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失われていたもの
混乱 弐
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「ハヨン、俺たちは一人の力で出来ることは限られている。でも、周りの人がいるからこそこれからも進んでいけるんだ。ハヨンはいつも俺に前に進む勇気をくれるし、背中を預けてともに戦える。ハヨンがいるからこそ出来たことは沢山あるんだからな。」
わかったか、と念を押されてハヨンは小さく頷いた。これほどに意を汲んでもらえることに素直に尊敬する。彼に多くの人がついて行くのはそういう彼の魅力があるからかもしれない。
「わかった…。そう言ってもらえるなら私はまだ戦える」
正直に言うと、まだ己が朱雀だという実感は湧いていない。しかし、それも含めてこれから使いこなせるために頑張っていくしかないのだ。
(戦は恐ろしいし、不毛だ…。誰かを救っても誰かが死ぬし、その逆もある…。それなら私は、自分の信じる方へ、そしてより多くの人を助けられる方へ進みたい。)
戦を経たことでの罪悪感や恐怖は拭えない。それでも、戦をすることで得るものがあり、自身が慕う人物への後押しとなるのなら、とハヨンは苦い思いを押し留め、再び腹を括ることができた。
よかった。と笑みを見せるリョンヘにハヨンはほっとする。そしてようやく今の状況を冷静に考えることができた。
(流石にこれ以上は主人も友達の範疇も超える気がする…)
ハヨンはそっとリョンヘの腕に手をかけ、
「もう大丈夫。」
と笑みを浮かべて、気持ちが落ち着いたことを告げた。
「よかった…。病み上がりにこんな話をしてすまなかった。医術師を呼んでくる。」
リョンヘはそう言いながら、片膝をついていた寝台から離れた。リョンヘが離れていくことに少し寂しさを覚えたが、先ほどもあんなに心配させたのに、これ以上留まらせても悪い。
「わかった。」
ハヨンはリョンヘの背中を見送る。いつの間か少し、痩せたような気がして、胸が痛んだ。しかしその時、扉を開けようと手をかけていたリョンヘが、呻き声をあげ、脱力したようにがっくりと膝をついた。
「リョン!?」
ハヨンは悲鳴にも似た声を上げる。ハヨンは思わず寝台から立ち上がろうとしたが、病み上がりの己の身体はついて行かず、床に倒れこむ。したたかに体を床に打ちつけ、うっと呻き声が漏れた。床から見上げるようにしてリョンヘの様子を確認したが、呼吸は荒く、引きつったような音を立てている。痛むのか頭に手をやり、その間から見えた表情は苦痛に歪んでいた。
ハヨンは這うように動かしながらリョンヘの元へと近づく。痛みを奥歯を噛み締めて逃し、片膝をついて座った。
「リョン、落ち着いて息をして。ゆっくり吐いて。吸って。」
ハヨンは以前ヒョンテから教わった呼吸法をリョンヘに促しながら、扉を叩く。しかし、その促しすら彼に効果があるのかは分からない。突然のことなので、1人で対応するには無理があった。
「誰か!!誰か来て!!」
ハヨン自身も激痛に耐えながらのため、脂汗が浮かんだ。すると、ばたばたと誰かがこちらへと走ってくる音が聞こえた。ハヨンはさらに強く叩く。どうやら近づいていた人物が扉を開けたらしい。ふっと叩いていた硬い感触が消える。見上げるとチェヨンが立っていた。
「いったい何事だい!?」
いつも飄々としているチェヨンだったが、この時ばかりは眉にしわを寄せ、この状況を把握しようと、とっさに考えているようだった。
「リョン…リョンヘ様が…!急に具合が悪くなったんです…」
老婆はさっとリョンヘの側でかがみ込み、リョンヘの肩に触れて何やら呟いた。異国の言葉なのか、何を言っているのかは判別がつかない。しかし低く、羽音を震わせるかのような響く声はどこか心を落ち着かせた。老婆の声に合わせて、リョンヘの呼吸も少し落ち着いているように見えた。
「少し待っていな。」
ハヨンはチェヨンの言葉に頷いた。チェヨンが現れたことによって多少落ち着いたが、老婆が戻るまでにリョンヘに何かあったらと思うと、不安でたまらなかった。
「大丈夫だから…」
とリョンヘに言いながらも、自身に言い聞かせているような気がしてきた。何もできない状況がもどかしい。
しばらくして、先ほどより数が増えた慌ただしい足音が聞こえ、孟の薬師を連れたチェヨンが現れた。彼は他の孟の男達と同じく、戦への参加を志願し、この戦で救護を担っていた。
「とりあえず、王子を寝台へ。まず王子の診察をさせてもらう。ハヨン殿、申し訳ないが、しばらくの間椅子で我慢してもらえるか。」
「はい。」
ハヨンは自力で立ち上がろうとするが、やはり激痛が走り難しい。
「慌ただしいと思ったら…。あなた、立つのも難しそうね。手伝うわ。」
と、背後から声がかかる。振り返ると、戸口からムニルが覗いていた。彼はいつもの上品な仕草からは考えられないような、大股でハヨンに近づいていく。
「ほら。私が手伝うから椅子に座りましょう」
「ありがとう、ムニル。」
ハヨンは背中の傷に触れぬように椅子に浅く腰掛けた。リョンヘの横たわっている寝台へと目を向けると、薬師がリョンヘを診察している。
「呼吸も随分と落ち着いてきたし、脈も正常だ。特に外傷もないしな。念のために頭痛の薬を煎じておこう」
