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火蓋は切って落とされた
開戦
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冷たい風が、ハヨンたちの肌を刺す。王族の紋章があしらわれた旗が誇らしげにはためいるのを山頂から見下ろす。まるで自分たちが真の王族とでも言うように。しかし、旗の大軍の後ろに構えている大将の陣には、リョンヤンはいないだろう。そう考えていると、心の臓を誰かに掴まれたように、痛んだ。
白虎隊の者を除き、初めて自分を見出してくれた人。ハヨンを信じ、片割れのような存在であるリョンへを頼むと託した人。そして、ハヨンの主。リョンへは大事な仲間、共に支え合う存在だとすれば、リョンヤンは尊敬すべき人、守りたい人だった。
(いつか必ず城に戻ります。どうかご無事で。)
そう、遠く離れた場所にいる主人に想いを馳せる。その時、風が唸るようにひゅうと吹いた。長く伸び、束ねたハヨンの髪が舞い上がる。今日はいかんせん風が強い。時折目に砂が入って痛かった。
空はだいぶん白んできて、じりじりと太陽が昇ってくる。その様子に、もう冬が迫っているのだな、とハヨンは場違いながらも感じた。
「そろそろ向こうから仕掛けてきそうじゃなぁい?」
ハヨンの側に立っていたムニルが、ひそひそと囁く。普通に喋ったとしても、敵に話を聞かれるなんてことはないのだが、目前の風景が重々しく、つい小声になるのだろう。ハヨンも小さく頷いて返す。
ハヨンたちの周りにいた兵士たちの緊張感が一気に高まった。息を潜めてじっと敵陣を見つめると、向こうから低く大気を揺るがすような銅鑼の音が鳴る。敵陣の突撃の合図だ。
おーっ、と喊声(戦が始まる前に、兵士たちが士気を上げるために多数で叫ぶこと)がハヨンたちの元まで届いた。びりびりと声による振動が肌に直接響く。敵陣からわらわらと人影が飛び出してきた。やはり、始めは徴集された平民たち歩兵部隊のようだ。
彼らの境遇を考えれば胸が痛むがこれは戦だ。彼らと戦わねばならない。この山は、大きな山に連なる小さな山の一つであり、高い丘と言った方がいい。しかし、草木は生い茂り、冬を迎えるために枯葉となっているとはいえ、身を隠しやすい場所ではある。
ハヨンたちは高さを利用して、岩を上から落とし始めた。
(この岩にぶつかれば、ひとたまりも無いだろうな。)
思わずそう考えてしまい、手が震える。しかしもう覚悟を決めたのだと己を叱咤し、手を動かし続けた。戦に不慣れな歩兵部隊は、転げ落ちる岩により、完全に足止めを食らうこととなる。あちこちで悲鳴が聞こえた。
_________________________________
敵陣の最後方に陣取っている男は舌打ちをした。リョンへ率いる兵士たちが、城の手前の山に陣取ることは読めていた。しかし、思っていたよりも兵数も多く、歩兵部隊は刀を交えることすらできないまま山から転がり落ちていく。
向こうの数は限られている。そうなるようにとリョンへが城を離れる頃を見計らって、王城を乗っ取ったというのに、彼はしぶとく男に歯向かってくる。まだ王城にいた頃に、何度刺客を送っても死ななかったし、今回の戦で徹底的に叩き潰し、兄のリョンヤンに精神的な揺さぶりをかけようと思ったのに。
まだリョンヤンが幼かった頃に男は宰相となったのだが、一目見た時から早く消してしまわないと足枷になると感じていた。それなのに、こうして今も生きて自分の計画の邪魔をする。男はそれが苛立たしく、舌打ちした。
「あの作戦を実行する。用意しろ」
男は低い声でその場にいた副指揮官の男に命ずる。副指揮官が思わずといったふうに、えっ、声を出す。
「しかし、あそこには歩兵部隊が。」
「構わん。早めに撤退すれば犠牲は出ない。」
ちなみに、捨て駒である歩兵部隊を撤退させる気は毛頭ない。少しでも相手の戦力を削ぐ必要があるからだ。
そして、なおも言い募ろうとする様子を見て、暗示の術をかけた。ずん、と体が重くなる感覚がする。城に残った者たちや、徴収された歩兵部隊、そして各部隊の将軍達をもこの術にかけていれば、流石の男も堪えた。ひとまずこの戦でリョンへを殺してしまえば多少は楽になる。と男は苛立ち我を忘れそうな自身をなだめた。
(今からが本番だ。せいぜい苦しみもがけ)
男はにやりと笑った。男は本来混沌や人の恐怖に快感を覚えるため、戦が好きでたまらなかった。そのため、もちろん今は興奮と歓喜が混ざり合い胸が高鳴っている。
