華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
175 / 221
孟へようこそ

戦支度 弍

しおりを挟む
 信頼されることは良いことだ。しかし、今でも手一杯で必死に手だてを探しているリョンヘには、かなりの重圧だった。

「あぁ…。わかっている。何としてもお前達を守り抜かねばな。お前達には国に歯向かわせるような形にしてまで守ってもらっているのだから。」

 ハヨンはリョンヘの、王子としての立場の重さを改めて感じていた。群長に礼を言うその姿に、にこやかな笑顔に、どれだけの不安が隠されているのかハヨンには到底、推し量れなかった。

「では私たちは戦の備えに向けて、帰らせてもらう。何としてもお前達を守り抜かねばなならないからな」

 孟の砦や城の警備についての意見を出し合ったあと、リョンヘはそう言って席を立った。ハヨンとセチャンも群長に会釈してその場を去る。

「セチャン。先程、群長が言っていた義勇軍に志願した民達はどれ程いるんだ。」

 リョンヘは隣を歩くセチャンにそう声をかける。群長が「私達も守られるばかりではなく、力になりたいと思いまして…」と今回の戦に自ら出兵したいと望んだ男達の血判書を出してきたのだ。武士がやるように自身の血で押したその血判書は、彼らの団結力を意味しているようにも感じた。

「はい。ざっと見ると五、六百人はいるかと…。」

 書物のように綴じられた血判書をぺらぺらとめくりながらそうセチャンが答えた。ふーっとリョンヘがため息のように息を吐く。

「…私としては義勇軍をやめて欲しいと思うのだが…」
「何をおっしゃいます!」

 セチャンが噛みつきそうな勢いで抗議の声をあげる。彼がこれほど声を荒げるのは珍しかったため、ハヨンは驚いた。

「リョンヘ様が犠牲を厭う気持ちは私もよくわかります。しかし、こうして自ら志願してくれた者達は、覚悟はしてあるのだと私は思います。これは彼らの意思を軽んじていると変わらないのではありませんか?」

 セチャンが先程よりは少し声を抑えてそう言う。しかし、表情からは憤りが見てとれた。

「私はリョンヘ様を素晴らしい方だと思っております。ですからあなた様について行こうと思い、今ここにいるのです。しかし、リョンヘ様。私はあなたのこういったところが、弱点だとも思うのです。優しさは大事です。しかし、優しさというものも限度があります。」

 セチャンはそうまくしたてる。リョンヘはそれを表情1つ変えず、じっと聴いていた。ハヨンはいつもリョンヘに従順な印象だったセチャンのその姿を見て仰天していた。もしかすると、セチャンもリョンヘを慕っているために、己と義勇兵を重ね合わせているのかもしれない。
そしてセチャンはさらに言い募った。

「リョンヘ様は王子であらせられます。王族というものは、国の頭です。国を守らねばならないのです。今危機に瀕しているというのに、義勇軍の彼らの意思を拒否してまで優しさを大事にせねばならぬのですか。私は王の優しさとは、民に手を煩わせないと言うことではなく、彼らをどう使うか彼らのことを思いやりながら使うことだと思います。」

 そこまで早口で言いきったセチャンは、息継ぎをする間も無かったのか、ほうっと息をつく。そしてリョンヘがどう反応するのかをうかがうようにちらりと彼を見る。ハヨンも部下にここまでもの申されるリョンヘを初めて見るので、緊張していた。

「民をどう使うか…。なるほど。私のために犠牲を払われると言うのが一番苦手だと思っていたが…。そうだな、王族としての役目を軽んじている、か。…わかった、義勇軍の者達を仲間に加えよう。」

 リョンヘの言葉に、セチャンは次は安堵の息をつく。緊迫していた空気が緩やかに流れ出した。

「ただ、どう義勇軍の者を使うかは少し時間をくれ。やはり無駄な犠牲は出したくないからな。」
「はい…!!」

 先を歩き出したリョンヘの後ろを、セチャンがついていく。ハヨンも慌てて後を追った。
 これから始まる戦は確かにかなり不利ではある。しかし、全てが絶望的と言うわけではない。こうやってリョンヘを慕うものもいるし、力になりたいと思う者もいる。こうした中でも、少しでも希望をもって戦いたいとハヨンは思うのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...