しばらくの間、リョンヘの体をあちこち診ていたが、首を捻りながらそう告げた。
「では、私は近くの部屋で控えているので。」
薬師は部屋から引き上げて行き、部屋には静寂が訪れた。
わかったか、と念を押されてハヨンは小さく頷いた。これほどに意を汲んでもらえることに素直に尊敬する。彼に多くの人がついて行くのはそういう彼の魅力があるからかもしれない。
「わかった…。そう言ってもらえるなら私はまだ戦える」
正直に言うと、まだ己が朱雀だという実感は湧いていない。しかし、それも含めてこれから使いこなせるために頑張っていくしかないのだ。
(戦は恐ろしいし、不毛だ…。誰かを救っても誰かが死ぬし、その逆もある…。それなら私は、自分の信じる方へ、そしてより多くの人を助けられる方へ進みたい。)
戦を経たことでの罪悪感や恐怖は拭えない。それでも、戦をすることで得るものがあり、自身が慕う人物への後押しとなるのなら、とハヨンは苦い思いを押し留め、再び腹を括ることができた。
よかった。と笑みを見せるリョンヘにハヨンはほっとする。そしてようやく今の状況を冷静に考えることができた。
(流石にこれ以上は主人も友達の範疇も超える気がする…)
ハヨンはそっとリョンヘの腕に手をかけ、
「もう大丈夫。」
と笑みを浮かべて、気持ちが落ち着いたことを告げた。
「よかった…。病み上がりにこんな話をしてすまなかった。医術師を呼んでくる。」
リョンヘはそう言いながら、片膝をついていた寝台から離れた。リョンヘが離れていくことに少し寂しさを覚えたが、先ほどもあんなに心配させたのに、これ以上留まらせても悪い。
「わかった。」
ハヨンはリョンヘの背中を見送る。いつの間か少し、痩せたような気がして、胸が痛んだ。しかしその時、扉を開けようと手をかけていたリョンヘが、呻き声をあげ、脱力したようにがっくりと膝をついた。
「リョン!?」
ハヨンは悲鳴にも似た声を上げる。ハヨンは思わず寝台から立ち上がろうとしたが、病み上がりの己の身体はついて行かず、床に倒れこむ。したたかに体を床に打ちつけ、うっと呻き声が漏れた。床から見上げるようにしてリョンヘの様子を確認したが、呼吸は荒く、引きつったような音を立てている。痛むのか頭に手をやり、その間から見えた表情は苦痛に歪んでいた。
ハヨンは這うように動かしながらリョンヘの元へと近づく。痛みを奥歯を噛み締めて逃し、片膝をついて座った。
「リョン、落ち着いて息をして。ゆっくり吐いて。吸って。」
ハヨンは以前ヒョンテから教わった呼吸法をリョンヘに促しながら、扉を叩く。しかし、その促しすら彼に効果があるのかは分からない。突然のことなので、1人で対応するには無理があった。
「誰か!!誰か来て!!」
ハヨン自身も激痛に耐えながらのため、脂汗が浮かんだ。すると、ばたばたと誰かがこちらへと走ってくる音が聞こえた。ハヨンはさらに強く叩く。どうやら近づいていた人物が扉を開けたらしい。ふっと叩いていた硬い感触が消える。見上げるとチェヨンが立っていた。
「いったい何事だい!?」
いつも飄々としているチェヨンだったが、この時ばかりは眉にしわを寄せ、この状況を把握しようと、とっさに考えているようだった。
「リョン…リョンヘ様が…!急に具合が悪くなったんです…」
老婆はさっとリョンヘの側でかがみ込み、リョンヘの肩に触れて何やら呟いた。異国の言葉なのか、何を言っているのかは判別がつかない。しかし低く、羽音を震わせるかのような響く声はどこか心を落ち着かせた。老婆の声に合わせて、リョンヘの呼吸も少し落ち着いているように見えた。
「少し待っていな。」
ハヨンはチェヨンの言葉に頷いた。チェヨンが現れたことによって多少落ち着いたが、老婆が戻るまでにリョンヘに何かあったらと思うと、不安でたまらなかった。
「大丈夫だから…」
とリョンヘに言いながらも、自身に言い聞かせているような気がしてきた。何もできない状況がもどかしい。
しばらくして、先ほどより数が増えた慌ただしい足音が聞こえ、孟の薬師を連れたチェヨンが現れた。彼は他の孟の男達と同じく、戦への参加を志願し、この戦で救護を担っていた。
「とりあえず、王子を寝台へ。まず王子の診察をさせてもらう。ハヨン殿、申し訳ないが、しばらくの間椅子で我慢してもらえるか。」
「はい。」
ハヨンは自力で立ち上がろうとするが、やはり激痛が走り難しい。
「慌ただしいと思ったら…。あなた、立つのも難しそうね。手伝うわ。」
と、背後から声がかかる。振り返ると、戸口からムニルが覗いていた。彼はいつもの上品な仕草からは考えられないような、大股でハヨンに近づいていく。
「ほら。私が手伝うから椅子に座りましょう」
「ありがとう、ムニル。」
ハヨンは背中の傷に触れぬように椅子に浅く腰掛けた。リョンヘの横たわっている寝台へと目を向けると、薬師がリョンヘを診察している。
「呼吸も随分と落ち着いてきたし、脈も正常だ。特に外傷もないしな。念のために頭痛の薬を煎じておこう」
しばらくの間、リョンヘの体をあちこち診ていたが、首を捻りながらそう告げた。
「では、私は近くの部屋で控えているので。」
薬師は部屋から引き上げて行き、部屋には静寂が訪れた。
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