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四獣
冬の芽吹き 弐
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「ハヨン、どうかしたのか?」
リョンヘの声が耳を打ち、ハヨンは我に返った。リョンヘがハヨンと並ぶように馬を進めている。考え込んでいたせいか馬の歩みは遅くなっていた。
「大したことでは無いのですが…。」
ハヨンは口に出すべきか躊躇ったが、己の言葉を彼ならば軽く扱ったりしないだろうと考え直す。
「先程から季節外れな草花が咲いていることが気になっているのです。それもまぐれとは言い難い数で。」
「気になるのもわかる気がするな。俺たちは不可解な物事に頻繁に遭遇している。些細なことでも見逃すと好機を逃すかもしれない。」
「ならばそれを追ってみるかい?」
いつの間にやら馬から降りていた老婆が、身をかがめて草花の跡を追い、問うた。彼女の目は好奇心に満ち輝いている。もしかすると彼女の好奇心旺盛なところが若さの秘訣なのかもしれない。
「そうだな。あまり遠くには行けないが時間が許す程度に行ってみよう。」
「なら俺が先に行く。馬に乗った方が速いし、俺なら辿りながら馬よりも速く進める」
ソリャはそう言ってひらりと馬から飛び降りた。馬上から草花を探すのは見えづらいし、探しながら進むのは時間がかかる。彼のいう通り、1人が探索してそれについて行く方が効率がいいだろう。ソリャの脚力はうってつけとも言える。
「ああ、頼む。」
リョンヘの返答に、ソリャは勢いよく駆け出した。ソリャが馬に乗らずとも良いと言っていたのは真実のようで、馬の早駆けの状態でも追いつくことができない。
(こんなに速いのに、ちゃんと草花を辿っているんだ)
ハヨンは彼の脚力だけでなく、この速さで狙った物を目で追える捕捉力に驚いていた。彼の身体能力は人並みはずれているが、五感も同様なのだろうか。
平原を横切り、山に差し掛かったところでソリャは立ち止まった。
ここも先日の戦で使われたため、大量の火矢を受けた山は黒く、焦げ付いた臭いがしていた。
しかし、そこにも不自然なほど青々とした草花が道標のように咲いており、見上げると山頂付近に一本の木が葉を茂らせて聳え立っていた。見渡す限り茶色と黒の二色のみの景色の中で、萌える緑は一際目立った。
「あの木の辺りに何かあるのかもしれないわね」
ハヨンはムニルの言葉に深く頷いた。ここから先は目立った変化がない。ハヨン達は辺りに気配がないかを慎重に探りながら進んでいく。中間地点で馬を木に繋ぎ、そこからは徒歩で向かった。
枯葉が散乱している上に、霜が降り立った地面では音を立てぬよう歩くことは難題だった。皆慎重に神経を尖らせるようにして進んでいく。
そして例の木が目前に迫った頃、ハヨンは一行以外の気配を感じた。同行していた兵士とリョンヘも気づいたようで足を止める。他の者もそれに倣った。
ハヨンはリョンヘ達に目配せし、先に様子を見てくることを伝える。リョンヘが行ってこい、と言うように頷いた。ハヨンはそっと足を忍ばせて進んでいく。
ハヨンの師匠であるヨウは己の気配は消しながら、相手の気配を掴むことに長けていた。そのため、ハヨンもこういった役回りにはある程度自信があった。
気配を辿り、木陰からそっと覗いてみると一人の青年が立っていた。黒く柔らかな髪を短く切っており、やや猫背だ。彼はほっそりとした体型で、その猫背も相まってか、柳を思い起こさせた。
北風が強く吹いた刹那、彼は怯えるような表情で辺りを素早く見回す。警戒心が強そうである。
(無闇に近づくと、話す間もなく逃げられそうだな…。)
警戒心が強いのはソリャもそうだったが、彼らの印象は正反対だった。ソリャが獰猛な獅子ならば、青年は鼠のような小動物のようだった。
ハヨンはどう彼に近づくかを悩んでいた。そもそも、この不思議な状況に彼が関与しているとは断言できない。偶然居合わせた可能性もある。
しかし先程の彼の様子を見るに、人の気配に反応したのではなく、風に怯えているというのが正しそうだ。
(だとしたら、もう少しこのまま様子を見ておく方が良いのかもしれないな)
ハヨンはそのまま息を潜めて彼の動向を見守る。
青年は辺りを落ち着きなく見回した後、焦付き折れてしまった木の残骸に歩み寄る。そして、彼がそれに手を当てると、彼の手は灯火のような温かい光を発した。
(これは…!!)
ハヨンは瞬きも忘れて見入ってしまう。黒くなってしまった木の幹はみるみるうちに生気を宿し、他の木と変わらない、灰色がかった茶色に変化した。
(彼が玄武で間違いない)
しかしハヨンは四獣が揃うという安堵よりも、人ならざる力を目にして驚嘆のほうが勝っていた。
(彼の力は植物を蘇らせたり、生み出すこと…?)
