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孟へようこそ
戦仕度
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「ついにこの蒙に戦を仕掛けるために、王城で城に兵を集めていることがわかった。そこでだ、この戦をどういった策で行うかを皆に問うべきだと思い、こうして集まってもらった。この際、どんな案でも恐れずに言って欲しい。誰も咎めないし、真剣に皆の考えを取り入れようと思う。」
城の大広間には蒙の城で生活を共にする一同が勢揃いしていた。その一人一人の顔を順々に見つめながら、リョンヘがそう重々しく口を開く。
これから始まるのは戦だ。命懸けの戦いである。経験をしたことがある者、無い者、両者共々緊張した面持ちだった。リョンヘ達一行の手勢はあまりにも少ない。どれ程危険なことか、皆重々承知していた。
たとえ伝説の獣である青龍が力を貸すと明言していても、それは自分達の命の保証や、勝利を意味するわけではないのだ。
その上、相手が戦を仕掛けてくるのは、もう少し向こうの内情も落着き、尚且つそれなりの準備を整えてからだと思っていた。リョンヘ達もまた、戦を仕掛けられるまでに朱雀と玄武に会えなかった。
ハヨン自身も戦に出たことがないし、城でも白虎、つまり王族の守護を主とする部隊に所属していたので、戦に関する知識はまだまだ少ない。昨晩いろいろと作戦を考えてはみたが、どれも現実感がなく、使える作戦なのかすら曖昧だった。
(王城にいたころに、もっと勉強しておけば良かった…。)
寝不足によって目の下にくまがあり、ハヨンの顔は随分と険しそうに見える。
その時、この孟の面々の中で一番の年長者であるセチャンが挙手をした。彼は戦の経験もあり、功績もある。
「王城と孟の間には山があります。そこで山の上から奇襲をかけることを提案します。しかし、そこは敵も警戒しますから、孟側にある平野に陣をおいているように見せかけて油断させると効果が上がると思われます。ただ、もし仮に山で我々の陣形が崩れてしまうと、かなりの痛手になることが欠点だとは思いますが…。」
ここには若手の兵士が多いので、ハヨン同様あまり良い策が思い浮かばなかった者が多かったのだろう。欠点があるとセチャンが言ったものの、所々でほう…といった感心や安堵にも似た息を吐く音が聞こえた。
「それなら相手が山に入るまでに、私が霧を出しておくわ。そうすればあなた達が身を隠しやすいでしょうし。」
ムニルの発言にリョンヘが首肯く。人並外れた力のもとに作戦を立てられるということは心強かった。
「そうだな。私たちの手勢は少ない。できるだけ向こうには我々が多いように錯覚して欲しいし、犠牲も少なくしたい。私もこの戦での策…というより、方針に対する案があるのだが、聴いてはくれないか。」
僅かに緊張が滲んだ声色に、皆姿勢を正す。彼の声色は、どこか人を惹きつける力があった。
「この戦は勝たなくて良い。勝たない代わりに、向こうがやむなく撤退するように仕向けたいのだ。難しいこととはわかっている。だが、何度も言うが私たちは数が少ない。だからできるだけ傷を負わず、相手が逃げ帰る程度に戦って欲しいのだ。向こうが撤退すれば、再び襲撃に来るまでに四獣を探すこともできる。」
少し戸惑っている臣下達の姿を見渡しながらリョンヘは話し続ける。
「そしてもう一つ考えているのは、王城の誰かと繋がりを持ち、王城内での反乱を起こすよう仕向ける。そうすれば相手は内側からも崩壊する。あれは数日にして無理矢理作られた体制だ。今もどこかで歪みがあるはずだ。そこを狙えば機会は生まれる。この戦は次に繋げるための戦だ。命を落とすことだけはするな。これは命令だ。」
「はい…!」
皆がそう力強く返事をする。何もかもが賭けのような策ばかりだが、ハヨン達にある手は少ない。やれることをやるしかないのだ。
その後、ぽつりぽつりと、それぞれが自身の考えを述べていくにつれ軍議は熱を帯びていった。
