181 / 221
白い霧
似た者同士
しおりを挟む
乳白色に包まれた世界を歩く。ソリャは昔から、霧のかかった朝に歩くことが好きだった。
先を見渡しても誰も見えず、いつもの世界から締め出され、一人でいるような気持ちになる。誰かから向けられる悪意も遮断され、自分の目立つ容貌も隠してくれる。それはソリャにとってとても落ち着くことだったのだ。
(今はまぁ、隠れたりしなくとも、誰も睨んだりしてこねぇけどな)
最近はめっきり寒くなり、ソリャの吐く息も白い。今は穏やかに過ごせるとしても、この白一色の世界はやはりソリャには心地良かった。
(ここの人達は変わったやつばっかりだ。俺を見ても逃げねぇし、むしろ話しかけてくる)
それもえらく親しげに。ソリャはその態度の差にひどく戸惑った。その表裏のないまっすぐな笑顔はソリャにとって遠い過去のもので、どう反応すれば良いのかも分からなかった。
「それは皆んながあんたを頼りにしているからよ。」
孟の地に来たばかりの頃、ここの人間の態度がどうも居心地悪いとムニルにぼやいたところ、そう答えが返ってきた。
「はぁ?俺は何も期待されるようなもんはもってねーよ」
ソリャは素っ頓狂な声を上げる。そもそも期待されても困る。自分はまだ、あの街を出て自由になりたいと願ったこと以外、これから先をどうしたいかなどほとんど考えたことがないからだ。
「俺が持ってるのはこの有り余った馬鹿力と変わった見た目だけだ。何か期待されたってどうしようもねぇよ。それに、そんなんで期待して愛想よくするとか、下心みたいなもんじゃねぇか。」
自分の発言から、自身が酷く傷ついたことに気がついた。そして、誰かから認められたい、無条件に好かれたいと、無自覚に思っていたことに気づく。
「あー、ちょっと言い方が悪かったかしらね。そうじゃなくて、ソリャが力のある人だから、自分も付いて行こう、力になろうって思って期待してるってことよ。」
ムニルの訂正の言葉で、彼らの態度にどことなく理解ができた。
まぁ、あの人たちは私の姿を見慣れてるからってのもあるかも知らないけど。 とムニルが付け足す。ソリャはその環境が少しありがたく思えた。
もしムニルがおらず、ソリャのことに1つも理解のない街だったならば、また以前と同じようなことが起こり得るからだ。
「でも、俺はまだ自分のやりてぇこともよくわかんねぇし、ここの城の人たちの力になれるわけではねぇからなぁ」
もうすぐ始まる戦に、ソリャが参戦しなかったとしたら、彼らはどう思うだろう。
(今度は使えねぇやつって嫌われんのかな。)
そう心のなかで考えて、胸の辺りにひんやリと冷たい思いが広がっていく。
(また他人の目を気にしている。)
ソリャは沈みかけた自分の心を、慌ててひき止める
「ソリャ、人のことを気にすること自体は悪いことじゃない。自分のことを見つめ直すきっかけにもなるしね。でもね、あんたの場合はちょっと度が過ぎてるわ。」
「そんなこと…わかってる」
ちょうど考えていたことを見透かされたようにお小言を食らったので、ソリャはつい不機嫌な声になってしまう。そんな反抗期の弟のような態度のソリャを見ても、呆れてため息などをつかないのが彼の度量の広さが現れていた。彼は相変わらず優雅に微笑みをたたえている。
「まぁ、あんたが他人の目が気になる理由も分からなくはないけど。」
なぜ彼はこんなにも人の機微に聡いのか。まるで占い師の前に座っているかのような気分である。それが少し居心地が悪いのは確かだが、口下手なソリャは、うまく言葉にできずとも気づいてくれるムニルといると、とてもほっとする。警戒しなくとも良い相手、楽に息ができる場所。そんな居場所は長い間ソリャにはなかった。
「なぁ、俺はどうすればいい?」
震えて線の細い、随分と弱気な声が出る。自身のことを情けないと思ったが、これしか術はないのだ。
ソリャはずっと人との関わりを避けてきた。わからないことは正直に言って頼って、知っていくことが大事なのだ。あの小さな街を出て、自分がどれほど弱く無知なのかを改めて知った。
ムニルはソリャのことを決して馬鹿にしない。だからこその甘えによる言動でもあったが。
「あんたは自分の力をもっと上手く使えば、どんどん変わった行けると思う。」
「自分の力ってのはまさか…」