確かにそれならば、玄武がいた北の領地が豊作だったことも、民が神のように崇めていたという噂にも納得がいく。彼は飢えを凌ぎ、生活を豊かにする存在なのだから。そして、このことが公になれば揉め事になるのは確実なので、秘匿されるのも必然である。
リョンヘの声が耳を打ち、ハヨンは我に返った。リョンヘがハヨンと並ぶように馬を進めている。考え込んでいたせいか馬の歩みは遅くなっていた。
「大したことでは無いのですが…。」
ハヨンは口に出すべきか躊躇ったが、己の言葉を彼ならば軽く扱ったりしないだろうと考え直す。
「先程から季節外れな草花が咲いていることが気になっているのです。それもまぐれとは言い難い数で。」
「気になるのもわかる気がするな。俺たちは不可解な物事に頻繁に遭遇している。些細なことでも見逃すと好機を逃すかもしれない。」
「ならばそれを追ってみるかい?」
いつの間にやら馬から降りていた老婆が、身をかがめて草花の跡を追い、問うた。彼女の目は好奇心に満ち輝いている。もしかすると彼女の好奇心旺盛なところが若さの秘訣なのかもしれない。
「そうだな。あまり遠くには行けないが時間が許す程度に行ってみよう。」
「なら俺が先に行く。馬に乗った方が速いし、俺なら辿りながら馬よりも速く進める」
ソリャはそう言ってひらりと馬から飛び降りた。馬上から草花を探すのは見えづらいし、探しながら進むのは時間がかかる。彼のいう通り、1人が探索してそれについて行く方が効率がいいだろう。ソリャの脚力はうってつけとも言える。
「ああ、頼む。」
リョンヘの返答に、ソリャは勢いよく駆け出した。ソリャが馬に乗らずとも良いと言っていたのは真実のようで、馬の早駆けの状態でも追いつくことができない。
(こんなに速いのに、ちゃんと草花を辿っているんだ)
ハヨンは彼の脚力だけでなく、この速さで狙った物を目で追える捕捉力に驚いていた。彼の身体能力は人並みはずれているが、五感も同様なのだろうか。
平原を横切り、山に差し掛かったところでソリャは立ち止まった。
ここも先日の戦で使われたため、大量の火矢を受けた山は黒く、焦げ付いた臭いがしていた。
しかし、そこにも不自然なほど青々とした草花が道標のように咲いており、見上げると山頂付近に一本の木が葉を茂らせて聳え立っていた。見渡す限り茶色と黒の二色のみの景色の中で、萌える緑は一際目立った。
「あの木の辺りに何かあるのかもしれないわね」
ハヨンはムニルの言葉に深く頷いた。ここから先は目立った変化がない。ハヨン達は辺りに気配がないかを慎重に探りながら進んでいく。中間地点で馬を木に繋ぎ、そこからは徒歩で向かった。
枯葉が散乱している上に、霜が降り立った地面では音を立てぬよう歩くことは難題だった。皆慎重に神経を尖らせるようにして進んでいく。
そして例の木が目前に迫った頃、ハヨンは一行以外の気配を感じた。同行していた兵士とリョンヘも気づいたようで足を止める。他の者もそれに倣った。
ハヨンはリョンヘ達に目配せし、先に様子を見てくることを伝える。リョンヘが行ってこい、と言うように頷いた。ハヨンはそっと足を忍ばせて進んでいく。
ハヨンの師匠であるヨウは己の気配は消しながら、相手の気配を掴むことに長けていた。そのため、ハヨンもこういった役回りにはある程度自信があった。
気配を辿り、木陰からそっと覗いてみると一人の青年が立っていた。黒く柔らかな髪を短く切っており、やや猫背だ。彼はほっそりとした体型で、その猫背も相まってか、柳を思い起こさせた。
北風が強く吹いた刹那、彼は怯えるような表情で辺りを素早く見回す。警戒心が強そうである。
(無闇に近づくと、話す間もなく逃げられそうだな…。)
警戒心が強いのはソリャもそうだったが、彼らの印象は正反対だった。ソリャが獰猛な獅子ならば、青年は鼠のような小動物のようだった。
ハヨンはどう彼に近づくかを悩んでいた。そもそも、この不思議な状況に彼が関与しているとは断言できない。偶然居合わせた可能性もある。
しかし先程の彼の様子を見るに、人の気配に反応したのではなく、風に怯えているというのが正しそうだ。
(だとしたら、もう少しこのまま様子を見ておく方が良いのかもしれないな)
ハヨンはそのまま息を潜めて彼の動向を見守る。
青年は辺りを落ち着きなく見回した後、焦付き折れてしまった木の残骸に歩み寄る。そして、彼がそれに手を当てると、彼の手は灯火のような温かい光を発した。
(これは…!!)
ハヨンは瞬きも忘れて見入ってしまう。黒くなってしまった木の幹はみるみるうちに生気を宿し、他の木と変わらない、灰色がかった茶色に変化した。
(彼が玄武で間違いない)
しかしハヨンは四獣が揃うという安堵よりも、人ならざる力を目にして驚嘆のほうが勝っていた。
(彼の力は植物を蘇らせたり、生み出すこと…?)
確かにそれならば、玄武がいた北の領地が豊作だったことも、民が神のように崇めていたという噂にも納得がいく。彼は飢えを凌ぎ、生活を豊かにする存在なのだから。そして、このことが公になれば揉め事になるのは確実なので、秘匿されるのも必然である。
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