華の剣士

小夜時雨

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覚悟

事情聴取

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「やはり王都にも異変が起こっているのですね…。ところで、あなたは二日前、何をしていたか覚えていますか?」

 ハヨンは本題に戻す。ハヨンはこの男から事情を聞き出す以外にも多くの業務が残っている。まずは暗殺に関する聴取が優先事項だった。
 王都の民の生活の話をする辺り、彼が本当に平民であることは間違いではなさそうだ。医術師のヒョンテは腕は確かだが、基本は街に住み、街の人間しか診察をしない。ヒョンテを知っている貴族など、いるとしてもごく僅かだろう。

「いや…それが恐ろしいことなんだが全く記憶がないんだ。おそらくいつものように城に食材を運び込んだんだと思うんだが、その日1日の記憶が曖昧で…。何かを城の連中から頼まれた気がしたんだが…。それで私を取り調べている男が言うには、私はある王族の人を暗殺しようとしていたそうじゃないか…」

 彼の声は震えていて、ひどく不安そうだった。膝の上で握りしめている拳も小刻みに震えている上、顔も青白い。平民の身では王族など雲の上の存在だ。その上、神の加護を受け、獣を操る力をもつという不思議な一族でもある。彼らにとってはそれこそ、神そのものなのだ。
 ハヨンの目の前で小さく震えているこの男は、紛れもなくリョンヘたちに刃を向けた存在だったが、この男は相当な衝撃を受けており、肯定するのは憚られた。

「では、あなたは弓は使いますか?」
「弓…ですか。弓は仲間と趣味として狩に行くこともあるので、多少は…。しかしまぁ、仲間の中では一番下手なのです。」

 ハヨンは首を傾げた。彼と先日対峙した際、彼は兵士と何ら遜色ない腕前を見せたのだ。人を操る能力は、人の身体能力さえ変えてしまうのだろうか。ハヨンは不思議に思ったが、そこまで考えてはっとした。
 あの王都にいる魔物は、王城を手中に収めるほど力を持っている。それは無理やり作られたものなのだから、当然何人もの人を操っていることは大いにありえる。実際、ハヨンたちを城門で迎え撃ってきた兵士たちは話が噛み合わず、様子もおかしかった。

(もし、次の戦で大勢の人間を一度に操ったら…?そして彼らの身体能力も強めてしまったら…?)

 圧倒的に不利だ。ハヨンはこの事実に気づき、ひどく戦慄した。
 王城はリョンヤンが王となる正当性を訴え、王城の中枢の面々を洗脳し、世論から賛同を得ている。そのため、王城にいる魔物の成すこと全ては強制力を持つのだ。今でも民達は徴兵の命に従っている。今後も戦が続くとしても、魔物はいつでも一定以上の力を持つ兵を供給できるのだ。このことはハヨン達に猶予がないということを改めて突きつけてきたのだった。

________________________________

「つまり、暗殺者はあの日についてほとんど覚えていないんだな。」

 例の暗殺者の収容された部屋から帰ってきたハヨンは、リョンヘに男とのやり取りを報告する。

「うん…だけど、本当に操られたら記憶がなくなるのか、私たちは知らないから、なんとも言えないけど…。」
「それは…。本当は記憶があって、お前は暗殺を企てた記憶はあるか?と聞かれたら否定するしな。これはあいつらに一杯食わされた。」

 暗殺者が暗殺に成功し、無事帰還すれば、それが一番向こうにとっていい結果だっただろう。敵対している人々の求心力ともなっている人物がいなくなるし、暗殺に成功したと確実にわかるからだ。
 しかし、捕らえられても暗殺者自身は記憶がないし、殺されてしまっても向こうの人間とは直接的な関わりがないので足がつかない。どちらにせよ、狙われた側は大した情報が得られないのだ。

(チェヨンさんが人を操る者がいると教えてくれなければ、私たちは混乱し続けていただろうな…)

 ハヨンは老婆がこちらの陣営に来てくれたことに感謝する。

「…それで、操られると身体能力すらも変わってしまうと言うのは本当なのか?」

 そう尋ねるリョンヘの眉間には深い皺が刻まれていた。やはり気に食わないらしい。

「恐らく…だけど」

 ここはハヨンの推測の域でしかないので、自然と歯切れが悪くなる。これも男の証言に嘘偽りがないことが前提となる。
 報告する度に謎や問題が見えてきて、ハヨンはこれ以上リョンヘを悩ませるものが増えてほしくないと、その都度思っていた。
 彼はどのような報告を受けても、表情は険しいものの、感情的に話すことは一切なかった。ただ真剣に話を聴き、真剣にこれからのことを話し合う。誰も重苦しい気分にさせたくないのだろう。話し合った後は、時にはちょっとした冗談を言うこともあった。
 ハヨンはその度に、部下をひどく気遣う主人を尊敬の眼差しで見ていた。しかし、その一方で友人として、同年代の親しい者として、無理をしていないかと心配していた。そして何よりも、己にはもっと弱いところを見せてくれてもいいのに、と思っていた。
 しかし、これはただ単に執着の一種だとハヨンはわかっていた。彼の心の一部に触れ、もっと知りたい、頼って欲しい、心の一部を見せて欲しいと。この感情は世間一般ではどの感情に当てはまるのかも気付いてはいたが見知らぬふりをしていた。主人として敬い、友として支える。それが理想の形なのだと思っていた。
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