ソリャの背に冷や汗が伝う。なるべく自分を曝け出さないように過ごし、人々が忌み嫌うこの力を使えと言うのか。
「そうよ、あんたがこの戦で活躍すれば、みんなはあんたを必要とするし、何があってもあんたを見捨てたりはしない。」
ムニルの言うことはもっともな言葉だが、ソリャはそれが気に入らない。それはあまりにも利己的な力の使い方であったし、互いに利用しあっているだけだからだ。
ソリャが眉根を寄せたのを見てムニルは彼の言わんとすることがわかったらしい。皮肉な笑みを浮かべる。
「不満なのはわかるわ。だけどね、人に好かれるっていうのは虚しいことを耐えることで生まれるこはあるわ。要するには媚を売るのと変わりはない。」
「そんな人間関係…っ!」
ただ虚しいじゃねぇか。そうソリャは反論しようとしたが、ぐっとこらえた。
誰かに好かれたい。でも人と関わるのが怖い。そして打算のある人間関係は欲しくない。
(自分はあの街を出て、何か変わりてぇと思ったのに、一歩踏み出すのが怖い。そのくせ、やたら選り好みをして文句言ってる。)
そのまま黙り込んでしまったソリャを見ながら、ムニルはそっと口を開いた。
「ねぇ、ソリャ。たとえ最初がそういう歪な人間関係でもね、いつかはきちんと信頼しあえる仲になれることもあるのよ。だから、決してそういう始まりだったとしても、私はいいと思うの。ソリャが今回ここの人たちの力になったことで、話すきっかけが増えて、仲間意識が生まれて、そうやって信頼を築けていけたらいいんじゃないかって。」
「そんな…」
そんな方法で信頼を深めていけるのか。ソリャは今までろくに人と関わってこなかったからか、信頼関係の築き方の話など無縁に等しい内容で、ムニルの考えが不思議でならなかった。
葛藤が多く、頭で整理するのに忙しい様子のソリャを見を、ムニルはしばらく黙って見守っていた。しかしソリャは言いたいことが上手くまとまらなかった。
「どちらにしてもね、ソリャ。あんたはあの町でいろんなことから逃げてきた。ここでも何もしなかったら、何も始まらないわよ。…とりあえず私が思ってることは言ったから、後は自分で考えて。」
ムニルは優しい声でそう言って、その場を去っていった。
先を見渡しても誰も見えず、いつもの世界から締め出され、一人でいるような気持ちになる。誰かから向けられる悪意も遮断され、自分の目立つ容貌も隠してくれる。それはソリャにとってとても落ち着くことだったのだ。
(今はまぁ、隠れたりしなくとも、誰も睨んだりしてこねぇけどな)
最近はめっきり寒くなり、ソリャの吐く息も白い。今は穏やかに過ごせるとしても、この白一色の世界はやはりソリャには心地良かった。
(ここの人達は変わったやつばっかりだ。俺を見ても逃げねぇし、むしろ話しかけてくる)
それもえらく親しげに。ソリャはその態度の差にひどく戸惑った。その表裏のないまっすぐな笑顔はソリャにとって遠い過去のもので、どう反応すれば良いのかも分からなかった。
「それは皆んながあんたを頼りにしているからよ。」
孟の地に来たばかりの頃、ここの人間の態度がどうも居心地悪いとムニルにぼやいたところ、そう答えが返ってきた。
「はぁ?俺は何も期待されるようなもんはもってねーよ」
ソリャは素っ頓狂な声を上げる。そもそも期待されても困る。自分はまだ、あの街を出て自由になりたいと願ったこと以外、これから先をどうしたいかなどほとんど考えたことがないからだ。
「俺が持ってるのはこの有り余った馬鹿力と変わった見た目だけだ。何か期待されたってどうしようもねぇよ。それに、そんなんで期待して愛想よくするとか、下心みたいなもんじゃねぇか。」
自分の発言から、自身が酷く傷ついたことに気がついた。そして、誰かから認められたい、無条件に好かれたいと、無自覚に思っていたことに気づく。
「あー、ちょっと言い方が悪かったかしらね。そうじゃなくて、ソリャが力のある人だから、自分も付いて行こう、力になろうって思って期待してるってことよ。」
ムニルの訂正の言葉で、彼らの態度にどことなく理解ができた。
まぁ、あの人たちは私の姿を見慣れてるからってのもあるかも知らないけど。 とムニルが付け足す。ソリャはその環境が少しありがたく思えた。
もしムニルがおらず、ソリャのことに1つも理解のない街だったならば、また以前と同じようなことが起こり得るからだ。
