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孟へようこそ
己の正体 弐
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「ソリャ。お前は自分が何者か知っているかい?」
ソリャは左右に首を振った。
「俺は親に捨てられ、街では化け物と言われて来た。実際に人でも獣でもない中途半端な生き物だ。」
「ならそうだねぇ。あんたは建国伝記を読んだことはあるかい?」
「小さい頃に、物語として話を聴いたことがあるな。」
小さい頃、と言う事はきっと孤児院の院長が読み聞かせたのだろう、とハヨンは予想する。まだ院長がソリャに対して恐れや罪悪感を抱いていなかった頃だ。院長の口ぶりから、院長は孤児院の1人の子供として、ソリャのことを慈しんでいた。そのはずが、こうして関係性が変わっていったことに対して、ハヨンは胸がちくりと痛む。
「そうかそうか。なら話が早いね。お前はその伝記に出てくる四獣の生まれ変わりなんだよ。」
老婆の言葉に、ソリャは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。誰でもそう言われればそのような反応になるだろう。四獣など神話のような存在なのだから。
「い、意味が分かんねぇ。そんな大層なもんなわけねぇし…。それに、四獣ってのは伝説なんだろ?」
怪しいと言わんばかりにソリャは老婆に警戒心剥き出しな眼差しを向ける。老婆はソリャの姿を見て、面白そうに笑った。ハヨン達はこんなにも相手に警戒されると多少傷付くものなのだが、これは年の功によるものなのだろうか、と以前に何度もソリャに手酷く逃げられたハヨンは、ぼんやりとそんなことを考えた。
「いんや。それがいるんじゃよ。現にここにいるムニルの小僧も、四獣の1人じゃ。聞いてはおらんのか?」
小僧って何よ!と老婆に次いで、この場では一応年長者である彼が小さく抗議の声を上げる。ソリャはというと、そんなムニルを食い入るように見ていた。どうやらそれらしい部分を探しているのだろう。
「前に背中の鱗は見たけどよ…。じゃあ何で同じ四獣でもこんなに見た目に差があんだよ?こいつは背中の鱗だけだったが、俺なんか尻尾まで生えていやがる。」
ソリャの語気は相変わらず荒い。もしかすると、今まで人に蔑まれ続けたことも影響しているのかもしれない。こうして言葉の刃で、己の身を防ごうとしているのだろうか。暫しの間、部屋の中には沈黙が広がった。
「お前の姿は、わしが今まで見てきた四獣の中でも一番本来の四獣の姿に近い。それは、今この国が危機的状況に瀕しておるのと関わりがあるんじゃないかとわしは思うておる。四獣とは王に求められれば何としてでも力になるものじゃ。このことを見越していたんじゃないかのう。」
顎に手をやり、さすりながらどこか遠くに視線を向けて、そう老婆は言う。まるで遥か昔に想いを馳せているような様子だ。
(何で四獣の姿とか知ってるんだろう…。それに、まるで何代もの四獣を見てきたかのような口ぶり…。人の寿命では限界があるんじゃ…。)
ハヨンは何度も老婆に対して、何年生きて来たのかと言う疑問を持ち続けて来た。しかし、その問いは老婆にとって踏み込んではいけない領域に触れるのではないかという予感がしていた。
「王を守る生き物にしろ何にしろ、俺は人を傷つける恐ろしい化け物だよ。それは動かねぇし、変わらねぇ。」
ソリャがそう言いながら己の手をじっと見つめ、何か感情を押さえ込むかのように、その手を握りしめる。ソリャの爪は、人よりも鋭く固い。そのような手を握り締めれば、傷ができるのは容易に想像できた。ハヨンは慌ててソリャの手を掴み、その固い拳を解く。ソリャの手は冷たく、まるで冷え切った石にでも触れたようだった。
「…ソリャ。そうやって自分のことを貶めなくて良いよ。」
(ついこの前知り合った私に、こう言うことを言われても、説得力は無いかもしれない…)
ハヨンは黙って自分を見つめているソリャを見つめ返しながらはらはらした。ハヨンたちより幼く、髪も瞳も何もかもが白く儚げなソリャを見ていると、力になりたいという気持ちが沸き上がってくるのだ。その上、ソリャの心は酷く不安定で、脆いようにも思える。
「後悔なんていくらしても果てがねぇよ。昔のことをやり直せねぇ限り、消えることなんてねぇ。」
そうソリャはぼそりと呟いた。辺りは静まり返り、気まずい沈黙がおりる。
「確かに、今までの町ではあんたは化け物で、元凶だったかも知れないね。」
「ちょ、ちょっと?」
その沈黙を破ったのは老婆だった。何を言い出すのかわからず、ムニルが嗜めるように声をあげたが、老婆はちらりと視線を向けただけで、再び話始めた。
「しかし、所変われば品変わる、という言葉があるだろう?まさにそれさ。場所が変われば、皆自分のことは何も知らない。だから、今までの偏見を全てなかったことにできる。でも、その視線を変えるのは自分自身さ。自分自身が変わらないと、また以前と同じ存在になる。そこが物とは違うところだよ。」
「自分を…変える…??」
ソリャは鸚鵡返しにそう言った。その声音は無垢そのもので、不安が見え隠れしており、迷子の子供を彷彿とさせた。
「そうさ。人ってのはね、暗示にかかりやすい生き物なんだよ。その思い込みや暗示のせいで、無意識にそれらしいことをしてしまう。まずは私は、後悔とかしがらみとかはどうでも良いから、自分を好きになることから始めた方が良いと思うね。」
