華の剣士

小夜時雨

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目覚めの時

新たな自分

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 ハヨンは奇妙な感覚に囚われていた。背には矢が刺さり、体は炎に包まれているのに、熱さを感じない。それなのに、体の奥底では燃え盛る炎のような、激しい熱情が渦巻く。

(この国を守らなければ…。あの人との約束を果たさなければ…!!)

 そう考えた後、首を傾げる。

(あの人って、誰…?)

 ハヨンもリョンヘの力になりたいとは思っているが、先程考えた"あの人"はリョンヘとは別人だった。古めかしい衣装を身に纏った男の後ろ姿が脳裏に浮かんだが、全く心当たりがない。誰かに自分の感情を制御されているような、自分自身なのに自分を俯瞰しているような、まるで夢の中のような妙な心地だった。
 体がふわりと舞い上がり、いつのまにか火の海となった山を離れ、敵陣が一望できる荒野の上空にいた。人々が列をなす後方に、人目をひく一行がいる。それは敵陣の大将、この国を乱す者だった。

(イルウォン…!あいつが首謀者だったんだ。あいつに好きなようにはさせない…!!今こそあの者を討つ時…!)

 今まで謎に包まれていた反逆者の正体が分かり、愕然とする。しかし、その一方で、長年の仇を前にしたような高揚感と怒りが沸き起こった。その瞬間、ハヨンの体は敵陣に向かって一直線に急降下した。
 歩兵たちはぞろぞろと歩いている。無表情で、まるで人形が隊列を為しているようだった。恐らくリョンヘのいる孟の城に向かっているのだ。

(これ以上進軍させてなるものか…!!)

 ハヨンは進軍する者達の一歩手前の所に、炎で直線を描く。枯れ草や枝もない荒野であるにも関わらず、火は良く燃え上がった。突如現れた火柱に、兵士たちは悲鳴をあげながら飛び退く。その後は夢から突然覚めたかのように、へたり込んで辺りを見渡している。
 その姿を見届けた後、ハヨンは敵陣の大将のいる方へと向かう。矢傷は残ったままなのに、体は軽く、今ならば本当に何でも焼き尽くせそうだった。
 敵将が目に入り、ハヨンは真っ直ぐ進んでいく。イルウォンが自身に向かって呪詛を放とうとしているのが見える。こんなにも彼に対して怒りがこみ上げているのに、冷静に周囲を見れている自身に驚いた。イルウォンが放つ禍々しい気を避け、ハヨンは炎を放つ。炎は彼の目の辺りを直撃した。すかさず彼を鉤爪で切り裂き、反撃の余地を与えない。明らかに己の体ではないのに、ハヨンは既に使いこなしていた。

「ぐああぁぁああ!!」

 イルウォンの叫び声とともにおぞましく、どす黒い何かが吹き出している。きっとあれが、彼の力の根源たるものなのだろう。どうやらそれは毒気のようなものらしく、吸い込んでしまったハヨンは、目眩がした。
 イルウォンはそれを見逃さず、動きを止めたハヨンに呪詛を放ち、命中したハヨンは、大きく姿勢が傾ぐ。

(だめ。ここでこの男をしとめないと、リョンヘ様にも危害が…)

 ハヨンは力を振り絞り、反撃をしようとしたが、突然身に覚えのない記憶が脳裏に浮かんだ。嘲笑う男、倒れる自身の体。そして冷たい床に横たわる自分にすがりつき、泣く子供と、死への恐怖。

(…これは…。誰の記憶?)

 ハヨンはこんな家に住んだことも、子供がいたことすらない。しかし、はっきりと記憶に残っており、これは警告なのだと悟った。
 無念、とハヨンは最後にイルウォンを焼きつくさんと言わんばかりの炎で辺り一面を焼け野原に変える。朦朧としながらも主人のもとへと翼を翻し、飛んで行くのだった。


_________________________________

   山中にいた味方の兵士たちの逃げ道を作った後、ムニルは一人山を越えてハヨンの行方を探していた。
 山からそれほど離れていない場所で、火の手が上がっている。もう既に敵の軍は撤退した後で、人っ子一人いない。

(誰もいないし、この姿で探した方が好都合ね)

 ムニルは限界だと悲鳴を上げ始めている己の体に鞭打って、燃立つ火が見える方へと進んでいく。その途中で、何か草でも岩でもないものが見える。目を凝らすと、ハヨンが着ている服や鎧の色と一致していた。慌てて駆け寄ると、たしかに彼女だ。刺さっていた矢は焼け焦げ、頬には煤が付いており、纏っている服も綻んでいる。そして極め付けに、彼女の右腕は黒く禍々しい紋章が一面に刺青のように刻まれている。

(これは何?身に覚えがないはずなのに、ずっと知っているもののような気がする…)

 ムニルは眉をひそめた。しかし、その奇妙な模様を気にしていてもしょうがない。まずは満身創痍の彼女を治療せねばならないのだ。
 ムニルは己の龍の姿を解き、人の姿に戻って、彼女をおぶる。意識がない彼女の体は、人形のように力なく揺れる。思わず重心が傾き、後方へ倒れそうになったが、腹に力を込めて踏みとどまった。

(幸い、みんなに一頭馬を残してもらった…。この山を何とか越えて馬に乗りさえすれば数刻も経たずに城につける。)

 ムニルはそう己を励ましながら進んでいく。しかし、自身の体力ももう底をつき始めていた。

(ごめんね、でももうこれも使えないと思うから…)

 熱で溶けて原型を失いかけている鎧を、その場に捨て置く。からん、と乾いた地にぶつかった鉄の塊は音を立てて転がる。それだけでも随分と軽くなった。

(この子はこんなにも重いものを身につけて走っているのね…)

 ムニルも彼女同様、鎧を纏ってはいた。しかしやはり女人にとってはこの鎧は己の何倍も重く感じているに違いない。普段、弱音もほとんど吐かずに気丈に生きている、この小さく華奢な女剣士に感嘆し、無理をしていないかと気がかりになる。

(私もこういう時ぐらいは頑張らないと。)

 ムニルはそう己を奮い立たせ、己の足を再び前に進めていくのだった。



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