華の剣士

小夜時雨

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四獣

冬の芽吹き

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「遠回りになるが、この前の戦場いくさばになったあの山に行っても良いか。」

 黎山の麓を降り、待機させていた馬とその世話をしていた兵士に合流した後、リョンヘがハヨン達に問うた。彼は孟の城で待機をせざるを得なかったため、戦がどのようなものだったのか気になったのだろう。

「遠回りって、孟とそう離れてないんだから別に私は構わないわよ。」

 ムニルがハヨン達の意見はどうだと視線を送りながら答える。ハヨンは瞬時に心の臓を握られたような感覚があった。しかし断る理由もない。

(私ももう一度あの場所に行ってみたいとは思っていた…)

 己の恐怖の根源であり、朱雀として目覚めた場所。あの時は戦で必死だったからか、記憶が抜け落ちている箇所が多くあった。もし再び赴けば、何か思い出せるのではないかとハヨンは考えていた。また、己の恐怖心と向き合うことも出来るのではないかと。

「行ってみよう」

 ハヨンは腹を括り、頷いた。
 ソリャは白い尾を力なく揺らしており、不安そうだ。彼は先日の戦には参戦しなかった。彼としても何か思うところはあるのだろう。だが意を唱える様子はない。

「ふうん。私も気になっていたし、良いんじゃないかい。」

 老婆はまるで見物に行くような口ぶりだった。彼女はどこかこの目まぐるしい燐の動きを俯瞰しているような節がある。ハヨンは何事にも動じず、構えている彼女を尊敬していた。

「ありがとう。そうとなれば早速向かうか」

 リョンヘがひらりと馬に跨った。皆もそれに倣う。ハヨンは老婆を前に乗せた。ソリャもムニルと相乗りしている。
 黎山に向かう際、ソリャは馬に乗れないため、己の身体能力ならば走っていけると相乗りに対して抵抗を示していた。実際に彼ならば可能だろうが、無闇に体力を消費する必要はない。ムニルに説得され、行きは嫌々ながらに馬に乗っていた。しかし今は素直に跨り、馬の首を撫でたり、話しかけている様子を見るに気に入ったのだろう。
 戦場に向かうべく、お互い声を掛け合っていたが、風に運ばれてつんと錆びついたような匂いが鼻を刺激し始めた頃、皆の表情は途端に硬くなり、口数も減った。

(そうだ、これが戦だ…)

 戦場についたハヨンは視覚、嗅覚、聴覚全てを刺激され、あの時に感じた恐怖が呼び起こされた。
 地面には無惨にも壊れた甲冑があちこちに落ちており、勿論亡骸もある。平原はイルウォンの軍が待機していたため、甲冑の様子を見るに敵側の兵士が多い。そのため見知った顔を見ることはなかったが、それでも胸が痛む。もし、この亡骸が見知った兵士だったならば耐えられなかっただろう。
 ハヨンは隣のリョンヘの様子が気になって、視線を向ける。彼の口元はきつく結ばれており、手綱を握りしめる手は白かった。
 彼は何も言わず馬から降り、手前にあった亡骸の前へ跪く。そして亡骸に手を合わせたため、ハヨンや同行した兵士はそれに倣った。彼が目を開けた後、振り返るとムニル達も馬を降りていた。
 ムニル、老婆は表情が固かったものの、冷静だった。ソリャは周囲に目を向けることに勇気がいるのか、地面をじっと見つめている。顔色も少し悪く、青白かった。

「皆ありがとう。帰るとしよう。」

 リョンヘの言葉に皆静かに頷いた。皆、声を発せるような雰囲気ではなかった。
 戦場の亡骸を避けながら黙って馬で進んでいく。ハヨンは先導していたので、地面を確認していたが、あることに気がついた。

(確か、ここ…。私が朱雀になって飛んだ場所だ)

 この辺りは枯れ草が燃えた痕跡があり、どこか焦げ臭い。
 王の刻印がされている深紅の旗も捨て去られ、焦げつき一部破れてしまっている。風に煽られて破れ目が揺れており、王の象徴だというのに寂びしい雰囲気があった。
 不意にイルウォンと対峙した時のあの狂気に満ちた瞳を思い出し、あれはやはり人ならざるものだったのだと背筋が凍った。
 ハヨンは雑念を振り切るようにして、周囲に注意を向ける。すると、進んでいくにつれてある違和感に気がついた。

(あれ…。この草、夏草なのに瑞々しい…。)

 よく見ると初夏に生える草花が点在している。しかもそれは、冬の寒さをものともせずに萎れずしっかりと根ざしているようだ。
 ハヨンは一時、医術師のヒョンテのもとで手伝いをしており、草花の知識は多少あると自負していた。そのため、この現象は不自然としか思えなかった。

(多少ならば生命力が強い植物なのかと思ったけど…。種類もばらばらで、散らばって生えてるとは言えこんなにあるのはおかしい。)

 そう考えている間も季節に関係なく植物が生えているのを確認していく。そしてそれはどこかへ向かっているようにも思えた。

(これを辿ればもしかして理由がわかる?でも、今は1人で行動している訳じゃないし、何か悪いものでも無さそうだからな…。)

 ハヨンは皆にこの話を切り出すべきなのかを悩んでいた。
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