華の剣士

小夜時雨

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白い霧

似た者同士

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 乳白色に包まれた世界を歩く。ソリャは昔から、霧のかかった朝に歩くことが好きだった。
 先を見渡しても誰も見えず、いつもの世界から締め出され、一人でいるような気持ちになる。誰かから向けられる悪意も遮断され、自分の目立つ容貌も隠してくれる。それはソリャにとってとても落ち着くことだったのだ。

(今はまぁ、隠れたりしなくとも、誰も睨んだりしてこねぇけどな)

 最近はめっきり寒くなり、ソリャの吐く息も白い。今は穏やかに過ごせるとしても、この白一色の世界はやはりソリャには心地良かった。

(ここの人達は変わったやつばっかりだ。俺を見ても逃げねぇし、むしろ話しかけてくる)

 それもえらく親しげに。ソリャはその態度の差にひどく戸惑った。その表裏のないまっすぐな笑顔はソリャにとって遠い過去のもので、どう反応すれば良いのかも分からなかった。

「それは皆んながあんたを頼りにしているからよ。」

 孟の地に来たばかりの頃、ここの人間の態度がどうも居心地悪いとムニルにぼやいたところ、そう答えが返ってきた。

「はぁ?俺は何も期待されるようなもんはもってねーよ」

 ソリャは素っ頓狂な声を上げる。そもそも期待されても困る。自分はまだ、あの街を出て自由になりたいと願ったこと以外、これから先をどうしたいかなどほとんど考えたことがないからだ。

「俺が持ってるのはこの有り余った馬鹿力と変わった見た目だけだ。何か期待されたってどうしようもねぇよ。それに、そんなんで期待して愛想よくするとか、下心みたいなもんじゃねぇか。」

 自分の発言から、自身が酷く傷ついたことに気がついた。そして、誰かから認められたい、無条件に好かれたいと、無自覚に思っていたことに気づく。

「あー、ちょっと言い方が悪かったかしらね。そうじゃなくて、ソリャが力のある人だから、自分も付いて行こう、力になろうって思って期待してるってことよ。」

 ムニルの訂正の言葉で、彼らの態度にどことなく理解ができた。
 まぁ、あの人たちは私の姿を見慣れてるからってのもあるかも知らないけど。 とムニルが付け足す。ソリャはその環境が少しありがたく思えた。
 もしムニルがおらず、ソリャのことに1つも理解のない街だったならば、また以前と同じようなことが起こり得るからだ。

「でも、俺はまだ自分のやりてぇこともよくわかんねぇし、ここの城の人たちの力になれるわけではねぇからなぁ」

 もうすぐ始まる戦に、ソリャが参戦しなかったとしたら、彼らはどう思うだろう。

(今度は使えねぇやつって嫌われんのかな。)

 そう心のなかで考えて、胸の辺りにひんやリと冷たい思いが広がっていく。

(また他人の目を気にしている。)

 ソリャは沈みかけた自分の心を、慌ててひき止める

「ソリャ、人のことを気にすること自体は悪いことじゃない。自分のことを見つめ直すきっかけにもなるしね。でもね、あんたの場合はちょっと度が過ぎてるわ。」
「そんなこと…わかってる」

 ちょうど考えていたことを見透かされたようにお小言を食らったので、ソリャはつい不機嫌な声になってしまう。そんな反抗期の弟のような態度のソリャを見ても、呆れてため息などをつかないのが彼の度量の広さが現れていた。彼は相変わらず優雅に微笑みをたたえている。

「まぁ、あんたが他人の目が気になる理由も分からなくはないけど。」

 なぜ彼はこんなにも人の機微に聡いのか。まるで占い師の前に座っているかのような気分である。それが少し居心地が悪いのは確かだが、口下手なソリャは、うまく言葉にできずとも気づいてくれるムニルといると、とてもほっとする。警戒しなくとも良い相手、楽に息ができる場所。そんな居場所は長い間ソリャにはなかった。

「なぁ、俺はどうすればいい?」

 震えて線の細い、随分と弱気な声が出る。自身のことを情けないと思ったが、これしか術はないのだ。
 ソリャはずっと人との関わりを避けてきた。わからないことは正直に言って頼って、知っていくことが大事なのだ。あの小さな街を出て、自分がどれほど弱く無知なのかを改めて知った。
 ムニルはソリャのことを決して馬鹿にしない。だからこその甘えによる言動でもあったが。

「あんたは自分の力をもっと上手く使えば、どんどん変わった行けると思う。」
「自分の力ってのはまさか…」

 ソリャの背に冷や汗が伝う。なるべく自分を曝け出さないように過ごし、人々が忌み嫌うこの力を使えと言うのか。

「そうよ、あんたがこの戦で活躍すれば、みんなはあんたを必要とするし、何があってもあんたを見捨てたりはしない。」

  ムニルの言うことはもっともな言葉だが、ソリャはそれが気に入らない。それはあまりにも利己的な力の使い方であったし、互いに利用しあっているだけだからだ。
 ソリャが眉根を寄せたのを見てムニルは彼の言わんとすることがわかったらしい。皮肉な笑みを浮かべる。

「不満なのはわかるわ。だけどね、人に好かれるっていうのは虚しいことを耐えることで生まれるこはあるわ。要するには媚を売るのと変わりはない。」
「そんな人間関係…っ!」

 ただ虚しいじゃねぇか。そうソリャは反論しようとしたが、ぐっとこらえた。
誰かに好かれたい。でも人と関わるのが怖い。そして打算のある人間関係は欲しくない。

(自分はあの街を出て、何か変わりてぇと思ったのに、一歩踏み出すのが怖い。そのくせ、やたら選り好みをして文句言ってる。)

 そのまま黙り込んでしまったソリャを見ながら、ムニルはそっと口を開いた。

「ねぇ、ソリャ。たとえ最初がそういう歪な人間関係でもね、いつかはきちんと信頼しあえる仲になれることもあるのよ。だから、決してそういう始まりだったとしても、私はいいと思うの。ソリャが今回ここの人たちの力になったことで、話すきっかけが増えて、仲間意識が生まれて、そうやって信頼を築けていけたらいいんじゃないかって。」
「そんな…」

 そんな方法で信頼を深めていけるのか。ソリャは今までろくに人と関わってこなかったからか、信頼関係の築き方の話など無縁に等しい内容で、ムニルの考えが不思議でならなかった。
 葛藤が多く、頭で整理するのに忙しい様子のソリャを見を、ムニルはしばらく黙って見守っていた。しかしソリャは言いたいことが上手くまとまらなかった。

「どちらにしてもね、ソリャ。あんたはあの町でいろんなことから逃げてきた。ここでも何もしなかったら、何も始まらないわよ。…とりあえず私が思ってることは言ったから、後は自分で考えて。」

 ムニルは優しい声でそう言って、その場を去っていった。


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