200 / 221
四獣
冬の芽吹き 弐
しおりを挟む
「ハヨン、どうかしたのか?」
リョンヘの声が耳を打ち、ハヨンは我に返った。リョンヘがハヨンと並ぶように馬を進めている。考え込んでいたせいか馬の歩みは遅くなっていた。
「大したことでは無いのですが…。」
ハヨンは口に出すべきか躊躇ったが、己の言葉を彼ならば軽く扱ったりしないだろうと考え直す。
「先程から季節外れな草花が咲いていることが気になっているのです。それもまぐれとは言い難い数で。」
「気になるのもわかる気がするな。俺たちは不可解な物事に頻繁に遭遇している。些細なことでも見逃すと好機を逃すかもしれない。」
「ならばそれを追ってみるかい?」
いつの間にやら馬から降りていた老婆が、身をかがめて草花の跡を追い、問うた。彼女の目は好奇心に満ち輝いている。もしかすると彼女の好奇心旺盛なところが若さの秘訣なのかもしれない。
「そうだな。あまり遠くには行けないが時間が許す程度に行ってみよう。」
「なら俺が先に行く。馬に乗った方が速いし、俺なら辿りながら馬よりも速く進める」
ソリャはそう言ってひらりと馬から飛び降りた。馬上から草花を探すのは見えづらいし、探しながら進むのは時間がかかる。彼のいう通り、1人が探索してそれについて行く方が効率がいいだろう。ソリャの脚力はうってつけとも言える。
「ああ、頼む。」
リョンヘの返答に、ソリャは勢いよく駆け出した。ソリャが馬に乗らずとも良いと言っていたのは真実のようで、馬の早駆けの状態でも追いつくことができない。
(こんなに速いのに、ちゃんと草花を辿っているんだ)
ハヨンは彼の脚力だけでなく、この速さで狙った物を目で追える捕捉力に驚いていた。彼の身体能力は人並みはずれているが、五感も同様なのだろうか。
平原を横切り、山に差し掛かったところでソリャは立ち止まった。
ここも先日の戦で使われたため、大量の火矢を受けた山は黒く、焦げ付いた臭いがしていた。
しかし、そこにも不自然なほど青々とした草花が道標のように咲いており、見上げると山頂付近に一本の木が葉を茂らせて聳え立っていた。見渡す限り茶色と黒の二色のみの景色の中で、萌える緑は一際目立った。
「あの木の辺りに何かあるのかもしれないわね」
ハヨンはムニルの言葉に深く頷いた。ここから先は目立った変化がない。ハヨン達は辺りに気配がないかを慎重に探りながら進んでいく。中間地点で馬を木に繋ぎ、そこからは徒歩で向かった。
枯葉が散乱している上に、霜が降り立った地面では音を立てぬよう歩くことは難題だった。皆慎重に神経を尖らせるようにして進んでいく。
そして例の木が目前に迫った頃、ハヨンは一行以外の気配を感じた。同行していた兵士とリョンヘも気づいたようで足を止める。他の者もそれに倣った。
ハヨンはリョンヘ達に目配せし、先に様子を見てくることを伝える。リョンヘが行ってこい、と言うように頷いた。ハヨンはそっと足を忍ばせて進んでいく。
ハヨンの師匠であるヨウは己の気配は消しながら、相手の気配を掴むことに長けていた。そのため、ハヨンもこういった役回りにはある程度自信があった。
気配を辿り、木陰からそっと覗いてみると一人の青年が立っていた。黒く柔らかな髪を短く切っており、やや猫背だ。彼はほっそりとした体型で、その猫背も相まってか、柳を思い起こさせた。
北風が強く吹いた刹那、彼は怯えるような表情で辺りを素早く見回す。警戒心が強そうである。
(無闇に近づくと、話す間もなく逃げられそうだな…。)
警戒心が強いのはソリャもそうだったが、彼らの印象は正反対だった。ソリャが獰猛な獅子ならば、青年は鼠のような小動物のようだった。
ハヨンはどう彼に近づくかを悩んでいた。そもそも、この不思議な状況に彼が関与しているとは断言できない。偶然居合わせた可能性もある。
しかし先程の彼の様子を見るに、人の気配に反応したのではなく、風に怯えているというのが正しそうだ。
(だとしたら、もう少しこのまま様子を見ておく方が良いのかもしれないな)
ハヨンはそのまま息を潜めて彼の動向を見守る。
青年は辺りを落ち着きなく見回した後、焦付き折れてしまった木の残骸に歩み寄る。そして、彼がそれに手を当てると、彼の手は灯火のような温かい光を発した。
(これは…!!)
ハヨンは瞬きも忘れて見入ってしまう。黒くなってしまった木の幹はみるみるうちに生気を宿し、他の木と変わらない、灰色がかった茶色に変化した。
(彼が玄武で間違いない)
しかしハヨンは四獣が揃うという安堵よりも、人ならざる力を目にして驚嘆のほうが勝っていた。
(彼の力は植物を蘇らせたり、生み出すこと…?)
確かにそれならば、玄武がいた北の領地が豊作だったことも、民が神のように崇めていたという噂にも納得がいく。彼は飢えを凌ぎ、生活を豊かにする存在なのだから。そして、このことが公になれば揉め事になるのは確実なので、秘匿されるのも必然である。
リョンヘの声が耳を打ち、ハヨンは我に返った。リョンヘがハヨンと並ぶように馬を進めている。考え込んでいたせいか馬の歩みは遅くなっていた。
「大したことでは無いのですが…。」
ハヨンは口に出すべきか躊躇ったが、己の言葉を彼ならば軽く扱ったりしないだろうと考え直す。
「先程から季節外れな草花が咲いていることが気になっているのです。それもまぐれとは言い難い数で。」
「気になるのもわかる気がするな。俺たちは不可解な物事に頻繁に遭遇している。些細なことでも見逃すと好機を逃すかもしれない。」
「ならばそれを追ってみるかい?」
いつの間にやら馬から降りていた老婆が、身をかがめて草花の跡を追い、問うた。彼女の目は好奇心に満ち輝いている。もしかすると彼女の好奇心旺盛なところが若さの秘訣なのかもしれない。
「そうだな。あまり遠くには行けないが時間が許す程度に行ってみよう。」
「なら俺が先に行く。馬に乗った方が速いし、俺なら辿りながら馬よりも速く進める」
ソリャはそう言ってひらりと馬から飛び降りた。馬上から草花を探すのは見えづらいし、探しながら進むのは時間がかかる。彼のいう通り、1人が探索してそれについて行く方が効率がいいだろう。ソリャの脚力はうってつけとも言える。
「ああ、頼む。」
リョンヘの返答に、ソリャは勢いよく駆け出した。ソリャが馬に乗らずとも良いと言っていたのは真実のようで、馬の早駆けの状態でも追いつくことができない。
(こんなに速いのに、ちゃんと草花を辿っているんだ)
ハヨンは彼の脚力だけでなく、この速さで狙った物を目で追える捕捉力に驚いていた。彼の身体能力は人並みはずれているが、五感も同様なのだろうか。
平原を横切り、山に差し掛かったところでソリャは立ち止まった。
ここも先日の戦で使われたため、大量の火矢を受けた山は黒く、焦げ付いた臭いがしていた。
しかし、そこにも不自然なほど青々とした草花が道標のように咲いており、見上げると山頂付近に一本の木が葉を茂らせて聳え立っていた。見渡す限り茶色と黒の二色のみの景色の中で、萌える緑は一際目立った。
「あの木の辺りに何かあるのかもしれないわね」
ハヨンはムニルの言葉に深く頷いた。ここから先は目立った変化がない。ハヨン達は辺りに気配がないかを慎重に探りながら進んでいく。中間地点で馬を木に繋ぎ、そこからは徒歩で向かった。
枯葉が散乱している上に、霜が降り立った地面では音を立てぬよう歩くことは難題だった。皆慎重に神経を尖らせるようにして進んでいく。
そして例の木が目前に迫った頃、ハヨンは一行以外の気配を感じた。同行していた兵士とリョンヘも気づいたようで足を止める。他の者もそれに倣った。
ハヨンはリョンヘ達に目配せし、先に様子を見てくることを伝える。リョンヘが行ってこい、と言うように頷いた。ハヨンはそっと足を忍ばせて進んでいく。
ハヨンの師匠であるヨウは己の気配は消しながら、相手の気配を掴むことに長けていた。そのため、ハヨンもこういった役回りにはある程度自信があった。
気配を辿り、木陰からそっと覗いてみると一人の青年が立っていた。黒く柔らかな髪を短く切っており、やや猫背だ。彼はほっそりとした体型で、その猫背も相まってか、柳を思い起こさせた。
北風が強く吹いた刹那、彼は怯えるような表情で辺りを素早く見回す。警戒心が強そうである。
(無闇に近づくと、話す間もなく逃げられそうだな…。)
警戒心が強いのはソリャもそうだったが、彼らの印象は正反対だった。ソリャが獰猛な獅子ならば、青年は鼠のような小動物のようだった。
ハヨンはどう彼に近づくかを悩んでいた。そもそも、この不思議な状況に彼が関与しているとは断言できない。偶然居合わせた可能性もある。
しかし先程の彼の様子を見るに、人の気配に反応したのではなく、風に怯えているというのが正しそうだ。
(だとしたら、もう少しこのまま様子を見ておく方が良いのかもしれないな)
ハヨンはそのまま息を潜めて彼の動向を見守る。
青年は辺りを落ち着きなく見回した後、焦付き折れてしまった木の残骸に歩み寄る。そして、彼がそれに手を当てると、彼の手は灯火のような温かい光を発した。
(これは…!!)
ハヨンは瞬きも忘れて見入ってしまう。黒くなってしまった木の幹はみるみるうちに生気を宿し、他の木と変わらない、灰色がかった茶色に変化した。
(彼が玄武で間違いない)
しかしハヨンは四獣が揃うという安堵よりも、人ならざる力を目にして驚嘆のほうが勝っていた。
(彼の力は植物を蘇らせたり、生み出すこと…?)
確かにそれならば、玄武がいた北の領地が豊作だったことも、民が神のように崇めていたという噂にも納得がいく。彼は飢えを凌ぎ、生活を豊かにする存在なのだから。そして、このことが公になれば揉め事になるのは確実なので、秘匿されるのも必然である。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる