華の剣士

小夜時雨

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失われていたもの

空白の期間 弐

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「ふーむ…。まぁ自然に考えれば、王子の記憶を奪ったイルウォンと、王子に縁の深いハヨンが戦ったことで呪いの一部を持ち帰り、それに王子が触れたことで反応して、記憶が戻ったと言うところではないかい?」

 チェヨンは考え込んでいるからか、真剣顔つきで言葉の一つ一つを選び取るように答えた。

「そんな簡単に術って解けるのかしら。そんなことすれば、呪いにかかった人は誰かを媒体にして術者に触れればいくらでも解けちゃうんじゃない?」
「それはハヨンが特別だからに決まっているだろう?先日、ハヨンが朱雀だと言うので間違い無いと皆でそう話し合ったじゃないか。」

  そのチェヨンの言葉で、ハヨンは思わず体を固くする。皆と話し合ったとは、この孟の城の兵士達とだろうか。それを知った彼はどう思っただろう。これから先の生活がいつも通りというわけでは無さそうだ、とハヨンの脳裏によぎる。
 自分が四獣だったと言うのが嫌なわけでは無い。むしろ国の象徴とも言える神の使いであったと言うのなら、光栄な話だ。けれども、実感が中途半端にしか沸かず、戸惑いの方がまだ大きい。ムニル、そして特にソリャはこう言った思いに悩まされたこともあったのだろうか、とハヨンはこの四獣という運命の重さを実感する。

「あ、ハヨン。もしかしてこの話…まだ聞いてなかった?」

 すっかり黙り込んでしまったハヨンの様子を見てか、ムニルが少し焦ったような表情を見せる。

「うんん、リョンから話は聴いた。けど、私はムニルみたいな思い通りに変化することも、今まで火を扱えたこともない。そもそも自分が朱雀だってことも自覚がなかったから、混乱してはいるよ」

 ハヨンは自身が朱雀だと言われてから考えていたことをやっと言葉にまとめることができた。

「今まで全く自覚なし?何か人と違うなって感じたことはなかったの?」
「う、うん」

 ムニルは目を丸くして驚いている。ハヨンは、もしや自分は酷い鈍感だったのではないかと己を訝しむ。

「ハヨン。お前は本気で命の危機を感じるような体験を、この戦よりも前に体験したことはあるのかい?」

 チェヨンは突然、そんな質問を投げかけてくる。ハヨンはどうだっただろうか、とヨウとの鍛錬のことや王子に助けられた十年前のことなどをざっと思い返す。

「何度も危ない体験はしたことがあります。でも、今回のように死を覚悟するほどの差し迫った危険にあったことはなかったです。」
「四獣はね、面倒なことだけれど命の危機に直面しなければ本来の力は眠ったままなのさ。だからずっと平穏に暮らせていれば、自分の力に気づくこともないまま一生を終えることもできる。ただ、やはり人と違うところもあるから、目立ちやすい。だから争いごとには巻き込まれやすいし、結局は目覚める人の方が多いのさ。」
「へえぇ、そうなのね。それにしても、チェヨンさんは本当に四獣のことに詳しいわねぇ。一体どこでこのことを知ったのかしら」

 ハヨンは今の状況に必死に食らいついている状態なので、あまり相槌を打てないのだが、ムニルは感心しながら老婆に問いかけた。

「ふん、ただの年の功ってもんさ」

と当の老婆ははぐらかした。

「少し疑問があるんだが、ソリャは生まれつき見た目が違うと言っていた。それに孤児院で育って、命の危険に遭うこともなかった。それに、孤児院の年上の人達と争いになった時には既に人並み外れた力を持っていたんだから、彼の場合はどうなる?」

 リョンヘがそう、首を捻りながら老婆に尋ねる。

「それが疑問なのさ。そもそも今まで変化なしの状態で白虎特有の尻尾や耳がある者がいたことが無いんだ。例外中の例外とも言えるね。それにハヨン」
「え、私?」

 ここでまさか自分が話題になると思っていなかったので、ハヨンはぽかんとした。リョンヘとムニルの視線が、同時にハヨンに向けられる。

「今まで女性四獣であった者はいなかった。最初ハヨンと会った時に、朱雀の特徴である赤い瞳を見て心底驚いたよ。まさか朱雀が女性だったとはね。」

 その時ハヨンは、老婆に赤い瞳をもつのは血筋からなのかどうかを尋ねられたことがあったのを思い出した。

「つまりはハヨンも例外ということか…。」
「何だか例外だらけね…」
「ほんとに…」

 三人は老婆ほど四獣に関して知識はないため、次々と明かされる謎に不思議だと驚くばかりだ。

「わしはこのことが魔物の企みと関係があるように思えてならないね。今までと異なるのは何かが起きるということ。お前たちは生まれてくる時に、それを悟っていたんだろう。」
「なら、何か私も今までの青龍と異なるところがあるのかしら」

 ムニルが眉間にしわを少し寄せてそう言った。どうやら自分にもそう言ったところがないか考えているらしい。

「無いとは言えんな。」

 まぁ、前の四獣と比べたりしなければわからないがね。と老婆が付け加え、ハヨンはその言葉に少し違和感を覚えた。しかし、誰かがこちらに向かってくる音がして、そのことは頭の中から消え去ってしまう。
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