ソリャは左右に首を振った。
「俺は親に捨てられ、街では化け物と言われて来た。実際に人でも獣でもない中途半端な生き物だ。」
「ならそうだねぇ。あんたは建国伝記を読んだことはあるかい?」
「小さい頃に、物語として話を聴いたことがあるな。」
小さい頃、と言う事はきっと孤児院の院長が読み聞かせたのだろう、とハヨンは予想する。まだ院長がソリャに対して恐れや罪悪感を抱いていなかった頃だ。院長の口ぶりから、院長は孤児院の1人の子供として、ソリャのことを慈しんでいた。そのはずが、こうして関係性が変わっていったことに対して、ハヨンは胸がちくりと痛む。
「そうかそうか。なら話が早いね。お前はその伝記に出てくる四獣の生まれ変わりなんだよ。」
老婆の言葉に、ソリャは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。誰でもそう言われればそのような反応になるだろう。四獣など神話のような存在なのだから。
「い、意味が分かんねぇ。そんな大層なもんなわけねぇし…。それに、四獣ってのは伝説なんだろ?」
怪しいと言わんばかりにソリャは老婆に警戒心剥き出しな眼差しを向ける。老婆はソリャの姿を見て、面白そうに笑った。ハヨン達はこんなにも相手に警戒されると多少傷付くものなのだが、これは年の功によるものなのだろうか、と以前に何度もソリャに手酷く逃げられたハヨンは、ぼんやりとそんなことを考えた。
「いんや。それがいるんじゃよ。現にここにいるムニルの小僧も、四獣の1人じゃ。聞いてはおらんのか?」
小僧って何よ!と老婆に次いで、この場では一応年長者である彼が小さく抗議の声を上げる。ソリャはというと、そんなムニルを食い入るように見ていた。どうやらそれらしい部分を探しているのだろう。
「前に背中の鱗は見たけどよ…。じゃあ何で同じ四獣でもこんなに見た目に差があんだよ?こいつは背中の鱗だけだったが、俺なんか尻尾まで生えていやがる。」
ソリャの語気は相変わらず荒い。もしかすると、今まで人に蔑まれ続けたことも影響しているのかもしれない。こうして言葉の刃で、己の身を防ごうとしているのだろうか。暫しの間、部屋の中には沈黙が広がった。
「お前の姿は、わしが今まで見てきた四獣の中でも一番本来の四獣の姿に近い。それは、今この国が危機的状況に瀕しておるのと関わりがあるんじゃないかとわしは思うておる。四獣とは王に求められれば何としてでも力になるものじゃ。このことを見越していたんじゃないかのう。」
顎に手をやり、さすりながらどこか遠くに視線を向けて、そう老婆は言う。まるで遥か昔に想いを馳せているような様子だ。
(何で四獣の姿とか知ってるんだろう…。それに、まるで何代もの四獣を見てきたかのような口ぶり…。人の寿命では限界があるんじゃ…。)
ハヨンは何度も老婆に対して、何年生きて来たのかと言う疑問を持ち続けて来た。しかし、その問いは老婆にとって踏み込んではいけない領域に触れるのではないかという予感がしていた。
「王を守る生き物にしろ何にしろ、俺は人を傷つける恐ろしい化け物だよ。それは動かねぇし、変わらねぇ。」
ソリャがそう言いながら己の手をじっと見つめ、何か感情を押さえ込むかのように、その手を握りしめる。ソリャの爪は、人よりも鋭く固い。そのような手を握り締めれば、傷ができるのは容易に想像できた。ハヨンは慌ててソリャの手を掴み、その固い拳を解く。ソリャの手は冷たく、まるで冷え切った石にでも触れたようだった。
「…ソリャ。そうやって自分のことを貶めなくて良いよ。」
(ついこの前知り合った私に、こう言うことを言われても、説得力は無いかもしれない…)
ハヨンは黙って自分を見つめているソリャを見つめ返しながらはらはらした。ハヨンたちより幼く、髪も瞳も何もかもが白く儚げなソリャを見ていると、力になりたいという気持ちが沸き上がってくるのだ。その上、ソリャの心は酷く不安定で、脆いようにも思える。
「後悔なんていくらしても果てがねぇよ。昔のことをやり直せねぇ限り、消えることなんてねぇ。」
そうソリャはぼそりと呟いた。辺りは静まり返り、気まずい沈黙がおりる。
「確かに、今までの町ではあんたは化け物で、元凶だったかも知れないね。」
「ちょ、ちょっと?」
その沈黙を破ったのは老婆だった。何を言い出すのかわからず、ムニルが嗜めるように声をあげたが、老婆はちらりと視線を向けただけで、再び話始めた。
「しかし、所変われば品変わる、という言葉があるだろう?まさにそれさ。場所が変われば、皆自分のことは何も知らない。だから、今までの偏見を全てなかったことにできる。でも、その視線を変えるのは自分自身さ。自分自身が変わらないと、また以前と同じ存在になる。そこが物とは違うところだよ。」
「自分を…変える…??」
ソリャは鸚鵡返しにそう言った。その声音は無垢そのもので、不安が見え隠れしており、迷子の子供を彷彿とさせた。
「そうさ。人ってのはね、暗示にかかりやすい生き物なんだよ。その思い込みや暗示のせいで、無意識にそれらしいことをしてしまう。まずは私は、後悔とかしがらみとかはどうでも良いから、自分を好きになることから始めた方が良いと思うね。」
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