華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
196 / 221
四獣

新たな手がかり 弐

しおりを挟む
※修正をさせて頂きました。
誤解を招く文章でしたこと、深くお詫び致します。引き続きよろしくお願い致します。

___________





 信じられない提案だ。
 絶対に叶えることなんてできない。

 普通ならばそう考えるはずだが、相手はリヒト魔法使いである。
 プレセアをゴクリと息を飲む。
 手が、身体が震えているのが分かった。

「ほ、本当に忘れさせてくれるんですか?」

「勿論。だって....今の君を放っておけないから」

 余程酷い有り様なのだろうと直ぐ分かった。
 しかし、これだけの羞恥を晒しながらも、頭は【忘れたい】でいっぱいだった。

「お願いします。忘れさせてください。このままじゃ私、二人を祝福してあげられません....」

「うん、よく分かったから。もう我慢しなくていい。全部僕に任せて、全て委ねて」

 髪をくしゃりと優しく撫でられた。

 その瞬間、バチン……!!

 そう何かが張り裂けるような音がした。
 身体から一気に力が抜け、前方に倒れる。
 しかし、一向に痛みが訪れることは無かった。
 意識が一気に遠のいていく。
 まるで睡魔のような......なにかに誘われていくように、プレセアは意識を手放した。



 □△□

 ......バチン!!

 何かが弾けたような。
 そんな気がした。

「あれ……私」

 視界に入ったのは見慣れた天井。
 ふかふかとプレセアの身体を優しく包み込んでくれるベッド。
 直ぐに此処が自分の部屋だと分かった。

「プレセアちゃん! 目を覚ましたのね!」

 まだボーッとした視界に突然現れた人物。
 それは、プレセアの兄、ルカの婚約者であるディシアだった。

 ディシアはホッと胸を撫で下ろす。
 その表情は安堵した様なものだった。


「プレセアちゃん、覚えてる? 貴方、広場で倒れていたそうなの。それを親切な方が助けてくれて、運んで下さったのよ」

「そうなんだ.....」

 しかし、そう言われても何も思い出せない。
 広場で倒れた?
 そもそも広場に行った記憶さえ無い。
 ある記憶とすれば風邪で数日寝込んでいたことぐらいだ。

「私、広場に行った記憶も無くて......。どなたが私を助けてくてたの? お礼を伝えたいの」


 プレセアの言葉にディシアがわずかに目を見開いた。
 そして小さな声で「まさか、本当に......」と言葉をこぼした。
 一瞬視線をプレセアから逸らすも、すぐにディシアはその淡い水色の瞳に彼女を映す。
 そして、グッと溢れ出そうになる後悔を噛み締め、プレセアを抱きしめた。
 突然の事にプレセアは目を見張った。
 二人の関係性は本当の姉妹のように良好だ。
 特にディシアは可愛らしいものが大好きで、且つ非常に愛らしいプレセアを気に入り、とても可愛がっていた。


 そんなプレセアが傷ついていた・・・・・・事に気づく事が出来なかった事に不甲斐なさを感じた。


 だから、今度・・は絶対に守ってみせる。
 そう決めたのだ。


「......プレセア。 これから大切な話があるの。少し、いい?」

「はい...?」


 ディシアの真剣な眼差しに、プレセアは少し圧倒されながら頷いた。
 一体どんな話なのだろうか。
 プレセアは見当もつかなかった。



  
 それから支度を済ませたあと、プレセアの部屋に父親と兄のルカがやって来た。
 そしてそこにはもう一人、意外な人物の姿があった。

「どうやら彼....リヒトさんの話していたことは本当みたいです」

「そうか」

 ディシアと父の顔を交互に見つめ、プレセアは首を傾げる。
 一体何の話をしているのだろうか。
 それになぜ此処にリヒトが?
 特に接点があるわけではない。一度どこかで話した事があったような気がするが、記憶はおぼろげだ。

 ただこれまでの流れで、何となく察する事ができた。

「もしかして....私を助けてくれたのは」

「あぁ。彼だよ」

 ルカの言葉にリヒトが一礼をする。
 もしかして……とは思っていたが、どうやら当たりだった様だ。
 

 父親とルカはプレセアを見るなり、ホッと安堵した様な表情を浮かべた。
 酷く消沈した様子だったと聞いた時。
 そして同時に存在するか否かも危うい存在魔法に縋る程に追い込まれていたことにも気づいてあげられなかった己の愚かさに落胆した。

 しかし、今はどうだろう。
 どこかスッキリとした表情を浮かべるプレセアに、彼等は安堵を感じていた。

「プレセア。体調はどうだ?」

「うん、もう平気。お父様もお兄様も心配をかけてごめんなさい......。私、知らないうちにお屋敷を飛び出してしまっていたみたいだし。リヒト先輩にもご迷惑をおかけしてしまって。本当に申し訳ありません」

「いや、プレセアは何も悪くないよ。寧ろ謝るべきなのは俺たちの方だ」

「あぁ。本当にすまなかった、プレセア。辛い思いをさせてしまって。気づいてやれなくて」

 なぜ自分ではない兄たちが謝るのか、プレセアにはこれまた全く検討がつかなかった。
 なにせ勝手に家を飛び出し、迷惑をかけたのは自分なのだから。
 しかし、なぜだろう。頬に伝った生暖かい何か。それが涙だと気づくのに、時間を有した。

「あれ?なんで涙が..?」

 拭っても拭っても止まることをしらない涙。
 そんなプレセアをディシアは強く抱き締めた。
 そっと寄り添う父親。
 優しく頭を撫でるルカ。
 三人の温もりに触れて、プレセアは声を上げて涙を流した。


 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...