男は一呼吸置いて、山にいる歩兵へと神経を集中させる。ざらざらとした感触が手の中で広がり、それは手の中心部に集まっていった。
(今だ)
その時、山から聞こえる悲鳴が一段と大きくなった。
白虎隊の者を除き、初めて自分を見出してくれた人。ハヨンを信じ、片割れのような存在であるリョンへを頼むと託した人。そして、ハヨンの主。リョンへは大事な仲間、共に支え合う存在だとすれば、リョンヤンは尊敬すべき人、守りたい人だった。
(いつか必ず城に戻ります。どうかご無事で。)
そう、遠く離れた場所にいる主人に想いを馳せる。その時、風が唸るようにひゅうと吹いた。長く伸び、束ねたハヨンの髪が舞い上がる。今日はいかんせん風が強い。時折目に砂が入って痛かった。
空はだいぶん白んできて、じりじりと太陽が昇ってくる。その様子に、もう冬が迫っているのだな、とハヨンは場違いながらも感じた。
「そろそろ向こうから仕掛けてきそうじゃなぁい?」
ハヨンの側に立っていたムニルが、ひそひそと囁く。普通に喋ったとしても、敵に話を聞かれるなんてことはないのだが、目前の風景が重々しく、つい小声になるのだろう。ハヨンも小さく頷いて返す。
ハヨンたちの周りにいた兵士たちの緊張感が一気に高まった。息を潜めてじっと敵陣を見つめると、向こうから低く大気を揺るがすような銅鑼の音が鳴る。敵陣の突撃の合図だ。
おーっ、と喊声(戦が始まる前に、兵士たちが士気を上げるために多数で叫ぶこと)がハヨンたちの元まで届いた。びりびりと声による振動が肌に直接響く。敵陣からわらわらと人影が飛び出してきた。やはり、始めは徴集された平民たち歩兵部隊のようだ。
彼らの境遇を考えれば胸が痛むがこれは戦だ。彼らと戦わねばならない。この山は、大きな山に連なる小さな山の一つであり、高い丘と言った方がいい。しかし、草木は生い茂り、冬を迎えるために枯葉となっているとはいえ、身を隠しやすい場所ではある。
ハヨンたちは高さを利用して、岩を上から落とし始めた。
(この岩にぶつかれば、ひとたまりも無いだろうな。)
思わずそう考えてしまい、手が震える。しかしもう覚悟を決めたのだと己を叱咤し、手を動かし続けた。戦に不慣れな歩兵部隊は、転げ落ちる岩により、完全に足止めを食らうこととなる。あちこちで悲鳴が聞こえた。
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敵陣の最後方に陣取っている男は舌打ちをした。リョンへ率いる兵士たちが、城の手前の山に陣取ることは読めていた。しかし、思っていたよりも兵数も多く、歩兵部隊は刀を交えることすらできないまま山から転がり落ちていく。
向こうの数は限られている。そうなるようにとリョンへが城を離れる頃を見計らって、王城を乗っ取ったというのに、彼はしぶとく男に歯向かってくる。まだ王城にいた頃に、何度刺客を送っても死ななかったし、今回の戦で徹底的に叩き潰し、兄のリョンヤンに精神的な揺さぶりをかけようと思ったのに。
まだリョンヤンが幼かった頃に男は宰相となったのだが、一目見た時から早く消してしまわないと足枷になると感じていた。それなのに、こうして今も生きて自分の計画の邪魔をする。男はそれが苛立たしく、舌打ちした。
「あの作戦を実行する。用意しろ」
男は低い声でその場にいた副指揮官の男に命ずる。副指揮官が思わずといったふうに、えっ、声を出す。
「しかし、あそこには歩兵部隊が。」
「構わん。早めに撤退すれば犠牲は出ない。」
ちなみに、捨て駒である歩兵部隊を撤退させる気は毛頭ない。少しでも相手の戦力を削ぐ必要があるからだ。
そして、なおも言い募ろうとする様子を見て、暗示の術をかけた。ずん、と体が重くなる感覚がする。城に残った者たちや、徴収された歩兵部隊、そして各部隊の将軍達をもこの術にかけていれば、流石の男も堪えた。ひとまずこの戦でリョンへを殺してしまえば多少は楽になる。と男は苛立ち我を忘れそうな自身をなだめた。
(今からが本番だ。せいぜい苦しみもがけ)
男はにやりと笑った。男は本来混沌や人の恐怖に快感を覚えるため、戦が好きでたまらなかった。そのため、もちろん今は興奮と歓喜が混ざり合い胸が高鳴っている。
男は一呼吸置いて、山にいる歩兵へと神経を集中させる。ざらざらとした感触が手の中で広がり、それは手の中心部に集まっていった。
(今だ)
その時、山から聞こえる悲鳴が一段と大きくなった。
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