__________________
軍議では戦で籠城をするつもりは毛頭ないとリョンヘも断言していたが、念のために孟の地の守りを固めておくことになった。戦の日に、敵が二手に別れて城を狙うことも十分有り得るからだ。それに、万が一戦に敗れ、城に逃げ帰ることになれば、第一に孟の民を守らなければならない。
そのためにハヨン達はこの地の群長のもとを訪れ、戦について話をすることにした___。
群長とは群の民の中から選ばれる頭である。この国は王が治めるが、国は群に分割され、それぞれを貴族や王族の誰かが代理として治める。しかし、常に貴族が郡にいるわけではない。それゆえに、詳細が掴めないこともある。そのため、群長を置いて、協力する形が一般的だ。また郡長は平民から選ばれることが多く、民の要望を歪みなく知る手段となっている。
「わかりました。それでは戦が始まる頃から、兵を増やせるように掛け合いましょう。」
郡長はリョンヘの前に跪き、首を垂れる。その仕草は洗練されたものだった。彼の佇まいから、この郡長という役割に誇りを持っていることが伝わってくる。
「すまないな、お前達を巻き込んでしまって。」
リョンヘがそう群長に詫びながら、膝をつく。目線が同じになった群長は畏れ多いのか、床に頭が付きそうな程に頭を深く下げる。
「そう畏まってくれるな。私が孟の地で過ごすようになってから、お前達には苦労をさせている。その事を謝りたいのだから。」
リョンヘは頑なに礼儀を通そうとしている群長の姿から、困ったように目をそらせる。
(リョンヘ様はこういった格式張ったことが嫌いだからな…)
ハヨンはどうしたものかと一向に視線の交わらない二人を見ていた。
「私は…、他の群の男達が根こそぎ徴兵されて行くのを見ました。今、王と成り代わっている者は、きっと国の行く先を深くは考えておらぬのでしょう。ですから、我々を気にかけてくださるリョンヘ様に付いていこうと、孟の民は決めておるのです。」
「それが例え、孟の地を軍勢に取り囲まれ、攻め入られることになってもか?」
「さようでございます。今ではもっとも安全と言われていた城下の街も、不穏な空気が漂い、夜には賊がうろついているのだそうです。今もなお、孟を穏やかに治めてくださるリョンヘ様に、私たちは信じて付いていきたいと思っておるのです。」
これはリョンヘにとって重い言葉だったはずだ。リョンヘに付いていけば、いつかは幸せに暮らせると思われていると言うことである。
城の大広間には蒙の城で生活を共にする一同が勢揃いしていた。その一人一人の顔を順々に見つめながら、リョンヘがそう重々しく口を開く。
これから始まるのは戦だ。命懸けの戦いである。経験をしたことがある者、無い者、両者共々緊張した面持ちだった。リョンヘ達一行の手勢はあまりにも少ない。どれ程危険なことか、皆重々承知していた。
たとえ伝説の獣である青龍が力を貸すと明言していても、それは自分達の命の保証や、勝利を意味するわけではないのだ。
その上、相手が戦を仕掛けてくるのは、もう少し向こうの内情も落着き、尚且つそれなりの準備を整えてからだと思っていた。リョンヘ達もまた、戦を仕掛けられるまでに朱雀と玄武に会えなかった。
ハヨン自身も戦に出たことがないし、城でも白虎、つまり王族の守護を主とする部隊に所属していたので、戦に関する知識はまだまだ少ない。昨晩いろいろと作戦を考えてはみたが、どれも現実感がなく、使える作戦なのかすら曖昧だった。
(王城にいたころに、もっと勉強しておけば良かった…。)
寝不足によって目の下にくまがあり、ハヨンの顔は随分と険しそうに見える。
その時、この孟の面々の中で一番の年長者であるセチャンが挙手をした。彼は戦の経験もあり、功績もある。
「王城と孟の間には山があります。そこで山の上から奇襲をかけることを提案します。しかし、そこは敵も警戒しますから、孟側にある平野に陣をおいているように見せかけて油断させると効果が上がると思われます。ただ、もし仮に山で我々の陣形が崩れてしまうと、かなりの痛手になることが欠点だとは思いますが…。」
ここには若手の兵士が多いので、ハヨン同様あまり良い策が思い浮かばなかった者が多かったのだろう。欠点があるとセチャンが言ったものの、所々でほう…といった感心や安堵にも似た息を吐く音が聞こえた。
「それなら相手が山に入るまでに、私が霧を出しておくわ。そうすればあなた達が身を隠しやすいでしょうし。」