「でも、俺はまだ自分のやりてぇこともよくわかんねぇし、ここの城の人たちの力になれるわけではねぇからなぁ」
もうすぐ始まる戦に、ソリャが参戦しなかったとしたら、彼らはどう思うだろう。
(今度は使えねぇやつって嫌われんのかな。)
そう心のなかで考えて、胸の辺りにひんやリと冷たい思いが広がっていく。
(また他人の目を気にしている。)
ソリャは沈みかけた自分の心を、慌ててひき止める
「ソリャ、人のことを気にすること自体は悪いことじゃない。自分のことを見つめ直すきっかけにもなるしね。でもね、あんたの場合はちょっと度が過ぎてるわ。」
「そんなこと…わかってる」
ちょうど考えていたことを見透かされたようにお小言を食らったので、ソリャはつい不機嫌な声になってしまう。そんな反抗期の弟のような態度のソリャを見ても、呆れてため息などをつかないのが彼の度量の広さが現れていた。彼は相変わらず優雅に微笑みをたたえている。
「まぁ、あんたが他人の目が気になる理由も分からなくはないけど。」
なぜ彼はこんなにも人の機微に聡いのか。まるで占い師の前に座っているかのような気分である。それが少し居心地が悪いのは確かだが、口下手なソリャは、うまく言葉にできずとも気づいてくれるムニルといると、とてもほっとする。警戒しなくとも良い相手、楽に息ができる場所。そんな居場所は長い間ソリャにはなかった。
「なぁ、俺はどうすればいい?」
震えて線の細い、随分と弱気な声が出る。自身のことを情けないと思ったが、これしか術はないのだ。
ソリャはずっと人との関わりを避けてきた。わからないことは正直に言って頼って、知っていくことが大事なのだ。あの小さな街を出て、自分がどれほど弱く無知なのかを改めて知った。
ムニルはソリャのことを決して馬鹿にしない。だからこその甘えによる言動でもあったが。
「あんたは自分の力をもっと上手く使えば、どんどん変わった行けると思う。」
「自分の力ってのはまさか…」
ソリャの背に冷や汗が伝う。なるべく自分を曝け出さないように過ごし、人々が忌み嫌うこの力を使えと言うのか。
「そうよ、あんたがこの戦で活躍すれば、みんなはあんたを必要とするし、何があってもあんたを見捨てたりはしない。」
ムニルの言うことはもっともな言葉だが、ソリャはそれが気に入らない。それはあまりにも利己的な力の使い方であったし、互いに利用しあっているだけだからだ。
ソリャが眉根を寄せたのを見てムニルは彼の言わんとすることがわかったらしい。皮肉な笑みを浮かべる。
「不満なのはわかるわ。だけどね、人に好かれるっていうのは虚しいことを耐えることで生まれるこはあるわ。要するには媚を売るのと変わりはない。」
「そんな人間関係…っ!」
ただ虚しいじゃねぇか。そうソリャは反論しようとしたが、ぐっとこらえた。
誰かに好かれたい。でも人と関わるのが怖い。そして打算のある人間関係は欲しくない。
(自分はあの街を出て、何か変わりてぇと思ったのに、一歩踏み出すのが怖い。そのくせ、やたら選り好みをして文句言ってる。)
そのまま黙り込んでしまったソリャを見ながら、ムニルはそっと口を開いた。
「ねぇ、ソリャ。たとえ最初がそういう歪な人間関係でもね、いつかはきちんと信頼しあえる仲になれることもあるのよ。だから、決してそういう始まりだったとしても、私はいいと思うの。ソリャが今回ここの人たちの力になったことで、話すきっかけが増えて、仲間意識が生まれて、そうやって信頼を築けていけたらいいんじゃないかって。」
「そんな…」
そんな方法で信頼を深めていけるのか。ソリャは今までろくに人と関わってこなかったからか、信頼関係の築き方の話など無縁に等しい内容で、ムニルの考えが不思議でならなかった。
葛藤が多く、頭で整理するのに忙しい様子のソリャを見を、ムニルはしばらく黙って見守っていた。しかしソリャは言いたいことが上手くまとまらなかった。
「どちらにしてもね、ソリャ。あんたはあの町でいろんなことから逃げてきた。ここでも何もしなかったら、何も始まらないわよ。…とりあえず私が思ってることは言ったから、後は自分で考えて。」
ムニルは優しい声でそう言って、その場を去っていった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる