華の剣士

小夜時雨

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四獣

新たな手がかり 弐

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「しかし奉謝の儀は王城で天絆の剣を用いることが伝統だ。今の状態では到底できない…。」

 リョンヘが脚の上の両手を握りしめる。儀式を行うには王城にいることが必須なのだろう。

「いや、他にも方法はあるぞ。」
「え?」

 老婆の言葉に、リョンヘが間の抜けた声を出す。あまりにもあっさりとした声で老婆が話すので、ハヨンも脱力した。

「奉謝の儀が今の形になったのは、今の王都に王城が完成してからじゃ。それまでは別の場所でしていたよ」

 燐国は王城の建て直しや、厄災から逃れるために二度遷都している。しかし、この国で大規模な儀式を行えるような神殿があるとは聞いたことがない。

「別の場所とはどこのこと…?」
「黎山じゃ。あそこは初代の王が天に祈りを捧げ、天命を賜った場所じゃよ」

 つまり天が四獣を遣わせるきっかけとなった場所ということだ。南にある睦国と燐国の国境付近にあるはずだ。黎山付近の領地は、王城から離れているにも関わらず王の直轄地である理由を今までハヨンは知らずにいた。

「そう言えば、以前は黎山で行っていたと書物で読んだことがあったな。どうせ今年は王城でろくな奉謝の儀は行われない。それなら俺たちが黎山でやった方がよっぽどいいだろう」

 王子のリョンヤンは知っていたらしい。

「そうじゃろうな。なんせ魔物は大昔から燐国の…いや、人間の妨害ばかりしてきたからな。燐国の伝統なんざどうでもいいと思っているじゃろう。」
「そうだろうな。あとは天絆の剣だが…。これも代用は可能だろうか。」
「あれは途中から使われるようになったものじゃ。だから特段気にする必要はない。」

 やはり奉謝の儀も、燐国が栄えるにつれて煌びやかになっていったのだろうか。周囲の国に権威を見せつけるために祝い事を利用するのはよくあることだ。

「では、先に黎山で奉謝の儀を行おう。大勢で動くわけにもいかないから、ここにいるハヨン、ムニル、ソリャ、チェヨンと護衛の兵士数人で黎山に向かうぞ。」

 リョンヘを除くこの場にいた四人は互いに目配せをし、頷いた。四獣を遣わせた天への感謝の儀式なのだから、ハヨンを含め四獣の三人は参列すべきだろう。

(重大な儀式に、こんな形で関わることになるなんてね…)

 今まで護衛としてリョンヘと行動を共にしてきたからか、奇妙な感覚だった。鼓動が速く感じるのは緊張しているからか。ハヨンは膝の上で揃えた手を握りしめる。

「善は急げと言うが…。とりあえず、王子とハヨンがまともに動けるようになってから、と言うのが前提じゃけどな。」

 老婆はちらりとハヨン、そしてリョンヘへと視線を向けた。ハヨンは背中に受けた矢傷に触れぬよう、椅子に深く座らないようにしていたが、背筋を伸ばし座り続けること自体が既に苦痛だった。どうやら老婆はとっくに気付いていたらしい。
 ハヨンは気まずくなり、老婆から視線を逸らす。そして、寝台で上体を起こしているリョンヘと視線がぶつかったが、彼も同じく気まずいのか苦笑いをした。
 直前まで矢傷により意識のなかったハヨンや、呪詛返しで記憶が戻ったばかりのリョンヘはまだ歩くのもやっとである。山での儀式に参加するには、ハヨンの場合は数日かかるだろう。
 その上、ハヨン達が城を出た時に戦で負傷した他の兵士達が護れるようにならなければならない。

(早く傷を治さないと…)

 ハヨンは王子のためならば多少の無茶も厭わないと考えていた。そのため今までは睡眠時間を削り、早朝の特訓や夜中に戦術の勉強を行っていた。
 しかし今はそのような事をしても返って回復が遅くなる。しっかりと休息と食事を摂ることが重要だ。そう考えると、今までの生活がいかに不健康だったか思い知らされたのだった。

「いち早く復帰できるよう頑張るよ」
「ああ、そうしてくれ。あんたは少し無理をしすぎるところがある。」
「そう言う王子も人のことは言えんがな」

 ハヨンへリョンヘが頷いたが、老婆のにやりと言った一言に少し目線を彷徨わせる。

「似たもの同士ってことね。私達は二人が無茶をしないように見張っておこうかしら」

 ねっ、とムニルがソリャに同意を求めると、彼も頷く。

(似たもの同士、か…。)

 休息を取らないことで注意されているにも関わらず、その一言で面映く感じてしまう。もはや忠誠心以外の感情が大きくなりつつあり、人の何気ない言葉で一喜一憂する己にハヨンは驚いていた。
 
(浮かれたりせずに真面目にしなければ)

 ハヨンは今の状況から、そんな浮ついてはいけないと心の中で叱咤するのだった。
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