ムニルの発言にリョンヘが首肯く。人並外れた力のもとに作戦を立てられるということは心強かった。
「そうだな。私たちの手勢は少ない。できるだけ向こうには我々が多いように錯覚して欲しいし、犠牲も少なくしたい。私もこの戦での策…というより、方針に対する案があるのだが、聴いてはくれないか。」
僅かに緊張が滲んだ声色に、皆姿勢を正す。彼の声色は、どこか人を惹きつける力があった。
「この戦は勝たなくて良い。勝たない代わりに、向こうがやむなく撤退するように仕向けたいのだ。難しいこととはわかっている。だが、何度も言うが私たちは数が少ない。だからできるだけ傷を負わず、相手が逃げ帰る程度に戦って欲しいのだ。向こうが撤退すれば、再び襲撃に来るまでに四獣を探すこともできる。」
少し戸惑っている臣下達の姿を見渡しながらリョンヘは話し続ける。
「そしてもう一つ考えているのは、王城の誰かと繋がりを持ち、王城内での反乱を起こすよう仕向ける。そうすれば相手は内側からも崩壊する。あれは数日にして無理矢理作られた体制だ。今もどこかで歪みがあるはずだ。そこを狙えば機会は生まれる。この戦は次に繋げるための戦だ。命を落とすことだけはするな。これは命令だ。」
「はい…!」
皆がそう力強く返事をする。何もかもが賭けのような策ばかりだが、ハヨン達にある手は少ない。やれることをやるしかないのだ。
その後、ぽつりぽつりと、それぞれが自身の考えを述べていくにつれ軍議は熱を帯びていった。
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軍議では戦で籠城をするつもりは毛頭ないとリョンヘも断言していたが、念のために孟の地の守りを固めておくことになった。戦の日に、敵が二手に別れて城を狙うことも十分有り得るからだ。それに、万が一戦に敗れ、城に逃げ帰ることになれば、第一に孟の民を守らなければならない。
そのためにハヨン達はこの地の群長のもとを訪れ、戦について話をすることにした___。
群長とは群の民の中から選ばれる頭である。この国は王が治めるが、国は群に分割され、それぞれを貴族や王族の誰かが代理として治める。しかし、常に貴族が郡にいるわけではない。それゆえに、詳細が掴めないこともある。そのため、群長を置いて、協力する形が一般的だ。また郡長は平民から選ばれることが多く、民の要望を歪みなく知る手段となっている。
「わかりました。それでは戦が始まる頃から、兵を増やせるように掛け合いましょう。」
郡長はリョンヘの前に跪き、首を垂れる。その仕草は洗練されたものだった。彼の佇まいから、この郡長という役割に誇りを持っていることが伝わってくる。
「すまないな、お前達を巻き込んでしまって。」
リョンヘがそう群長に詫びながら、膝をつく。目線が同じになった群長は畏れ多いのか、床に頭が付きそうな程に頭を深く下げる。
「そう畏まってくれるな。私が孟の地で過ごすようになってから、お前達には苦労をさせている。その事を謝りたいのだから。」
リョンヘは頑なに礼儀を通そうとしている群長の姿から、困ったように目をそらせる。
(リョンヘ様はこういった格式張ったことが嫌いだからな…)
ハヨンはどうしたものかと一向に視線の交わらない二人を見ていた。
「私は…、他の群の男達が根こそぎ徴兵されて行くのを見ました。今、王と成り代わっている者は、きっと国の行く先を深くは考えておらぬのでしょう。ですから、我々を気にかけてくださるリョンヘ様に付いていこうと、孟の民は決めておるのです。」
「それが例え、孟の地を軍勢に取り囲まれ、攻め入られることになってもか?」
「さようでございます。今ではもっとも安全と言われていた城下の街も、不穏な空気が漂い、夜には賊がうろついているのだそうです。今もなお、孟を穏やかに治めてくださるリョンヘ様に、私たちは信じて付いていきたいと思っておるのです。」
これはリョンヘにとって重い言葉だったはずだ。リョンヘに付いていけば、いつかは幸せに暮らせると思われていると言うことである。
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