華の剣士

小夜時雨

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四獣

冬の芽吹き 肆

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「…。今、国の中で王族達が争っているのは分かっています。それに、僕だってこの力のことは知りたい。でもだからこそ、僕はそこに巻き込まれたくないんです。」
「そうは言っても、この前の戦の結果がこれだろ。いつかはこの国の全員が巻き込まれるのは避けられねぇよ。」

 ソリャが先程たどってきた山の麓を指差しそう言うと、青年はぐっと押し黙る。

「なら、あなた達に付くことで、私の身の安全は保証されるのでしょうか?話から察するに、あなた達は反逆者の王子についているのでしょう?」
「そうだよ。けどよ、それは根も葉もねぇ話だし、王城側の人間はきっと俺や他の力を持つ人間を自動的に敵対視するのは確定だ。」

 青年はよほど衝撃が大きかったのか、二、三歩後ずさった。目は見開かれ、青ざめている。

「それは、貴方達以外の人間も僕の力のことを知っていると言うことですか?」
「ああ。それに向こうは私利私欲のために動いているようにしか見えない。初めは待遇が良かったとしても、後で捨て去られると思うな。」

 ソリャは人と関わることを極端に恐れてきた。そのため、協調や共感するということがなかったのか鋭い物言いをする。しかし、それ程人を警戒してきていたからか、人の本性を察することが得意なようだった。政治や駆け引きと縁遠い生活であったにも関わらず、その手のことを理解している。

「…。ということは、どれがより利点が大きいかという話になりますね。」

 青年は険しい表情で、小さく呟く。本来ならば何処にも属したくない彼にとっては、そういう結論になるだろう。

「そういう事だ。いつか同じ決断を迫られるのは間違いねぇ。それなら安全なうちに選んでおく方がいいぞ。そう言っても、俺たちの提案は脅しみてぇに感じるだろうけどな。」

 ソリャは気まずそうに視線を外している。彼はぶっきらぼうだが、もともと繊細だ。これ以上青年を追い詰めたくないという心情がありありと察せられた。

「…。わかりました。しかし、貴方みたいに僕は誰かに全面的に協力するなどはしません。哀れみや慈善の気持ちを持ってしたとしても、必ず争いを産むからです。僕は人のために動くことはできません。」
「それでも良いよ。王城側に着くことが俺たちにとって最悪な状況だからな。」
「貴方はそう言ってくれますが、貴方の主人にあたる人物がどう思っているのかは…わかりませんよ…。」

 青年は気弱なように思えるが、その皮肉めいた発言は対照的だった。その不調和は彼の過去が大きく影響しているに違いない。
 彼の発言を聴き、逃げる恐れもないと判断したからか、ハヨンの隣で息を潜めていたリョンヘがすっくと立ち上がった。突如現れたリョンヘに対し、青年は猫背をさらに縮こませるようにして警戒する。

「突然で驚かせるが、俺があんたの言っていた主人に当たる者だ。」
「と言うことは、さっきから僕は見張られてたんですね」

 青年はそう言いながら辺りを素早く見渡す。これ以上隠れていては余計な不信感を与えるだけだと思い、ハヨンはリョンヘの傍へと向かった。それは他の面々も同じだったようで、木陰から姿を現す。

「見張るというのは少し違うな。あんたに話しかけるにはどうすれば良いのか慎重になっていただけだよ」

 リョンヘは警戒を解こうとにこやかに、そして砕けた物言いだったが、それは楽士のリョンに扮した時の立ち振る舞いそのものだった。つまり飄々と掴みどころがなく、むしろ胡散臭さが増していた。
 実際、ハヨンも初対面ではかなり警戒した。しかしその一方で、城下でのリョンは気さくな人柄なので、人々から慕われてもいた。出会った場所や相手の警戒の程度で大きく左右されるのだろう。

「そうですか…。よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。」

 リョンヘが手を差し出し、青年はおっかなびっくりにその手に応えて握手した。

(多分、心変わりすることはないと思うけど…。いつ打ち解けてくれるのかが問題かな)

 ハヨンの主観的な考えたが、孟に共に戻り、今の情勢や四獣のことを聴けば、彼も王城側に付こうとは思わないだろう。
 しかし、青年の警戒心は非常に高い。それは人を傷つけることを恐れていたソリャとは異なり、人と言う存在を恐れている様子だった。そのため、人と関わることを嫌っていると言うのが正しいのかもしれない。

「何はともあれ、こうして四獣がそろったのはめでたいことじゃ。全員が揃うと言うのは建国の時以来ではないかの?」

 老婆は満面の笑みを浮かべながら、じっくり見定めようとするかのように、青年の周りをぐるぐると歩き回る。
 青年はたじろいだが、

「四獣?」

と老婆の言葉を聴き逃さなかった。老婆はぴたりと足を止めふふん、と意味ありげな笑い声を上げる。

「そう、お前は四獣の玄武で間違いない。建国伝記は知っておるじゃろう?」
「知ってはいますが…。僕にとっては嫌な伝説です。やはりあなた達も伝説になぞらって、話をするんですね。」

 嫌悪を示しながら話す彼の姿は何とも不思議だった。
 ハヨンにとって建国伝記は、ムニルに実際に会うまではお伽話でしかなかった。とはいえ今の王族の起源ともなるので、どこかに事実が混じっているに違いないと幼い頃は期待してもいた。
 青年は己の力や伝説のことで、嫌な思いをしてきたのだろうか。

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