華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
187 / 221
目覚めの時

逆襲

しおりを挟む
「これより孟の城へと進軍する!ヒチョル前王を弑逆したリョンヘ王子に裁きの鉄槌を!!」

 イルウォンは伝令役の兵士に、そう伝えさせた。体は軽い。先ほどの火矢による攻撃で、操っていた大半の歩兵は命を落としたからだ。そのため、男は気分が高揚していた。
 孟の城へと進み始めると、先ほど火矢を放った山が小気味よいほど燃えていた。流石に向こう側まで火が届くかは疑問だが、山にいたリョンヘ側の兵士に多少は被害を与えたであろうし、こうなると孟の地で籠城することとなるだろう。そうすれば一気に叩ける。例え青龍がいようとこの兵力の差では数日も保つまい。

(進め、進め!このままこの国を、この世の全てを手に入れる…!!)

 遙か昔、この国の初代王によって潰えた夢が今まさに、叶おうとしている。イルウォンは腹の底から笑いたくなった。
 その時、彼の先を行く歩兵や騎馬隊のいる辺りから、異変を知らせる笛の音が鳴った。しばらくして伝令役がイルウォンの元まで下がってくる。

「何事だ。」

 伝令役は汗をかいており、ひどく緊張した面持ちだった。

「は。山の方から奇妙な鳥のようなものが近づいております。」

 イルウォンは眉をひそめる。

(そのようなことで笛を鳴らしたのか?どうせ火事に驚いた鷹なんぞが逃げてきたのではないのか。)
「ただの鳥だろう。気にするな。」

 そう吐き捨てるように男が返した時、再び前方から兵士たちの叫び声が聞こえた。離れた所にいる男からでも見えるほど大きな火の手が、行く手を阻んでいる。しかし枯れ草すらないこの荒地で、なぜ火の手が上がるのか、さっぱりわからない。その上、火事が起こったのは山だ。ここまで火が届くはずもない。

(そんなまさか…!!)

 理を打ち壊せるもの。考えられるとしたら一つしかない。イルウォンは何百年ぶりに鳥肌を立てた。

(いや、そんなまさか。私がこの手で殺してから、姿を見た者はいないというのに…!!いつの間に生まれ変わったのだ…!!)

 頭上で大きな羽音が聞こえる。見上げると大きく、美しく、燃え立つように煌めきを放つ朱い鳥だった。くちばしの隙間から炎をこぼしながら、こちらに向かって勢いよく突っ込んでくる。

(やはり朱雀…!!)

 イルウォンは刀を構え、もう片方の手で呪詛を放った。しかし、虚しく朱雀にかわされてしまう。朱雀は脇目もふらず、ただただ一直線に向かって来る。炎を身に纏い、風になびかせ飛ぶ姿はまさに炎の化身だった。朱雀はついに己の側まで来ると、炎を吐いた。彼を守ろうとしていた兵士たちは恐れをなして逃げていく。イルウォンは力を使って炎を吸収させようとしたが、咄嗟のことで一部を取りこぼし、目に火傷を負った。視界が闇に閉ざされる。

「くそっ…!!」

 慌てて傷を癒すが遅かった。傷が癒えた頃には目の前に鉤爪が迫り、彼の顔を引き裂く。

「ああぁぁああ!!」

 顔の傷口から己の魔力が噴き出した。慌ててそれを抑え込む。この何百年もかけて蓄えてきた魔力を、ここで失うわけにはいかない。そのことで反撃が遅れた。次は背中を衝撃が襲う。旋回して朱雀が引き裂いたのだ。

「うろちょろと下劣な鳥が…!!」

 なんとか呪詛をもう一度放ち、朱雀に命中した。朱雀は大きく姿勢を崩す。今にも堕ちそうだった。しかし、朱雀の瞳の殺気は消えない。もう一度イルウォンに炎を吐きかけ、彼の前に立ちはだかる炎の海へと、ふらつきながら姿を消したのだった。

「退けぇ!退けぇ!作戦は中止だ!!」

 辺りは火の海で、退却するしか道はない。今の彼の状態では、兵士を操るのもいっぱいいっぱいで、勝てるかどうかも怪しかった。イルウォンは歯噛みしながら朱雀の去った方を睨みつけるしかないのだった。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...