息をつき、その場に倒れ込んだ。深く積もった枯れ葉が彼を優しく包む。本当に静かで、ここにはジイル一人だけだ。しかし社で感じたような孤独はここにはなかった。虫や植物、そして獣が息づいている感触が伝わってくる。
 ジイルは大きく手足を広げ、目を閉じた。

「僕はもう自由なんだ。」

 清々しさと共にそう言葉がついて出た。死者を蘇らせることが村人のためになると、そう己をも騙し続けていた。しかしそれはとても息苦しかった。
 とはいえ、ジイルはこの自由に歓喜することと、村人との罪悪感を持つことで、心情は常に激しく入り乱れていた。
 そして突然解放されたため、これから己がどう行動していけばいいのか戸惑いもあった。今までは本意ではなかったが、村人たちに頼まれたことをすれば良かったからだ。
 ジイルは神と崇められ、村では貴人のような扱いを受けた。そのため、村人の中でも知識のあるものが師となり、少しではあるが学問の心得もあった。村にある数少ない書物や、口伝を見聞きした。外の世界は環境も人間も多種多様であることを知っていた。
 しかしそれは、村の社に居続けたジイルには触れられないものだった。実際にこの目で見たいと思ったこともあった。

(今は何をすればいいかもわからないけど…。とりあえず僕の住んでいた村以外のものを見てみよう)

 もしかすると、今までのような扱いをされず、ただひっそりと暮らすこともできるかもしれない。
 そうジイルは考えて立ち上がる。しかし、己の纒う装束の重さによろめいた。
 改めて見ると装束は平民のものにしては豪奢で、村の外に出ると目立つことは間違いない。
 ジイルは羽織を一枚脱ぎ、一部は丈を短くするために引きちぎった。側から見れば裾がほつれて見窄らしくなったが、体が軽くなったことにジイルは驚いた。

(これならどこにでも行けそうな気がする。とりあえず誰も僕のことを知らないところへ行こう)

 夜中の山など視界が悪く、何が潜んでいるかもわからない。しかし、ジイルはそのことに対する恐怖はあまりなかった。手探りではあるが、そろりとそろりと進んでいった。


_______________________________

「僕の力は愛する人を失った人間にはとても魅力的に感じられるみたいです。そして、亡くなった人間を色んな目的で利用しようとする者もいます。なので僕の力を欲する人たちはどうしても信用できません。」

 ジイルはリョンヘ達に、今までの経緯をかいつまんで話した。しかし、この話を知れば利用したくなるものが多い。彼らに悪い印象は無かったが、豹変するのではないかと不安でもあった。
 とはいえ、ジイルが話す間も皆驚く様子は見せたものの、詮索したりと口を挟む様子はない。己の利益のことだけを考えているのであれば、もっと一方的に話をしてくるだろうと思っていた。

「そうだな。俺にも失いたく無かった人は沢山いる…。でもジイルの言う事が本当だったのなら、俺はその力を使って生き返ってほしいとは思わないな。それに、生き返らせると言うことは完全に俺たちの欲のためだ。死者本人は望んでいことなのかもわからないし、良いことではないな。」

 リョンヘの返答に、ジイルは安堵する。とはいえ、ここで安堵してはいけない。

「僕はあなた達に付きます。しかし持っている力の全てを使ったりはしません。人や動物の命を扱うことだけはできない。それがあなた達について行く条件です。」

 ジイルはリョンヘの目を真っ直ぐに見つめる。リョンヘは目を逸らすことなく受け止めた。

「ああ、約束しよう」

 頷き、ジイルの傍に歩み寄る。そしてジイルの前に手を差し出された。その手を取って握手する。一見すると線が細く、飄々としており、殺伐とした雰囲気はない。しかし実際に手に触れると皮膚は硬く、武術の心得があることは瞬時に理解できた。
 ただ権力や欲に塗れ、苦労を知らず、甘やかされて育った王子ではないと、ジイルは手のひらに伝わる感触から感じ取った。

「あんたが望まないことを俺たちは強制したりしない。でも、この国はかなり危険な状況で四獣の力が必要だ。もう一度言うが、あんたに力を貸して欲しい。どこまでであれば許容範囲なのか、決めてしまわないか」

 手を離し、リョンヘが問いかけてくる。
 その問いについては、ジイルは既に答えは決まっていた。

「先程言ったように、人や獣の命に関することには使いません。こうして戦で焼かれてしまった草花を蘇らせることだけに使います。」

 社から逃げてからと言うもの、ジイルは国内を放浪した。自ら穀物や野菜を生み出せるため、食べたり物々交換に用いることもできた。
 そうして食い繋いでいきながら、村々を見ていくことで、人々の優しさに触れることも多々あった。そう言った時はこっそりと作物を生み出すことで礼としていたが、徐々に荒れている土地を潤すことがジイルにとっての役割のようになっていた。それは、今まで人々の命を軽はずみに扱った贖罪のつもりでもあった。
 ジイルは己の力を使う限度を、少しずつ理解していったのだ。


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